135話と136話、137話を一緒にしてしまうと、二万字近くになってしまうので流石に分けました。見にくいにもほどがありますので
Fate要素はここから席巻します
「───
土御門は懐からフィルムケースを五つ取り出し、フタを開けて中身を全てばら撒く。この空間に力を満たし掌握する。
一センチ四方の四角い紙片が舞い落ちる中で彼は言葉を発していく。
「───
その瞬間、空気が明確に変わる。それこそ、取り巻く法則が全く変質してしまったかのように、レールが違うものへと変わったのだ。その中心点に居る彼は、星形の角に位置したままの天野に向けて視線を向ける。
今から行う魔術は陰陽博士である土御門であっても成功するかどうか、最後まで確信が持てなかった。
だが、そんな理由で止まるわけにはいかない。
彼には守りたいものがある。第一はもちろん妹の舞夏ではあるが学園都市での生活も彼は気に入っていたのだ。
通う学校では上条や青髪と共に馬鹿騒ぎして問題を起こし、クラス委員長である吹寄に叱られる、そんなありふれた普通の学生生活は魔術の世界で生きてきた彼からすれば得難い幸福だった。
だから、それを守る。そんな何気ない毎日を硝煙の香りや鉄臭い血の匂いで汚さないために。
表の世界を裏の世界が侵させないために、彼は命を懸ける。
彼が今から行う詠唱は今まで慣れしんだ陰陽術の詠唱ではない。陰陽五行説を用いてバランスを崩すために、土御門が新たに構築した詠唱だ。
今あるバランスを崩し、天野倶佐利を神から人へと叩き落とす。そのために、彼の知識と経験と技術と直感、その全てを集約させた魔術が科学の街で起動する───ッ!
「───告げる」
それは、違和感を抱く光景だった。
「───我、陰陽の祖、安倍晴明の血筋を引く土御門家に連なる者也」
土御門が厳かに詠唱する。
しかし、彼が魔術を使う状況に出くわした者ならばそのことに違和感を抱くことだろう。嘗て、陰陽博士と呼ばれていた彼は魔術の詠唱を独自のものに変換する癖がある。
それは、単純な技術の高さによるものだからだが、不良陰陽師となじられるくらいには通例を無視したものだ。だからこそ、彼が手を合わせ真っ当に詠唱を唱えることに違和感を抱く者もいることだろう。
だが、考えてみればそれは当然のことだ。
アレイスターが運用しているのが五行思想だけではない。それが、西洋魔術なのか科学の理論なのかは分からないが、何かしらのエッセンスを他所より取り入れているのは間違い無い。
それを分かっていながら詠唱の簡略化や変換を行い、成功への可能性を低くするほど彼は愚かではなかった。
「───晴明公が生み出せし五行の理を五芒星の陣に照応させた晴明桔梗を用いて、我は世の理に干渉せん」
陣の輝きが強まる。
陰陽道は五行思想を組み合わすことで陰陽五行説を生み出し、その後の陰陽道の基盤となった。
図形の黄金率と一筆書きが出来ることから魔が入る隙がないとされ、最強の覇魔の陰陽術として日本各地に広まった経緯がある。
全ては希代の天才陰陽師である安倍晴明の手によって。
「───陣の内方に力を満たし、外界からの力を閉じよ。先に送らせし力を破却し、王冠より王国へ向かう道は今ここに形成される」
出力され続ける『虚数学区・五行機関』を閉じ、アレイスター=クロウリーが提唱したテレマ思想の根幹である、カバラの樹とも照応させた詠唱。
意図せず土御門はその文言を詠唱に組み込んだが、それは別世界に存在するとある詠唱と酷似していた。
そして、それはまるでしっぺ返しのように起きる。
「───ガハッ!!ゴボ……ッ!!」
「ち、ちょっと、アンタ!何で吐血しているのよッ!?」
それは、分かりきったことだった。『能力者は魔術を使用できない』という制約が土御門を襲ったのだ。
身体中の血管が破裂し大量の血が流れていく。その悲惨さは土御門に対して疑心を抱いていた御坂が躊躇なく心配するほどだ。
そのことを全て承知で実行した彼は、御坂から向けられる心配の一切を無視して魔法陣に集中する。
チャンスは一度しか彼に与えられていない。
それを誰よりも自覚している彼は歯を食い縛り最後の詠唱を唱えた。
「───汝、偉大なる我が祖が生み出した陣と我が呼び声に応えるならば、円環と五芒星より現れよ───ッ!」
五芒星の陣が更に輝きを増す。今起きている戦闘を見ればいつ吹き飛んでもおかしくない程度の光かもしれないが、その輝きこそが最後の希望なのだ。
その中で土御門は自身の身体に流れる命の源が、一秒ごとに流れ落ちるのを感じていた。視界がぼやけ焦点が合わなくなり、直ぐにでも意識が暗闇の中に落ちそうになるのをぐっと精神力で捩じ伏せる。
「づッ…………天野の中に居る存在について断定は出来ない。……だが、どの神話体系でもそれを信仰する宗教は必ず存在している。そして、宗教と魔術は切っても切り離せない関係性にあるもんだ」
神話の中で魔術を扱う者達を魔女として排斥することもあれば、巫女や司祭として祭り上げることもある。
容認するか淘汰するのかの違いはあれど、どの神話や伝承でも人が魔術を使用しているのはよくあることだ。
「御坂美琴は虚数学区へ干渉するための触媒として。五行思想は天野に『土』の属性を付与し、中に居る存在の性質を際立たせるため。
ここまではどうにか揃えたが……まあ、どう考えてもこれだけじゃあ及第点にも届かない机上の空論だろう。大事なものが欠けすぎている」
大部分が土御門の推測で成り立ってはいるが、それでも限界がある。虚数学区という『界』を擬似的に生み出し、天野の中に居る存在が『土』に該当する性質を持っているとしてもまだ足りない。
それこそ、『土』の性質のみを隆起させればその存在の意識は帰らず、エネルギーだけがこちら側に表出する可能性がある。
その影響は
「……それが地震ならまだどうにでもなる。俺の最悪の想定としては日本中の火山が噴火する大災害などに見舞われる可能性。
地震については日本の科学力なら被害を最小に抑えられても、火山についてはモデルケースが余りにも少ない。
富士山を含めた日本各地に存在する山々が前兆も無しに一斉に噴火すれば、日本は間違いなく終わっちまう」
大天使クラスのエネルギーとはそれほどまでに強大だ。地形が変わる程度なら運が良い部類だろう。最悪は地球そのものの環境が変質してしまうことも容易にあり得るのだ。
それこそ、人間を含めた全ての生命体が住めなくなる、死の星へと変わってもおかしくはないだろう。
「……だから、必要なのは魔術的な歴史だ。天野の奴が身体の内側に住まわせている存在が魔術サイドの存在なのだと定義する楔。五行思想はあくまでも思想に過ぎないんだか…………ら……」
そこまで言うと、土御門はバシャッと水音を立てて血溜まりの中へと倒れた。能力者となった彼が魔術を行使すれば重傷になるのは避けられない。
その事を誰よりも知っていた彼は、血溜まりの中に沈みながらも苦痛の中で希望を見いだし続ける。
「ゴホッ!ガハ……ッ!…………だ……だが、もしも天野の中に居る存在が日本由来の存在じゃないとするなら、陰陽術ではその楔には為り得ない……天野の中に居る存在と関連する魔術が、この術式を成功させるための最後のピース……。
『虚数学区・五行機関』自体は学園都市で生み出されたものだから、このままじゃ魔術よりも科学に寄った何かが出てきちまうことだろう。
それが、天野の中に居る存在と関連してるならまだしも、ねーちんの話じゃ魔術サイドの存在に違いないって話だし、この状態で呼び込むには希望的観測がすぎる……」
だが、先ほども述べていたように天野の中に居る存在について、土御門は答えどころかヒントすら掴めていない。この状況でその存在が登場する神話や伝承から、当時の人々が抽出した魔術を特定することなど不可能だ。
だからこそ、神話、伝承に寄り添うように発展してきた魔術の中で、特定の時代や文化、物語に結び付かないニュートラルなものが求められる。
科学で形成された『界』と、陰陽五行説から生まれた晴明桔梗による『土』の属性と『日本の陰陽術』。
天野の身体がエルキドゥの触媒なりえるのだが、他の色が強すぎるのも確かだった。
エルキドゥを知る者からすれば前二つは該当しているが、この場合『陰陽術』という点が
これを大きく塗り替えるには、それこそエルキドゥが登場する『ギルガメッシュ叙事詩』と共に、当時の人々が生み出した魔術が必要となるだろう。
しかし、土御門はそれを導くことが出来ない。情報が余りにも不足している。
「……その上、シンプルな魔術であればあるほど、少しの違いが決定的な違いになってくる。それこそ、魔法陣の数を増やして魔術を発動したとしても、力が分散して効果が出にくくなるもんだ。
───つまり、この場合ピンポイントで関連する魔術を探り当て、術式を発動しなきゃならない」
今の状況を知る者ならば、誰もが絶望的と判断することだろう。
そして、最悪な要因はまだまだ存在している。
十字教は『神の子』が現れる以前の宗教を否定している。これが権威を十字教に一点集中させるためなのか、はたまた他の理由からなのかは不明だが、エルキドゥは『神の子』が現れる以前の存在だ。
当然、十字教以前の魔術は歴史から抹消されていることがほとんどのため、古代メソポタミアの魔術が時代を超えて渡り受け継がれたとしても、大部分が抹消されている可能性が高い。
更に、土御門は日本の陰陽師。隠蔽された他国の魔術知識など有しているわけもない。
だからこそ、土御門にはどうすることもできないはずだが、彼には立った一つの光明が見えていた。
「……だが、
何処の時代でも文化形体でも必ず生まれていたとされる魔法陣。時代が違えば人の在り方が違い、文化が違えば思想が異なる。
それにもかかわらず、共通して描かれていたその魔法陣は、諸外国だけではなく日本にも同じくして生まれ、
土御門は自らを中心として展開される魔法陣を意識しながら、それを言葉にする。
「……五芒星の魔法陣。つまりは、星形の陣だよ。円の中に星形を描いてそこに魔術的な意味を見い出だすのは、どの時代もどこの国でもそうだった。
……他でもない世界最古の文明で生まれているのなら、該当しない魔術体系を探す方が難しいだろう?」
要するに、『世界各地に該当する魔法陣』ならば、『日本の陰陽術』という小さな枠組みから外すことができるという訳だ。
いや、正確には枠組みを日本という島国から世界全土へと、拡張することが可能になる、といった方が正しいのだろう。
最強の陰陽術と言っても、ベースとなっているのは世界中でありふれた星形の魔方陣。基盤となっている魔方陣自体に手を加えられている訳ではないため、新たに何かをする必要はない。
西洋魔術の要素を詠唱に取り入れることで、東洋の魔術要素を相殺する必要性はあるが、五芒星の魔法陣である『晴明桔梗』自体に土御門は直接手を加える必要は無い。
「(というか、こればかりはラッキーだった。『晴明桔梗』は安倍晴明が編み出しただけあって一分の隙もなく完成されている。
これはつまり、魔術の基礎である必要ならば他の文化圏の魔術と組み合わせるってのが出来ない術であるということ。
もし、世界各地で最も多く生み出された魔法陣が五芒星の陣じゃなかったら、打つ手がなかったぞ)」
もし、最古に存在した文明が生み出した魔法陣が、星形の魔法陣ではなかったらこうはならなかったかもしれない。
仮に五芒星ではなく六芒星が最初に生み出され、世界各地に広まっていたとするならば、命懸けのこの魔術は全てご破算だったのだから。
「(………………いや、無駄な仮定だ。この俺がこんな無意味な想定をするとはな…………そろそろ血が脳に回らなくなってきたってことか)」
誰が見ても瀕死の重傷を負っている彼は、今にも閉じられそうな目蓋を懸命に開けて前を向く。
「(『虚数学区・五行機関』は閉じた。科学や陰陽道と言った色を最古の魔法陣である星形の魔法陣で打ち消して、科学と切り離した『魔術』と『土』の属性、天野の『身体』という触媒。
これで、混じりけ無い召喚術式として起動できるはずだ……だが、それが俺の呼び声に反応するかは別の話……)」
いくら主が危機的状況でも、碌に知らない人間の言うことを聞くかはまた話が違ってくる。中にはプライドを優先して主共々死に行く者もいることだろう。
だからこそ、土御門に出来るのは頼ることだけだ。
歯を砕き割るほどに食い縛ったあと、土御門は吠えるように声を出した。
「ッ……今の俺には魔術を持続させることすら難しい。だから、今の数秒で突破口を見付けやがれ!
お前が本当に天野を大切としているなら、他人の思惑で神に祭り上げられそうな
未確定な存在に作戦の命運を賭ける。土御門らしからぬ無謀な賭けとなったが、今ここに居る人材を鑑みた中でこれ以上の案は存在しない。
信用はなく、信頼もなく、本当に存在しているのかも未だ不明。
裏取りができていない他人の情報に命を懸けるなど、本音を言えば死んでも御免なのが彼の本音だ。
禁書目録も神裂火織も他ならぬ本人自身が、それぞれ推察に明確な確信が持てない時点で最悪も最悪。
だが、彼女達もプロの魔術師だった。インデックスの魔導図書館としての知識が、神裂の一騎当千の戦闘員としての経験則が、確かな答えへと無事に土御門を連れていったのだ。
だからこそ、この結末は必然だったのだろう。
ドンッッ!!と、いう重い音と共に、曇天の空から稲光と共に雷が落ちた。
だが、その場に居たものは眉を潜める。雷というものはこのような音を出すものだったか?
それこそ、
そして、それは正しい。今の現象は物理法則から外れた魔術によるものなのだから。
雷光によって焼かれた視力が再び戻ってくる。そして、雷が落ちた先には人影が佇んでいた。その容姿を見て彼らは息を呑む。
その者は美しかった。
白いローブから覗かせるその手足は引き締まった男のようにも見え、その流れる長髪や顔立ちは女のようにも見える。
遥か彼方。遥か昔。人類の歩みに寄り添った兵器が、本来の姿で再び地上に降臨したのだ。長い睫毛を開き翡翠の双眸で周囲を眺めたエルキドゥは、喚ばれた理由を直ぐ様看破する。
「───どうやら、優秀な魔術師がこの世界にも居るようだね。異世界の魔術と類似したものを編み出し、聖杯そのものに干渉する。碌な知識も無いだろうに実現出来るなんて驚いたよ」
「………………お前は?」
「マスター……天野俱佐利の中に居る兵器と言ったら分かるかな?おそらく、君が僕を喚んだんだろう?」
そう言うと、『彼/彼女』は土御門に触れた。すると、土御門の傷が全て塞がり瀕死の状態から全快したのだ。
それには、土御門も驚愕の表情を浮かべていたが、その者はそれをなんでもないかのように別の方へ視線を移す。
その者は人に非ず。
それは神々が造りし意思を持つ神造兵装にして、神に反逆せし『天の楔』を天へと連れ戻す役目を与えられた『天の鎖』。
最古の人類史に語られる『彼/彼女』を、
英雄 エルキドゥ
そんなエルキドゥに向けて二人の
「な、何!?何が起きてんのよ!なんか話の流れに着いて行けてないんだけど!!」
「おいおい、天野のヤツが二人も居やがるぞ?なんだ、アイツ双子だったのか?」
「ぬがああああッッ!ツッコミが出来ねえ!!間違いなく違うだろうけど、私もそれが断言出来るほど状況を理解出来てないし!!
あの馬鹿も私に必要最低限の説明ぐらいしやがれつーか私のポジションいつからこんな微妙な感じになってんのよッ!?!?」
状況が理解出来ていない二人を置き去りに、エルキドゥは坦々と語る。
「僕は君に喚ばれはしたけど君のサーヴァントになったわけじゃない。あくまでも、限定的なものだと理解して欲しい」
「サーヴァント……?」
「本来なら召喚者のサーヴァントとなるのが自然なんだけど、君の
こうして、僕がマスターの身体の中から出てこれたのもその恩恵が大きい。とはいえ、君の魔法陣があるから僕はこうして現界出来ているんだけどね。
つまりは、今回は特例中の特例ということさ。もし、
とはいえ、僕がこの魔法陣から出るとまたマスターの中へ戻るようだ。どうやら、こうしてマスターと離れて稼働出来るのも少しだけのようだ」
土御門は目の前の存在が何を言っているか、ほとんど理解出来ていないが自分の決死の作戦が上手くいったことは分かった。
「君から魔力を吸うとそのまま死んでしまいそうだから、大気から力を分けて貰うしかない。そうなると、物量で押す戦法は取れそうにないかな。
───うん、ならやっぱりこれだね」
そう言うとエルキドゥが手を前に伸ばす。その心意は直ぐに明らかとなる。
ジャララララッッ!!と、金属音が響き渡る。その鎖は次々に魔神に至ろうとしていた天野を縛り付けていく。
「───なんだこれはッッ!?」
あれほど暴れていた天野がピタリと動けなくなる。鎖がギシギシと擦れ軋む音はするが砕ける様子はない。
その光景は土御門としても予想外だ。
「(動きを阻害してくれれば御の字だったが、まさか完全に動きを封殺するとは……。コイツは魔神と同等かそれ以上の性能なのか……?)」
魔神に対してあのような拘束具とも言えない鎖など、直ぐ様破壊されそうだが一向に壊れる様子はない。
天の鎖は拘束に関して言えば、神性の者に対して圧倒的なアドバンテージを取れる。そのことを知らない土御門がその結論を導いてしまうのは仕方無いだろう。
様々なイレギュラーが重なったが、こうして最終段階までやり通した。土御門は疲労を隠すために胡座へ組み直して前を見る。
これで残るは最後の仕上げ。土御門の合図と共に天野の背後に向かって人影が砲弾のように駆け抜けた。
上条当麻。
今まで動きを見せなかった男が最後の切り札となって戦場に割って入る。
「上やんがいつ作戦無視して飛び出してくるか冷や冷やもんだったが、堪えてくれてよかったぜよ。その右手は俺の用意した魔法陣なんて一撃で粉砕しちまうだろうから近寄られただけで不備が出かねない」
上条としても土御門を始めとして御坂や削板が傷付いていく様子を、安全地帯でただ眺めるというのは耐え難いものではあったが、土御門が魔術を発動する意味を知っている彼からすれば、それを無駄にする行為など出来るはずもなかった。
それこそ、姫神がオリアナの攻撃によって重傷を負った際、ステイルから『その右手に幻想を殺す力はあっても、守る力は無い』と、断言されたことも踏み止まる理由になっただろう。
いつもは誰よりも身体を張る男が何も出来ずにいるなど、どれほどの苦しみか。
「くそ……っ!」
彼は無力感を抱きながら真っ直ぐに走る。その感情は彼が守りたい少女が常に感じているものだと彼は分かっているのだろうか。
「『
……俺の詠唱で
さっきは天野の奴を上に昇らしちまったが、今回は問題はない。──やっちまえよ上やん」
鎖を解こうとするが擦れる音だけが木霊する。万全ではなくともその効力に陰りはない。
「今回俺は大したことは何も出来なかった。だけど、これはみんなが繋いでくれた大事なバトンだ。絶対に届かせてみせる」
「───やめろッッ!!」
その言葉を受けてか急に暴れ出し、髪だけが意志を持つかのように動き出す。身体を封じられても尚、髪だけで反撃するつもりなのだ。
しかし、たかが髪だと侮ってはいけない。
「ぐ……ッ!」
先ほどと同じように炎や氷が上条を襲う。その出所は勿論ひとりでに動き出した天野の長い髪だ。
女魔術師は髪型を変えることで天候を操るという伝承もある。それに加えて、髪は魔術的な意味合いを持つ。髪を操るだけで先程の真似事くらいは容易に可能なのだ。
「ふむ、魔力量が足りなさすぎたね。マスターの拘束に不備が出たようだ。この未知の力で充たされた空間は僕と相性が悪すぎる。───申し訳ないけどあとは君次第だ。僕のマスターを救って欲しい」
「───ああ、任せろ!」
当たり前の話だが、上条はエルキドゥの名前も性格も考えも一切知らない。
それこそ、目の前で助けようとしている自らの先輩と瓜二つな姿であり、空から現れるといった奇怪な方法で降り立ったことを踏まえれば、怪しみ未知の存在として恐れるのが当然だろう。
しかし、上条にはそんなことは関係無い。同じ人を助けたいと心から願っているのならば、相手が天使だろうが悪魔だろうが上条は一切の躊躇はしないのだ。
想いを力に変えて上条は拳を振るう。
そんな上条を見ながら土御門はプロの魔術師として冷静に戦況を分析する。
「(髪型を変えることで魔術を発動するのはそう珍しいことじゃない。分かりやすい霊装が無いから今まで上やんが戦ってきた魔術師とは毛色が違うかもしれないが、……一つ明確な弱点がある)」
土御門は意識が途切れながらもその欠陥に気付く。相手が普通の相手ならば髪だけの魔術でも通じたかもしれないが、上条当麻には相性が悪すぎる。
それは言ってしまえば何て事はない。考えてみれば当然のことだった。
「──フッ!」
死に物狂いで天野の攻撃を避けていた上条が急に軽々と攻撃を躱す。
そこに焦りはない。まるで、分かりきっていたかのように安全地帯へと身体を滑り込ませたのだ。
しかし、それで攻撃が止まることはない。天野は髪型を変えて別の魔術を発動する。それを見た上条は叫ぶように声を出した。
「──次は氷だろ!」
上条の言う通りに天野の前方から巨大な氷塊が打ち出され、これも寸でのところで屈んで躱す。上条はまるで右手を使うまでもないというかのように、そのまま天野に向けて疾走する。
「髪型なんてそうそうあるもんじゃない!しかも、髪型を変えなきゃ他の魔術が出せないなら、切り替え途中は大きな隙になる!
髪型のパターンさえ覚えれば次の攻撃で何が来るかは分かりきっている!!」
それに加えて彼の有する前兆の感知。意識が無くただ闇雲に暴れる天野の攻撃が上条に当たるわけもなかった。
天野がまたしても別の髪型に変える。しかし、上条は速度を落とさず構わず走り抜けた。
その髪型のパターンは既に覚えていたから。
パシュンッ!と軽い音と共に煙が突如噴き出した。それは、今までのような攻撃ではなく目に見える変化は無い。そして、それによる上条のダメージも一切生まれない。
これが世界中に存在している魔術の重複による弊害だ。上条はそれを白日の下に暴き出す。
「
それこそ、日本じゃ手の平を下にして上下に降ろす動作が『こっちに来い』って意味なのに対して、海外じゃ『あっちに行け』って意味になっちまうのと同じ様に!!」
文化圏かかわらず同じ様な意味合いの動作があるように、それに反する動作も世界中には様々存在している。
重複が加算によるものだけとは限らない。相殺し合い減算する可能性も当然生まれるのだ。
それが魔術の世界に無いと誰が言えよう?世界中の異なる意味を持つ魔術同士が相殺し合うことで、魔術が不発と終わる可能性も間違いなく存在しているのだ。
そのまま、右手の届く間合いに踏み込むと握り締めた拳を開き、突き出すように上条は再び右手を伸ばす。目の前で邪魔する障害は一つもなくなった。
上条は天野の変貌が著しい頭部を掴むようにして右手で触れる。それは、いつしかのインデックスを救ったときと類似していた。
バギンッ!と、硬質な何が壊れる音と共に、その右手は土御門の魔術も天の鎖も───天野の魔神化も、その全てまとめて消し飛ばしたのだった。
そして、……
◆裏話◆
1、上条VS魔神化オリ主
上条が余裕でオリ主の攻撃を捌けたのは、オリ主に髪の毛の魔術しか扱えないという縛りがあったためであり、天の鎖による拘束がなければパターンを見切るなんて芸当は不可能でした。
本来の状態だと手札が余りにも多すぎるためパターンを掴むなど不可能で、普通に圧殺されて終わります。
2.1、四大元素
話の流れを途切れさせないために本文には載せませんでしたが、もし仮にオリ主の中に居る存在が、五大元素に類する存在ではなく四大元素に関する存在でも特に問題はありません。
というのも、四大元素は火、地、風、水から構成され、それぞれがタロットで『火は杖(ワンド)』を、『地は盤(ペンタクルス)』を、『風は剣(ソード)』を、『水は杯(カップ)』をシンボルとしています。
ここまで聞くと、五大元素や五芒星とは全く関係が無いように思えますが、『地の盤(ペンタクルス)』に限りその範囲から外れます。
というのも、実は『地の盤(ペンタクルス)』の表面に描かれたものが、他でも無い『円と五芒星』なのです。
つまり、土御門はオリ主の中に居る存在が、『土』の属性であることは推察から導きだしていたため、例え四大元素の存在であったとしても五芒星の陣を用いれば、問題なく『地の盤(ペンタクル)』を浮き彫りにすることが可能だった、というわけですね。
必要な条件は『魔術』と『土』とオリ主の『身体』という触媒なので、どちらにしても問題はなかったというわけです。
2.2タロットの絵とか四大元素とそこまで深く関係あるんか?
魔術サイドではタロットのような結び付きから霊装とか普通に作ります(『黄金』の頂点であるメイザースやバードウェイ等)
出典元から別の魔術を抽出するなんてザラにあることなので、この程度は問題無いかと。