樋口尚文の千夜千本 第228夜『新幹線大爆破』(樋口真嗣監督):インタビュー篇
樋口真嗣監督が語る『新幹線大爆破』というレジェンドへの挑戦
あの日本の娯楽映画のひとつの頂点とも言える傑作『新幹線大爆破』('75/東映/佐藤純彌監督)が樋口真嗣監督によりネットフリックスでまさかのリブート実現と聞いて、矢も楯もたまらず撮影現場に赴いた。そこは映画会社のステージにはおさまりきれない実物大の新幹線車両セットを組んだ木更津の巨大な物流倉庫であった。ネットフリックスならではの潤沢なバーチャルプロダクション撮影が、樋口監督の快調な演出のもとで粛々と進められ、あまつさえ車掌役で主演する草彅剛のきびきびした演技に期待も高まった。本稿では作品レビューの前に、ネットフリックスのオフィシャルインタビューとして筆者が行った樋口真嗣監督への質問を掲載しよう。
――樋口監督は原作の1975年版『新幹線大爆破』をいつご覧になったんですか。
小学校三年生だったんですが、宣伝を見ていたらとても観たくなって初日に行ったんです。するとこれが思っていたような痛快な映画ではなくて、犯人グループが無残に全滅していくストーリーなので衝撃的でした。でもそこでもうひとつ覚えているのは、事件に立ち向かう国鉄の人がみんなカッコよかったことなんですね。このとんでもない事態を何とかしなきゃという使命感で、はしばしの名もなき職員さんまで含めて職務を遂行するむだのなかがよかった。このストイックに事態解決に立ち向かう国鉄の人たちと、その一方で自分たちの夢や欲望のためにぎらぎらと暴走して破滅する犯人グループ。このコントラストが凄くよくて、当時もう一回観に行きました。
――今回の『新幹線大爆破』の企画が決まって、新たなストーリーづくりをする過程で気をつけたことはありますか。
原作の1975年版『新幹線大爆破』が公開された後、鉄道ファン向けの雑誌で「この映画のここがおかしい」みたいなことを列挙してたたいている記事があって、映画ファンでもあり鉄道ファンでもある自分としては「とてもドキドキして楽しんだ映画につまらないことを言うなあ。これでは映画がかわいそうだ」と義憤に駆られたことがあったんです。だから、リブートするからには、そんなかわいそうな目にあわない作品にしたいという意識が強かったですね。だから、新幹線の設計に詳しいブレーンに頼んで「実際どんなメカニズムなのか」ということを研究しましたね。
――特に原作の持ち味を継承した部分はありますか。
原作では警察は犯人を捕らえることはできても、新幹線で起こっていることそのものを解決に導けるのは、宇津井健さんを筆頭とする国鉄職員だけなんです。なので今作では、そこをもっと強調して、事件解決に向けての方策、アイディアが次々に繰り出されるような展開を狙いました。『ウルトラマン』の『空の贈り物』の回のように(笑)、「〇〇作戦」「△△作戦」が続々打ち出される愉しさですね。逆に原作ではパニックになる乗客の側にはあまり踏み込んでいなかったので、今作ではそこに三面記事的にみんなが知っている著名人が乗っていて、この人たちが乗客側の代表として物語に参加できないかなと考えてみました。そんな乗客側の人たちの関係がさまざまにもつれあったあげくに犯人が現れるという展開にはしたかったんです。
――原作は国鉄の協力が得られず、新幹線関連の部分は全部自前で作らなければならなかったわけですが、今作はなんとJR東日本の協力を得られたというのが驚きでした。
脚本を練っている当初は今回も全部こちらで作らなければいけないのだろうなという気分でやっていたわけですが、JR東日本さんが「エンタメで東日本を盛り上げよう」という意図を意気に感じてくださって、まさかのご協力をいただくことになったんです。先方の皆さんは当然原作はご存知でしたし、また新幹線をさまざまに見せたいという気持ちをお持ちだったので、こちらのやはり新幹線は本物を見せたいという気持ちと合致したんですね。ただし、作品づくりでご一緒させていただくからには、われわれもJR東日本さんの一員であるというぐらいの規範と意識の遵守を徹底されたんです。そこでは「鉄道人」という言い方がされるわけですが、全スタッフ、キャストが「鉄道人」として、たとえばホームを移動する時には必ず乗客の方に道を譲る、目が不自由な方のために設置されているタイルは踏まない……などの所作を守って動いていました。
――そのJR東日本の協力のおかげで撮影できて、特にありがたかったものは何でしょう。
新幹線そのものはもとより、やはり駅ですね。あらゆる駅を撮らせてもらいました。ただ走行している新幹線車内の撮影は時間との戦いですから、やはり本物ならではの緊張感を伴うことになるわけです。そこで本物の特急こだまで運行中に撮影した黒澤明監督の『天国と地獄』は、どうやってあの撮れ高(狙い通りに撮影できた分量)を実現できたのかをみんなで検証したんですよ。ああ先輩たちはこうやっていたのかと。
――相当意表を突く犯人像ですが、あれはどこから思いついたのですか。
いろいろなパターンを考えてみて、「実はいない」(爆笑)という押井守さんのアニメみたいなアイディアまで出たのですが、やはり観客が犯人を知った時にゾッとするような感じにはしたかったんです。また、現代では原作のように社会から落伍したアウトローがこういう犯罪を起こすというのはなかなか難しい気もしましたので、こういうかたちに行きつきました。
――しかしさらに面白いのは、そんな斬新な犯人を思いついたうえで、さらに原作で描かれた犯罪、犯人とのジョイントを図っていることです。ここまで予想だにしない犯人像なのに、あえて原作と関連づけたというのはが、どういう発想なのでしょう。
犯行の動機にもうひとつ太い軸が欲しかったんです。するとやはりあの原作の事件を持って来るのが必然だったんです。
――その犯人登場の前は、原作オマージュの強い第一の作戦がさらにVFXで迫力とスピード感を増して描かれますね。
ところがこちらは新幹線がぎりぎりですれ違うようなサスペンスをやりたいのに、JR東日本の方がシナリオを読んで「今はたくさん路線がありますから、これはそんな危ない方法をとらずに逃がせますよ」とおっしゃるんです(爆笑)。そんなアドバイスもいただきながら、観た人が「あれれ」と疑問を持たないように研究して、どの駅ならこんなことが可能なポイントがあるのかも研究して撮りました。
――そういう原作のサスペンスを技術的にアップデートしているシーンもあれば、原作でファンがシズルを感じたツボが踏襲されていてわが意を得たりでした。たとえばJR東日本で事態解決にあたるリーダーの斎藤工さんの「双眼鏡」ですね(笑)。
あの新幹線の運行状況を示す電光板を遠くから視認するための双眼鏡ですね。原作では宇津井健さんが双眼鏡を構えるというリアルさにみんなシビれるんですが、JR東日本さんに取材に行ったら「双眼鏡は使いません」と言われまして(笑)。なぜかというと、そもそもあのワイドな電光板のことを通称「屏風」と言うのですが、今のJR東日本ではみんな手元のモニターで運行状況を確認しているので、あの「屏風」自体が無いんですね。でもあそこはどうしてもやりたいところだったので、演出上「屏風」も双眼鏡も再現しました。
――デジタルな映像技術が最先端である一方で、あえてそういうクラシックな設定に戻しているところもあって面白いですね。
「屏風」のセット自体も重厚感があって原作より立派なものにはなったと思うのですが、あの電光をセットの裏から動かすのがめちゃくちゃ大変でした。そういうアナログな仕掛けや努力もけっこうあるんです。
――その「屏風」もさることながら、私は新幹線のセットの現場も見せていただきましたが、実物大の巨大な新幹線セットには驚きました。
あれは本物の東北新幹線に使っている椅子からパネルから全部借り受けて組んでいるので、車内は実際の新幹線と全く同じなんです。現役をリタイアして訓練用に使われていた実物のパーツをお借りして、撮影が終わったらまた戻しました。ただし本物と同じスケールだと撮影所の大きなステージにもおさまらないので、郊外の巨大な倉庫を借りてセットを作ったんですね。
――ノーマルな作劇の部分からVFXのポストプロダクションまで含めて、「ここは特に大変だったな」という場面はどこだったんでしょう。
これが意外に車内のパニック描写なんですね。あの人がすれ違えないほどの狭い通路での芝居を作るのも大変だし、さらにそれを撮るカメラの動線も考えなくてはならないので夢にまで見るほど悩みました(笑)。
――主演が草彅剛さんだと聞いた時は、原作で千葉真一さんが扮した新幹線の運転士の役なのだとばかり思っていたのですが、実際は車掌の役でした。この車掌さんをセンターに持ってきた理由はなんでしょう。
走っている車内で最も直接乗客に向き合って、さまざまな権限を委ねられて判断を下しているのは車掌なんですね。指令所の連絡を受けて乗客に伝えるのも車掌で、実際の運転士はとにかくストイックに安全で正確な運行に専念しているわけです。原作の千葉真一さんみたいにバーナーで爆弾除去してひと暴れする運転士さんはいないんです(爆笑)。そんな取材の結果から車掌を主役にするという発想になりました。
――草彅剛さんは樋口監督の『進撃の巨人』にも少しだけ出演されていますが、本格的には『日本沈没』以来のお仕事になります。そんな草彅さんへの思いを聞かせてください。
いつかまた一緒に作品を作りたいという気持ちがあってずっと連絡をとりあったり、舞台を観に行ったりしていたのですが、特にこの数年の草彅さんの俳優としての目覚ましい評価を高まりを見るにつけ、「ああ僕がずっと好きだった草彅さんの秘めたる魅力が遂にみんなの知るところになってしまったな」という気持ちと、「そんな草彅さんとぜひ新作を」という気持ちがメラメラ芽生えていたので、とても嬉しかったです。
――新幹線指令所のリーダーをつとめる斎藤工さんとは役についてどんなお話しをされましたか。
原作の宇津井健さんがとにかく沈着冷静な人物だったので、もうちょっと沸点を低くして動きについてもダイナミックな動作を見せるキャラクターにしてほしいとお願いしたんです。要はこの役にもっと若さを与えたかったんですね。なんとなく裏コンセプトとしては、優秀で若くしてこんな重責を担う立場に置かれた斎藤工さんが、その若さゆえの危うさも含めて頑張っている感じにしたかったんです。
――草彅さんと組む新人車掌役の細田佳央太さんはなかなか大変な役まわりでした。
いくつかの作品で細田さんがフレッシュな演技をしているのを観て「いいな」と思っていましたが、作り手としてはせいいっぱいの愛情表現としてとてもひどい目にあわせてしまいました(笑)。草彅さんの上司に厳しく指導されながらも、愛されてしまう「後輩キャラ」をうまく出してくれたと思います。
――車内の乗客たちもクセのある人物たちが揃っていますが、要潤さんをこういう役にというキャスティングは面白いですね。
配信でも大人気の経済コメンテーターという、ある意味現代を象徴するような役柄ですが、あまりこういう役をやったことのない要さんだとこの人物の「つかみどころのなさ」がうまく出るのでは、と思ってお願いしました。
――同じく巻き込まれた女性議員役の尾野真千子さんとは樋口監督も実は長いご縁ですよね。
テレビドラマの『MM9』からですからけっこう長いのですが、今回はいい意味でのびのびと暴れてほしいという狙いでお願いしました。先にネットフリックスで配信されている『阿修羅のごとく』での名演技と比べて、彼女の演技の幅を見てほしいと思います。
――のんさんが運転士というキャスティングは樋口監督の意向ですか。あの配役のアイディアはどこから来たのでしょう。
あれは僕のアイディアなんですが、取材をしてみるとまず女性の運転士がけっこういるので「これはアリだな」と思ったんです。それでなぜのんさんかと言うと、彼女が監督をつとめた映画を手伝ったことがあって、その現場で彼女が俳優の時には見られない厳しくりりしい一面を見たんですね。そのりりしさがとてもいいなあと思って、この矢面に立たされて悩む運転士の役にぜひと思いました。
――のんさんが運転席で指差確認するアクションは萌えポイントですね(笑)。
あの指差確認は本当にやっているものなんですが、実際はもっと凄く速いんですよ(笑)。
――指差確認で思い出しましたが、今作にはこうした『シン・ゴジラ』以来の「職業人」が業務遂行していく萌えポイントが随所にあります。JR職員が運行ダイヤ変更を鉛筆でてきぱき行う作業もそのひとつですが、あれは今も実際にやっているものなんですか。
列車の運行を一本の線で表したものを「スジ」と言うので、あの作業は「スジ引き」という作業は今もやっています。あのシーンは到底まねできないので、本職の皆さんに動作だけでなくセリフも含めて実演していただきました。あの速度であんなに責任の重い判断を下していく作業なんて、本当に匠の技ですね。
――しかし樋口監督はこれまでにも『日本沈没』『隠し砦の三悪人』『ゴジラ』と邦画のビッグタイトルのリブートを担い続けてきて、今度はまた映画ファンのバイブルとも言える『新幹線大爆破』のリブートなのですが、こんな責任重大なミッションを背負ってどんな心境でしたか。
いずれももうその山に登れるだけで嬉しい仕事ですし、本当に光栄なことです。もちろんそんな責任あるミッションに私でいいのかという気持ちにもなるのですが、一方で「よその誰かが作ってつまらないものにされるくらいなら自分でやってしまおう!」という衝動にも駆られて引き受けてしまうんですね。
(次回「作品レビュー」篇につづく)