宗教も伝統もなしに追悼ができるか!

 この世の中には、われわれの社会や国家というものを、一からある特定の計画に従って人工的に作り上げることができると考える人々がいる。国家を「もともとあるもの」としてではなく、「約束ごとによって作られたもの」と主張する樋口陽一氏のような学者はその典型的な部類といえようが、なかには自覚なきままにこのような考え方に搦め捕られてしまっている人々もいる。例えば国家ではないが、戦没者追悼の施設なるものを、これまでの歴史伝統とは関係なしに、まったく新しい考え方の下で宗教とは関係のない無宗教の施設として人工的に作ることができると考える人々である。仮にそんなものができたとしても、それが果たしてこの日本社会の根本的条理に適うものかどうかという問題など、およそ考えたこともない想像力欠如の人々でもある。

 筆者はこのような人々の主張を聞かされる度に、あのフランス革命の狂気に踊った人々のことを想い浮かべる。フランス革命はいわゆる「理性信仰」の大義の下に遂行された人工国家づくりの試みであったが、「ものの考え方」ということでいえば、これらの人々はまさにこの主人公たちの夢想と瓜二つといえるからである。そのバカさ加減を知るためにも、この革命の史実に一、二触れてみることは無意味ではないだろう。

 フランス革命が反宗教、それも反カトリックの革命であったことは知られているようで意外と知られていない。彼らは革命直後、まず教会税の廃止や教会財産の没収という反教会政策を行ったが、革命の進行とともにこの政策をエスカレートさせていく。その結果が修道院の廃止であったり、聖職者への妻帯強要であったり、あるいは聖職者の公務員化、そしてそのための宣誓強要という暴虐きわまりない政策であった。それに従わない聖職者は火刑、国外追放、あるいは関係する教会の破壊、聖器類の没収……等々ということになった。

 しかし、ここで指摘しなければならないのは、こうした政策の後に行われたことなのである。教会、キリスト教が全否定された上に、いったい何が行われたかということなのだ。結論からいえば、「最高存在」の信仰という新たな宗教が作られた。「最高存在」とは理性のことであったが、それがキリスト教の「神」に代わって新たな神の座に就いたのである。そしてその下で、「理性の祭典」あるいは「最高存在の祭典」なるものが行われた。それはまったく新しい考え方の下に誕生した無宗教の祭典であったが、それは神聖なものであることが必要とされた。かくて女性市民が「理性の女神」なるものに扮し、新たな聖典「人権宣言」を指し示しつつ現れるといったような疑似宗教的な形態がとられることになったのである。またその祭場では「真理の松明」なるものが燃やされ、そこで「迷信の玩具」と称されるものがそこに投げ入れられるというパフォーマンスも用意された。それだけではない、この種の歴史解説書を読んでいると、中央には「自由の木」が立てられ、その脇にはヘラクレス像をいただく円柱、そして市民たちが共和国への賛歌をうたう……といった記述が続く。まさに読んでいるだけで胸くそが悪くなる異様な光景なのである。フランス革命は新しい「革命の文化」を作るというスローガンの下、このようなグロテスクなものを作り出すことになったということなのだ。

 現在議論されている「国立追悼施設」に関する懇談会の議論を見ていて感ずるのも、こうした胸くその悪さである。戦前の神道の伝統に基づく英霊祭祀のあり方は否定されなければならない。その背景にある歴史観も全否定されるべきだ。その上で、全く新しい「二十一世紀のナショナリズム」とでもいうべきものに立脚した無宗教、中立の無機的な施設を作らねばならない。それは靖国神社とは全く関係のない新施設であることが必要である――。それは先に述べたフランス革命の「理性の祭典」そのままで、筆者には「薄められたフランス革命の観念劇」を見せられているような気がしてならない。

 人間社会とは歴史伝統によって成り立つものである。それすらわからない者に、どうして歴史伝統の化体ともいえる戦没者追悼施設など論じられるのだろうか。(日本政策研究センター所長 伊藤哲夫)

〈『明日への選択』平成14年9月号〉