Jリーグの独占配信権を持つDAZNが値上げを発表し、サポーターの間で大きな議論が起きた中で17日に2023年シーズンの開幕を迎える。試合のネット配信でプロ野球パ・リーグでは6球団が出資した会社「パ・リーグ マーケティング」(以下、PLM)がインターネット配信プラットホーム「パーソル パ・リーグTV」での試合生配信に加え、DAZNなど第3者にもサブライセンスを販売している。
なぜ配信の権利を持つPLMは、自サービスの独占にせずDAZNなどでも見られるようにしているのか? YouTubeをはじめとしたSNSでファンのすそ野を広げ、有料配信や球場観戦につなげる戦略について、Jサポーター出身のサッカー担当記者がPLM・根岸友喜CEOに聞いた。(取材・構成 田中孝憲=@sph_tnk)
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パ・リーグファンの多くが知っている「パーソル パ・リーグTV」(以下、パテレ)。サッカーファンには初耳かもしれない。試合の生配信が有料で見られる他、ツイッターに速報動画、YouTubeに特集動画も投稿し、ファンから絶大な支持を得ている。
料金は通常月額1595円(税込)で、ファンクラブ会員には1045円(税込)で提供。有料契約すると生配信の他、過去6000試合以上も見ることができるので、オリックス・山本由伸のデビュー戦もすぐに探して視聴できる。
DAZNはWEリーグや海外サッカー、他競技も見られるため単純比較はできないが、Jだけしか見ないなら、DAZN(通常の「DAZN STANDARD」プランで3700円)に比べると月額で2000円以上安い計算だ。なおルヴァン杯はスカパー!が放送するため、全ての試合を追うならJサポは月6000円以上の出費を覚悟しないといけない。
一方、パのファンは、セ・リーグの一部試合やサッカーなども見たければ、DAZNを契約する方が総合的にお得で、パの試合だけしか興味が無いなら、パテレを契約する方が安いという選択肢がある。
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◆インタビュー
―プロ野球とJリーグの放映権・配信権の違いを教えてください。
根岸「プロ野球とJリーグでは、テレビとインターネットの権利の管理や販売の仕方が違います。Jはすべて一括でリーグが保有している。これはグローバルトレンドです。一方、日本のプロ野球は、メディアが球団を保有している場合もあるなど、メディアと球団が密接に繋がっている。そこで各球団が個別に権利を管理して販売をしています。ただ、パ・リーグの場合は、テレビ(BSやCSを含む)は各球団、インターネットの国内領域と、海外のテレビ・インターネットは『みんなで一緒にやった方がいいんじゃないか』とのことで、PLMが管理と販売をしています」
―DAZNでもパ・リーグの試合は見られますよね?Jリーグにとっての「DAZN」のように、「パテレ」に絞った方が収益は上がると思うのですが?
根岸「どこかが独占して『1つのところで見てください』というのはある意味分かりやすい。一方で、選択肢がファンにないというデメリットがあります。ファンには難しい話かもしれないですが、権利を販売する立場からすると、1つに閉ざすことで(リーグは)お金をもらえるけれども、露出が広がっていかない。なぜなら、そのプラットフォームでしかできないから。放映権など権利周りは、露出と収益のバランスで全部成り立つと思っています。収益と露出が両方上がるのが良いです。でも収益を上げれば、露出はどうしても下がってしまうのが現状です。この前提に立つと、パ・リーグはどちらかというと、収益よりも露出を優先してやっています。ファンのすそ野を広げるという趣旨を、他の権利者にも理解してもらっています」
―なるほど。JリーグはDAZNと独占での長期契約を結んでいます。一方で、その収益が日本のサッカー界を支えているという側面は見逃せないわけですね。
「Jリーグの公式サイトには予算と決算が掲載されているので、その中の『公衆送信権料収益』を見てみると、テレビやネット配信の権利料の推移がわかって面白いと思いますよ」
◆YouTubeユーザーは球場に来るファンより若い
―無料の方に話を移します。YouTubeチャンネルはJリーグもがんばっていますが、パテレの動画はハイライト以外に「【打った瞬間】『確信歩き』まとめ」や「逆シングルまとめ」など、ライトファン、コアなファンも楽しめるおもしろい切り口が人気ですね。「煩悩を全て払う『除夜の108HR』」は企画も最高でした。
根岸「今登録者数が110万人(J公式は72万人)を超えたぐらいで、MLB(400万人)の4分の1程度と大きく負けていますが、再生回数は野球コンテンツとしては世界一のはず。登録者数はMLBに比べて少ないけど、1日あたりの投稿本数を上げています」
―新規のファン獲得につながっているのですか?
根岸「パテレのYouTubeを見ている人たちの67%が34歳以下の人達。これは球場に行っているお客さんの層からすると若い。球場に行く人は平均すると40代半ばから後半ですから。ちなみに25歳未満の区切りだったとしても、37%ぐらい。つまり1/3以上の人が実は25歳未満です。日本のプロ野球の現状を考えると素晴らしいことだと思います。もちろん、YouTubeには若い人達がいるから、というのもあります」
―若い人たちをつかんでいる、というのは重要ですね。無料コンテンツと課金コンテンツが相乗効果を生むわけですね。
根岸「まずファンのすそ野を、映像を通じて増やしていきたい。いきなり球場に行くのはハードルが高い。そして、若い人はテレビがなくてもスマホは絶対に全員持っている。だからタッチポイントを複数設けて、我々のYouTubeや他のSNSで、まずプロ野球やパ・リーグに接点を持ってもらう。すそ野を広げていき、興味を持っていただいた人は、最終的に球場に行くとか有料でライブを見ていただく。そのために、いくつかの選択肢をお客様向けに用意して、好きなところで見てくださいと、比較的なオープンにやっています」
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―YouTubeはどんな体制で運営しているのですか?
根岸「スタッフは10人ちょっとで、最近は基本的にほとんど在宅で作業しています。平日ナイターなら試合終了後3時間以内ぐらいで、その日の総再生回数の約7割が集中します。そこに向けて、どんどんコンテンツを出していきます」
◆再生回数が多いのは試合後
―やっぱり試合直後なのですね。ネットでのプロ野球記事の読まれ方と似ています。
根岸「お客さんの生活動向を見ると、試合をとにかく見たい人はネットやCS放送で、リアルタイムで見ている。ただみんな忙しいですから、夜の寝る前の時間、みなさんの可処分時間にどう使ってもらうか、と思います」
―サムネイルとかも工夫されて、動画を開きたくなります。
「YouTubeは元テレビ局の方の感覚、ノウハウを中心に、各業務を分担してやっています」
―新しいコンテンツのアイデア出しも楽しそうですね
「現場で野球が好きな人が携わってくれているのでファンの目線で『これ楽しそうだな』と思ったらやってくれる感じです。試して反応が悪かったらやめるし、良かったら続けています」
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―他のSNSはどういう運営ですか?
「ツイッターはやっていたのですが、今年からはインスタグラムやTikTokにもより力を入れていこうと思っています」
―SNSは各球団も積極的にやっていますが、すみ分けとかあるのですか?
根岸「選手に近いところ、ベンチの声出しとかは、うちでは映像が撮れない。だから選手により近いものや試合の舞台裏は球団が出して、こちらは試合映像そのものが多いです。球団も自分たちのコンテンツをもっと出したいから、PLMが主催してSNS部会といった集まりを開き、各球団で情報交換したりしています」
―経営面でいうと、PLMの収益は右肩上がりと聞いています。
根岸「権利料は、基本的には決まったらだいたい決まったが金額が入ってくる。今、右肩上がりで行く例で言うと、YouTubeです。権利料自体は緩やかな上昇ですが、YouTubeなどその他の領域で露出を増やしながら収益も得られるっていう仕組みがあるので、右肩上がりが成り立っています」
―一方で、ネットでは違法視聴対策も重要ですね。
根岸「我々は権利を販売しているので、買っていただいている方のためにも、権利を守らなきゃいけない。だから自分たちで人とお金をかけた、ソーシャルメディアをチェックするパトロール部隊がいます」
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◆ペイ・パー・ビューは向かない?
―ところでスポーツ界では、ボクシングなど格闘技は昔からペイ・パー・ビュー(PPV)が盛んです。どのように見ていますか?
根岸「格闘技という非常に魅力的なコンテンツがPPVで、インターネットで見られるということは本当に素晴らしい。実際に日本国内でもそれなりの収益が上がっていると思います。いろんな手段で、ライブで見たいコンテンツを見られる状況にあるのが、まず素晴らしくて。そしてコンテンツホルダーや選手から見ても、きちんと収益が上がる話だったとしたら、どんどんそういう方向に進むと思いますし、望ましい話だと思います」
―野球でもそうなるのでしょうか。
根岸「野球とボクシングの決定的な違いは、ボクシングは毎日やれない。野球はほぼ毎日やっていてシーズンは9か月程度と長いので、PPV向きではありません。我々としても、単発よりも継続的に何か見てもらう望ましい。PPVも用意していますが、あまりヒットしていません」
―例外はありますか? 僕も去年のパ・リーグ最終戦はくぎ付けでした。
根岸「優勝が決まる試合とかそれなりに売れますが、それでも3桁ぐらいです。4桁は本当に稀です。PPVでは大してもうかっていないのですが、その後のインタビューが地上波やBSのテレビではカットされる場合などですね。最後まで見たいというファンのニーズに応える受け皿という観点はあります」
―PPVでは面白い事例もあったと。
根岸「アニメとコラボした試合で、声優さんが出るときに4桁売れたりするんです。だから、そういったニーズはあると思っています。その10%でもいいから、プロ野球やパ・リーグに興味を持ってもらうためにも、受け皿としてPPVを用意しています」
―長時間ありがとうございました。最後に一つ聞きたいのがABEMAです。昨年のW杯中継が話題になりました。同じ動画配信をする立場として、どのようにご覧になりましたか?
根岸「純粋にABEMAさんがすごい。延べ何千万人がコンテンツをライブで見て耐えられる。インフラの仕組みへの投資や、事前の準備、当日のチューニングとかもあるのですが。もう尊敬しかないです。本当にすごいです」