仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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殺人鬼の回答

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俺達が追い着いたそこは地獄絵図だった。

中央で屹立する《グリームアイズ》。

統制の無くなった《軍》の数は先ほどより二人ほど少なくなっていた。

すぐに転移結晶での脱出を促したが、この部屋が《結晶無効化空間》であると知り、歯を食いしばった。

さらに、この状況でもコーバッツは突撃を止めなかったのだ。

八人で囲んでの無謀な一斉攻撃は青い山羊によって薙ぎ払われる。

追撃だと言わんばかりに、無防備な一人のプレイヤーに剣が突き立てられる。

コーバッツだった。

部屋の外まで飛ばされ、俺達の眼前に激しく落下した。

――有り得ない。

無言でそう言った直後、彼の体は無数の断片となって飛散した。

「『有り得ない』だってよ、どんなギャグだ」

ジャックはその『死』を嘲笑っていた。

「ガンドーラ……」

「ま、ここで死ななくてもあいつはオレが殺してたけどな」

シンディアの声にジャックは見向きもせず言い放つ。

「どうしてそんな事を言うの!?」

 

――アスナが、叫んだ。

 

栗色の髪を大きく揺らしてアスナはジャックと向き合う。

「邪魔なヤツは殺すっていたな、現にあいつの所為で二人死んでる。お前らとしても十分邪魔なはずだろ」

「……っ、それでも」

「それよりも、いいのか?」

ジャックは嗤って指を差す。

依然としてグリームアイズは瀕死の《軍》を攻撃している。

コーバッツが死んだことにより更に統制のとれなくなった彼らでは全滅も時間の問題だ。

「だめ……だめよ……もう……」

彼女は振り返り、絞り出すような声を出した。

俺は咄嗟にその腕を掴もうとする。

だが、一瞬遅かった。

「だめ――ッ!」

「アスナッ!」

「どうにでもなりやがれ!!」

「しょうがないね、ホント」

アスナは疾風の如く駆け出し、俺は抜刀してその後を追う。

クラインたちも鬨の声を上げつつ追随してくる。

「さーて、殺るか」

両足首に鎖を装着したジャックはそう言った。

《グリームアイズ》は真っ先に飛び出したアスナに向かって斬馬刀を振り下ろした。

咄嗟にステップで躱わすアスナだが、余波を受け地面に倒れ込んだ。

俺は斬馬刀の間に身を躍らせ、ジャックのように悪魔の攻撃軌道を逸らした。

次の瞬間、悪魔の顔と胸に二本の短剣が突き立てられた。

ジャラ、と鎖の金属音と共にその長さを一気に縮める。

 

「HA―HA―HAa!!!!」

 

雄叫びのような声を上げ、金髪の男は空を飛んだ。

《グリームアイズ》は自身に向かって飛んでくるプレイヤーを撃墜せんと剣を振り下ろした。

両足首に付いた鎖はピタッと縮むのを止めた。

その反動でジャックは斬撃を跳び越え、見上げる山羊の顔に向かって《アスタンティス》の九連撃を浴びせた。

二割程削れていたHPが一割削れる。

このままでは俺達は良くても《軍》の奴らを逃がすことは難しい。

シンディアが先導しているが、俺達が中央で戦っている所為で遅くなっている。

 

――仕方、無いか。

 

「アスナ!クライン!ジャック!十秒持ちこたえてくれ!」

ジャックと《グリームアイズ》が対峙している間に俺はスキルウィンドウを開く。

青い山羊の向こうでジャックがこちらを見て笑っていた。

彼はやはり知っていたのだろう。

武器をもう一つ取り出し準備完了だ。

「いいぞ!!」

ジャックに加勢していたアスナとクラインの三人に対して俺は強く、叫ぶ。

「スイッチ!!」

視界が一気に開く、アスナとクラインは何があるのかと俺を見ていた、ジャックは期待した目をしている。

(やってやるよっ!)

悪魔が振り下ろした剣を右手の愛刀で弾き返すと、左手を背に回して新たな剣の柄を握る。

抜きざまの一撃を悪魔の胴に打ち込んだ。

「グォォォォォ!!」

怒りとともに放った上段の切り下ろしを両手の剣を交差して受け止め、押し返す。

右、左、右、左と俺は連撃を繰り返した。

 

これが俺の隠し技、エクストラスキル《二刀流》、上位剣技《スターバースト・ストリーム》。

 

連続十六回攻撃。

途中攻撃のいくつかはシンディアが間に入って受け止めた。

「遅くなったね」と言うが、剣を振りまくる俺と《グリームアイズ》の中にタイミングよく入り込めるのは、流石《黄金》と言ったところだ。

防御に回す神経は必要ない、攻撃だけに全てを注ぎ込んだ。

その斬撃は、システムのアシストをも上回ろうかという速度で攻撃を放ち続けた。

「……ぁぁぁああああああああ!!」

十六撃目が《グリームアイズ》の胸の中央を貫いた。

瞬間、グリームアイズは膨大な青い欠片となって爆散した。

(終わった……のか……)

俺は全身の力が抜けるのを感じて、声も無く床に転がった。

意識が暗転した。

 

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全神経を攻撃に注ぎ込み倒れた俺はほんの数分ほどで目覚めた。

遠慮がちに聞いてきたクラインに俺は《二刀流》の説明をした。

それが、《ユニークスキル》であるということも。

「ジャックは、分かっていたのか、《二刀流》のことは」

「いや、予想に過ぎなかったな」

笑みを浮かべて彼は言う。

「期待通りだ」と無言で言われているようだった。

疲れた俺と心配してしがみついているアスナを見たクラインはアクティベートを済ませると言って先に向かい、ジャックは先程とは違った笑顔で俺達を見るとクラインたちの後を追った。

最後に残ったシンディアは俺達の方を向くと目線を合わせるようにしゃがんだ。

「三人、死んじゃったね」

兜を被っているため表情は伺えないが、酷い顔をしていることは確かだ。

戦闘終了後にクラインが彼女を宥める様に話をしていたのをかつて見たことがある。

「でも、これ以上死者が出なくて良かったなんて思っちゃうんだよねわたしは」

自分に言い聞かせるように彼女俺達に聞こえるように呟いた。

「またね」

そう言い残し、彼女はボス部屋から出て行った。

 

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翌日。

嫌な予感はしていたが、流石は《鼠》。

アインクラッド中に昨日の事件は知れ渡った。

 

【軍の大部隊を全滅させた悪魔】

 

【それを単独撃破した二刀流使いの五十連撃】

 

(……尾ひれがつくにも程があるだろ)

しかも【あの《殺人鬼》を超えるのではないか!?】などと紹介もされている。

「引っ越してやる……どっかすげえ田舎のフロアの、絶対見つからないような村に」

だが、ジャックを超えるなんて書かれると《JtR》に本格的に目を付けられるんじゃないかと危惧した。

対人戦闘ならジャックと互角レベルの奴らと交戦して、とても勝てるとは思えなかった俺は内心冷や汗ダラダラだった。

しかも朝から剣士やら情報屋やらが押し寄せ、俺はエギルの店へと逃げこんでいた。

そんな俺は今アスナからの連絡を待っている。

昨日シンディアが去った後でアスナは俺の身を案じて《KoB》を一時期休んで俺とパーティーを組むと言い出した。

前回は仕方なくパーティーを組んだが、長期間パーティーを組むと言われた俺は酷く動揺した。

それは、俺が犯した最大の過ち。

なのに自分でも理解出来ない感情を抱えながら俺はそれを承諾してしまった。

もう待ち合わせの時間から二時間が経過している。

エギルに出された茶を飲み干した直後、勢いよく扉が開かれた。

噂をすればやってくると言うが、如何せん状況は喜ばしくないらしい。

「どうしよう……キリト君……」

泣き出しそうな声で彼女は言った。

「大変な事になっちゃった……」

 

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まあ、何となく予想は出来ていた。

ジャックの時にもあの男はその存在に固執していた。

しかし、それに気付いたのは眠りに就く少し前のことで手遅れを悟った俺は取り敢えず、溜息を吐いた。

クラディールのこともあり不本意だがアスナのためだと俺達は第五十五層主街区《グランザム》にやってきた。

「アスナの一時脱退を認めるにはヒースクリフと立ち会え、か……」

「ごめんねキリト君、一生懸命説得したんだけど……どうしても聞いてくれなくって」

「大丈夫だって」

《KoB》の本部に入り、俺は思考する。

俺にはジャックのように饒舌な訳でもないからヒースクリフを適当に言いくるめて逃走は出来ない。

それに……今回はアスナが関わっている。

彼女は俺とヤツが戦うことを望んではいないが、正直戦いは避けられるものではないだろう。

俺としては、ヒースクリフとは一度サシで戦ってみたかったのだ。

ジャックが彼に敗北の宣言をした時から心の中で膨らみ始めていた仄かな願望。

けど、アスナには悪い事をした。

本部に入ってからは颯爽とヒースクリフの部屋まで歩いている彼女もやはり不安なはずだ。

ようやくアスナが足を止める。

「ここか……?」

「うん……」

扉をノックし、開く。

中央に置かれた半円形の巨大な机に並んだ五脚の椅子に、それぞれ男が腰掛けていた。

その中央に座る男こそ、ヒースクリフだ。

挨拶と軽く会話をして彼は俺を見据えた。

 

「欲しければ、剣で――《二刀流》で奪い給え。私と戦い、勝てばアスナ君を連れていくがいい。だが、負けたら君が《血盟騎士団》に入るのだ」

 

何を、とは言うまい。

その言葉を聞いてアスナは良い募ろうとするが、俺は彼女の肩に手を置き一歩前に進み出た。

半ば予想していたことだ。

ヒースクリフもそれを解っているからこそ俺に勝負を申し込んだのだ。

 

「いいでしょう、剣で語れと言うなら望むところです。デュエルで決着をつけましょう」

 

再びエギルの店の二階に戻ってきたところで俺はアスナをなんとか宥めたことは言うまでもない。

 

==========

 

第七十五層主街区《コルニア》の街は大賑わいだった。

俺とアスナはその様子を見て大きくため息を零した。

これを主催したのは《KoB》の連中で入場料や屋台で荒稼ぎしてるとか。

まだ三人しか存在しない《ユニークスキル》使いの内二人が対戦すると言うことはそれだけの効果があったのだろう。

影では、どちらが勝つのか大きな賭けが行われていたとも聞いている。

苦笑いを浮かべながら控室へ。

アスナが知る《神聖剣》の情報をありったけ詰め込み、円形の闘技場へと歩き出した。

超満員という言葉が相応しい階段状の観客席を見渡すとエギルやクラインの姿があった。

ジャックは来ていないのだろうか。

そう思っているとふと視界の端に小さな影を見付けた。

壁の一番上、太陽の光を反射して黄金に輝く一つの点が見えた。

「ジャック君は、向こうで観戦する見たいだな、《鎖》とは随分使い勝手のいい武器だ」

同じくジャックの方に視線を向けたヒースクリフは俺の目の前まで来ると急に苦笑した。

「すまなかったなキリト君。こんなことになっているとは知らなかった」

「ギャラは貰いますよ」

攻略以外には目を向けない彼のことだ、俺と同じで今日ここにきてそれを知ったということか。

ヒースクリフは笑いを収め、真鍮色の瞳から圧倒的な気合を迸らせてきた。

確かに、その気迫はデジタルデータなこの世界では存在しないはずの殺気と感じることが出来る。

臆することなく意識を切り換えた。

直後目の前に出現したデュエルメッセージに承諾するとカウントダウンが始まった。

オプションは《初撃決着モード》。

愛剣を握ると緊張を解くように肩の力を抜いて、剣をゆっくりと前に持ってくる。

二人ともウィンドウには一瞬たりとも視線を向けなかった。

にもかかわらず、地を蹴ったのは【DUEL】の文字が閃くのと同時だった。

 

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「無様に負けたな」

例によってエギルの店の二階に戻ってきた俺の下に真っ先に姿を見せたのはジャックだった。

そう、俺は《神聖剣》の前に呆気なく敗北した。

ヤツのHPが五割に近付いたところで謎の焦りを見せたヒースクリフに俺は最速で《スターバースト・ストリーム》を放った。

剣を打つ度に腕は加速し、最後の一撃で完全に仕留めたと思っていたのだ。

しかし、切っ先は無情にも盾に防がれてしまった。

十五撃目の後、右に振った盾が一瞬のうちに左に移動したのだ。

とても人間技じゃない、時間を盗まれたとでもいうべきだろうか。

その後の硬直で一突きにされ、俺の視界にデュエル終了を知らせるメッセージが輝いていた。

あれが《神聖剣》の能力なのかとも考えた。

それなら、ジャックがここまで戦うのを渋ったのにも納得がいく。

「ジャックは、どう思った」

「戦いのことか」

「お前は《神聖剣》について何か知っていたから、ずっとヤツと勝負をしないんだろ?」

正直に俺はジャックに言葉をぶつけた。

彼は、顎に手を置くとニヤッと笑って言った。

 

「自分で考えるんだな。オレの思うことが真実と限らねぇ」

 

その笑みの裏にはいったい何が隠されているのだろうか。

「ま、今そんなこと考えるよりも別のことを気にした方がいいんじゃねぇか?」

「え?」

下から階段を上る音が聞こえる。

この場所を知っている人物を考えると、一人に絞り込むことが出来た。

「精々ギルド生活を楽しめよ、キリト」

その扉を開き、覗くように中を見たのはアスナだった。

「それじゃ、オレは退散するぜ」

「ああ、またな」

アスナの横を通ってジャックは音も立てずに階段を下りて行った。

「何を話してたの?」

ジャックが去って行った方向を見ながらアスナは聞く。

「やっぱ、ジャックってすげえな」

見当違いの答えにアスナはキョトンとする。

俺も、自然に口から言葉が出ていた。

(自分で考えろ……どうにもジャックは良い答えをくれるよな)

「いいやなんでもない。それで、俺は今から《KoB》の本部にでも行けばいいのか?」

「あ、えっと。その前に!」

アスナは思いだすようにウィンドウを操作し俺にトレード申請をした。

取り敢えず受けると、装備欄に《KoB》の制服が入っていた。

心の中で「あ、そっか」と納得する。

一応一番地味な制服を頼んだが、アスナの格好だけでも判る様に紅白色はなかなか目立つ。

今まで通り黒が良かったのだが敗者で下っ端の俺の意見は通りそうにはない。

着替えは一瞬で終わるのでアスナも居たが、俺は装備を《KoB》の物に変更した。

「な……なんじゃこりゃあ!?」

姿見を見た俺は思わず大声を上げた。

目が痛くなるような白と、十字の赤。

(この姿を他の奴らにでも見られたら絶対笑われるな)

もはや今の俺の心境は諦めに近かった。

アスナと一頻り騒ぐと、彼女は改まって俺に謝罪した。

そして、何故俺がここまでソロを貫いてきたのかをアスナは尋ねた。

意を決して俺は全てを語った。

一年前にあった出来事、結果的にジャックを殺し合った事。

アスナは、話し終えた俺をゆっくりとその両手で包みこんだ。

「私は死なないよ」

 

「だって、私は……私は、君を守るほうだもん」

 

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はい、どーも竜尾です。
前書きで書くことが無くなってしまいました。
原作展開が続き、話の起伏がないのでどーしよーもありません。
ただ、キリト君が変わったということを表現したり原作の流れをカットしたくないので原作を見ながらポチポチと打ち込んでおります。
ちなみに、今回でもう一人ジャックのモチーフとなったキャラクターの特徴が登場しました。
解りますかね?

【次回予告】

――万事休すだ。

――世界が……がらりと変わった。

「君は……何があろうと還して見せる……あの世界に……」

「あれ?赤色にしといた方が良かったかな~」

次回をお楽しみに!それでは。

※追記
誤字があったので訂正しました。
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