仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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はい、どーも竜尾です。
最初に言っておきます、サブタイは詐欺です。
まだ終わりませんよ。


ハッピーエンド

==========

 

《KoB》の本部に着いた俺はアスナの副団長特権でいつものように二人で最前線に行くのだろうと思いきや、告げられたのは意外な言葉。

どうやら俺の実力を自身の目で見たいらしい。

もじゃもじゃの巻き毛を持つ大男、《ゴドフリー》はそう言った。

アスナは納得いっていなかったが、さっさと終わらせれば問題無いだろう。

そう、半ギレしそうになるアスナを制して俺は合流地点へと向かった。

しかし、そこに一番見たくない顔であるクラディールがいることだけは想定外だった。

小声でゴドフリーに尋ねると、「ギルドの仲間として過去のことは水に流そう!」と大笑いしながら彼は言った。

どうにも腑に落ちない俺を驚かせたのはクラディールの行動だった。

頭をぺこりと下げ聞きにくい声だが、謝罪の言葉を口にしていることは分かった。

動揺はしたがどうにか頷くとゴドフリーが「一件落着だな!!」とでかい声で笑った。

顔は見えないが、必ず何か裏があるはずだ。

俺は警戒を怠らないようにと肝に銘じる。

もう一人の団員もやってきたところで、ゴドフリーは今回の訓練の内容を伝えた。

その一環として結晶アイテムを全てゴドフリーに預からせる事に関しては、かなりの抵抗を感じた。

だが、ここで波風を立てるのはアスナに悪いと思い正直にそれに従う。

迷宮区に入った俺は、急かすように前へ前へと進んだが、ゴドフリーの腕の一振りで退けられてしまった。

そんな彼のペースに合わせて時刻が正午に近づいてきた頃。

一時休憩の言葉とともに近くの岩場に座り込んだ。

受け取った固焼きパンと水をアスナの手作りサンドイッチを思い浮かべ、不運を呪いながら瓶の栓を抜いて一口あおる。

ふと、一人離れた岩の上に座ってるクラディールの姿が目に入った。

前髪の奥から、奇妙な昏い視線をこちらに向けている。

俺は咄嗟に水の瓶を投げ捨て、口にある液体の感触も吐き出そうとした。

しかし、手遅れだった。

視界の隅に映るHPバーがグリーンに点滅していることからすべてを悟った。

(間違いない。麻痺毒だ)

さらに解毒結晶も転移結晶も丸ごとゴドフリーに預けたままだ。

「クッ……クックックッ……」

クラディールが甲高い声を上げる。

(この隙に、解毒結晶を出すんだ!)

ゴドフリーの方を向き、クラディールにバレないように彼に意図を伝える。

が、仲間の裏切りと麻痺毒による力の抜けた感覚に動揺したゴドフリーの体は凍りついた様に動くことは無かった。

ようやく意識が覚醒したのかのろのろと腕を動かし始める。

「ヒャーーーーーッ!!」

しかしクラディールはゴドフリーの手をブーツで蹴り飛ばした。

手に握られた緑色の結晶が零れ落ちる。

クラディールはゴドフリーのパックに手を突っ込んでいくつかの結晶を掴んで自分のポーチに落とし込んだ。

 

――万事休すだ。

 

視線が定まらないゴドフリーは途切れ途切れな声でクラディールに何でこんなことをするのかと問う。

「バァーーーーーカ!!」

うつ伏せに倒れているゴドフリーの口を、ブーツが思い切り蹴り上げた。

ゴドフリーの顔が青褪め、恐怖の色に染まって行く。

両手剣を引き抜いたクラディールは、眼前のプレイヤーを何度も何度も切り裂いた。

野太い悲鳴に容赦なく、無慈悲に剣は振り下ろされた。

その姿はいつかの《笑う棺桶》のプレイヤーを彷彿とさせたのも束の間。

「ぐああああああ!!」

「ヒャハアアアアア!!」

二つの大きな絶叫の後、ゴドフリーのHPは呆気なくゼロになった。

数秒の沈黙が流れ、静かにぐるんと首だけ回してもう一人の団員の方に視線を向けた。

先程のこともあり、団員は逃げようと空しくもがいた。

そんな姿を見ながらクラディールは再び剣を振り上げた。

「いいか~?俺達のパーティーはァー」

団員の悲鳴に耳も貸さず、剣を打ち下ろす。

「荒野で犯罪者プレイヤーの大群に襲われェー」

もう一度。

「勇戦空しく三人が死亡ォー」

さらにもう一度。

「俺一人になったものの見事犯罪者を撃退して生還しましたァー」

団員のHPバーが消滅し、恍惚の表情を奴は浮かべていた。

「よお」

這いつくばる俺にしゃがみこみ、囁くような声で言う。

「お前みたいなやつがなんで《KoB》に入った。犯罪者ギルドの方がよっぽど似合いだぜ」

俺の言葉にクラディールは気味の悪い笑みを浮かべて、チャプチャプと麻痺毒入りの瓶を揺らした。

(まさか……アスナを!?)

一瞬で顔が強張る姿を見て、「せーいかーい」とクラディールは甲高い声で嗤った。

「それに、これを見てみろよ」

奴は左のガンドレットを除装した。

その前腕の内側を見て、俺は再び戦慄する。

幾度となく見たタトゥーは、半年前の出来事を呼び起こさせた。

「《笑う棺桶》……なのか」

掠れた声でそう口走った俺に、クラディールはにんまりと頷いて見せた。

思考を巡らせ、無理矢理冷静になり口を開く。

「俺に対する復讐か」

「そんなだせえことすっかよ。俺がラフコフに入れてもらったのはつい最近だぜ。さて、おしゃべりもこの辺にしとかねえとな」

クラディールは立ち上がると大きく剣を振りかざした。

「あん時から毎晩夢に見てたぜ……この瞬間をな」

(今だッ!)

手に握りこんでいたピックを手首の動きだけで放ち、鋼鉄の針は奴の左腕に突き刺さった。

「……ってぇな」

力無く倒れている俺に、クラディールは順番に体の末端から剣を突き立てる。

強烈な不快感に襲われた。

しかし、剣も握ることの出来ないこの腕では抵抗など空しいだけだった。

止めと言わんばかりに腹を剣が貫く。

徐々にHPが減って行く中、狂気に染まる奴の顔を見て走馬灯のように彼女の顔が浮かんだ。

 

――もしこのまま俺が死んでしまえば、アスナがクラディールの手に落ち、俺と同じ責め苦を受ける。

 

その可能性が、思考を埋め尽くす。

 

――世界が……がらりと変わった。

 

視界に映るのは男の姿と剣だけ。

俺はただぼんやりと、その男を見据えた。

「あ?死ぬのが恐くな……ヒィッ!?」

男は恐怖を顔いっぱいに浮かべて飛び退いた。

何を驚くことがあるのだろうか。

「なんで……何でてめえがあ、あの《殺人鬼》とダブりやがるんだよ!!!」

左手首を押さえながら、恐る恐る男は口を開いた。

(なんだ、そういうことか)

右手をゆっくりと持ち上げ、人差し指で男の心臓辺りを指差した。

「お前、ジャックが怖いのか。だから、あいつにあった時も左手首を握ってたんだな」

「な……!?」

目を剥き、視線を落とす。

「こ、怖がっているわけがあるか……お、俺はあの《笑う棺桶》の一員なんだぞ……こん、こんな小僧に……」

明らかに動揺した声で見た光景を男は振り払う。

覚束ない足取りで、再び両手で剣を握った。

「恐怖なんかしねえんだーーーーーッ!!」

真上に剣を高く上げた瞬間。

俺の体は自然と動き出していた。

両手で背中の壁を思い切り押す。

身体が宙を浮き、力の無くなった俺の体は真っ直ぐ男へと飛んでいく。

剣を振り下ろすことに集中していた男は飛んでくる俺にぎょっとし、その場を動けずにいた。

そのまま俺の額は、奴の鼻っ柱に直撃した。

痛覚は無くても顔面に頭突きを食らえば少しは怯むだろう。

それに、奴は俺に恐怖を感じている。

「糞……ふざけてんじゃねえぞ糞餓鬼が……」

しかし偶然は二度は続かない。

先程の攻撃で火が点いたのか、立てなおした奴は顔を怒りで真っ赤に染め俺の腹にその剣を突き立てようとした。

「死ねーーーーーッ!!死ねえええーーーーーッ!!」

 

――刹那。俺とヤツの間に一陣の疾風が吹いた。

 

直後、殺人者は剣ごと高く跳ね飛ばされた。

「間に合った……間に合ったよ……神様……」

確認するように崩れ落ちたアスナは俺を見た。

「ああ……生きてるよ」

先程の感覚が身体から抜け落ち、ぐったりと岩に凭れたところでアスナはピンクの結晶を取り出し俺に向けて「ヒール!」と叫んだ。

結晶が砕け散ると同時に、俺のHPが一気に右端まで回復する。

アスナはそれを見届けると彼女の姿を見て目を丸くするクラディールの方を向く。

ここまできても弁明するクラディールの声は最後まで続かず、アスナは口をその細剣で切り裂いた。

追撃として繰り出された無数の攻撃を両手剣で防ごうとしていたが、数レベル上の俺ですら切っ先が僅かに見える程度で、数秒の内にクラディールのHPは赤く染まった。

その姿を見て、アスナが怒りと葛藤に震えているのを感じた。

クラディールは土下座をして必死に「死にたくない」と訴える。

アスナの動きが、ぴたりと止まった。

彼女に一線は超えられない、ジャックの言葉が蘇る。

 

『世界が一万人だったら人殺しが出来るのは何人だ』

 

クラディールはその隙を逃さず、アスナの右手からレイピアを弾いた。

「あああ甘えーーーーーんだよ副団長様あああああ!!」

一瞬早く動いていた俺は、アスナに向かって剣を振り下ろす奴の間に入る。

アスナを突き飛ばして刃に真っ直ぐと左手を向けた。

剣が腕に切りこんだ瞬間に肘から下を犠牲にしてその攻撃を逸らす。

そのさなか、俺は右手の五本の指を揃え、手刀をアーマーの継ぎ目へと突き込んだ。

体術スキル零距離技《エンブレイサー》はクラディールのHPを丸ごと削り、奴はぐたりと脱力した。

 

「この……人殺し野郎が。《殺人鬼》となんも変わんねえな」

 

目の前で、人が硝子片になって爆散した。

硝子が消え行き、風の音だけが響いている。

アスナは俯いたままよろよろと近付くと、俺の傍らに膝をついた。

「ごめんね……私の……私のせいだね……」

宝石のように美しい涙は次々に滴り落ちた。

「アスナ……」

「わたし……も……もう……キリト君には……あ……会わな……」

俺は右腕と、半分が欠落してしまっている左手も伸ばしてアスナの身体を抱き寄せた。

 

――そのまま、桜色の美しい唇を自分の唇で塞ぐ。

 

「俺の命は君のものだ、アスナ。だから君のために使う。最後の瞬間まで一緒にいる」

「……私も。私も。絶対に君を守る。これから永遠に守り続けるから。だから……」

 

その先は言葉にならなかった。

固く抱き合ったまま、俺はいつまでもアスナの嗚咽を聞き続けた。

 

==========

 

俺達はギルドに戻ると事の顛末をヒースクリフに報告し、そのまま一時退団を申請した。

彼はそれを了承し、部屋を出て少し歩くとこちらに歩いて来る人影を見付けた。

本来いるはずの無い彼は俺達を見ると先程の出来事を全て知っている様な笑いを浮かべた。

「ジャック……」

「どうして、ここに?」

「お前らの様子を見に来た、のはついでで《神聖剣》の野郎にな」

ジャックはそう言って俺達が出て来た扉を一瞥して再び俺達の方を見た。

「それにしても、なんか変わったなテメェら」

相変わらず鋭い事で。

「まあな、郷に入っては郷に従えって奴だよ」

これで誤魔化せるとは思わなかったが、精神的に疲労していたのを感じ取ったのかジャックは「そうか、じゃあな」というとヒースクリフの部屋のドアをノックもせずに入りこんだ。

アスナと顔を見合わせ、ヒースクリフに用事とは?と思ったが、それを追求することは無く本部から出た。

二人とも無言だった。

どちらともなく、その手は触れ合うと存在を確かめあうように指を絡ませその手を強く握った。

「君は……何があろうと還して見せる……あの世界に……」

「帰るときは二人一緒だよ」

ぎゅっと手を握り、アスナはにこりと笑った。

その後、第六十一層《セルムブルグ》のアスナのホームで食事を済ませる。

しばらくして、俺が放った言葉を勘違いしたアスナと一悶着あったのだが、それはまた別の話。

その後アスナは、前線を離れようと俺に言った。

俺は彼女の体に両腕をまわし、絹のような髪に顔をうずめながら答える。

二十二層にある人の少ない小さな村に二人で住もうと。

「それで……」

「それで……?」

強張った舌をどうにか動かし、続きを口にする。

「……け、結婚しよう」

「……はい」

アスナが見せた最上級の笑顔を、俺は生涯忘れないだろう。

 

 

==========

 

結婚。

この世界でその手続きは拍子抜けするほど簡単だ。

プロポーズメッセージを送り、相手がそれを受託すれば晴れてシステム的にも夫婦として認められる。

前線から姿を消した俺達は小さなログハウスを購入した。

引っ越しを終え、落ち着いた俺達は今まで世話になったプレイヤーたちに結婚したと報告のメッセージを送った。

いの一番にメッセージを送り返してきたのはシンディアだった。

アスナと仲も良かったし俺も適度に話す間柄だった彼女は報告を聞きつけると一時間も経たずにフレンドリストからアスナを追跡して《フレンド解錠可》にしているドアを開けて中に飛び込んできたのだ。

思わず固まった俺達を見ると真っ先にアスナに向かって抱きつき「おめでとおおぉぉぉ」と心の底から歓喜の声を上げる。

それをクラインから【シンディアがすげえ勢いでそっちに向かったぞ】というメッセージを見ながら微笑ましく見ていた。

「これ、結婚祝いのプレゼント」

と、渡されたのは黒と白二対のマグカップ。

何時の間にこんなものをとシンディアを見ると、胸を張って答えた。

「二人ならいつか必ずゴールインすると思ってたからね」

そう言われて俺もアスナも顔を真っ赤にした。

「あれ?赤色にしといた方が良かったかな~」

ニヤニヤしながら俺達を交互に見たシンディアは立ち上がると。

「新婚さんの邪魔をする訳にもいかないし、《黒ずくめ》はこれから大変になるだろうからわたしは帰るね。最前線の攻略はわたしたちに任せてゆっくり休暇を満喫しなよ」

そう言ってあっという間に姿を消した。

アスナは貰ったマグカップを握りしめ「ありがとう」と感謝の言葉を零すと、一筋の涙をこぼした。

彼女の肩を腕で引き寄せ、アスナは俺の肩に頭を置く。

一時間後にはクラインやエギルがお祝いに来てくれた。

なんか妙に頭を掻きまわされた気がするが、不思議と温かみを感じた。

しばらくしてから来たのはシリカや、《ダークリパルサー》を作ってくれたアスナの友達でもある鍛冶屋のリズベット。

なにやらアスナと三人で話していたのだが、とても近づける雰囲気ではなかったとだけ伝えておく。

そうして時刻は過ぎ、いつの間にか辺りは暗くなっていた。

「今日は、色んな人がお祝いに来てくれたね」

バルコニーで月を見上げていた俺に、アスナは声を掛けた。

「そうだな」と返すと、俺の背中に温かい感触。

俺達は背中合わせになり、アスナが言う。

「でも、一番最初に来てくれたのがシンディアかあ……すっごく嬉しかった」

「俺はあんな一面もあるんだなって思ったけど」

「あー!キリト君そんなこと思ってたの?シンディアだって普通の女の子なんだよ!」

その言葉に素直に謝罪すると背中に寄りかかっている彼女はくすくすと笑った。

「今、最前線はどうなっているんだろう」

シンディアのことを思い出して不意にそんな言葉が出てしまい、急いで口を押さえる。

これはアスナに対して悪いと思って最前線のことを言うのは控えていたのだが……。

「きっと、ジャック君が暴れ回っているんだろうね」

アスナは背中だけでなく頭も俺にくっつける。

視界の端で長い栗色の髪が映る。

「でも、何時までもこうしてはいられないんだね」

背中から温もりが消える。

振り返ると、アスナも俺の方を向く。

その眼には強い信念が込められていた。

 

「その時は、キリト君。一緒に戦って」

「ああ、もちろんだ」

 

お互いに誓う。

やがて二人の顔に笑みが浮かんだ時、目の前にメッセージウィンドウが出現した。

俺はそれを覗きこむとすぐにアスナにも見えるように可視化した。

気付いたアスナは同じようにメッセージを見て、俺と顔を見合わせる。

そして同時に笑顔がうまれた。

 

【結婚おめでとう。 しばらく新婚生活に惚けてやがれ 《Jack=Gundora》】

 

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やっとここまで来ました…。
ハッピーエンドなんて紛らわしいサブタイをつけたのはキリトたちが結婚したことが理由ですね。
大概の物語は主人公が結ばれたところでハッピーエンドですのでこれをつけました。
ただ、物語はまだ続きます。
次回は原作二巻「朝霧の少女」です。
書き溜めの方でもアインクラッド編が佳境に近付いてまいりました。
いや~僕も楽しみです。

【次回予告】

「ここに来るのは初めてだな、元気してるか?」

「だから、こいつに現を抜かせて戦闘に集中できねぇようじゃオレの邪魔になるだけだ」

「ずっと、ひとりで、くらいとこにいた……」

「だいじょうぶだよ、ママ。その人、うそついてないよ」

次回をお楽しみに、それでは。
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