Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

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The last mission

 獅童議員の会見の翌日。世間は未だに混乱の渦中な一方で、日常もまた等しく訪れる。登校を再開した僕は、世間的には精神暴走事件、改心事件の最重要参考人として事情聴取と保護を受けていたということになっていたらしく。どんなことを聞かれたのかと興味津々なクラスメイトにどのように返答したものかと頭を悩ませつつ、息つく間も無く始まった期末テスト対策に僕としては珍しく疲労することになった。

 怪盗団も僕と同じく、期末テスト対策なんてまともに手が回っていなかったらしい。彼らと話した翌日には、絶望したような声音の真から応援要請を受けてルブランを再訪することになった。

 

「ごめん。徹も大変だったのに……」

 

「気にしないで。それに、せっかく疑いも晴れたのに留年なんてことになったら後味悪いじゃない」

 

「なんで、俺見て言うンすか副会長……」

 

 申し訳なさそうに肩を縮める真に気にしないでと言いながら、一番気がかりな坂本君を重点的に指導する。夏にも参加したこの勉強会は、自分一人で勉強するよりも賑やかで楽しいものだったけれど、今回に関してはあまり他人の面倒を見ている場合じゃなかったかと後で反省した。今回は久しぶりに真に学年一位の座を譲ることになるかもしれない。

 

 三日に渡る期末テストが終わりを迎えた今日。ようやくバイトにも行けそうだと帰り支度をしていると、ポケットに入ったスマホが震える感触。画面に表示されたのは冴さんの名前だった。

 

「ごめんなさい、まだ学校だったかしら?」

 

「今日はもう終わりましたよ。何かありましたか?」

 

「獅童のことで、少しね」

 

 その言葉に、僕は空いている手で鞄を引っ掴むとギリギリ走ってると言われない程度の早足で生徒会室を目指した。さすがにこの電話は万が一にも事情を知らない人間に聞かせる訳にはいかない。

 部屋に入り、後ろ手に閉めた扉の鍵を閉めたことを確認してから冴さんに先を促す。

 

「獅童本人は取り調べに協力的よ、不気味なくらいにね」

 

 まず知らされたのは、恐らく良い知らせと言っていい内容。けれど、それを語る冴さんの口調は少し暗い。ということは順調なだけでは無いということだろう。

 

「獅童議員以外のところで問題が出たんですね?」

 

「……お見通しだった?」

 

「疲れたような口調でしたから」

 

「…………正解。本人以外のところで獅童の立件が難しくなりそうなのよ」

 

 少し躊躇った後に口を開いた冴さんが語ったのは、獅童議員の意志を継ぐ者達とも言うべき人達の暗躍だった。冴さん率いる検察によって拘束された獅童議員だったけれど、すぐさま何者かの計らいによって獅童議員に精神鑑定が行われた。それによって取り調べが止まってしまっただけでなく、獅童議員の語る廃人化そのものが疑問視されるような風潮がにわかに立ち上ってきたという。

 

「獅童が議員生活の極度のプレッシャーによって統合失調症を発症した。精神暴走や改心は偶然事故が重なっただけという雰囲気が検察内に蔓延しているわ」

 

「……ですが証言は獅童議員だけでは無いでしょう?」

 

「ええ、その通り。あなたのお陰で奥村邦和という強力なカードも持ち出すことが出来た。でも、それだけでも灰色を黒く染めることは出来ないのよ。誇大妄想に取り憑かれた獅童に妄言に騙された周囲という図式になりつつあるの」

 

「認知訶学の論文があってもですか……」

 

「そうよ、だからおかしいのよ」

 

 まるで誰かが改心や精神暴走という事実を人々の間から消し去ろうとしているみたい。

 

 冴さんのその言葉に、僕は何故か言い様の無い怖気が背筋を走った気がした。ルブランに来る前、僕がぼんやりと考えていたことがまた脳裏に甦ってくる。

 

「何かがおかしいわ。ネットの反応も見た? 獅童カムバックを望む声ばかりよ」

 

「その一方で、怪盗団という存在が急速に風化し始めている」

 

 それは選挙戦直後に行われた獅童議員のセンセーショナルな自白の後にしては異常と言っても良い勢いだった。人々の関心は怪盗団による獅童議員の改心ではなく、獅童議員が総理として再び戻ってくるかどうかにだけ向かっている。

 

「確かにSNSは流行り廃りが激しいものだと思うけれど、だからといってこんなこと有り得る? マスコミも揃いも揃って怪盗団を塗り潰そうとするみたいに……」

 

「このままだと獅童議員の立件は難しくなりそうですか?」

 

「確実にね」

 

 そう言った後、冴さんは重たいため息を吐いた。彼女は検察内で確実に味方を増やし、獅童議員の自白から関係者を芋づる式に引き出すための準備をしっかりと整えていたはずだ。それでもなお、後一歩が足りないと言う。

 

「あなたの言った通り、怪盗団の最後の仕事は獅童なんかじゃないかもしれないわ」

 

「今の風潮を打ち破るには、大衆の認知そのものを変える必要がある」

 

「その為の手段があるかどうかは分からないけれどね」

 

「ありますよ。個人の認知世界というものがあるなら、皆の認知世界もあるはずです」

 

「皆の認知世界?」

 

「はい、それがあるとしたら認知世界には当然、主がいるはずです。そしてその主は……」

 

 確証は無い。けれどこの予感は間違っていないと、僕はなんとなく感じていた。

 

 


 

 

「獅童の立件が危ういだと!?」

 

 クリスマスイブを目前に控えた日の夜。ルブランに集まった怪盗団の面々に流れる空気は重い。

 

「精神鑑定って、そんなわけないのに!」

 

 珍しく声を荒げた祐介に続き、春も厳しい表情で口にする。父である奥村邦和が獅童立件の為に証言をしたことは真を通じて冴から知らされていた。怪盗団だけでなく、父すらも自身の身の危険を顧みず表に出たにもかかわらず、獅童を追及することが出来ないという事実に、春の口に苦いものが広がっていく。

 

「取り巻き連中が周りに圧力掛けたんだろ。それだけ事が明るみに出るとやベえ奴らがいるってことだな」

 

 カウンターの向こう側に立つ惣治郎の顔もまた険しい。

 

「獅童を追及しろっていう世論もメディアの情報操作でさっさと潰された。精神暴走事件も、改心も全ては偶発的に起こった単独の事件。怪盗団はそれに便乗しただけの愉快犯だってことになってる」

 

「ネットの反応はもう怪盗団なんてどうでも良い、引っ掻き回すなって風潮だ」

 

「ッんだよそれ!」

 

 真と双葉の言葉に、竜司が苛立ちを隠せないように前髪をぐしゃりと掴む。歪められた口元から滲む微かな血が、彼の感じる悔しさを物語っていた。

 

「結果、この期に及んでまだ怪盗団は悪者ってか」

 

「ううん、それより悪い。だって、皆が怪盗団をどうでも良いものだって思い始めてる。無関心になり始めてるってことでしょ?」

 

 誰にも見られないって、もう何しても気にも留められないってことだよ、と惣治郎以上に悲壮な表情に変わる杏。モデルとして働く経験もある杏は、好悪以上に無関心という状態がどれだけ危うい状態かを他の誰よりも危機的に感じ取っていた。

 

「どいつもこいつも! 何のために俺達が、先パイが命懸けたってんだよ!」

 

 内心の苛立ちを吐き出すように竜司が叫ぶ。店主と怪盗団以外がいないルブラン店内に、その叫び声が虚しく木霊した。

 そのとき、入り口の扉が開かれるベルの音。その音と共に店内に入ってきたのは、疲れたような、しかしそれ以上に悔しそうに眉根を寄せた表情の冴。

 

「……ごめんなさい」

 

 そして冴の口から発された第一声は謝罪。

 

「精鋭を集めて立件に取り組んだけれど……、真に伝えた通り、立件はかなり危うい状態よ。いえ、真に伝えた以上に状況はマズいわ」

 

「どういうこと、お姉ちゃん?」

 

「これだけの動き、各界の上層は未だに異世界、認知世界の利用を諦めていないのよ。認知訶学を利用した犯罪が国家レベルで継続される可能性がある」

 

 冴の口から飛び出した言葉のあまりのスケールに、怪盗団全員が驚きの表情と共に互いに顔を見合わせる。

 

「事実を知る私たちの身は特に危険よ。それに、海藤君も。正直、拘束されるのは時間の問題よ。獅童復帰論を過熱させて怪盗団への無関心化が進めさせ、妨害し得る私たちを無力化する。それだけの規模の話が動くかもしれない」

 

「あ、ありえねえよ……」

 

 冴の言葉に、思わず口から零れたといった様子で呟く竜司。獅童という政界の化け物を敵に回した。その時以上に、今の怪盗団の敵として立ちはだかっている者達は強大に思えた。

 そしてそんな竜司の呟きに反応したのはやはり冴だった。

 

「そう、有り得ないのよ」

 

「え?」

 

 自身の言葉を否定するようにも思えるその言葉に、蓮が疑問の声を上げる。

 

「考えてみれば皆が皆、右向け右で同じようなことを言うなんて有り得る? それで怪盗団への関心が一気に薄れて、獅童復帰を熱望する。そんな出来すぎたシナリオが、リカバリーが、これまで獅童という圧倒的トップの下で動いてきた敵に一日二日で出来るなんておかしいのよ。自身が負けるなんて微塵も考えていなかった獅童が、自分が倒れたときのシナリオなんて考えると思う?」

 

 そう問われた怪盗団の皆は、パレスで目にしたシャドウ獅童の姿を思い返す。徹によって揺るぎは見えていたものの自身こそが国を導く、神に選ばれた人間だと言いきっていた獅童。そんな獅童が、自分が負けることを想定した作戦を立てるだろうか。自らが頂点に立つことが当然であり、指導者になることが当たり前だと傲岸不遜に言っていた獅童が。

 

「だからこそ、あなた達にもう一度だけ力を貸して欲しいの」

 

「力を……?」

 

 頭を下げた冴に、何をすれば良いのかが分からないと言いたげに首を傾げる杏。

 

「海藤君とも話をしたわ。そのときに彼が言っていたのよ。個人の認知世界があるなら、大衆の認知世界もあるはずだと」

 

 冴の言葉に、怪盗団は一匹を除いて頭にハテナマークを浮かべる。大衆の認知世界と言われてピンと来るものがなかった為だ。

 

「……メメントスのことじゃないか」

 

 その様子を見かねたモルガナがそう口にする。もっとも、彼の言葉は冴や惣治郎にはニャアと鳴く猫の声でしかないのだが。

 

「メメントスは言わば皆のパレスだ。ニンゲンの『集合的無意識』が持つパレス。全ての歪みの源でもある」

 

「……だとするとメメントスにもオタカラがある? それを奪えば、大衆の認知を変えられる?」

 

 モルガナの言葉に真は彼らの言わんとしているところを察する。怪盗団が怪盗お助けチャンネルに寄せられる依頼をこなすため、パレスを形成するほどでは無い人物の改心をするために日夜潜っていた迷宮。それが大衆に共有された認知世界だとすれば、そこに大きな変化が加わることで、大衆心理にもまた変化が起こる。

 

「オタカラがあるかどうかは分からないぜ。だが、メメントスを崩壊させれば少なくとも今のシドーを復帰させようなんて一方的な空気をぶち壊せるかもしれない」

 

「……大胆だが、面白い案だ。それも賭けるに値する」

 

 モルガナの言葉に祐介も同調する。大衆に共有された無意識のパレス。そこを利用することによる怪盗団史上最大の改心作戦。もしそれが上手くいかなければ、怪盗団は顔も名前も、人数すら分からぬ残された獅童陣営を地道に改心させるという非現実的な手段を採らざるを得ないだけに、選択の余地は無かった。

 

「良いじゃねえか!」

 

 竜司も先程までの悔しげな表情から一転、明るい笑顔で賛成の意を示し、席から立ち上がる。しかし、それを咎めるような目で見つめ返したモルガナ。

 

「けどな、こいつをやるなら一つ覚悟してもらう必要がある」

 

 覚悟、という言葉にこれまでに無い重たい響きを感じた怪盗団の面々が固唾を飲む。

 

「そもそもなぜ、人間の認知なんてもんが実体ある別世界として存在しちまってるのか。メメントスには、そうなった原因が多分眠ってる」

 

「……それを壊すってことは、イセカイ自体が無くなる?」

 

 モルガナの言わんとすることを察した蓮が引き継げば、竜司達の表情が固まった。

 

「……流石だな、ジョーカー。怪盗団は、『店じまい』ってことだ」

 

「怪盗を捨てることになる」

 

 春の言葉が静かなルブラン店内に重く響く。

 

「それでも、やるべきだと思うか? ジョーカー」

 

 モルガナが覚悟を問うように蓮へと問う。その問いに、蓮は幾ばくの逡巡も見せずに頷いた。

 

「正しいと信じたことをする、それが怪盗団。最後の仕事で、私達自身でケジメを付ける」

 

「……おう、そうだな! やっぱりワガハイの睨んだ通り、ジョーカーは凄い奴だ」

 

「ええっと、話は纏まった……で良いのよね?」

 

 蓮の言葉を聞いた冴が、躊躇いがちにそう声を掛ける。彼女にとっては猫がニャアニャアと鳴いたかと思うと、怪盗団が何やら納得したように全員決意を秘めた表情になったのだから話の流れに付いていけていない。

 

「はい。私達が役目を果たした後は、襟を正した『大人』に世の中をお預けします」

 

 冴の問いにそう返したのは春。

 

「私達みたいに特別な力が無い、高校生だって出来たことだもん。ちゃんと『大人』として、お願いしますね!」

 

 そう言って笑みを浮かべたのは杏。怪盗団に対し、常にその是非を正面から問い続けた人物。その人は、何ら特別な力を持たないまま、ついに怪盗団の力に頼らずに人を変えられることを示してみせた。その存在があるからこそ、怪盗団が自らの特別な力を失うことに対する躊躇は薄らいだ。

 

「『取引』ね……。なんて重い条件。でも無理だなんて言わないわ。絶対に立件してみせる。ここまでお膳立てされて無理でしたなんて、あなた達にも明智君にも、何より彼にも申し訳が立たないもの」

 

 そして怪盗団が思い浮かべている人物は、当然冴も知るところ。彼女の切り札として、常に期待を越える成果を出し続けたばかりか、予想を上回るほどの働きを見せた頼れる右腕。それを誰よりも近くで見てきたと自負する冴にとって、怪盗団から提示された条件はむしろ望むところであった。

 

「それと、大衆の認知世界というものについて徹から気になることを聞いたわ」

 

 怪盗団がメメントスに挑むと聞いた冴は、ここに来る前に徹と話した内容を思い出す。

 

「大衆の認知世界にも恐らくその認知世界の核となる存在がいる。けれど、それは大衆一人一人じゃない。それらを束ねる何かだろうって」

 

「大衆を束ねる何か……?」

 

 曖昧な言い方にまたしても疑問符を頭に浮かべることになった真が聞き返すと、冴は一度頷いてから続ける。

 

「その存在は大衆から発生したかもしれないけれど、今や大衆の上に立つ存在になっている。それ故に、今の異常とも言える一方的な風潮が生まれているのかもしれないってね。これまでのターゲット一人といったレベルじゃない。もっと強大な存在が相手になるかもしれないわ。それこそ、数えるのも億劫な大衆全員と戦うのに等しいくらいの。……だから、くれぐれも気を付けて」

 

「敵は大衆そのものということか……」

 

「……ま、けど俺達がやることは変わらねえだろ!」

 

「そのとーり。それじゃ、怪盗団の最後の大仕事。リーダーとして一言ヨロシクゥ!」

 

 そう言って背中を双葉にポンと叩かれた蓮は、少しずれた伊達眼鏡の位置を直すと怪盗団のメンバー、惣治郎、冴を見回してから口を開く。

 

「……今宵、皆の心を頂戴する」

 

 

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