Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

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Yaldabaoth, the name of usurper

 再び意識を取り戻した蓮の目の前に広がっていたのは、薄青く色づいた独房。もはや見慣れたと言って良い蓮だけが認識できる夢と現実の境目に存在する空間、ベルベットルームだった。

 

「結局、更生は果たされなかったな」

 

「失望したぞ囚人!」

 

「お前が私達の期待を裏切りました」

 

 身体を起こした蓮に投げかけられたのは部屋の主たるイゴールとカロリーヌ、ジュスティーヌによる厳しい言葉。特にカロリーヌとジュスティーヌの二人は、片や烈火の如き怒りを、片や極寒の冷たさを宿した目で蓮を睨みつけていた。書き物机越しに蓮へと視線を投げかけるイゴールだけが、いつもと変わらぬぎょろりとした目を向けている。

 

「街の人達に何が起こっている?」

 

「……人間は私が考えるよりも、遥かに怠惰で……愚かであった」

 

 蓮の質問に答えるつもりも無いのか、半ば独白するように蓮に語り掛けるイゴール。蓮は、イゴールが語る言葉に消える直前まで疼いていた頭がまたチリ、と痛んだ気がした。

 

「まもなく人類は破滅を迎えるだろう」

 

「破滅……?」

 

「人類に変革をもたらすトリックスター……。しょせんお前には荷が重すぎたようだ」

 

 トリックスターという言葉に、蓮の脳裏に青い翅が過ったような気がした。

 

「では、ゲームのルールにおいて、敗者には代価を支払ってもらわねばならん。すなわち、お前の命をな」

 

 だが、蓮が感じていた僅かな違和感は、イゴールの口から飛び出した言葉によって吹き飛ぶことになる。彼の言葉には、カロリーヌとジュスティーヌすらも予想外だったようで、思わずといった表情で主たるイゴールへと顔を向けていた。

 

「汝を死刑に処する」

 

「死刑……?」

 

 その言葉が指す意味を掴みとれないと言うように、カロリーヌが単語を復唱する。

 

「神の決め事は絶対。我が試みは水泡に帰し……全ては終わったのだ。その者に速やかな死刑を」

 

 そんなもの認められるかと鉄格子に掴みかかる蓮だが、それを制するようにカロリーヌが鉄格子を警棒で叩く。

 

「騒ぐな、囚人! ……それが主の、お望みなら」

 

「本気?」

 

「き、貴様は良い囚人では無かったということだ!」

 

「……確かにそうかもしれませんが」

 

 蓮の言葉にうろたえた自分に言い聞かせるように語気を強めたカロリーヌと、表情を曇らせて俯くジュスティーヌ。その様子を見咎めたのは、処刑を命じたこの部屋の主だった。

 

「どうした、速やかに執行せよ」

 

「人間に死を、これが私達の役割?」

 

「迷うな! 全てはゲームに負けたコイツの罪なのだ!」

 

 迷いの色を濃くするジュスティーヌを鼓舞するように声を張り上げたカロリーヌは、鉄格子を開くと蓮を部屋の中央へと引きずり出す。床に這いつくばることになった彼女の目の前には、いつもペルソナを合体させるときに使っていたギロチンが聳え立っていた。

 

「では囚人、これより刑の執行に移る」

 

「……まだ、死ねない」

 

 あくまで表面上は淡々と刑を執行しようとするカロリーヌに対し、蓮は胸の内に煮え滾る激情のままに口を開く。このまま唯々諾々と流される訳にはいかない。見えない力に、理不尽な何かに屈するままでいることを、自分は良しとしなかったはずだ。

 その思いと共に、蓮は重たい手足を引き摺って床を踏みしめ、二人と対峙する。それと同時に白黒の囚人服は青い炎に包まれ、彼女は再び反逆の証たる怪盗服を身に纏う。

 

「生意気な、この期に及んでまだ反逆の意思を示すとは……!」

 

「主の命令なら……仕方ありません……」

 

「「罪人に死を」」

 

 その様子を見たカロリーヌとジュスティーヌが戦闘態勢に入る。それに応じるように、蓮も仮面に手を掛けようとしたが。

 

「身体が、動かない……!?」

 

 立ち上がることに成功したものの、その手は蓮の顔を覆う仮面に届くことは無く、ダラリと垂れ下がったまま。そんな蓮に、二人の攻撃が容赦なく襲い掛かる。

 カロリーヌの放つ弾丸と、身体を芯から凍り付かせてしまいそうなジュスティーヌの氷結攻撃。それに無防備に晒された蓮は、しかし最後の一歩、意識を失うことなくなんとか踏みとどまった。その目に強い光を宿して二人を睨み返す。

 

「私は、諦めない……!」

 

「コイツ……!?」

 

「カロリーヌ、やはり私達の、『看守』の役割とは……」

 

 蓮の目、言葉に、二人が何かを思い出そうとしているように片手を頭に当てる。

 

「死刑を命じたはずだが」

 

 しかし、二人の逡巡は重苦しい声に遮られる。イゴールが蓮の背後に立ち、双子をじっと見つめていた。書き物机から腰を上げた主の姿に、二人は身体をビクリと震わせると、躊躇いながらも再び戦闘態勢に入る。

 

「迷うなと言っただろう……! 主の命令に背くのか!?」

 

「くっ……!」

 

 カロリーヌに叱咤され、ジュスティーヌも再び蓮へと攻撃を加えようと顔を上げる。最後の意地で意識を辛うじて保っている蓮に、再び同じ攻撃が加えられてしまえばもう次のチャンスは無いだろう。そんな時だというのに、彼女の身体は意思に反してダラリと腕を垂らしたままだ。

 

「これで終わらせる……!」

 

 カロリーヌから放たれた銃弾が蓮に迫り、その額を貫かんと迫る。その瞬間がスローモーションのようにゆっくりと過ぎる感覚に襲われた蓮だが、それ故に銃弾と自分の間に割って入る影に気付くことが出来た。

 

「ペルソナァァァ!!」

 

 その叫びと共に双子と蓮の間に割り込んだ影は、カロリーヌから放たれた銃弾をあっさりと弾き飛ばしてしまう。蓮に背中を向けたまま、しかし身体中を白黒の縞模様が覆う特徴的なフォルム。身体の前に掲げた赤く不気味に輝く剣は、そのペルソナが持つ強力な能力を象徴しているかの如く。

 

「き、貴様は!?」

 

「どうしてここに!?」

 

「……ほう」

 

 本来あり得ざる闖入者に、双子だけでなく、イゴールすら少し驚きの色を滲ませた声を上げる。

 

「あ、けち……?」

 

「どうしてこんなところに、なんてつまらないことは聞くなよ。俺だって訳が分かってないんだから」

 

 蓮を助けたのは黒い仮面を被った明智。それは奇しくも、獅童の認知世界で怪盗団の窮地を救ったのとまったく同じ構図だった。

 

「それで、俺は後何回情けない君達を助けてやらなきゃいけないわけ?」

 

 諦めてないんなら、ちゃんと足掻けよ。

 

 そう吐き捨てた明智は、横にずれて蓮と双子達が再び顔を合わせられるようにする。助けるのはこの一度だけだと態度で示す明智に、蓮は苦笑するしかないと口を微かに緩めた。そして身体が訴える痛みを無視して背筋を伸ばす。

 

「また助けられた」

 

「三度目は期待するなよ」

 

「囚人、少し命を繋いだからと言って、貴様の処刑は免れんぞ!」

 

「カロリーヌ、私達の役目は本当に人間を死なせることなのですか……?」

 

 追撃をしようとしたカロリーヌの手を取って止めたのは片割れたるジュスティーヌ。彼女は顔を上げると、主であるイゴールへと目を向ける。

 

「私達は『看守』……囚人を更生させる存在。人間を死なせることが役目ではないはずです」

 

「主は、人間を見限ってしまわれたのですか!?」

 

 ジュスティーヌに続いてカロリーヌも主であるイゴールへと問い掛ける。

 

「神である私に逆らうつもりか……?」

 

 イゴールは二人への問いには答えず、威圧するように呟く。それは普段であれば双子達に有無を言わせぬ強制力を発揮させていただろう言葉。

 蓮の頭がまた疼いたような気がした。

 

「……違う、私達の役目は死なせることじゃない」

 

「我らの役割すら、偽られていた……?」

 

 そして双子が互いに目を見合わせる。互いの瞳に映る互いの姿が、鏡写しのように重なる。その瞬間、双子達の中で何かが弾けたような感覚が生じた。

 

「そうだ、思い出したぞ。我らの使命を」

 

「私達が引き裂かれた瞬間を……!」

 

「引き裂かれた?」

 

 蓮がジュスティーヌの言葉を繰り返した次の瞬間には、明智と同じく、いやそれ以上に鋭い視線で主であるはずのイゴールを睨みつける二人がいた。

 

「まさか、囚人と侵入者に我らの無様を思い出させられるとはな!」

 

「私達を引き裂いた邪悪な意思の存在を」

 

 その視線に貫かれているイゴールは、なおも不気味な笑顔を崩すことは無かった。

 

「……なるほど、これもまたトリックスターの力か。あるいは」

 

 しかし声には確かに不機嫌さを滲ませ、イゴールのぎょろりとした目が明智へと向いた。

 

「予想し得ぬ不純物のせいか」

 

「不純物? 誰に向かって言ってんだよ、長っ鼻野郎」

 

 だが面白い。イゴールはそう呟くと、腕を組んで蓮の方へと視線を移す。

 

「貴様が引き裂かれた半身同士を再び繋ぎ合わせられるかどうか、試してみるが良い。それを成す力を貴様が持っているのか、あるいは力及ばず、消滅させてしまうのかどうか」

 

 その言葉は、自分こそが元はひとつであった存在を引き裂いてカロリーヌとジュスティーヌを造り上げたと自白するようなもの。けれどそれを肯定して尚、イゴールにはどこか余裕があった。それは一度大衆から忘れ去られた存在が如何ほどの力も発揮できるわけが無いと高を括っているようで。

 

「囚人、貴様に最後の仕事を与えてやる! 我らの命を預ける重大な仕事だ!」

 

「私達を『合体』させてください。二つに分かたれた器を、再び一つに」

 

 そう言って蓮へと差し伸べられる二つの小さな手。まだ目まぐるしく動く状況についていかないところはありつつも、蓮は二人の手を取った。

 蓮を裁くためにあったはずのギロチン。二台あるそれに、布に包まれたカロリーヌとジュスティーヌが固定される。それは蓮が内に宿したペルソナを合体させ、新たなペルソナを生み出すときに行う儀式。

 ギロチンの刃が落ち、双子の首を断つ。その瞬間、二人の身体は光となって溶け、互いに混じり合って一つになる。その光の中から生まれたのは、背中まで覆う銀髪を青いカチューシャでまとめ、青いドレスを纏った少女だった。その目に眼帯は無く、金色に輝く双眸が蓮を柔らかに見つめる。

 

「我が名はラヴェンツァ。邪悪な意思によって引き裂かれ、あの双子の姿となっていました。……信じていました、トリックスターの貴方ならば、再び真実に辿り着けると」

 

「ラヴェンツァ……」

 

「主の名を騙る不届き者。取り戻されたこの両の目の前で、嘘偽りは通用しない……!」

 

 双子から生まれたラヴェンツァと名乗る少女。しかし、蓮の反応は些か鈍いものだった。突如として目の前で処理できる量を越えた情報を叩きつけられたのだから。

 今まで自身の更生の旅を導いてきたイゴールは敵であるとラヴェンツァは喝破する。そしてそんな蓮の僅かな戸惑いを、イゴールを名乗る謎の存在は見逃さなかった。

 

「まだ『ゲーム』は終わっていない」

 

 その言葉と共に、長鼻の老人の周りには赤黒いオーラが立ち込め、床からその身を浮かせる。

 

「人間の世界を『残す』か、『壊して創り直す』か。全ては我がゲームだ」

 

「……お前は何だ?」

 

「お前に分かるように言うならば、大衆の望みを叶える聖杯。いや、人を統制し、導く神と言った方が近いやも知れんな。そう、我こそは統制の神、ヤルダバオト」

 

 ヤルダバオトと名乗ったその存在の声は、確かに蓮達がメメントス最奥で聞いた聖杯の声と酷似していた。それこそ、今までどうして気付かなかったのだと自分に言いたいほどに。

 

「義賊が悪を討ち、大衆が善に共感すれば、自らの力で怠惰から『改心』すると見込んだ。だが、結果は知っての通り。大衆は全て無かった事にしてしまいおった。『人間は破滅すべき』……その答えを、お前は導いた」

 

 その言葉と共に、蓮の脳裏に過るのは怪盗団を否定し、その存在を忘れ去っていった大衆の声。メメントスの最奥で、怪盗団を拒絶し、自ら囚われることを選んだ大衆の姿だった。

 

「だがな、囚人。実のところ、お前を再評価してもよいかと考えておるところだ。人間が我の存在に辿り着き、その正体に手を掛けた。神である私を中々に驚かせたその所業。凡愚には出来ぬことよ」

 

 故に、今一度取引の機会をやろう。

 

「もし望むなら、世界を前の状態に戻してやろう。歪んだ大衆共がはびこる、あの世界に。『怪盗団』は称賛され、名声が手に入るだろう。……どうだね?」

 

「彼女を異世界に無理矢理引き入れて望まぬ試練を課しておきながら、まだ弄ぼうというのですか!」

 

 ヤルダバオトの持ち掛けた取引に、ラヴェンツァは怒りを滲ませてそう返すが、一方で蓮の頭は妙に醒めていた。ヤルダバオトの言う世界は、怪盗団の正しさが証明された世界。そして何より、目の前で消えて行ってしまった仲間たちも元に戻っているはずの世界だ。今、ここで彼に敵対したとして、仲間達が自分と同じように無事な保証はどこにも無いのだから。

 

「トリックスター……!」

 

 じっと黙り込んでいる蓮の姿に、ラヴェンツァの目が不安に揺れる。彼女が蓮に向けて何かを言おうと口を開いた瞬間、ヤルダバオトから放たれる重圧によって彼女の自由は奪われる。

 

「口を閉じていろ。これは、我と囚人の取引。何人たりとも、邪魔はさせぬ。出来損ないのトリックスターにもな」

 

 蓮が横を見れば、明智も見えない何かに押しつぶされそうになっているのを堪えているかのように、床に膝をついていた。口を開くことも出来ないまま、目だけで蓮に何かを訴えかけている。明智が何を言わんとしているかを半ば察しながらも、蓮はそれでも迷っていた。その信念を貫くか、仲間の無事を取るか。そして蓮が選んだ答えは。

 

「……断る」

 

「…………度し難き愚かさよ」

 

 自らの信念を選んだ蓮に向かって、ヤルダバオトは侮蔑に満ちた言葉を吐き捨てた。対照的に、ラヴェンツァが顔を明るく輝かせる。しかしその表情は、ヤルダバオトから発される威圧が強くなったことで引っ込んでしまった。

 

「自ら死を選ぶか。なれば、今度こそ用済みだ。神の名において、今ここで貴様の存在を消し去ってやろう」

 

 その言葉と共に、蓮の身体に耐え難い重圧がかかる。立っていられない程になったそれは、尚もその重さを増し、彼女の肺から空気を締め出す。

 

「かっ、はっ……!」

 

「今だこの空間は我が支配下にある。貴様らを今ここで消し、ゲームを終わらせよう。このゲームは神である我、ヤルダバオトの勝利だ」

 

 指一本動かすことすら出来ない重圧。それでも自らが選んだ信念を抱いたまま、蓮はヤルダバオトを睨みつける。それが神経を逆撫でしたのか、ついにトドメを刺そうとヤルダバオトが蓮に指を突き付けた。

 

「一体いつから、僕のあだ名を勝手に名乗る許可を得たんだい?」

 

 その言葉は、今この場において明智の存在以上に蓮を驚かせるものだった。

 

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