黒幕であった木原幻生が倒れたことにより事件は終息を果たした。科学と魔術のバランスは奇跡的に保たれ、学園都市に日常が再び帰って来たのだ。
そんな世界の在り方を一変するような大事件が、すぐ近くまで迫っていたことも知らずに、学園都市に住まう子供達と共に大覇星祭は変わりなくそのプログラムを進めていく。
学園都市の一大イベントである大覇星祭で浮き足立ちながらも、陽が出て間もないことで比較的閑静なこの時間帯に、どこにでもあるファストフード店で彼女達は人知れず集まっていた。
「はあ、……白井さんには悪いことしちゃったわねぇ」
摘まんだポテトを食べ終わると、食蜂は後輩にあたる
「常盤台に編入させる訳にもいかないドリーのために、
あそこまで事件の解決に邁進していた彼女の努力と使命感に、唾を付けるようで申し訳ないけど、今回の警策さんが行った諸々は全て消去済みよぉ」
「まあ、そうじゃなきゃ私がこうして日の下で過ごせる訳ないもんね」
そう言うと、警策は注文したコーラに口を付ける。彼女としてもその事に関しては想定の範囲内だ。
「
それに、能力で操っていざというときは肉壁になれなんて、流石に人道
その役目を嬉々としてやってくれる人員がいるなら、その人をドリーの側に付かせるのが一番安全で確実なんだゾ☆」
「普通、面と向かって肉壁って人に対して言う?」
所々嫌味を含ませている会話だがそこに険悪さは無い。それどころか、気を使うというプロセスが必要無い分、その関係性にはどこか気安さがあった。
御坂美琴のDNAマップを用いて生み出された
その中で生まれた
ドリーの健康を無視して行われる実験を止めようとしたが、何も出来ずに関係を断たれてしまった警策と、警策の後釜としてドリーの会話相手に宛がわれ、事実を知ったのがドリーを看取った後の食蜂操祈。
更には、幻生を相手に共闘した経験も彼女達の間に遠慮を取っ払った要因なのだろうか。
「(まあ、実際にはドリーと会ったときにした私達に対する謝罪から考えると、多分私達の時間を取り戻させようって考えなんだろうけどさ。
自分の能力も満足に扱えない当時の操祈ちゃんに、大人達の思惑を全て察しろなんて無茶もいいところだって流石の私でも分かる。
あの実験に参加した科学者達に隔離されて、ドリーが死んじゃったときにその場へ居合わせることも出来なかった私からすれば、ドリーを想って泣いて見送ってくれた子が居るってだけで充分なのにね……とはいえ、貰えるものは貰っとくから何も言わないけど)」
警策はドリンクに再び口を付ける。復讐の道から外れても腹黒のところは流石は彼女である。
そこまで話すと、食蜂はうって変わって神妙な顔付きになった。
「───まあ、それはそれとして、そろそろ本題に入りましょうか。天野さんについて詳しい話を聞かせて貰うわよ」
それは、ドリーを助け出したあとのこと。帰りの車の中で警策が告げた衝撃的な事実が食蜂を襲った。
「……天野ちゃんの深層心理に潜り込んだとき、出会った人格が美琴ちゃんの人格そのものだった。あれは、ウイルスに侵食されたミサカネットワークが天野ちゃんに集約したせいで、天野ちゃんのコピー能力が許容限界を超えちゃったんだと思う」
天野俱佐利の人格が御坂美琴の人格に上書きされた。それがどういう事なのか、学園都市の精神系能力者最強に君臨する彼女には誰よりも正確に判断が出来る。
「人格の書き換え、と言ってしまえばそれだけなんだけど、相手があの天野さんになってくるとちょっと難しくなっちゃうのよねぇ……」
人格の書き換えなど心理掌握を扱う彼女からしてみれば、息を吸うのと大して変わらない事である。本来ならば彼女の心理掌握を使い塗り潰される前の元の人格を引っ張り出せばそれで済む話だった。
「
おそらく、それだけじゃ天野さんの人格に影響を与えることは不可能だと思うわ。既に何万人ものコピーをしている天野さんなら何かしらの影響はあっても人格が全て丸々塗り潰されるなんてありえない筈。
……だとすると、原因は『御坂さんの姿をした状態でミサカネットワークを出力された』こと」
分かりきった事柄ではあるが、今は状況の一つ一つの精査と確認こそが解決への近道。天野俱佐利というそれぞれ親愛と罪悪感を抱く対象だからこそ、基本に忠実な解決方法を踏む必要がある。
「心理掌握じゃあ俱佐利ちゃんには届かない。でも、美琴ちゃんの状態での強引なミサカネットワークによる出力なら話は別。
美琴ちゃんのDNAマップから生み出された、
要するに、同じ細胞のクローンである
俱佐利ちゃんもそうだけどコピー元の美琴ちゃんもそこを幻生に利用されちゃって、
幻生の部下として動いていた警策は、
「……それと比べてしまうと、赤の他人の能力である心理掌握とミサカネットワークじゃあ、御坂さんの身体による馴染み易さからくる、天野さんに対してのハッキングの精度は天と地にも差がある…………あるんだけど、なーんか腑に落ちないのよねぇ」
「っていうと?」
理屈は分かるのだが食蜂はその仮定に納得できない。天野俱佐利と共に過ごしてきた日々が彼女に違和感を抱かせる。
「私の心理掌握は天野さんには通じない。これは、分かりきっている事なんだけど、それは天野さんが身体をコピーして変身したあとも変わらないわ。
なら、
天野さんが絶対能力者《レベル6》に至るため、ミサカネットワークからエネルギーが送られたのが事実だとしても、繋がれたミサカネットワークの情報がちゃんと天野さんと繋がっていたかは怪しいわぁ」
「……幻生は俱佐利ちゃんの身体が
「でも、それってエネルギーを受け取り易いってだけでしょう?ミサカネットワークのそのものとの親和性が高い訳じゃない。加えて何かしらの要因がないと…………あっ」
そこで彼女は思い出した。過去に
「天野さんは
不正ログインのようなものだが自分達と同じ様な脳波を形成して、ミサカネットワークに一時的にでも接続したのならば、天野特有の劣化模倣によって変質した脳波が、ミサカネットワークのアクセス記録に登録されていてもおかしくはない。
「御坂さんの身体であっても天野さんの脳波は
それこそ、一度もミサカネットワークのチャンネルに入ったことがないだろう御坂さんよりも、天野さんの方がミサカネットワークの親和性が高いってことになりえる……」
「でも、不正ログインなんてセキュリティ強化して閉め出すのが当然じゃない?何で彼女達はそこら辺対策してなかったのさ?」
警策が疑問を投げ掛ける。食蜂には理由に心当たりがあった。
「ミサカネットワークの上位個体である
天野さんってフットワーク
そこで築いた信頼が今回は裏目に出てしまったってところかしらね」
他にも、
「まあ、それ以前にミサカネットワークは電磁波で形成されたAIM拡散力場のようなもの。上位個体の打ち止めでもそこまでの権限
だが、エネルギーの吸収率の高さとミサカネットワークの親和性の高さが、オリジナルである御坂美琴よりも高かった事実が導き出せれば理屈が通る。
──しかし、だからこそ不明瞭な部分が浮き彫りになってくる。
「『オカルト』、『非科学』。あの幻生が見付け出そうとした未知の理論……。幻生の話じゃこれも関与しているのよね?」
「うん。私も馬鹿馬鹿しいと思ってたし学園都市をブッ潰せるならなんでもいいと思ってたけど、幻生が
それこそ、それがなきゃ私も幻生と敵対関係になることも無かったかもしれないしね」
科学の重鎮が取り組んだ全く新しいテーマ。同じく馬鹿馬鹿しいと思いながらも食蜂はその現象を幾つか目撃している。
既存の物理法則とは違った力。目で見たものが真実ならばそれに向き合うしか方法はない。
「……本物の御坂さんに弾かれている時点で心理掌握は通じない。
だから、天野さんの人格を元に戻すにはミサカネットワークを活用するしか方法は無い上に、幻生が生み出した理解不能の『オカルト』のエネルギーも必要になる…………不確定要素に加えて不安材料ばかりで嫌になっちゃうわぁ」
食蜂には『オカルト』が何なのか全く分からないため、入力するために適切な出力も質もその一切が不明。それに加えて、昨日のような形態変化でもして学園都市を滅ぼす災害になれば手も付けられない。
成功する可能性は極めて低い上に、そもそも必要な条件と満たすための前段階に辿り着けるかどうかも怪しいのだ。
彼女から弱音が出てしまうのも仕方がないだろう。
「これからは、御坂さんと
「つーか、その美琴ちゃんは?操祈ちゃんのことだからてっきりここに呼んでるかと思ったけど」
「私もそうしようと思ったんだけど電話が通じなかったわぁ。多分だけど昨日の天野さんとの電撃の打ち合いでショートしたってところが有力。
どうせ自分よりも格上の
「それじゃあ、派閥のメンバーや操祈ちゃんの能力での人海戦術は?」
「今やってる。日を跨いで警策さんが言うからこんな朝方になってるのよぉ」
そして、御坂美琴の携帯がショートしているということは、御坂美琴の姿で
もちろん、不幸な上条少年の携帯も電磁波で壊れているのは言うまでもない。
「(例のカエル顔のお医者様のところに入院したっていうから帆風を向かわせてみれば、既に自主退院したって言うし……。
というか、入院日数が一日も居ないってそれ入院って言えるのかしらぁ?それを許すあの医者が適当なのか、天野さんが普通じゃないのか……)」
まあ、明らかに後者が理由だろう。それこそ、傷一つ無い人間を入院させる必要なんてどこにもないのだから。
「(御坂さんは既に捕獲済みでここに連行中だけど、天野さんがどこで何をしているのかは分からない。
ただでさえ行動範囲が広いのに、人格が御坂さんのものになっているなんてノイズまであると、私のプロファイリングもほとんどご破算。待つ以外のことが出来ない)」
「あ、あのー、操祈ちゃん?指をそんなに叩いても来るのは周囲の人達の視線なんだけど……」
ミシンのように叩き続ける食蜂に警策が困惑しながら言うが、生憎彼女にその言葉は届かない。警策は居心地が悪化した状況に嘆息しながら手元のジュースに口を付けた。
食蜂曰く、食品添加物盛り沢山の食品ばかりが幅をきかせる学園都市の中で、『当たり前の材料』を基に調理しているのがこの隠れた名店らしい。
別に肥えた舌ががあるわけでもないが、より安全な食べ物が食べられるなら警策としては願ってもいないこと。要するに、『行き付けにしてもいいかなぁ』、と思うくらいの感想だ。
彼女は目の前の少女から視線を外し、喉越しを突き抜けるフレッシュな甘味を感じながら、窓越しに流れる学園都市の風景を見ようとして
「ぶふぉッッ!?!?!?」
盛大に噎せた。
「きゃあ!……ち、ちょっと、何なのよぉ?警策さん、幾らなんでも品性
肩で息をする警策をかなり引いた目で見ながら苦言を呈する。
こんなファストフード店や先日の戦いからは考えづらいかもしれないが、歴としたお嬢様である食蜂からすれば、品性からかけ離れた今の行動は受け入れがたいものがある。
そんな彼女の反応に気付きながらも、警策はナプキンで口元を拭きながら窓の方に向かって指を指した。
怪訝な顔をしながら彼女の指が指す方に顔を向ければ、そこには天野倶佐利がどこかキョトンとした顔をして、店の外から窓越しにこちらを眺めていた。
天野倶佐利が。
「───はあッ!?」
現在、行方不明で人格が上書きされたとされた少女が、まるで何でもないかのようにそこに立っていた。
目立ちながらも落ち着く色合いの萌葱色の髪をいつものように流しながら、目が合う食蜂に向けてニッコリと笑いながら手を振っている。
品性を感じられない声と抜けた顔をしたまま、食蜂はこうして数秒の間固まったのだった。
次回未定。