仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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お久しぶりです竜尾です。
案外キリト君編が長いことに気付きました。
今書き溜めとして執筆してるのが第七十四層なのですが、こりゃアインクラッドが終わるまで五十話行っちゃうかな。
と書きたいシーンが多すぎて悶えています。
失踪しないように頑張ります。


棺の蓋を開ける者

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「い、生きてるですって……!?」

驚愕の叫びを漏らすアスナに、俺はゆっくり頷きかけた。

空中の一点を消滅直前まで見ていたのはそのプレートアーマーの耐久値を見ていただけ。

そして派手な破砕音と爆散エフェクトに紛れて転移結晶を使った。

これを使えばヨルコさんが死んだように見せかけられた訳だ。

だからあの時の彼女は厚着だったし俺たちに一度も背中を見せていなかった。

つまりダガーは最初から刺さっていて後はタイミングを計るだけだった。

それを気付かせたのはシュミットから貰ったメモ。

そこに書かれていた名前の一つに《Caynz》というものがあった。

《カインズ》、しかしそれは《生命の碑》でみた《Kains》とは全くの別物だ。

《生命の碑》は死因と死亡時刻を表示しても《何年》に死んだかは明記されない。

これらを利用してカインズさんとヨルコさんは《黄金林檎》の事件の犯人を炙りだそうとしたんだ。

きっとそのカギを握っているのがシュミットであると確信していたのだろう。

そしてここまで『死』の恐怖に駆られたシュミットは恐らくどこかでグリセルダさんに許しを乞うはずだ。

そこで二人は事件について聞きだすのだろう。

ヨルコさんとフレンド登録をしていたアスナが確認すると生存と第十九層のフィールドにいることが確認された。

こうして生存が確認されればこの《圏内事件》も解決されるだろうと言うヨルコさんの配慮だ。

俺はシュミットが二人を殺すことも二人がシュミットを殺す可能性が無い事を伝えあとは三人に任せようとして帰路に付こうとしていた。

 

――だが、俺は心の奥でその回答に納得できずにいた。

 

何故か、それはやはりあの男の所為だろう。

(いや、あの場にはジャックもいた……)

「なあ、アスナ……」

ふと、呟く。

その雰囲気を感じ取ったのかアスナは再び真剣な顔になって俺を見た。

「ジャックはカインズさんのやったことに気付けなかったと思うか?」

「どういうことなの」

「たかがプレートアーマーの破砕音とエフェクトだけでジャックの目を欺けたのかってことだよ」

アスナの目がはっとして髪の先が浮かび上がる。

「じゃあ、最初からジャック君はこのトリックについて気付いていたってこと?」

「まあ、そういうことになる。だから事件解決を下りたことにも納得は出来るのに……」

それなのに、俺の胸の中にある靄は消えることはない。

冷静になって、一度事件を振り返ってみることにした。

そして、一つの疑問が生まれた。

「結婚したらどうなるんだろう……」

「え、キリト君突然どうしたの!?」

「あ、いや、確か結婚するとストレージが共有化されるんだよな」

何故か慌てているアスナに俺はいつの間にか思考が漏れていたことに気付き、急いで手を振った。

「じゃあ、離婚したときってどうなるんだ?」

それを聞くとアスナは顎に手を置いて記憶から知識を掘りだそうとしていた。

「もしよかったら試しに俺と……」

刹那、銘刀《ランベントライト》の鞘を掴みながら、《閃光》はにっこりと笑った。

「お、俺と……質問メールを書いてみないか、ヒースクリフ宛の」

ここで口を滑らせなかったことは、英断と言えるだろう。

そして返された回答は概ね、俺の予想通りだった。

たった一つだけ自分の思い通りに離婚時のアイテム分配を自分百、相手零に出来る方法がある。

 

「死別だ」

 

「……え……?な、何を言ってるの?」

まだ理解が追い付いていないアスナに俺は言った。

「グリセルダさんが殺されれば、彼女のストレージに入っていたレア指輪は、犯人では無く……グリムロックが手にしたんだ」

浮かんだ途惑いの色が目の前で戦慄に変わった。

俺はパズルのピースをつなぎ合わせるように言葉を重ねた。

継続ダメージに特化した貫通属性武器を作ったのはどちらもグリムロックだ。

それなら二人を最初からグリムロックは手助けしていたということだ。

それじゃあ、今《圏外》に三人とも出ているのは非常にまずい!

「アスナ、第十九層に行こう。三人が危ない!」

「本当の意味で《黄金林檎》の事件を終わらせるつもりなのね」

俺達は即座に転移結晶を取りだすと第十九層に転移した。

まだ、間に合うことを願って。

 

==========

 

俺が到着したときにはシュミットは麻痺毒でも食らったのか地面に倒れ、ヨルコとカインズは怯えるように目の前にいるプレイヤーを見ていた。

その三人のプレイヤーこそ《笑う棺桶》のトップスリーと言われる者たちだった。

第十九層から借りて来た馬から降りると三人のプレイヤーの方を向く。

余談だがこの世界における移動方法の一つには馬や牛も存在する。

ただ乗りこなすのが難しいためこんなことが出来るのは小遣いをそこそこ浪費した者のみだ。

「よう、PoH。久しぶりだな。まだその趣味の悪い格好してんのか」

「……貴様に言われたくねえな」

隠しきれない殺気を出しながらPoHはそう言った。

「ンの野郎……!状況解ってんのか!」

喚いたのは毒の付いたナイフを振り回す幹部の《ジョニーブラック》だ。

シュミットが食らった麻痺毒はこいつの物とみて間違いないだろう。

「コイツの言う通りだぜ、キリトよ。《殺人鬼》の野郎は一緒じゃないのか?そんなんで俺達三人を一人で相手出来ると思ってるのか?」

PoHの右手に握られた肉切り包丁に目を向ける。

大型のダガー《笑う棺桶》にピッタリな《友切(メイト)包丁(チョッパー)》。

俺が持つ《エリュシデータ》と同じ現時点で鍛冶職人が作成可能な最高級の武器を上回る性能を持つ武器。

所謂《魔剣》だ。

「ま、無理だな」

フードの奥で不敵に笑った奴らに続けて俺は言った。

「対毒済みで回復結晶もありったけ持ってきた。十分耐えれば攻略組三十人がここに到着するぜ」

 

――ここからは俺が笑う番だ。

 

「……Suck」

短く罵ったPoHが、舌打ちするのが聞こえた。

左手の指を鳴らすとヨルコとカインズの前にいた二人の配下が数メートル飛び退いた。

「《黒の剣士》。貴様だけは、いつか必ず地面に這わせてやる。大事なお仲間の血の海でゴロゴロ無様に転げさせてやるから、期待しといてくれよ」

瞬間、俺の中で思考が消えた。

殺意が身体から漏れだすのが自分で感じ取ることが出来る。

「Wow……」

PoHは巨大な肉切り包丁を指の上で器用にくるくる回し、腰のホルスターに収める。

そして黒革のポンチョを翻して悠然と丘を下りていく頭首を、二人の手下が追いかける。

そこで全身をぼろ布に包んだ《刺剣(エストック)》使いの《赤眼のザザ》は、数歩進んだところで振り向いた。

尚も冷静に殺気を振りまく俺を数秒見ると身を翻して二人の後を追った。

 

==========

 

オレンジカーソル三つが俺の索敵範囲から消えるとウィンドウを開いて十数人を引き連れてこちらに急行中のクラインに【ラフコフは逃げた】とメッセージを飛ばす。

三十人なんてブラフだ。

解毒ポーションをシュミットに握らせると俺はまだ恐怖の残る二人の方を向いた。

軽く話をして空気を少し穏やかにする。

「さすが、だな。どうりで《殺人鬼》と一緒に居れる訳だ」

解毒の終わったシュミットがそう語りかけた。

「仲間を殺すとPoHが言った時のあんたは、アイツが人を殺す時と同じ雰囲気だったよ」

「そう……なのか……」

知らないうちに、自分もジャックに強く感化されていたことを知る。

心の奥ではなんとなく気付いていた。

それは、あのクリスマスの時から俺の中で芽生えていたモノ。

 

――純粋な殺意は、俺の心の中に確かに残っていた。

 

それは静かな怒りとなっていつも現れる。

あの時も、それ以外考えることが無かったから。

俺は隠すように笑みを浮かべた。

すぐにアスナが近くで隠れていたグリムロックを連れて来た。

やはり、彼は近くで隠れて見ていたのだ。

そして遺品として墓に埋めていた《永久トリンケット》から取り出されたギルドマスターの証の指輪と結婚指輪が出て来た。

これでグリムロックが件の指輪を奪ったという決定的な証拠になった。

グリムロックは、全てを語った。

自分とグリセルダが現実世界でも夫婦の間柄だった事。

自分が変わって行く奥さんを永遠に思い出の中に封じ込めたいがために合法的に殺人が可能なこの世界で殺したという事を。

その言葉に反駁したのはアスナだった。

グリムロックの気持ちがただの所有欲であったと言い放ち、左手の手袋を取って結婚指輪を見せろと言った。

肩が小さく震え右手が左手をギュッと掴むと黙り込んだ。

俺達二人が関わるのもここまでだ。

シュミットは俺達にグリムロックを私刑にかけることは無いと約束して感謝の言葉を聞いて俺達は四人を見送った。

「ねえ、キリトくん」

不意にアスナがぽつりと言った。

「もし君なら、仮に結婚した後になって、相手の隠れた一面に気付いた時、君ならどう思う?」

 

「ラッキーだった、って思うかな」

 

考えた末、そんな言葉を口にした。

アスナには「変なの」と返されてしまったが。

悄然としながら歩きだそうとした俺の肩を突然アスナが掴んだ。

軽く飛び上がりつつ振り返る。

少し離れた、丘の北側。

ねじくれた古樹の根元にぽつんと立つ、苔むした墓標の傍らに。

薄い金色に輝き、半ば透き通る、一人の女性プレイヤーの姿があった。

穏やかな笑みを浮かべて右手を俺達に向けて伸ばした。

「あんたの意思は……俺達が確かに引き継ぐよ」

「ええ、約束します。だから……見守っていてください、グリセルダさん」

透き通るその顔に、にっこりと大きな笑みが刻まれ――。

 

――次の瞬間、そこにはもう誰も居なかった。

 

==========

 

「おつかれさん」

翌日、最前線にやってきた俺に近づいてきたのはジャックだった。

「カインズさんが死んだ時から気付いてたんだろ?この事件の全貌が」

「ま、それなりにはな」

ニヤッと笑ってジャックは否定しようとはしない。

「どうして教えてくれなかったんだ、それにラフコフが来ると解ってればお前だって来たはずだろ?」

「解ってれば、な。優先順位があるんだよオレらにはな」

ジャックは「それに」と言って立ち止まった。

 

「面白いモノが見れたんじゃねぇのか?」

 

振り返るとジャックは口を裂けそうなほど開いて俺を見ていた。

(本当に、コイツはどこまで知っているんだ)

口では「そうだな」と返して歩き始める。

もしかしたら、ジャックは《圏内事件》が起こることも知っていたのかもしれない。

改めて、この男の中には計り知れない何かを感じる。

きっとそれを俺達が理解することは出来ない。

俺が今まで見て来たプレイヤーにジャックと似ているプレイヤーなど存在しなかった。

まるで誰とも噛み合わない歯車のようだ。

しかも強固で俺達の中核を担う歯車。

その匙加減一つで好きな歯車を操って、世界を廻してゆく。

俺の隣に居るのはそんな奴だ。

だからこそ、強いのだと俺は思う。

愛刀の《リッパー・ホッパー》を大道芸のように体中を回すジャックの姿を見ながら俺はそんなことを考えていた。

 

==========

 

数日前《ダークリパルサー》なる片手剣を入手して間もない頃。

緊急招集を掛けられた攻略組の数十名は会議場に集められていた。

ある程度人数が集まり数分で会議場に備え付けられた唯一の扉が閉められた。

「みんな、静粛に頼む!」

ざわめきが生まれる前にそう言ったのは《DDA》のリーダーリンドだった。

扉を閉め、部屋の周りを取り囲んでいるのも全て《DDA》のメンバーだ。

「今からここで話すことは他言無用だ。いま我々は数人の情報屋を雇っているから情報が漏洩した場合は即刻《黒鉄宮の牢獄》に送る」

見れば、奥にアルゴの姿があった。

俺達の中から反論の声が上がらない訳が無い。

しかし、リンドは毅然としたまま言った。

 

「《笑う棺桶》から脱走した二人のメンバーを今、我々が保護している」

 

会議場全体に緊張が奔った。

「じゃあ、それって……」

発せられた言葉にリンドは答えた。

 

「《笑う棺桶》のアジトの場所が分かった」

 

今度こそ、沈黙が流れた。

「マジかよ……」という者の声を皮切りにリンドは机を叩いて大きな音を出して叫んだ。

「これより、《笑う棺桶》討伐作戦会議を開始する!!」

瞬時に俺達は何故《DDA》の連中がここを固めているのにも情報屋を雇ったのにも理解が出来た。

それをリンドも解ったのか口を開いた。

「場所は第五十二層のダンジョン地帯の一つ《リースム・ルクロ》にある小洞窟の安全エリアだ」

第五十二層、という言葉に俺は記憶を引っ張りだす。

確か、その階層はジャックによって一夜の内に突破された階層だ。

 

――そして気付く。

 

その後に大規模な捜索が行われたエリア……。

(それなら、小洞窟が発見されなかったことで一度虱潰しにした第五十二層にアジトはないと、操作を怠ったのか!?)

だが、敵も敵でよくそんな場所を根城にしたものだ。

いや、仮に誰かに発見されたとしても、即座に口封じしてしまえばいいのだから奴等にとっては大した問題では無かったのかもしれない。

 

――疑問は確信に変わる。

 

(やっぱり、PoHと同等かそれ以上に頭の切れるプレイヤーがいるのか、それも大博打に平気で乗るタイプの厄介なヤツが)

そして、脱走者が出るまで尻尾すらつかめなかったのだ。

《笑う棺桶》がまだ生き残っているということはジャックや《JtR》ですら彼らを見付けることが出来なかった。

(あれ……ジャック?)

周りを見渡す。

《笑う棺桶》を誰よりも追っていたのはジャックだ。

その為に標的を泳がせて情報を得るなんて真似すらしていたのに。

未だにリンドが仕切るその場にはあの特徴的な狂気を含む笑い声は聞こえてこない。

 

――違和感を感じた。

 

少しの光すら反射して輝くあの金髪が目に映らない。

「そういえば《殺人鬼》の姿が見えないんだが、誰か見ていないか?」

俺の疑問を解消するようにリンドが言った。

ここにいるプレイヤーたちは互いに目を見合わせた。

恐らく、誰もここに来るまでにジャックの姿を見ていないということだ。

「《黒の剣士》、君なら彼の居場所が分かるんじゃないか」

視線が一斉に俺の方を向く。

冷静に右手でウィンドウを動かすとこの世界で初めてフレンド登録をしたあの時を思い出す。

第一層を攻略して、俺が《ビーター》を名乗り、その後で彼から切りだした話だった。

素早くフレンドの欄をタッチすると一番上に《Jack=Gundora》の名前が。

しかし、その欄には《追跡不能》の文字。

思わず目を見開いた。

それに気付いたのか、近くに居たクラインが俺の方に近づいてきた。

その後ろにいる仲間の中にシンディアの姿も見えなかった。

何度タッチしてもメッセージすら送れない俺は急いでウィンドウを可視化させクラインに見せた。

「どうしたキリト、ってジャックが《追跡不能》!?」

クラインが上げた大声にプレイヤーたちに動揺が奔る。

「なんだと……!?」

リンドも俺の方まで来て可視化されたウィンドウを覗きこみ驚愕した。

《追跡不能》になるエリアや迷宮区は存在する。

なら、彼は最前線の迷宮区にいるのか?

この状況でジャックに限ってそんなことが有り得るのか?

「兎に角、《殺人鬼》に関してはまた明日話し合おう。取りあえず、今は作戦を説明する」

作戦が説明されるさなかにも、俺の頭の片隅には疑問が渦巻いていた。

やがて三十分ほどで会議は終わりリンドからリーダーを託された《DDA》の幹部のプレイヤーが解散を宣言する。

不安な表情をする者もいた。

俺達は心のどこかで期待していたのだ。

こういった汚れ仕事は全てジャックがやってくれるのだと。

だから、これ以上自分たちが『死』に関わることが無いということを。

その報いなのかもしれない。

 

――それから三日間、作戦開始までジャックの欄から《追跡不能》の文字が消えることはなかった。

 

==========




まず一言。
リズさんのファンの方々誠に申し訳ございませんでしたああ!!
どうしてもジャックを介入させることが出来ずに総カットと言う結末。
期待していたかがいれば謝りたいです本当に。

ついに来ましたね、ラフコフ討伐戦。
アニメを見て浮遊する足場がある洞窟と言うことで昔想像したアジトの風景をぶち壊して再構成しました。
だが、ジャックさん消えてしまいました。
どうしましょう・・・。

【次回予告】

「俺達は、今こそあの《殺人鬼》を超えるときじゃないのか」

「どうも、《イナニス=グロリア》です」

「It's Show time」

「すいません(かしら)、遅れました」

次回をお楽しみに!それでは。

※追記
白金さんのご指摘により誤字の修正。
文を手直ししました。
ご迷惑おかけしました。
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