Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

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I am thou, thou art ...

 僕と丸喜先生の前に現れたもう一人の僕は、柔らかな笑みを浮かべながら僕の目の前まで歩んできたかと思うと、僕の頭にその右手をポンと乗せた。

 

「やはり君を見出した私の目は間違っていないかった」

 

「ええっと……」

 

 自分と同じ顔をした人間に頭を撫でられる。そんな世にも奇妙な体験をした人間は果たして僕以外にどれだけいるだろう。

 

「ここは僕の認知世界だ。ということは君は僕の認知上の海藤君かな?」

 

 そう言ってもう一人の僕の様子を窺う丸喜先生だったけれど、返って来たのは冷たい視線だった。

 

「生憎そのような都合の良い存在じゃないよ、私は」

 

「だとしたら、僕と同じ顔をしたあなたは一体誰なんです?」

 

 一方で僕がそう問いかければ、目の前の僕は表情を緩める。非常に分かりやすく人の好き嫌いを表情に出すんだな、この僕は、などと思ってしまうくらいだ。

 

「君はどう思うんだい、徹? 私は一体何者だと君は見なすだろうか、それを聞きたい。敵対者を粉砕する力だと君が私を定義するなら、私はそのような存在になるだろう。この場から安全に君を連れ出せるアリアドネの糸と言うならば、どのような障害すらもすり抜けられる道標になろう」

 

 さあ、どうしたい? と目の前の僕は微笑む。その表情から、彼が言っていることは嘘じゃないんだろうと直感的に理解した。少なくとも、彼は僕がそうなって欲しいという存在になるだけの力がある。たとえ丸喜先生の認知世界の中にあっても、その影響を物ともしないほどに。

 

「……なるほど、それが君のペルソナなんだね、徹」

 

 そしてそのやり取りを見ていた丸喜先生がどこか納得したように頷いて呟く。ペルソナ、その言葉が指す意味が分からず、僕は丸喜先生の方へと向き直った。

 

「ペルソナ?」

 

「この認知世界における力だよ。現実で僕らの心を守る無意識の鎧が具現化した姿。やはり君にも、その素養があったんだね」

 

「僕にも、ということは丸喜先生も同じ力を持っているということですか」

 

「その力こそ、僕が手に入れた救いの力だよ」

 

 丸喜先生の言葉に、認知改変と彼が称したその力の出処がペルソナというものだということが分かった。だとすれば、僕が望めば目の前のもう一人の僕は丸喜先生と同じような力を振るうことが出来るようになるのだろうか。

 

「徹が私にそう望むのなら」

 

 再びもう一人の僕に視線を向ければ、彼は僕の内心を見透かしたかのようにそう言って頷いた。口元に薄く浮かべられた笑みは、僕の言葉を今か今かと待っているように思える。それならば、僕が口にすべき言葉は。

 

「僕はその力を望むことはありませんよ」

 

「……それはどうして?」

 

 否定の言葉を受けたもう一人の僕は、薄く笑みを浮かべたまま首を少しだけ傾けた。

 

「あなたに悪意が無いことは分かっています。それでも、僕は自身がその力を手に取るべきじゃないと思っている」

 

 丸喜先生と同じ力。認知世界で自分の想像も及ばない力を振るえるようになれば、確かに僕はこの状況から容易く抜け出すことが出来るんだろう。けれど、それに頼ることは今までの僕の信念を否定するものだ。

 

「僕は丸喜先生と同じ力を持つわけにはいかないんです」

 

「君にとってこの力は悪かい?」

 

「違います」

 

 もう一人の僕の言葉に違うと首を横に振る。力そのものに善も悪もない。力は力だ。認知を改変することによって誰かの心を癒すことが出来る一方で、悲惨な最期を迎えさせてしまえるように。力を持つことを否定もしない。けれどそれは、ある日誰かに与えられるようなものじゃない。自分の足で歩き続けた先で手にするものだ。そして他者の犯してはならない領域に触れるものじゃない。

 

「僕にとってその力は正しい手段じゃない」

 

「それで君が助かるのだとしても?」

 

「そうだとしてもです。僕は丸喜先生の世界を否定します。だけどそのやり方は、これまでと何一つ変わらない」

 

「正しい手段で、正しい結果を。君が言い続けたことだね?」

 

「ええ。僕はこの先、たとえ一人だけになってしまったとしてもこの信念を貫くでしょう。そう約束しました」

 

 だから、ごめんなさいと僕は頭を下げた。目の前の存在は、きっと善意から僕を助けに来てくれたのだと思う。それを僕は手前勝手な理由で拒否したのだから。もしかしたらここから出たいと思っている僕の心の一部がこうして認知世界で具現化したのかもしれないとも思う。それでも、それに流されてしまうわけにはいかなかった。僕が今まで歩んできた道を否定するわけにはいかなかった。言葉にして約束を交わした。一つの国を掌中に収めるその寸前で、自ら舞台を降り、手に入れた全てを手放すことを選択した人間と交わした重い取引だ。

 

「…………では君は私を否定するのかい?」

 

 少しの沈黙の後、目の前の存在はそう言ってクスリと笑った。顔を上げれば、ワクワクしたような様子で彼の顔には笑みが浮かんでいた。

 それに対し、僕は首を横に振る。彼に与えられる力は必要ない。だけど、それがそのまま目の前の存在を否定することに繋がるわけじゃない。彼が問うたのは僕が彼をどういった存在だと見るか。

 

「丸喜先生の言葉が本当なら、きっとあなたは僕から生じた一部なんだと思う。けれど、あなたは僕の全てじゃない。だから教えてください、あなたの名前を」

 

「君の望みはそれかい?」

 

「はい」

 

「……分かった。私の名はイグ。我は汝、されど汝は我にあらず。君の答え、確かに聞き届けた」

 

 イグ、と名乗った彼は、そう言って満足そうに頷くと、丸喜先生の方へと顔を向ける。丸喜先生が僅かに身構えるが、戦う意思は無いとでも言うようにイグは首を横に振った。

 

「徹は力を求めなかった。どこまでも人の身であり、自身の足で歩くことを望んだ。だから私はその意思を尊重する。だが覚えておくと良い、旧い友人の名を僭称する力を宿したとて、お前もただの人間だということを。そして徹、君の意思に敬意を表するのと謝罪の意も込めて一つ、君に助言をしておこう。君が持つ信用ならない記憶があろうとなかろうと、君は確かに徹だ。私が見出し、愛するに相応しい子だよ」

 

 そう言ってもう一度僕へ振り向いて微笑みかけたかと思うと、イグは空気に溶けるようにその存在を薄れさせて消えてしまった。

 そしてその直後、緊張が解けたように丸喜先生が床に片膝を付いて息を荒くする。その額には玉のような汗が浮かんでいた。僕に背を向けていて分からなかったけれど、イグから発されるプレッシャーに相当な緊張を強いられていたのが見て取れた。

 

「まったく、君は本当にとんでもない人間だね」

 

「僕自身は何の力もない一般人ですよ。何故か僕の周りには丸喜先生のように不思議な力を持つ人がいたりしますけどね」

 

 そう言いながら、僕はイグが最後に言い残したことを思い出す。僕は確かに海藤徹だとイグは言った。僕の悩みを知っていたかのように。謝罪の意を込めて、と言ったのはひょっとすると、彼が僕にこの記憶を授けたんだろうか。

 

「君はここを脱出するチャンスを自ら棒に振った。本当に良かったのかい?」

 

 呼吸を整えた丸喜先生は立ち上がると、僕を気遣うようにそう聞いてくる。丸喜先生からすれば僕がここに残った方が都合が良いのに、本当に申し訳なさそうな表情をしているのは彼の優しい性格によるものだろうか。

 

「構いませんよ。丸喜先生が言ったじゃないですか」

 

「? 僕が何か言ったかな」

 

「僕が導いた人が丸喜先生の世界を否定するかどうか。僕は誰かを導いたつもりも無いですけど、丸喜先生の救いに溺れているばかりの人じゃないと信じています」

 

 そう言った直後、遠くから何かが崩れるような音と共に、僕達がいる部屋が微かに揺れる。丸喜先生が周囲を見渡したかと思うと、表情を険しくした。

 

「まさか、もうここに乗り込んでくるなんてね」

 

「誰か来たんですか?」

 

 僕がそう問えば、丸喜先生は僕を見て少し躊躇いを見せつつも口を開く。

 

「雨宮さんと明智君、……それと芳澤さんがここに来ようとしている。会いに行くかい? 彼女はきっと、僕の救いを求めるよ」

 

 


 

 

「やはり、君にはこの現実を目の当たりにするのはまだ早かったんだ」

 

 丸喜先生に連れて来られたのは、中央に大きなモニターが据えられたホールのような場所。そこでは、呆然自失の表情で立ち尽くす芳澤さんと、蓮と明智君の姿があった。

 

「死んだのは芳澤かすみ……。私は……『妹』のすみれ……」

 

 モニターには顔に白い布を被せられた女性が寝台に横たえられている。その横で寝台に顔を埋め、「かすみ……」と何度も呟きながら泣いている男の姿も。

 それを一目見て、僕はそこに映されたものを理解した。それは芳澤さんにとって受け入れ難い現実で、痛みだ。

 

「彼女は姉である芳澤かすみと練習の帰りに交通事故に遭った。芳澤かすみに庇われ、生き残ったのは芳澤すみれ」

 

「『かすみ』はよそ見してた私を車から庇って……かすみは私に人生も、夢も奪われた……!」

 

「だから僕が、彼女の認知を変えた。彼女の望み通り、彼女が芳澤かすみとして生きられるように。もっとも、僕の力が不完全だったからその治療は何度か彼によってその効果を何度か薄められてしまったけれど」

 

 その言葉と共に、全員の視線が僕に集まる。僕はずっと丸喜先生の隣に立っていたのに、明智君も蓮もまるで僕がたった今ここに現れたように目を丸くしていた。恐らくは丸喜先生の力で僕の姿が見えないように認知を変えられていたのだろうか。

 

「徹!」

 

「そんなところに居たんだね。やっぱり君から目を離すなんて馬鹿な真似をすべきじゃなかったよ」

 

「僕自身もまさかと思ってるよ。ここが君達の言う認知世界なんだね」

 

 こんなときに暢気だと思われかねないような会話だけど、それでも僕は二人と言葉を交わすことが出来て安堵しているのを感じていた。

 蓮と明智君の二人も同じだったらしく笑みを浮かべるけれど、丸喜先生が僕の隣にやって来て肩に手を置いたのを見て身体を固くした。

 

「悪いけれど、彼を連れて行くことは止めて欲しい。これは彼の為でもある。今の世界に彼を連れ出してしまえば、彼にとっても不幸なことになる」

 

「ハッ、面白い冗談だ。芳澤すみれはどうか知らないけど、俺がここに来たのは徹を連れて帰る為だ。貴方の反吐が出そうな自己満足の救いとやらも真っ平ごめんだけどね」

 

「反吐が出そう、か。君にとってはそうかもしれないね。でも、他の人はどうだろう」

 

 丸喜先生はそう言うと、芳澤さんへと視線を向ける。

 

「君はどっちになりたい? 芳澤すみれとして、辛く苦しい現実に直面し続けるのか、あるいは芳澤かすみとして、君が望む世界で生きるのか」

 

 その言葉に、彼女の瞳が揺れる。彼女の目が、丸喜先生と僕を何度も行ったり来たりしていた。

 

「芳澤さん……」

 

「副会長、さん」

 

 助けを求めるようなその声は、僕にどのような答えを期待していたのだろうか。けれど、僕は彼女の名前を言ってそれ以上の言葉を飲み込んだ。言葉が形になる前に、彼女の目は丸喜先生の方を捉えていたからだ。

 

「私は、戻れません。かすみの夢を奪った芳澤すみれには……!」

 

 そう言って立ち上がった彼女の目は、涙に濡れていた。その涙の意味は僕には察することも出来ないけれど、彼女の抱えている痛みの大きさを物語っているであろうことは僕にも理解が出来た。

 

「彼女を責めないで欲しい。君達が責めるべきは、彼女に幸福な夢を見せ続けられる僕だろう? そして僕は、君達だって救いたいと思ってる。……一週間だけ、この世界で過ごしてみて欲しい。君達以外の人がどう過ごしているのか、誰もがこの世界を君達のように否定しようとしているのかを。海藤君と芳澤さんに危害を加えることはしないよ」

 

 その言葉と共に、蓮と明智君を囲むように大量の白衣の異形が姿を現す。それらはブルブルと震えたかと思うと、黒い液体に溶け、そしてまた別の怪物のような姿に変わって二人に対峙した。

 

「クロウ、ここは……」

 

「流石に二人だけじゃどうしようも無い、か。……業腹だけど仕方ない」

 

 明智君はそう言うと、黒い仮面の奥からでも分かるくらいに殺意の籠った視線を丸喜先生に突き刺した。

 

「言っておきますが、俺は徹のいない世界に1ミリの価値だって見出さない。貴方がもし、俺を救おうなんて傲慢で徹を別の何かで代用しようなんて思ったなら、……俺は間違いなく貴方を殺す」

 

「怪盗団はきっと目を覚ます。だから、少しだけ待っていて欲しい、徹」

 

「ああ、芳澤さんなら大丈夫。僕もちゃんと見ているから」

 

 その言葉を最後に、蓮と明智君は背を向けてホールを出て行く。後に残されたのは僕と丸喜先生、そしてリボンが解けて纏めていた髪を垂らした芳澤さんだった。

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