Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

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The holy grail of sloth

 バイト先を後にした僕は、何故だか真っ直ぐ帰る気にもならないまま、吉祥寺まで足を伸ばしていた。

 吉祥寺と言えば、明智君に何度か連れられて行ったジャズクラブやダーツバーなんかがある。思い返してみればここに来た思い出の大半が明智君と一緒だった。今日は思いつきで足を運んだために僕一人しかいない。あまり行ったことも無かったけれど、古着屋なんかを覗くのも良いかもしれない。

 

「あれ、副会長さん?」

 

 なんて思っていた僕を呼び留めたのは、これまた久しぶりに聞いたような気がする声だった。

 

「やあ、芳澤さん。なんだか久しぶりに会った気がするね」

 

「実際、ちゃんと顔を合わせるのは文化祭以来じゃないですか? ……警察で取り調べを受けていたとは聞いていましたけど、お元気そうで良かったです」

 

「確かにそうかも。心配掛けちゃったならごめんね。こうして出歩けるようになったのも最近のことだったから」

 

 僕と芳澤さんは自然と横並びになって通りを歩く。主に僕と芳澤さんの近況報告が話題に挙がり、どうせならと見つけたカフェに入って話を続けることにした。

 

「怪盗団、疑いが晴れましたね」

 

「それで全てが解決した、っていう訳でも無いけれどね」

 

 そして話は自然と僕と芳澤さんの共通の話題に辿り着く。怪盗団のことだ。

 

「……怪盗団なんていない。皆がそう言い始めてますね」

 

「改心事件はただの偶然の一致、怪盗団は便乗しただけの愉快犯。それが()()だと皆が言ってる」

 

 カフェの窓の外には、スマホを片手に道行く人ばかりだ。その画面に映っているのはSNSや友人とのメッセージアプリだろうか。

 店員さんが運んできてくれたコーヒーに口を付ければ、それを追い掛けるように芳澤さんもカップを持ち上げた。

 

「……先輩達がやってきたことが無かったことにされるなんて。小学校でクラスの皆が一人の人間を空気のように扱うみたいに」

 

 そう呟く芳澤さんの表情は暗い。僕も、芳澤さんの言葉にざわりと胸騒ぎがするのを感じた。空気のように、いない者にされる。どうしてこんなに気に掛かったのかは分からないけれど、芳澤さんの言葉が僕の脳裏にこびりついて離れてくれなかった。

 

「無かったことにはならないよ。少なくとも僕達や改心された人は覚えてる」

 

「そう、ですよね」

 

 半ば自分に言い聞かせるように僕は芳澤さんに言った。彼女もまだ表情こそ暗いままなものの、コクリと頷く。伏し目がちな表情は、普段の彼女からは想像もつかないけれど、不思議としっくりとくるようにも見えてしまう。そういえば、文化祭のときにも話をしたっけ。

 

 明るい芳澤さんと暗い芳澤さん。どちらが彼女らしいか。

 

「え、えっと、そんなにじっと見つめられると……」

 

「あ、ごめんごめん。黙って顔を見続けるなんて不躾だったね」

 

 ボーッと考え事に耽っていたせいか、芳澤さんの顔を見つめ続ける格好になっていた。少し照れたように目を背ける彼女に謝りながら、不意に生まれた気まずい沈黙を誤魔化すように僕も彼女も飲み物を口に含んだ。

 

「……芳澤さん、こんなときに聞くべきじゃないとは思うんだけど聞いてもいいかな?」

 

「はい? 何をですか?」

 

「芳澤さんの、()について」

 

 僕がそう口にすると、目に見えて芳澤さんの様子が変わった。先ほどまでとは打って変わって怯えたように見開かれた目。手も小刻みに震え、聞くべきじゃ無かったかと思いもしたけれど、今聞いておくべきだと促す自分もいることは確かだった。

 

「す、すみれのことがどうしましたか?」

 

「春に聞いたときは、いつか二人でオリンピックに出るって言っていたよね。今、すみれさんはどうしてるのかな?」

 

「ど、どうしてそんなことを聞くんですか……?」

 

 視線が忙しなく左右を行き来する。不安げな表情、その目は僕を責めているのではなく、泣きそうな様子で。

 でも、僕は聞いておかないといけないと思ってしまった。文化祭のときにも彼女に言ったじゃないか。いつか直面するときが来ると。

 

「多分もう目を逸らしていられなくなると思ったから、かな」

 

「目を、逸らす……?」

 

 何を言っているのか分からないと言いたげな表情に変わる芳澤さんだったけれど、彼女は嫌々と言いたげに首を左右に振っている。その顔は、その身体は、一体()()()()ものなんだろう。丸喜先生は芳澤さんが受け止められるようになるまではと言っていた。じゃあそれは一体いつになるんだろう? 誰かが支えられるときにその時が来てくれるのだろうか。

 

「芳澤さん、スマホ鳴ってるよ?」

 

「え……?」

 

 机に置かれた彼女のスマホが静かにバイブレーションの音を立てている。誰かからの電話。そこに表示された名前は、『お父さん』。

 

「でも、()()()()()()()()()? 私のスマホ、前から調子悪くて……」

 

「……そう、なんだね」

 

 留守電になってしまったのか、あるいは電話口の相手が痺れを切らしたのか、彼女のスマホは今は沈黙している。

 これが受け止められる準備を整えることに繋がるのだろうか。今の芳澤さんを見て、僕はとてもそうとは思えない。

 

「芳澤さん。僕は……」

 

「止めてください!」

 

 僕の言葉は、予想以上に大きな芳澤さんの声によって遮られてしまった。たった一言だけなのに、アスリートである彼女は肩で大きく息をしていた。そして、先ほどまでとは打って変わって僕を鋭く睨みつける。

 

「それ以上は、止めてください……! 私は、私は選んだんです。あなたに、何が分かるんですか!」

 

 その言葉と共に、芳澤さんは店を飛び出していってしまった。周囲の他のお客さんや店員さんからの好奇の視線が残された僕に突き刺さる。

 

「……やってしまった」

 

 けれど周囲の視線以上に、最後に僕に向けられた芳澤さんの視線の方が僕にとっては大きなダメージだった。

 訳知り顔で、踏み入られたくない領域に踏み込んでいくような人間のことを何と呼ぶのか。デリカシーの無い人間、それが今の僕だった。無遠慮に彼女の触れられたくないところを踏みつけてしまった。

 

「自分が助けられるとでも思っちゃったのかな」

 

 少しだけ、人よりも長く生きたような錯覚をしているだけなのに。そういえばと思い出す。ここに来る前に店長に言われた傲慢という言葉。まさかこんなに早く自分にその悪癖があることを自覚するなんて。

 

「……今度会った時に謝ろう。一人で悔やむのはいつでも出来る」

 

 僕は席を立つと、会計を済ませて店を出る。ふと視界を何かが横切った気がして視線を上げれば、ポツポツと地面に降り注ぐ小さな水滴。どうやら雨が降り始めたみたいだ。だけど、何かがおかしい。

 

「赤い、雨……?」

 

 


 

 

「んだよ……これ……」

 

 メメントス最深部へと足を踏み入れようとする怪盗団の前に現れたのは、赤く脈動するチューブが全て集まる円形の巨大な監獄とも神殿とも呼べるような建造物。その異様な佇まいに竜司が思わずといった様子で呟く。

 

「この中に、皆のオタカラが……?」

 

「ああ、そのはずだ……」

 

 春の疑問に答えたのはモルガナ。パレスの中に存在するオタカラの気配を感じ取るその能力が、彼の目の前に聳える建物の中から漂う気配に敏感に反応していた。

 

「しかし……結局、ここに来るまでに俺達が見付けたのは金城だけだったな」

 

 祐介が腕を組んで呟く。彼らがこの最深部に辿り着くまでの間、数多目にした牢獄の中にはこれまで怪盗お助けチャンネルに寄せられた以来のターゲットになった人物もいた。また、かつて真達を陥れようとした金城の姿も。

 

「他のターゲットは見逃した、とか?」

 

「けれど、金城は脱獄したままだと言っていたわ。パレスが崩壊してもなお大衆達が互いに監視し合うこの監獄に、帰って来ないと」

 

 双葉の問いに真がそう返す。かつて怪盗団と対峙したときのようなぎらつく様子が消え失せ、どこか無気力にも思える様子になった金城は怪盗団の質問に対する返答もそこそこに何もかもがどうでも良いと牢屋の中で横になってしまい、それっきり寝息を立ててしまった。しかし、怪盗団が目にすることが出来たターゲットは金城だけ。他に彼らがターゲットとしたパレスの主は皆、牢獄のどこにも見当たらないままだった。

 

「開かずの独房に脱獄したままのターゲット達。進めば進むほど分からないことが増えていくんですけど!」

 

 杏が訳が分からないと豹を模した仮面の奥で苛立たし気に表情を歪める。杏ほどでなくとも、怪盗団のメンバーは皆似たような思いを抱いていた。このまま進んで、それで彼らの持つ疑問の答えが得られるのか。それが分からないまま、けれど前に進む以外に手立ては無い。

 

「……行こう。この先のオタカラを手に入れる為に、ここまで来たんだから」

 

 蓮のその言葉に、怪盗団は足を踏み出す。メメントスのシャドウ達が行き着く終着点。禍々しく、しかしどこか荘厳な雰囲気すら感じさせる建造物の中へと。

 

 その建物は、鉄格子に囲まれた牢獄がぐるりと中心を囲むようになった牢獄。中央は開けており、メメントス各所から伸びる赤黒い管が収束する中心部には、黒く巨大な杯に似た構造物が鎮座していた。

 

「なんだこりゃ!?」

 

「周り一面、これが全て牢獄なのか」

 

「真ん中のあれ、なんだ……?」

 

「何にしろ、偉そうで悪趣味」

 

 杏に悪趣味と評されたその杯は、周囲を三個一組となった歯車のような装飾に囲まれ、まるでサーチライトのような光が所々から漏れている。

 

「これが、オタカラ……?」

 

「ああ、間違いないぜ。これが消えれば、ここも消える」

 

 春の呟きをモルガナが肯定する。目の前に鎮座しているこれこそが、怪盗団の求めるものであると。認知世界という、オカルト染みたものを生み出す元凶であり、大衆のパレスの核となっている存在であると。

 

「でも、こんな大きいのどうやって持ち出すの?」

 

「持ち出さなくとも消えりゃ良いんだろ? だったらぶっ壊せば良いじゃねえか!」

 

 杏の言葉にそう返した竜司がドクロを模した仮面に手を掛けると、勢いよく剥がす。それに呼応してもう一人の竜司たるペルソナ、セイテンタイセイが降臨し、オタカラに対してその手に持った如意棒を使った強力な一撃を放った。並のシャドウならそれだけで消し飛んでしまう威力をその一撃は、オタカラに僅かな傷を与えるだけに留まった。しかし、その一撃は怪盗団の予期していない反応も引き起こす。

 

「止めろぉ!」

「聖杯に触らないでぇ!」

「邪魔しないでくれ!」

 

「セーハイ……?」

 

 周囲の牢獄の中から、囚人たちの悲痛な叫びが怪盗団に殺到する。その中から双葉が聞き咎めたそれを繰り返すと共に、聖杯に繋がった赤黒い管がドクドクと何かを吸い上げるように脈打つ。同時に、先ほど竜司のペルソナによって付けられた傷が元通りに修復されてしまった。

 

「なっ!?」

 

「回復した!?」

 

 蓮と真が目の前の光景を理解出来ないと目を見開くと同時、地の底から響くような不気味な笑い声が彼女らの耳に届く。

 

「人間でありながら、人間の望みを絶たんとする愚か者どもよ……」

 

 そして突如として響くその声に、怪盗団全員の身体が強張る。

 

「悔い改めよ。我は手にしたる者全ての夢を叶えるとして崇められしもの。『聖杯』と呼び習われし存在」

 

「聖杯……」

 

 聖杯という言葉を呟く祐介。目の前のそれが本当にそう言われるべきものなのかという訝し気な視線を向けながら。

 

「退行の牢獄の有様は、人間の望みそのもの。等しく縛られ、思考を放棄し、世界に関心を向けもせぬ……。英雄の世直しすら無に帰させる、げに愚かしき大衆。今や大衆の心は怠惰という欲に堕し、牢獄と化した」

 

 大衆を愚かと蔑み、怠惰と切り捨てるその聖杯の声に向けられるのは、大衆がそれを切望する祈りにも似た声。蓮達はそんな様子を信じられないとばかりに見渡した。

 

「どうしてこんな物を有り難がるのよ!」

 

「これこそ、大衆の選択。ならば、自ら望んだその牢獄で朽ち果てるのが相応しき結末」

 

 真の叫びも掻き消さんばかりに大衆が聖杯を求める声が高まる。そんな大衆を見下すように侮蔑に満ちた聖杯の声と共に、聖杯から漏れ出す光が強くなっていく。その光に込められているエネルギーの大きさに、これまで多くの強敵を前にしてきた怪盗団の本能が警鐘を鳴らした。

 

「構えろ! くるぞ!」

 

「おうよ!」

 

 モルガナの声に応えた竜司が再び自身のペルソナを発現させる。

 

「……こんなものが皆の望みだなんて思わない、認めない」

 

 そして、聖杯から漏れ出す光にも負けない、燃えるような炎を宿した目を仮面の奥で光らせた蓮が、右手を自身の顔へと持って行く。

 蓮が思い浮かべたのは一人の男。いつもどこか俯瞰したような視点を持っていて、躊躇いなく誰かの為に自分を投げ出せる人。その人は、思考を放棄したことは一度もない。人の善性を信じ、怪盗団と違う方法ながら、誰かを助けるために考え続けていた。

 

 ペルソナ。

 

 その言葉を小さく呟くと共に、蓮は仮面を剥ぎ取る。

 蓮の背後に巨大な半人半蛇の姿が現れる。上半身は背中に翼をもつ美しい女、しかし下半身は蛇の姿をしたその異形は、ギリシャ神話で多くの怪物を生んだ母とも言われる存在。蓮が紡いだ絆の一つ、その秘奥にて目覚めたペルソナの名は。

 

「エキドナ!」

 

「……空虚な使命に縋る道化どもよ。大衆の望みの前に屈するが良い」

 

 

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