仮想世界に棚引く霧   作:海銅竜尾

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誤字が見当たらないんだが、絶対見落としてるよな…僕。
どーも竜尾です。
ついにこの回か…。


勇者の誓い

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「心配してくれて、どうもありがとう。それじゃ、お言葉に甘えて、出口まで護衛頼んでもいいですか」

それが、ギルド《月夜の黒猫団》リーダー・ケイタの第一声だった。

ジャックと別れた後、俺は最前線より十層以上下の階層に潜っていた。

そこで、モンスター群に追われながら撤退してくるパーティーと遭遇したのだった。

ソロプレイヤーの俺から見ても、バランスの悪いパーティーだった。

スイッチして盾となる仲間がおらず、ずるずると後退するのは必至の構成である。

俺はしばし迷ったあと、隠れていた脇道から飛び出し、リーダー格とおぼしき棍使いに声をかけた。

「ちょっと前、支えましょうか?」

「すいません、お願いします。やばそうだったらすぐ逃げていいですから」

頷き返し、俺は背中から剣を抜くと、メイス使いに背後からスイッチと叫ぶと同時に、無理矢理モンスターの前に割り込んだ。

瞬間、俺は背後のプレイヤーたちの視線に恐怖した。

今、ここで俺が攻略組だとばれれば、恐らく礼を言うだろう彼らの眼に、ビーターと俺を嘲る色が浮かぶのか。

俺は、使用するソードスキルをごく初歩的なものに限定し、わざと時間をかけて敵と戦った。

 

――それが、最終的に取り返しのつかない過ちへと繋がることになるとも知らずに。

 

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《月夜の黒猫団》は、俺が知るギルドとは、違うギルドだった。

たった一つの戦闘に勝利したことに全員で大いに喜び、健闘を称えあっていた。

そのあとで、俺が自分から出口までの同行を提案したのは、彼らのいかにも仲間然とした雰囲気に惹かれたからかもしれなかった。

主街区に戻った俺は、酒場で一杯やりましょうというケイタの言葉にすぐに頷いた。

自己紹介も終わって場が落ち着くと、ケイタは小声で、さも言いづらそうに俺のレベルを聞いた。

それを半ば予期していた俺は、本当のレベルの二十もしたのレベルを口に出した。

「へえ、そのレベルで、あの場所でソロ狩りができるんですか!」

驚き顔のケイタに、罪悪感を覚える。

「敬語はやめにしよう、ソロって言っても、基本的には隠れ回って、一匹だけの敵を狙うとかそんな狩りなんだ。効率はあんまりよくないよ」

「そう、そうか。じゃあさ……キリト、急にこんなこと言ってなんだけど……君ならすぐにほかのギルドに誘われちゃうからさ……よかったら、うちに入ってくれないか」

「え……?」

俺は思わず目を見開きそうになったが、不思議がられないようにと必死に抑える。

確かに、先程の戦闘を見たのなら前衛が一人しかいないこのパーティーで俺がもう一人の前衛として機能することが出来ると思ったのだろう。

考え込んでいるとケイタが手を上げて呼んだのは、黒髪の槍使いだった。

彼女は俺を見ると恥ずかしそうに会釈をした。

ケイタはポンとサチと呼ばれる小柄な女性の頭に手を置き、言葉を続ける。

彼の言葉から、やはり俺に前衛を任せたいということと、彼女が前衛で戦えるようにレクチャーしてくれということだった。

それをオレ俺を伝える間に彼らの間で起こなわれるやりとりは微笑ましく、そして眩しいものに映った。

「いやー、ウチのギルド、現実ではみんな同じ高校のパソコン研究会のメンバーなんだよね。とくに僕とこいつは家が近所なもんだから……あ、でも、心配しなくて良いよ。みんないい奴だから、キリトもすぐ仲良くなれるよ、絶対」

そう言うケイタを含め全員が良い奴なのは、迷宮区からここまでの道行きだけでもう解っていた。

「じゃあ……仲間に入れてもらおうかな。改めて、よろしく」

だから、俺はこのとき忘れて気付くことが出来なかった。

ジャックがかつて俺達に『死』を目の前で体感させた後に複数のプレイヤーが目を背け、『死』から最も遠ざかったこと。

この世界で自分の思い通りになることなど一つもないこと。

 

――自分の中で膨らんでいた甘さに溺れていたことを。

 

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前衛が二枚になっただけで、黒猫団のパーティーバランスは大幅に改善された。

パーティーでの戦闘中、俺はひたすら防御に徹し、背後のメンバーに敵の止めを刺させることによって経験知ボーナスを譲り続けた。

ケイタ達のレベルは快調に上昇し、俺の介入後一週間でメイン狩場を一フロア上にする程だった。

ダンジョンの安全エリアで車座になって、サチ手作りの弁当を頬張りながら、ケイタは丸い目を輝かせて俺に夢を語った。

「――こうして狩りをして、レベルを上げてるからには、いつか僕らも攻略組の仲間入りをしたいって思うんだ。今は、最前線はずっと上で、血盟騎士団とか聖竜連合なんて言うトップギルドに攻略を任せっぱなしにしちゃってるけどさ……。ねえキリト、彼らと僕たちは、何が違うんだろうなあ?」

「え……うーん、情報力かな。あいつらは、どこの狩場が効率が良いとか、どうやれば強い武器が手に入るなんて情報を独占してるからさ」

「そりゃ……そういうのもあるだろうけどさ。僕は意思力だと思うんだよ。仲間を守り、そして全プレイヤーを守ろうっていう意思の強さっていうかな。そういう力があるからこそ、彼らは危険なボス戦に勝ち続けられるんだ」

「そうか……そうだよな」

口ではそう言いながらも、俺は内心で、そんな大層なもんじゃない、と思っていた。

攻略組を攻略組足らしめているモチベーションはただ一つ、幾千人のプレイヤーの頂点に立ち最強剣士であり続けたいという執着心それ自体だ。

それに、ジャックという存在によって死にたくないがために力を欲する者も少なくない。

だが、俺は信じていた。

もし本当に黒猫団が前線で戦うプレイヤーたちに加わるようなことがあれば、その時こそケイタの理想が、閉塞的な攻略組の雰囲気を変えていくこともあり得るかもしれない、と。

 

「あー……。久々に安全エリアなんかに来たなぁ……」

 

その声の主に、俺は一週間も前線を離れていたことを後悔した。

そうだ、夜だけ最前線に来たと思えば昼は十層以上を下に居続けるなんていくらなんでも変だ。

俺達の背後の石垣の上から声がしたことにより全員が振り返る。

視界に映ったのは石の色彩と相対的な黒と茶色の装備。

頭部は金色に輝き、鋭い目と狂気的な笑顔がより犯罪者臭を漂わせる。

事実、彼はこのアインクラッドで恐れられ、同じくらい実力に絶大な信頼を寄せられているプレイヤーだが。

そんな、ジャック=ガンドーラの姿がそこにはあった。

「ジャ、ジャック=ガンドーラ……。何でこんな下層に……」

ケイタはジャックを指差しながら震えた声を出した。

ジャックの悪行は、アインクラッド中に広まっている。

今まで誰一人欠けることなく、安全に狩りをしてきた彼らにとって、『死』を運ぶジャックの姿に恐怖しか映らなかったのだろう。

「あ?ただの探しモノだ」

返答の声は実に刺々しいものだった。

間違いなく、探しモノは俺のことだろう。

前線に上がってきてはレべリングだけして十層以上も下層へと降りていく。

マッピングも積極的にやっていた俺にジャックと言えど疑問を覚えるのは無理もない。

だが、ここでジャックに名前を呼ばれるのは俺が攻略組、ひいては《ビーター》であることが彼らにばれてしまう。

俺とケイタが一番前に座っていた為、皆に俺の表情は見られていない。

もし、誰かが振り返れば、そこには顔が青褪めた俺の姿が映るだろう。

ジャックは周りを見渡すと、俺達に視線を向ける。

不幸にも、俺とジャックは一瞬だけ目が合ってしまった。

だが、ジャックは何事もなかったように顔色を変えず、石垣から飛び降りる。

絶句するケイタ達や俺にも目もくれずに歩き始める。

俺達の間にジャックが草原を踏む音だけが響く。

だから、このときにその沈黙に近いものが破られたことに本当に驚いた。

 

「待ってくれ、ジャック=ガンドーラ!」

 

その声の主はケイタだった。

ジャックの足が止まる。

彼は顔だけをケイタの方に向けると、ケイタは一瞬臆したが、その口を開いた。

「な、何であなたは殺人なんてしているんですか」

「は?」

ジャックは呆れたように声を上げ、体ごと振り向く。

「最前線に戦うあなたの強さは、誰かを守るためにあるんじゃないんですか?それなのに、殺人なんて……」

ケイタは下を向きながらも身体はジャックの方を向いている。

「簡単だ。あいつらが邪魔なだけだ」

それを、ジャックは意図も容易く跳ね飛ばす。

ジャックは声を上げないケイタに視線を向け、俺達を指差す。

「確かに、テメェの言う誰かを守る精神を持つなんてことはなかなか出来ることじゃねぇな。そいつらはテメェのお仲間って訳だろ?」

徐々に、ジャックの顔が無表情から狂気を帯びていく。

「だがな、守る力なんて所詮綺麗事の力だ。テメェらも見ただろ?オレの邪魔をして五体不満足にされたバカをなぁ」

その言葉に、フラッシュバックするあの時の光景。

最後に見せた彼の顔は――。

「ま、この階層で狩りをしてるってことは攻略組に入るのが今の目標ってとこか?」

ジャックは短剣を取り出して、手元で一回転させると再び踵を返して歩き始める。

「ならその綺麗事が攻略組で通用すんのか見せてみろよ。オレに対して「待て」なんて言えるヤツが、どーんなことしてのし上がって来んのかをなぁ……」

そのまま、ジャックが見えなくなるまで誰一人として動くことはなかった。

痺れを切らしたのかケイタが尻餅をつく。

「お、おおおおおぉぉぉぉぉおぉおおおおお!!!!」

真っ先に声を上げたのは黒猫団メンバーのテツオだった。

「すげぇよケイタ!あの《殺人鬼》に一言言ってやるなんて!!」

「最後なんて俺たちに期待してるようなこと言ってなかったか!?」

敵を倒した訳でもないのにこの盛り上がり様、当事者であるケイタは苦笑いとともに疲労の色も見えていた。

「いや、でも結局恐怖で声も出なくなったし。やっぱり攻略組なんだなって……」

ケイタは照れ臭そうに頭を掻くとダッカーに「なに照れてんだよ」と背中を叩かれる。

再び元の温和な雰囲気に戻ることに、俺は安堵していた。

それと同時に浮かぶ疑問。

 

――何故、ジャックは俺のことを無視したのか。

 

ジャックの目的は十中八九俺だ。

それなのに……どうしてだ?。

その事ばかりを考え、俺は気付くことが出来なかった。

視界の隅で、誰にも気づかれずにサチが腕を押さえて僅かに震えていたことに。

 

==========

 

それから数日後、サチが突然姿を消した。

理由は、恐らく自分がモンスターを恐れるがあまり、中々前衛に慣れないプレッシャーに耐えきれなくなったのだろう。

俺は単独で街を探し、《追跡》のスキルを使ってサチの姿を探すと、主街区外れにある水路に彼女の姿はあった。

「……サチ」

声を掛けると、肩までの黒い髪を揺らして彼女は顔を上げ、びっくりしたように呟いた。

「キリト。……どうしてこんなとこが判ったの?」

俺はどう答えたものか迷った挙句、言った。

「カンかな」

「……そっか」

「……みんな心配してるよ。迷宮区に探しに行った。早く帰ろう」

一分か二分迷ったあと、俯いたままのサチの囁き声が聞こえた。

「ねえ、キリト。一緒にどっか逃げよ」

「逃げるって……何から」

「この町から。黒猫団の皆から。モンスターから。……SAOから」

「それは……心中しようってこと?」

恐る恐る尋ねると、サチは小さく笑い声を洩らした。

「ふふ……そうだね。それも良いかもね。……ううん、ごめん、嘘。死ぬ勇気があるなら、こんな街の圏内に隠れてないよね。……立ってないで、座ったら」

どうするべきなのかまるで判らないまま、俺はサチから少し間を開けて石畳の上に座った。

「……私、死ぬの怖い。怖くて、この頃あんまり眠れないの」

やがて、サチがポツリと呟いた。

「ねえ、何でこんなことになっちゃったの?なんでゲームから出られないの?なんでゲームなのに、ほんとに死ななきゃならないの?あの茅場って人は、こんなことして、何の得があるの?こんなことに、何の意味があるの……?」

その五つの質問に、個別に回答することは可能だった・

しかし、サチがそんな答えを求めている訳でもないことくらいは、俺にも解った。

懸命に考え、俺は言った。

「多分、意味なんてない……誰も得なんてしないんだ。この世界が出来たときにもう、大事なことはみんな終わっちゃったんだ」

涙を流さず泣いている女の子に、俺は酷い嘘を吐いた。

 

「じゃあ、なんであの人は人を殺すことが出来るの?」

 

だから、突然彼女が俺にはなった疑問は、確実に俺の心を貫いた。

思わず息が詰まる。

その質問は数日前にケイタがジャックに向かって言ったモノと大した違いはない。

だが、それがジャックに向けられるのと俺に向けられるのでは話が別だ。

俺は、ジャックが殺人鬼になる前も、なった後のジャックも知っている。

それでも、俺にはなぜジャックが殺人鬼になったのか見当もつかない。

ここで、先程のようにサチの望まない質問を返してやれば良かったのか。

いや、それではきっと駄目だ。

拙い頭を必死に回転させる。

そして、俺は言った。

 

「彼には、誰よりも守りたいものがあるんだよ」

 

「本当に、そうなの?あの人はそれを綺麗事と言ってたんだよ?」

ああ、誰もがジャックがそんな事を考えているなんて思わない。

俺も、今のジャックからは想像もつかないことだと思う。

「私、あの人に会った時。ケイタの夢が綺麗事って言われた時。怒りよりも恐怖が心を埋め尽くしたの」

サチは両腕を押さえて震えていた。

「もう……嫌だよ……」

弱々しく出されたその声。

「あいつだって人間なんだ。あそこまで強くなれるのはその人の存在がとても大きいものなんだと思う」

俺はサチの両肩に手を置く。

「だから、君は死なないよ」

「なんでそんなことが言えるの?」

「黒猫団は今のままでも十分に強いギルドだ。マージンも必要以上に取っている。あのギルドに居る限り君は安全だ。それに、俺も君を守るから」

サチは顔を上げ、俺に縋るような視線を向けた。

俺は、その視線を真っすぐ見返す。

「……ほんとに私は死なずに済むの?いつか現実に戻れるの?」

「ああ……君は死なない。いつかきっと、このゲームがクリアされる時まで」

説得力など欠片もない、薄っぺらい言葉だった。

だが、それでも、サチは俺の近くににじり寄り、俺の左肩に顔を当てて、少しだけ泣いた。

 

――この娘だけは守ると、そのとき俺はこのデスゲームで始めの誓いだった。

 

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原作とキリト君のサチに対する想いが違っていますね。
ま、『死』をかなり体感してるし、なにしろジャックが現れたことが大きい。
ということにしといてください。
それでは。
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