シリカ編が終わり今回から《圏内事件》に入って行きます。
「けんない」って打ち込むとどうしても「県内」と出てしまう…。
誤字になってないかとても心配です。
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いったい何なんだ、この女は。
そりゃ確かに、いい天気なんだから昼寝でもしろと言ったのはオレだし、その実例を示すべく芝生に転がったのも俺だ。
まさか、本当に隣でグースカ熟睡しているとは予想外にも程がある。
このまま眠り姫を放置して面倒事になる前にとっとと去りたいのだが、実際にはそれはできない。
今いるここ、第五十九層主街区の中央広場は《圏内》だ。
しかし過度の疲労などで熟睡しているプレイヤーはちょっとやそっとでは起きることはなく各種ハラスメント行為や、最悪PKの可能性もある。
「疲れてる……んだろうな」
俺やジャックもかなりハイペースで攻略をしていると思うが、彼女はそれに加えてギルドメンバーのレベル上げにもしっかり貢献している。
「……うにゅ……」
ようやく目を覚ましたようで謎の言語と共に数回瞬きし、俺を見上げた。
ふらふらと上体を起こして左右を交互に見ながら、最後に胡坐をかいて座る俺を見た。
透明感ある白い肌を、瞬時に赤く染め(おそらく羞恥)、やや青ざめさせ(おそらく苦慮)、最後にもう一度赤くした(おそらく激怒)。
「な……アン……どう……」
再び謎言語を放つ《閃光》に、俺は最大級の笑顔と共に言った。
「おはよう。よく眠れた?」
白革の手袋に包まれた右手が、ピクリと震えたとき俺達の耳に大笑いする声が聞こえた。
「え?」「え?うおっ!」
アスナは俺の後ろを向いて声を上げ俺も振り返って驚いた。
「あっ、ハハハ!!ホントテメェらは飽きねぇよな」
そこには木の太い枝に蝙蝠のようにぶら下がって腹を抱えて笑う金髪の男。
そのまま反動を使って半回転し、俺たちの前に見事に着地した。
「ジャック、何時から居たんだよ」
「お前が寝て数分後だな、面白そうだったからそこの木の上で寝てたわけだ」
「……ゴハン一回」
不意に聞こえた声に俺達が振り返ると、今にも腰のレイピアを抜きそうな姿をしたアスナだった。
「ゴハン、なんでも幾らでも一回奢る。それでチャラ。どう」
「それってオレも入ってんのか」
「一応ね」
隣で面倒そうな顔をするジャックに俺は笑ってOKと答えた。
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第五十七層主街区《マーテン》は少しざわつきを見せていた。
理由としては、言うまでもなく俺たちだろう。
ギョッと眼を剥く者や目を疑って頬を抓られる者、何故か泣き崩れた者など散々だった。
《殺人鬼》と《閃光》と《黒の剣士》が肩を揃えて歩いていれば確かにこんな状況にもなる……。
ジャックは気にも留めずに歩いているがアスナはそうはいかず、今にも走って店に飛び込みたい気分だと思うが、生憎店をチョイスしてのは俺。
その場所も彼女は知らないのだから結局俺の後をついてくるしかないのだ。
まず間違いなく、SAO最後の日までもう二度とこんな真似は出来ないだろうなあという感慨を噛み締めつつ、五分ほどでやや大きめのレストランが現れた。
「ここ?」
「お前まだ穴場の探索してたのか」
胡散臭そうな顔でアスナ、呆れた顔でジャックが俺を見た。
「そ。お勧めは肉より魚」
スイングドアを押し開けると中にいるプレイヤーからも驚愕の声が聞こえた。
異色の三人に気にせず近づいて来れるのはNPCくらいのものだろう。
少し奥の席に三人で腰掛け、速攻で届いたフルートグラスに唇をつけてから、アスナは口を開いた。
「ま……なんていうか、今日は……ありがと」
「へっ!?」
驚愕した俺を見てジャックは吹き出して笑った。
「ありがとう、って言ったの。ガードしてくれて」
「あ……いや、まあ、その、ど、どういたしまして」
まだ笑っているジャックを肘で小突くと「『へっ!?』ってなんだよ」と笑いながらジャックが俺を見た。
するとアスナは、クスッと笑って体を椅子の背もたれに預けた。
その笑顔に、俺は、もう一つ、この女がちょっとあり得ない程に美人なのだと言うことにも気付かされ、不覚にも絶句した。
幸い、発生しかけた微妙な間を、サラダの皿を持ってきたNPCがキャンセルしてくれた。
さっそく、色とりどりの謎野菜に卓上の謎スパイスをぶっかけ、フォークで頬張る。
ジャックはきっちり手を合わせると「いただきます」と言ってサラダを食べ始めた。
その姿にアスナが有り得ない物を見たという表情をしている。
一応フォローしておこうと俺はサラダを呑みこむと口開いた
「今日は言うんだな」
「……今日は?」
アスナがオレに聞き返す。
「黙って見てればわかるよ」
そういうとアスナはジャックの方を向いた。
それを気にすることなく黙々とジャックは右手のフォークで野菜を口に運んでいるのだが、次の瞬間。
フォークを持っていた手が右手から左手に変わった。
「え?」
先ほどと変わらない手つきで野菜を食している姿に驚愕の声を上げる。
やがて食べ切るとジャックは言った。
「何かおかしい所でもあったか?」
(大ありだろ……)
悪戯っぽく笑う姿にアスナが見せた表情を見て俺もあんな顔をしていたのかと軽くへこんだ。
「ジャックは自分の利き腕とか食べる時の仕草がばれないようにしてるんだよ」
アスナがはっとする。
俺も嘗てジャックの現実世界での情報を探ろうと現実世界のくせで仮想世界に反映するモノが何か考えたとき、この食事が思い当たった。
しかし、右手で物を食べていたジャックが次の日左手で箸を操っていた時には目を丸くした。
正体不明を貫き続ける姿がそこにあった。
「確かに、短剣も左右どっちでもつかってたわね」
納得したようにアスナが再びフォークを手に取ったその時だった。
「……きゃあああああ!!」
――!?
どこか遠くから、紛れもない恐怖の悲鳴が聞こえた。
「店の外だわ!」
そう言う前に、すでにジャックは走り出しその後をアスナと俺が追った。
純白の稲妻のように走るアスナと金色の糸を引くジャックを追いかけすぐ先の円形広場へと飛び込んだ。
そしてそこで、俺は、信じられないものを目にした。
広場の北側には、教会らしき石造りの建物がそびえている。
その二階中央の飾り窓から一本のロープが垂れ、輪になった先端に男が一人、ぶら下がっていた。
分厚いプレート・アーマーに全身を包み、大型のヘルメットを被っている。
恐怖の源は、男の胸を深々と貫く、一本の黒い
男は、槍の柄を両手で掴み、口をパクパク動かしている。
傷口から漏れる赤い光に《貫通
俺は一瞬の驚愕から覚めると同時に、叫んだ。
「早く抜け!!」
しかし、『死』への恐怖か槍はびくともしない。
逡巡する俺の耳に、アスナの鋭い叫びが響いた。
「きみは下で受け止めて!」
「わかった!」
このとき、俺はジャックがどんな顔をしてそれを見ていたのか気付けなかった。
半分ほど走ったところで、大型ヘルメットの下に覗く両眼が、空中の一点を零れ落ちんばかりに凝視した。
男が、何かを叫んだような気がした。
そして、無数のグラスが砕け散るような音と共に、青い閃光が夜闇を染めた。
拘束すべき物を失ったロープが、くたりと壁面にぶつかった。
無数のプレイヤーの放つ悲鳴が、街区に満ちる平和なBGMをかき消した。
視界の隅でジャックが建物の上に登っていることに気付いた俺は大声を上げた。
「ジャック!《デュエル勝利者宣言メッセージ》は!?」
「こっから見渡す限りじゃ、ねぇな」
すぐさま返事が返ってくる、同時に生まれる疑問の渦。
この《圏内》においてプレイヤーが死ぬのは《完全決着モード》のデュエル以外ありえない。
俺はかつてその光景を目にしている。
「みんな!デュエルのウィナー表示を探してくれ!!」
俺の意思を悟ったプレイヤーたちはすぐさま視線を四方八方に走らせ始めた。
だが、発見の声はない。
と、思った瞬間、問題の窓から《閃光》の白い騎士服が覗いた。
「アスナ!!ウィナー表示はあったか!?」
「無いわ!システム窓もないし、中に誰もいない!!」
「……なんでだ……」
「三十秒だ、キリト」
建物から降りて来たジャックにざわめきが一瞬止まる。
誰かが呟いた。
「殺……人鬼……」
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先程の犯人はジャックではないのか。
ジャックが犯人ではないことをアスナが説明するとその疑惑は野次馬達からもなくなった。
《証拠物件》のロープと短槍を回収し、目撃者を呼び掛けると一人の女性プレイヤーが前に出た。
ジャックもいると言うことで一層恐怖を増したように見られる彼女はか細い声でアスナの質問に答えていた。
名を《ヨルコ》と言うらしい。
俺たちが店を飛び出す原因を作った最初の悲鳴を上げたのも彼女だそうで、殺された友人とは食事に来ていただけということだ。
振り返ってジャックを見る。
「ジャックはどう思う?」
「さぁな」
率直に聞くと小さく返された。
尚もアスナは慎重にヨルコさんから事件のことを聞いている。
殺された彼は《カインズ》と言うプレイヤーらしい。
協会から落ちる直前にカインズさんの後ろに誰かが立っていた。
それ以外は何となく俺の予想通りだった。
取りあえず《圏内》で殺人が起こったということは下手に伝わればパニックを起こすのは必至だ。
当分は街中でも気をつけるように言うと、大手ギルドに所属するプレイヤーが代表して応じてくれた。
ヨルコさんも観衆たちにもいったん落ち着く時間が必要だと判断し、その場は一旦お開きとなる。
「さて……、次はどうする」
残ったアスナとジャックに聞くとジャックが言った。
「オレはここでおさらばだ、今日はまだやることがあるからな」
「それじゃあ私達は手持ちの情報を検証しましょう」
アスナもジャックを止めはしなかった。
やはりこういう人の『死』が絡んだ時のジャックは苦手なのだろう、声色にもそれが浮かんでいた。
「ま、進展したらまた連絡でも入れとけ」
踵を返してジャックは手を軽く振ると転移門から去って行った。
その後、俺達は《鑑定》スキルを持つエギルの下へと突撃した。
ロープは汎用品、そして――。
「PCメイドだ」
「本当か!」
俺とアスナは思わず身を乗り出し、俺は声を上げた。
「誰ですか、製作者は?」
アスナの切迫した声に、エギルはシステムウィンドウを見下ろしながら言った。
「《グリムロック》……綴りは《Grimlock》聞いたことねえな」
「でも、探し出すことは出来るはずよ」
生まれた短い沈黙の中でアスナが硬い声で言う。
「手がかりにならないと思うけど、いちおう武器の固有名も教えてくれ」
「えーっと……《ギルティソーン》となっているな。罪のイバラ、ってとこか」
「……ふーん」
「罪の……イバラ……」
囁くように呟いたアスナの声もまた、どこか寒々とした響きを帯びているように思えた。
「そういえばジャックはどうした?」
ウィンドウを閉じてからエギルが言う。
「ジャックも俺達と一緒にいたな。ただ用事があるとかでさっき別行動になったけど」
「なら《Jesus to Rippers》が出てくる可能性もあるってことか」
俺とアスナは互いに顔を見合わせた。
今や《殺人鬼の犬》としてその名を広めている彼ら。
調べによってメンバーは六人であることが判った。
それでも依然《イナニス=グロリア》一人しか詳細は報告されていない。
そんな彼らが動くと言うのか……。
一抹の不安を抱えながら、俺達は《はじまりの街》へと向かった。
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第一層の《はじまりの街》には《黒鉄宮の牢獄》という犯罪者を閉じ込める監獄と共に《生命の碑》という物がある。
それには一万人分のプレイヤーネームが記され、死亡者には名前に横線が引かれ死因が記入される。
まずはグリムロックが生きていることを確認し、カインズさんの死因と時刻を確認した。
「死亡時刻は、
「日付も死因も間違いないわ。今日の夕方、私達がレストランから出た直後よ」
アスナはそう呟くと、俯き、長い睫毛を下ろした。
俺とエギルも揃って小さく黙祷する。
殺されたカインズ《Kains》の綴りはヨルコに確認済みだった。
戻ったところで次はグリムロックを探そうと提案する。
残念ながらエギルがついて来れるのもここまでだ。
彼にも自分の職業があるのだから仕方ないと言い、アスナと明日どこに集合するかを決め俺は今の定宿がある第四十八層主街区《リンダース》へと転移した。
しかし、転移門広場から出た途端に六、七人のプレイヤーに囲まれた。
その中のリーダー格と見られる男に声を掛ける。
「こんばんは、シュミットさん」
そう呼ばれた彼は言葉を詰まらせながら俺に話しかけて来た。
「夕方、五十七層であった圏内PK騒ぎのことだ」
まあ、予想通りの質問で軽く頷くと背中の石壁に預けて腕組みし、視線で先を促した。
「デュエルじゃなかった……って噂は本当なのか。それに、犯人は《殺人鬼》じゃないってことも」
「少なくとも、ウィナー表示窓を見た人間は誰もいなかったのは確かだ。ジャックに関してはあのとき俺と《閃光》がそばにいたからな」
「……」
しばし沈黙が流れる、シュミットはいっそう低い声で言った。
「殺されたプレイヤーの名前……《カインズ》と聞いたが間違いないか」
「ああ……知り合いなのか?」
「……アンタには関係ない」
その言葉が引っ掛かり、少し煽るような声で言う。
「おいおい、こっちに質問だけしといてそりゃない……」
「あんたは警察じゃないだろう!KoBの副長とこそこそ動いてるみたいだが、情報を独占する権利はないぞ!」
突然怒鳴られ、周囲のメンバーさえも顔を見合わせている。
次にカインズさんを殺された武器まで要求された。
ここまで来るともう呆れしか出て来ない。
ウィンドウをタッチして俺と彼の間に出現した短槍は敷石に突き刺さる。
俺がこの武器を作ったのが《グリムロック》だと告げると、今度こそ明確な反応があった。
ぎこちなく槍を引き抜くと、最後に典型的な牽制の言葉を吐いて足早に消えていった。
――さてさて。
今日のことを思い返しながら歩を進めた。
あのとき建物の屋根の上に登っていたジャックでさえもウィナー表示窓を見つけられなかったんだ。
犯人と手口を両方とも明らかにしなければならないことに小さく悪態を吐く。
それに、やはり危惧するのは《Jesus to Rippres》の連中だろう。
仕入れた情報だと『対人戦闘最凶集団』の名は伊達ではなく、本当に対人戦闘のスキルは高いらしい。
恐らくギルドホームに取り付けられた設備の『闘技場』で戦っているのだ。
アインクラッドも変わり始めている。
《殺人鬼》という存在がこの世界を動かしているのかもしれない。
空を見上げると今日の天気情報から満天の星空が目に映った。
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こう、書きたいところだけ抜き出して書きたいのはありますけど…。
やっぱり事の流れを分かるように書こうとすると文字数が増えてしまう。
ジャック出てないのに。
今回の重要なところは食事のシーンですね。
「無くて七癖」と言うように食事って結構人の癖が出ると僕は思うんですよ。
そこにまでジャックは気を配らせているんです。
【次回予告】
「オレよりも適任なヤツがいるだろ、この世界じゃあな」
――これがフラグの力というやつなのか。
「……これはラーメンではない。断じて違う」
「オレ達にはやることがあるんでな」
次回をお楽しみに!それでは。