コペル回長い!!
原作改変がほとんどないのに無駄に長くなってしまいました。
原作の小説の方を呼んでいる方にはさして面白くない展開ですが、何れオリジナルの話もあるのでご了承ください。
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「……ごめん」
この一時間、共に闘ってきた彼は、俺達を見ないでそんな言葉を発した。
俺の眼には空中に残る薄緑の煙。嗅覚まで届く異臭は消える事は無い。
「な……なんで……」
俺達と無理心中でもするつもりだったのか、それともMPKを狙って――
幾つものカラー・カーソルが出現するのを俺は見た。
右にも、左にも、前にも後ろにも。
煙に引き寄せられてきたリトルネペントたちだ。
総数は、二十……いや三十を軽く超える。
「あの《実つき》は周りのネペントを丸ごと引き寄せるってことか、これじゃあ離脱なんて出来ねぇな」
ジャックはいまだに冷静な様子だった、動揺の色が全く見えていない。
そうだ、冷静になるんだ。
立ち尽くしたまま、俺はぼんやりとそう考えた。
もう俺たちに目を向けることなく剣を鞘に戻したコペルは振り向くと、近くの藪へと走り始めた。
「なあ、キリト。視覚以外で敵を察知するモンスターに対して、《隠蔽》は有効か?」
ジャックの核心の付く一言、俺は喉から声ならぬ声を押し出した。
「無駄だよ……」
それ聞くとジャックは軽く頷き、ポーションを取り出して、即座に飲み込んだ。
すると、コペルのカラー・カーソルは消失した。
死亡したわけではない、これが《隠蔽》スキルの特殊効果だ。
やはり、コペルは自殺を試みたものの怖気づいて逃げたのではない。
――俺達を殺そうとしたのだ。
動機は、俺が先刻拾ったクエストのキーアイテム、《リトルネペントの胚珠》を奪うためだろうか。
俺が死に、ネペントの集団が再び散った後、コペルは《胚珠》を拾い村に戻ってクエストをクリアする。
実に古典的な手段の《
不思議に、怒りや憎しみは感じなかった。
それは、俺がまだこのデスゲームという名の現実を認識し、プレイヤーとして舞台に上がっていないからか。
それとも、未だに騙されたことを脳が認識していないのか。
隣にいる俺にパートナーは先程まで戦闘ですら笑っていた口を閉じ、コペルを憐れむような眼で見ている。
ジャックはしっかり認識しているのだろう。
HPがゼロになればナーヴギアから高出力の電磁波が発射され脳を焼かれるという事を。
「……コペル。知らなかったんだな、お前」
聞こえているかどうかはわからないが、俺はジャックに聞かれたことの答えをもう一度語りかけた。
「《隠蔽》スキルは確かに便利なスキルだけど、でも、万能じゃないんだ。視覚以外の感覚を持ってるモンスターには効果が薄いんだよ。例えば、《リトルネペント》みたいに」
《リトルネペント》軍団の一部は、明らかにコペルの隠れる藪を目指している。
だが、匂いの発信源はここだ。
二人もプレイヤーがいることもあり、こっちによって来るネペントの数は圧倒的に多い。
囲まれる前に前方の敵を殲滅出来れば、もしかしたらジャックだけでも逃がせるかもしれない。
しかし、顔に似合わず人付き合いの良いこいつは人を置いて逃げるだろうか。
いや、死がこれほど間近に迫ってきているというのに、それを《現実》として感じられない俺とは違う。
それに、ジャックは磨けばまだ十分に光る才能がある。
それを、ここで失わせるわけにはいかない。
俺は《スモールソード》を握りなおした、隣でジャックも《ブロンズナイフ》を軽く振るった。
今までの百数回の戦闘で耐久値は相当に消耗している。
ジャックは武器を入れ替えて戦っていたからまだしも、俺は出来るだけ斬撃回数を少なく。
蹴り足と腕の振りで威力をブーストした《ホリゾンタル》を、敵の弱点にピンポイントで命中させ、一撃で一匹を屠る。
最低でもそれが出来なければ、
「……ジャック」
「ん?」
「死ぬなよ……」
自分にも言い聞かせるように言った。
ジャックは小さく相槌を打った、その眼はネペントに集中している。
背後でコペルが何かを叫ぶ声が聞こえた。
しかし俺もジャックも振り向くことはなく、目の前の敵の実に全神経を集中させた。
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戦闘はたったの十数分だった。
だが、その詳細を、俺はのちのちになっても満足に思い出せなかった。
ジャックは完全に覚えていたが、それ程に初のMPKが心に来たということだろう。
俺は只管に怪物のモーションから攻撃の種類と軌道を予測し、最小限の動きで回避して、カウンターの《剣技》を叩き込む。
当然被弾ゼロという訳にはいかなかった。
前後左右から繰り出されるツルが四肢を掠め、次々に浴びせかけられる腐食液の雫がコートに穴を開ける。
しかし、直撃だけはギリギリのところで回避し、俺は剣を振るい続けた。
死にたくないから?それはそうだろう。
これがSAOだと思った。
それまで俺はSAOというゲームの本質がまるで見えていなかった。
本当の意味で戦ってなかった。
「う……おおぉぉああああ!!」
吼え、地面を蹴った。
《ホリゾンタル》が、横にニ匹並んでいたネペントの捕食機を音を立て上げ、立て続けに高く切り飛ばした。
直後、背中側にかなり離れた場所で、カシャアァァン!とひときわ鋭く、儚い破砕音が響いた。
モンスターが爆散するサウンドとは明らかに違う。プレイヤーの死亡エフェクト。
――まさか!!
迂闊だった、自分のことに精一杯でジャックのことを微塵も気にしていなかった。
ジャックの才能を過信して俺は無意識にジャックを気にかけることを忘れていたのだ。
周囲に残ってネペントニ匹から距離を取り、軽く振り向く。
俺は目に映る光景に目を疑わざるを得なかった。
だがジャックは生きている、という事はさっきのはコペルの破砕音。
俺は最後のニ匹を立て続けに屠り、そこでようやく後ろを向く。
ジャックは俺のように《リトルネペント》の攻撃モーションを見てから躱わすのではなかった。
それより前、つまりモーションに入る前の初動を見て、攻撃の当たらない場所に身体を動かしていた。
ネペントの捕食器がピクリと動いた時にはジャックの体は捕食器の先には無い。
何もない場所に向けてネペントは腐食液を発射しているのだ。
傍から見ればモンスターの攻撃ミスにしか見えない、しかしそうではない。
ジャックがそうさせているのだ。
腐食液を出して捕食器の下がったネペントの後ろに回り込み、弱点に《スティムルス》を叩き込む。
それを受け、HPの無くなった《リトルネペント》は爆散し、周りに敵のいなくなったジャックが近づいてくる。
「さっきのはコペルの野郎か……」
「ああ」と軽く返して先程までコペルがいた場所に目を向ける。
最後に残ったネペント七匹の先頭の個体は、何たることか捕食器の上に真っ赤な《花》を咲かせていた。
俺達を殺そうとせず、もう少し頑張れば、コペルもちゃんと自分の《胚珠》を入手できていたのだ。
行動の選択と、その結果。
それがすべてだ。
「ジャック、HPは大丈夫か?」
「問題ねぇよ、そっちは?」
「俺もだ」
そこまで話して俺はネペントが腐食液噴射のモーションに入りつつあることを察知し、全力でそちらにダッシュし、チャージ中で停止している敵を一息に片付けた。
ジャックもそれに続き、《ラップサム》で初撃を打ち込み、即座に弱点へ攻撃を加える。
「……お疲れ」
思わずそう呟いた。
それは《ログアウト》していた者に対する定番の挨拶だ。
「コペルのヤツも、一緒に狩りを続けてれば死ぬこともなかったのになぁ……」
ジャックの言葉に俯きながら片手剣を振るう。
残る五匹を、続く二十秒で仕留め、戦闘は終わった。
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コペルが消滅した場所には、彼のスモールソードと円盾が落ちていた。
「これ、どうすんだ?」
ジャックの言葉に俺は少し考え、剣を拾い上げると、周りで一番大きな樹の根元に突き立てた。
次に、ニ匹目の花つきからドロップした《胚珠》をその根元に置く。
「お前のだ、コペル」
呟き、立ち上がる。
地面に放置されたアイテムは耐久度が徐々に減少し、やがて消えてしまうが、数時間は墓標の役目を果たしてくれるだろう。
踵を返した俺は、ジャックに声をかけることもなく、村に戻るため歩き始めた。
三人がかりの乱獲で流石にPOPが多少枯渇したのか、モンスターとエンカウントすることはなかった。
ジャックも俺も何も一言も発することはない、彼も騙され、死にかけたことに驚いているのだろう。
俺から声をかけた方がいいのか、そう思い口を開いた。
「……な、なあ。……よかったのか?」
「何が?」
「《胚珠》をコペルのために置いてきたこと……ジャックも《アニールブレード》手に入れられたのに」
「お前が決めた事だしな、それにアイツは死んだんだ。手向けにくれてやっていいだろ」
それを聴いた俺は、あの時見た眼に疑問を感じた。
紛れもない殺意を込めた瞳……。
「ジャックは……コペルのことを恨んでないのか?」
「んな訳ねぇよ」
即答、その事を思い出したのか、ジャックは小さく舌打ちをした。
「現にコペルは死んだんだ、生きていたならまだしも、死んだヤツに何も言う事はねぇよ」
それを聴くと、視界に小さな明かりが映った、《ホルンカの村》だ。
時刻は――夜九時。
茅場のチュートリアルが終了してから、すでに三時間が経過している。
さすがに、村の広場には数名のプレイヤーの姿があった。
恐らくは彼らも元βテスターだろう。
俺はプレイヤーたちに気付かれる前に、裏通りを通って村の奥を目指した。
ジャックは俺の考えを察したのか、何も言わずに後ろを付いてきてくれた。
いちおう形ばかりにノッカーを鳴らしてからドアを開けると、相も変わらずかまどで何かを煮ていたおかみさんが振り向いた。
頭上には、クエスト進行中を示す金色の《!》マークが浮かんでいる。
歩み寄り、《リトルネペントの胚珠》を取り出して渡す。
胚珠をそっと鍋に入れたおかみさんは、部屋の南に置かれた大きな長櫃に歩み寄り、蓋を開けた。
中から、古びているが、初期装備とは段違いの存在感を放つ赤鞘の長剣をしずしずと取りだす。
後ろで「おお」という声。ジャックは顎に手を当てながら感嘆の声をあげていた。
また俺の前に戻ってくると、再度の礼とともに剣を両手で差し出した。
「……ありがとう」
ひと言呟き、俺はそれを受け取った。
視界中央にクエスト達成のメッセージが浮かび、ボーナス経験値が加算され、レベルが4になった。
後ろでステータスポイントを振り分ける音が聞こえる、ジャックもレベルが上がったようだ。
かつての俺なら、新しい剣の入手に喜び、元気よく村を飛び出したかもしれない。
しかし今はそこまでの気力はなく、剣をストレージに格納するとジャックの隣の椅子にどさっと座りこんだ。
「おいおい……大丈夫かよ」
ジャックが茶化すように言ってくる。俺は大きく息を吐くと、おかみさんの挙動を見ていた。
鍋の中身を入れ、湯気の立つカップを、さっきの剣よりずっと大事そうに捧げ持ち、奥のドアへと歩いていく。
ジャックはその光景を不思議そうに見ていた。
俺はさしたる理由もなく立ち上がり、奥さんの後を追った。
奥さんが向かったのは小さな寝室だった。
中にあるベッドには、年の頃七、八歳と思しき少女が横たわっていた。
「この子がおかみさんの娘か……」
少女は、母親に気付くとわずかに瞼を開け、次いで――俺達を見た。
「えっ」
その声とともに俺は立ち尽くした。
俺は、少女の傍らに表示されているカラー・カーソルをもう一度確認した。
名前は《Agatha》とある。
アガサ、だろうか。
「アガサ。ほら、旅の剣士さまが、森から薬を取ってくだすったのよ。これを飲めば、きっと良くなるわ」
「……うん」
アガサは可愛らしい声で頷くと、カップを小さな両手で支え、こく、こくと飲み干した。
空になったカップを母親に返したアガサは、立ち尽くす俺達をもう一度見て、にこりと笑った。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「………あ……」
何も答えることもできず、そんな声だけを漏らして俺は両眼を見開いた。
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「終わったか?」
家の外には腕を組んで壁に寄り掛かっているジャックがいた。
あの少女の言葉に泣き崩れそうになる俺を見て、彼は静かに家を出ていた。
終わったか?というのは二重の意味で言ったのだろう。
「ああ、終わったよ」
ここが《異世界》であるということ、合いたい人たちに会えないということ。
それが唯一の真実。
この世界の《リアル》であるとやっと気付いたんだ。
ジャックはあのときのようにその鋭い歯を見せるくらいの笑った顔をしている。
月の光に作り出された陰影が光り輝く黄金の髪の毛と相対する影を作り出し、彼の雰囲気をいっそう際立てる。
――本当に、この男に出会えて良かった。
罪悪感に苛まれていた俺を、少なからず救ってくれた。
別に罪が消えたわけでも償えたわけでもない。
俺が勝手に思っているだけかもしれないが、彼が《はじまりの街》で声をかけてくれなければ、俺はこの罪悪感に押しつぶされていただろう。
それに、道中で何度も見せられた天性の戦闘センス。
一度見ただけでタイミングも完璧に合わせ、威力もブーストさせる元βテスター泣かせの技術。
初期微動だけで技を予測し、完全に攻撃を回避するという洞察力。
何よりも『死』を恐れていない節がジャックからは感じられる。
これほど光り輝いている『希望』は他にはない。ベータテストの頃も、こんな才能を持ったプレイヤーは存在しなかった。
それをこの眼に焼きつけることが出来た、希望があると信じさせてくれた。
子供のころ誰もが夢見た『英雄』の姿を、彼ならきっと俺たちに見せてくれる。
だから、ジャックが『英雄』になるまでは俺がサポートをするんだ。
「とりあえず、今日はもう休もう、宿を探す」
「OK」
ベータテストの頃を思い出し歩き出す。
ジャックの眼には、一点の曇りなど無かった。
全く頼もしい事だ、心の中でそういうと、俺達はまた歩き出した。
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――『英雄』と『殺人鬼』は紙一重。
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誤字、大丈夫かな。
ルビのやり方がいまいちわからなくて前回の話では少し本文にトラブルが発生しました。
今回から気をつけるようにしました。
2015 2/13 内容は変えずに文自体に手直しを加えました。