100年に一度の地震に米支援解体が追い打ち、デモ参加者は医師免許失い「医療も失敗に」

翻弄される人々 軍政下のミャンマー㊦

ミャンマー国軍によるクーデター直後の2021年2月、南部タニンダーリ地域のミェイク大で行われた抗議デモ。国軍が発射したゴム弾などで学生らが負傷した(ペトラさん撮影)
ミャンマー国軍によるクーデター直後の2021年2月、南部タニンダーリ地域のミェイク大で行われた抗議デモ。国軍が発射したゴム弾などで学生らが負傷した(ペトラさん撮影)

ミャンマーの女性医師、ペトラさん(32)=仮名=は、2021年2月1日に国軍によるクーデターのニュースが流れると、滞在していた南部タニンダーリ地域で国軍への抗議デモに参加した。しばらくして最大都市ヤンゴンに戻り、職場の公立病院の施設で状況を見守りながら、抗議活動を続けた。すると病院を追い出され、別の町の私立病院に身を隠した。

民主派への取り締まりは激化。しばらくしてヤンゴンに戻ったが、医師の仕事はもうなかった。民主化を求めるデモに参加したことで、2年ごとに必要な医師免許の更新ができなかったからだ。

その後、軍政に対抗する民主派政治組織「挙国一致政府(NUG)」の「保健省」の一員になり、昨年2月に徴兵制の実施が発表されると、仲間とともにミャンマーを脱出することを決断した。NUGはクーデターで弾圧されたアウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)の議員や公務員を含む民主派に組織され、多くのメンバーが脱出先の国外で活動している。

3月、ミャンマーの北東部シャン州からメコン川の支流ルアク川をひそかに友人と3人で渡り、タイ北西部メソト経由で首都バンコクにたどり着いた。「医療を必要としている人々に尽くしたい」と医師になったペトラさん。ミャンマーが大地震に見舞われた今、「いつの日か帰国して、自分がやりたかった仕事をしたい」との思いが日に日に募る。

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ただ、復興に向けた動きは鈍い。クーデター後、ミャンマーは米欧などの経済制裁を受け、日本を含めた外国からの投資や援助が滞っているためだ。

地震を受けて、中露や東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国が救助隊や支援物資を送ったが、「100年に1度」とされる災害規模を前に「期待されていたほど、あるいはあるべきほど強力ではない」(米CNN)のが現状だ。

そこに、トランプ米大統領が進める米国際開発局(USAID)の解体が追い打ちを掛けている。USAIDはこれまでミャンマー支援を担ってきたが、その規模は既に縮小。地震後にミャンマーに派遣された職員は3人にとどまったうえ、全員がミャンマーでの支援活動中に解雇された。

支援が滞る中、国軍は復興への歩みを拒否するかのように、対立する少数民族武装勢力への攻撃を重ねている。ペトラさんは「国軍は、国民の危機からの回復を助けることよりも反対勢力の抑圧に関心がある。国民を人間として見ることができない」と怒りをあらわにした。

クーデターによる国軍の実権掌握から4年以上。「アジア最後のフロンティア」として投資をひきつけ、経済成長を遂げていた国は強権支配と災害で疲弊している。

「このままでは経済も医療も教育もみな失敗に帰してしまう」と語るペトラさんの表情は、翻弄されるミャンマーの人々の苦悩を象徴していた。(バンコク 岩田智雄)

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