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老後の安心を見据えて、多くの人が注目している「新NISA」。非課税のメリットや長期運用の魅力から、制度を活用しようとする動きが広がっています。しかし、トランプショックにより、「新NISAなんてやめておけばよかった」という声が続々と聞こえてきます。

NISAと確定拠出年金で老後は安泰のはずが…

「これで老後も安泰だと思っていたんですけどね」。都内在住の松井健一さん(仮名・59歳)は、ガックリと肩を落とします。

松井さんは現在、都内の中堅メーカーに勤務しており、5月末で定年を迎える予定です。現在の月収は48万円。これまでのサラリーマン人生で、地道に貯蓄を積み上げてきました。そんな松井さんが、老後の資産形成の「最後のひと押し」として注目したのが「新NISA」でした。

「老後資金を少しでも増やしたくて、妻から許可をもらって投資デビューしました。100万円をS&P500に投資しました。積立投資枠も使って、合計200万円です。さらに日本株にも投資して、成長投資枠の240万円を使い切りました。トランプ氏が再び大統領になれば、アメリカ経済も株価も伸びるだろうという読みでした」

確かに、SNS上でも「新NISAで米国株一括投資」という声は散見され、多くの人が老後不安のなかで、大胆な投資行動に踏み切っています。

ところが、その後の展開は、松井さんの予想とは大きく異なるものでした。

「去年の8月5日でしょう。そして今回のトランプショック。評価額がどんどん下がっていく……定年直前にこんな展開。あり得ないですよ」

松井さんの会社では、確定拠出年金(企業型DC)も導入されており、そこでも米国株中心の運用をしていたため、そちらの資産も目減りしてしまったといいます。

「正直、こんなことになるなら、定期預金のままでもよかった。『株は長期保有が前提』とは聞いていましたが、定年直前ではそんな悠長なことも言っていられません」

NISAは、「長期・積立・分散」が基本方針とされています。定年まで1年という状況で一括投資をする行動は、本来の制度の趣旨とは大きく異なるものでした。金融庁の資料でも、新NISAについて「長期の資産形成を支援する制度」であることが強調されています。一時的な下落に耐えられる余裕があってこそ、といえるでしょう。

「積立では時間が足りない。だから一括投資しかなかった」と語る松井さんのように、焦りが判断を誤らせるケースは少なくありません。

家族との関係にも影を落とす「投資の失敗」

投資の損失は、家計だけでなく家庭環境にも影響を与えます。「定年前にこんなことになるなら、投資デビューなんて認めなければよかった」と妻から責められるようになり、家の空気もぎくしゃくしてきたと松井さんは語ります。

退職後は夫婦で旅行でも──と考えていた未来は遠のき、今は「老後をどうやって暮らすか」で頭がいっぱいだといいます。家族とのすれ違いに加えて、「自分の判断ミスで人生を壊してしまったのではないか」との自己嫌悪にさいなまれることもあるようです。新NISAという制度自体は、長期的な資産形成を後押しする仕組みですが、使い方を誤れば、制度の恩恵を受けるどころか、大きなリスクにさらされることもあります。

「もう人生、詰みましたよ」

金融広報中央委員会『令和5年家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査]』によると、「元本割れの経験がある」と回答したのは、50代が30.2%、60代が41.2%。また元本割れの受け止め方として、「リスクをよく理解していなかったので仕方がない」というのは50代で18.1%、60代で15.9%。一方で「相場の変動によって元本割れするリスクを金融機関が十分に説明しなかったから」は50代で4.5%、60代で4.8%でした。投資による損失の理由を自分ごととして捉えていない人は少なくないまでも、一定数います。

NISAなど制度そのものに問題があるわけではなく、自分の年齢や資産状況を無視した投資判断をしてしまうことが問題であるといえます。定年前の資産運用においては、「増やす」よりも「守る」ことに重きを置いた戦略が重要です。万一の下落時にも、生活費を確保できる現金を手元に置いておくこと。短期的な値動きに一喜一憂せず、冷静な判断を保つこと──それが何よりのリスク管理です。

制度の良し悪し以前に、今一度、自分のライフステージに適した資産運用を見直してみる必要があるかもしれません。

[参考資料]

金融広報中央委員会『令和5年家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査]』