Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

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The ship of pride goes down

 身体の中心から手足の先に向かって鉛が流し込まれたような感覚だった。眠りから目覚める直前のように周囲の音や光をぼんやりと感じているのに、ガンガンと痛む頭を手で押さえるどころか頬をピクリと震わせることも出来ないくらいの重たい感覚。それがほんの僅かずつ、手先に体温が戻り始め、彫像のように固まっていた身体に自分の意思が通るようになっていくのを感じる。

 

「──なわけがあるか!」

 

 それと共に、曖昧だった周囲の音が意味を持って僕の鼓膜を震わせるようになっていく。

 

「絶対に──は帰って──!」

 

 誰かが何かを訴えている。そういえば、僕は今どこにいるのだっただろう。何をしていたんだっけ。

 

「頼むよ、なんでよりにもよって君が滝壺に飛び込むようなことをするんだ!」

 

 ああ、この声は。思い出した。僕は彼と一緒にここまで来たんだ。

 僕は怪盗団のように人の心の世界に入ったりなんか出来ない。口先だけの弱い人間だけれど。それでも何かを変えられるかもしれないと思ったんだ。

 

「首根っこ引っ掴んででも俺には生き延びてもらうって言っただろうが!」

 

 感覚を取り戻し始めた僕の身体が、誰かによって揺さぶられているのを感じる。誰か、といってもそんなことをする人なんてこの場には彼しかいないと思うけれど。

 

「だから目を覚ませ、徹!」

 

「……ああ」

 

 まるで喉に言葉が張り付いてしまったと錯覚するくらいに乾ききった僕の口から漏れたのは、声なのか吐息なのか判別の付かない小さな音。

 それでも、僕の身体を揺さぶっていた手はピタリと動きを止め、代わりに僕の顔に何かが近づいて来るような気配を感じる。鉛からアルミくらいまでにはマシになったであろう重さの瞼を薄らと開けてみると、僕の顔をじいっと覗き込んでいるブラウンの瞳と目が合った。

 

「大丈夫だって、言ったじゃないか」

 

「……このっ、大馬鹿野郎が!」

 

 まだ掠れているものの、今度は意味のある言葉を口にすることが出来た。僕の言葉を聞いた明智君は、顔をくしゃりと歪ませると僕の胸に両拳を付いて顔を伏せる。目だけで周囲をぐるりと見回せば、僕はどうやらベッドに寝かされていたらしい。枕元にずっと明智君が付いていてくれたのだろうか、そして少し首を動かして隣を見てみれば、もう一台のベッド。そこには上半身を起こし、こちらを見下ろしている獅童議員の姿があった。

 

「……どうやらお互い、無事に終わったみたいですね」

 

「…………まずは水でも飲め。何を喋ってるか分からん」

 

 そう言うと、獅童議員の傍に控えていた白衣の男がストローの刺さったペットボトルを差し出してくる。それを受け取り、水を口に含めば乾いたスポンジが水を吸うように身体に染みわたっていく心地がした。一息で半分ほど飲んでしまってから、ようやく人心地ついた僕はストローから口を離す。

 

「お前達は外に出ていろ」

 

「は? いえしかし……」

 

 僕が水を飲んだのを見た獅童議員がそう言って手を振る。周囲に控えているスーツ姿の男達や白衣の男が怪訝な顔をして言い返そうとするが、それよりも先に獅童議員が口を開く。

 

「今の俺を見て改心されたと思うのか?」

 

「い、いえ……」

 

「分かったなら外に出ていろ。俺が高校生のガキ一人にどうにかされるわけが無いだろうが。頭が痛くてかなわん……」

 

 その言葉に、渋々といった様子で獅童の部下達が部屋を出ていき始める。

 

「お前も出ていけ」

 

「ふざけるなよ。なんでお前の命令を聞く必要があるんだ」

 

 明智君はそう言って僕と獅童の間に立つ。そんな明智君の腕を取ると、こちらを振り向いた明智君に僕は頷いた。

 

「大丈夫。多分、明智君が恐れている事態は起こらないよ」

 

「だから……! ああっ、クソッ。後で聞かせてもらうからな!」

 

 何かを言い返そうとして途中で言葉が出てこなくなったように、明智君は頭を振ると怒ったような足取りで獅童の部下達に続いて部屋を出ていった。

 部屋に残されたのは生き返ったばかりの僕と、僕よりは少し前に生き返ったのだろう獅童議員の二人だけ。ただの高校生と国会議員という奇妙に過ぎる組み合わせ。僕にとっては危機的状況と言ってもおかしくないのに、不思議と危機感は覚えなかった。

 

「改心は失敗しましたか」

 

「認知世界は俺が仮死状態になって崩壊した。怪盗団は俺を改心するのに失敗しただろうな」

 

 僕の質問に答えた獅童議員。その口ぶりを見るに、実際怪盗団の改心は上手くいかなかっただろうことが分かる。もし怪盗団による改心が成功していたのなら、彼は今頃自責の念に耐えかねて自身の罪を裁いて欲しいと言っていただろうから。しかし、怪盗団による改心は不発に終わったとしても獅童議員の何かが変わったんじゃないかと僕には思えた。

 

「賭けは俺の負けか」

 

「そもそも死なないようにあなたの部下が最大限注意を払って調製した薬だったでしょう?」

 

「俺の身体に合わせた薬だ。お前のようなガキの体格には合わせてない。死ぬリスクは俺より遥かに高い薬を何の躊躇いもなく飲みやがって……」

 

「それがあなたと勝負をするための条件だったでしょう。あなたが失うもの。それに釣り合うために、僕は僕自身を賭けたんです」

 

「そんなことの為だけに、ただの口約束の為に……」

 

 僕の言葉に獅童議員は考え込むように顔に手を当てて俯く。

 

「そんなこと、じゃないです」

 

「なに……?」

 

 怪訝な表情でこちらを見る獅童議員の顔を、真っ直ぐと見つめ返す。

 

「馬鹿げたことでも、分が悪くてもあなたが仕掛けてきた勝負です」

 

 ずっと陰に潜み続け、自分が土俵に上がることはなかったのが獅童議員だ。実行犯である明智君を最後には切り捨てることでついに表舞台に上がる事無く終わらせようとしていた彼が、僕と勝負をしようと言ってきた。本来なら僕なんかが会うどころか言葉を交わすことだって出来ない人間。

 

「そんなあなたと真っ向から勝負が出来るチャンスでした。それも怪盗団に改心される前に」

 

 特別な力を何も持たない僕が差し出せるものといえばこの身一つしかない。それで大物議員と全てを賭けた勝負に挑めるのだとしたら、それは分の悪いものであっても逃すべきじゃなかった。

 

「怪盗団による改心が成功すれば、あなたは自分の犯してきた罪を自白するでしょう。でも、怪盗団に頼ってばかりじゃダメだとも思いました」

 

 獅童議員の計画によって人生を狂わされた人は多い。その被害者を僕は少なくとも二人は知っている。一人はありもしない罪を被せられ、風聞に苦しめられた。そしてもう一人は生まれたときからその歩く道を狂わされ続けていた。同じように苦しんだ人は大勢いるはずだ。彼らが獅童議員に対して報復したいという気持ちを否定は出来ないし、するつもりも無い。僕の言っていることがただの綺麗事で、被害者にとっては生温くて苛立つようなものであることは百も承知だ。その上で、僕は獅童議員と対峙して怪盗団による改心が起こる前に彼自身が自分を見つめ直すことが出来ないか試みた。

 

「それは僕が優しいからでも、自分が正しいと思っているからでもない」

 

「怪盗団によって改心されず、俺が俺のまま敗北させたかったというわけか」

 

「それ以上に、あなたの為に怪盗団に手を汚して欲しくなかった」

 

 獅童議員が怪盗団による改心を受ける前に自身の罪を自白する。それはつまり、己の能力に絶対の自信を持つ獅童議員が、自身の能力が及ばなかったことを認めるということだ。プライドが高い獅童議員にとって、それは耐え難い敗北になると考えた。自分の身を賭けてでもその結果を手繰り寄せるべきだと思ってしまうくらいに、自分が冷静でなかったことを自覚した。だから僕は怪盗団に対して偉そうに説教出来る立場に無いのだ。結局、僕は僕が採れる手段で自分のエゴを通そうとしているだけなのだから。獅童議員を法が裁く前に、意趣返しがしたかったのだと僕は思う。我ながら幼稚な動機だ。それで結局、怪盗団による改心という獅童議員が罪を自白する最大のチャンスを潰してしまったのに。

 

「今の俺がお前との約束を守るとでも思ったか?」

 

「互いの信念を賭けた勝負が僕やあなたにとってそこまで軽いものではないと、僕は信じています」

 

 それっきり、僕と獅童議員は互いに何も言わないまま、沈黙の時間が過ぎていく。僕にとっては永遠にも思えるような時間。獅童議員の言葉一つで僕も明智君も二度と無事にこの場を去ることが出来ないことが確定してしまう。

 

「……そこまでして何が変わる」

 

 その沈黙を破ったのは獅童議員の言葉。

 

「俺が退いたとして、何も変わらんぞ。愚民どもは自分の無能を棚上げし続ける。腐った老害どもは自分が生きている間だけが良ければそれで十分だとツケを回し続ける。それを変えられる最大のチャンスをお前は潰そうとしている」

 

「目的が正しければどんな手段も許容されるというなら、それは法治国家の否定です。それに変わらないと嘆くより、変えようと足掻く方を僕は選びます」

 

「ハッ、司法すら手駒にしていた俺に法を説くか」

 

「門前の小僧、というにはそこまで経を聞いた覚えもありませんが」

 

 そう言うと、獅童議員は顔を伏せてくつくつと笑った。そして再び顔を上げたときには、その目には今にも目に映るものを焼き尽くさんとするような、けれど静かに燃える炎が宿っていた。その目はいつかの明智君と重なって見えるようにも思えて。

 

「正しい手段で、正しい結果を。お前が言うその信念とやらがどこまで通じると思っている。この世界には正しさも、清廉さも無いというのに」

 

 問い掛けるような口調で、されどその目は鋭く僕を突き刺す。そこに、獅童議員がこれまで培ってきた観察力や思考を垣間見た気がした。各界の大物たちとの腹の探り合いを制し、利害を一致させて味方を増やした彼のカリスマはその全てがハリボテであった訳ではない。そのことを感じさせるような目だった。

 

「たとえ間違いだらけでも、汚いところだらけでも、それだけじゃない。そんなに人は弱くないと僕は信じています。全てを見限ってしまったら、汚いところしか目に入らなくなってしまうじゃないですか」

 

「お前が綺麗な正しい世界しか知らないだけで、この先誰も味方がいなくなったとしてもそれを言えるか」

 

「言ってみせます。僕一人だけになったとしても」

 

「……大口をたたく才能だけはあるようだな」

 

 そう呟いて目を閉じた獅童議員は俯いて何かをじっと考え込んでいるようだった。それから再び目を開けた獅童議員は、ベッドから立ち上がると色付きの眼鏡を掛けてこちらに向き直る。その顔からは今、獅童議員がどのような感情を持っているのかを窺い知ることは出来ない。

 

「俺の見てきた世界はクソッタレで終わった世界でしかない。誰かが誰かを騙し、食い物にして、善人ぶった顔の裏で畜生染みたことを考えているような地獄だ。愚民どもはそんな地獄の中で、俺に熱狂した。たかが俺一人が考えを翻したところで、もはや白痴となった大衆が目覚めると思うか? そんなはずが無い。第二、第三の獅童を求める地獄が繰り返されるだけだ。そんな地獄を、お前は目の当たりにする。その時にまだそんな綺麗事が吐けるのか。一足先に地獄の底から見物させてもらおうじゃないか」

 

 その言葉と共に、獅童議員はニヤリと笑みを浮かべた。けれどその笑みからは、僕に対する敵愾心を感じ取ることは出来ず、何かを諦めたような人間の表情だと僕には思えてしまった。

 

 

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「今回の当選は、国民の皆々様のお力添えの賜物と、身に染みる思いでございます! …………それだけに、私は今ここで再び、皆様から信を問われなければならないと感じています」

 

「奥村氏の会見での出来事、更に昨今ニュースになっている悲劇的な事件や事故の数々。精神暴走事件とも称されるものを引き起こし、あまつさえそれを怪盗団の仕業だと情報操作したのはこの私です」

 

「人の心を操作し、自分の手を汚さぬまま多くの被害者を生み出していたのは、この私であります」

 

「その全ては自身の出世、私利私欲の為でした。国家という船を我がものにする野心のため、人の命すら踏み台にしてきた。どんな罪状で裁かれても足りぬ極悪人です。……故に、私は今ここで全てを明かし、法の裁きを受けることを宣言いたします」

 

 

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