未来視持ちの聖女にギャン泣きされた


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作:みょん侍@次章作成中
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第22話


 

 私にとって、ロータスという子供は突如現れた光だった。

 近衛騎士としての作戦行動中、私は大切な同僚を失い、それが心の傷となり、近衛騎士の席をお返しし、教官職に就くことになった。

 この時期には弟のアルセアもホワイトクラウン騎士団に入団し、訓練生として寮での生活となっているから、私の家には私しかいなかったんだ。

 

 大きな事件を捜査していた。

 たくさんの関係機関と連携し、悪徳貴族を追い詰め、違法賭博の摘発と奴隷の救出を成功させた。

 私の教え子たちも参加していたからな。

 労いも兼ねて、私は彼らを出迎えた。

 

『子供?』

『あん?』

『ひえ』

 

 変な笑みを浮かべる騎士たちの後ろから、子供が顔を出した。

 茶色い髪をした、垢まみれの少年だ。

 手首や足首には赤い痕があり、聞いてみたところ、違法賭博の剣闘士として戦わされていた奴隷らしかった。

 しまったな、と思った。

 子供の奴隷というのは、大人ほど聞き分けがいいわけじゃない。

 それもあの悪徳貴族の奴隷だ。命令を聞かせるために痛めつけられていたかもしれないのに、子供と言われてつい睨んでしまったのを後悔した。

 

『……うお、すっげ、ファンタジー』

 

 杞憂だった。その子供は臆せず私の傍に駆け寄ってきた。

 汚らしい子供だったのは確かだが、それでもその瞳には隠し切れない知性の光が宿っていた。

 実際、まともな教育を受けていないような子供の奴隷とは全く違い、この時からすでに空気を読んだり、基本的な常識は身に着けていたんだ。

 不思議な子供だった。

 やけに私に懐いてきて、孤児院に入れてあげようとも思ったのだが。

 

『先生!』

 

 心の傷がまだ癒えておらず、弟がいなくて寂しい気持ちを埋めるという考えもあったのだろう。

 私はその子を拾い上げ、育てることに決めたのだ。

 名前を――ロータスと言った。

 びっくりしたよ。この国の国教と同じ名前だ。

 歳は9歳。子供とはいえ、しっかりした身体付きで、迷うことなく私の知る剣術を教えようと思ったな。

 

 しかしこの子は元奴隷だ。

 解放された子供の奴隷は、多くが目上の人間に怯え、自分が主張することを怖がる傾向にある。

 まずはそこから教えていかなくてはな、と思ったのだが。

 

『先生! 一緒にお風呂に入りませんか!』

『えぇ……?』

 

 全く手のかからない子だった。

 というか、別のベクトルで世話の焼けるというか。

 確かに、自分からはあまり主張しない子ではあるが、それは恐怖ではなく謙遜。

 せめて敬語じゃなくて、砕けた口調で話してくれとも言った。

 

『先生は先生ですから! 尊敬できる相手には敬語ですよ!』

 

 そんな風に流されてしまうので、結局敬語のまま暮らしていた。

 私みたいなのを尊敬してくれる――かと思えば、

 

『ろ、ロータス! 人の着替えを覗いちゃダメだろう!』

『あはは、ごめんなさーい!』

 

 私のどこが良いのかはわからないけれど、エッチな部分が目立ったり。

 最初の1年は、よそ様の子供というのはこういう感じなのか、と彼に振り回され続ける毎日だった。

 言葉を教えたり、この国のことを教えたりする授業の時は、見違えるくらいに静かで素直なんだけどなあ……。

 

 ロータスが10歳になった時、私は何かお祝いをしてあげようと思った。

 節目というか、この国では15歳の誕生日に次いで大事な日。

 彼には親がいなかったし、祝ってくれる大人もいなかった。

 だから、私が盛大に祝ってあげようと思ったんだ。

 

 とはいえ、子供へのお祝い。

 形に残る物にしたいとは考えていたが、何をあげればいいのやら。

 いや、喜んでくれるか、という不安は無い。あの子のことだから、その辺の石でも飛んで喜んでくれそうな気さえする。

 私が納得できるようなプレゼントができるか、ということだ。

 

 ロータスと過ごす毎日は、大変だったけど楽しかった。

 教官として日中仕事をして、帰ってきた時に、彼は満面の笑みで私を迎えてくれるのだ。

「ただいま」「おかえりなさい」――そんな言葉のやり取りだけで、私の心は大分救われていた。

 だから、このお祝いにはお返しの面もある。

 

 考えついたのは手作りということ。

 ロータスがある日突然、ツル、という鳥の折り紙? をプレゼントしてくれたのだが、びっくりするぐらい嬉しかったんだ。

 なんというかこう、彼に認められたような気がして。

 我慢したが、一人になった時ちょっと泣いてしまった。

 

 ともかく、思いを込めて作ったのなら、私も納得できるだろうと思った。

 それと、誕生日も凝ったパーティにしてあげようとも。

 ふふふ、サプライズプレゼントで驚かしてやろう。

 

『ロータス、10歳の誕生日、おめでとう!』

『え、えぇっ!? せ、先生からの、プレゼント、ですか!? ……う、うれしいです、先生っ!』

 

 噓泣きだった。

 問い質すと、どうやら私がぬいぐるみを作っていたのを知っていたみたいで、場の雰囲気に合わせようとしてくれたみたいだ。

 敏い子供だった。それでいて、周りに気を遣える優しい子供だった。

 

『うれしいのは本当ですよ、先生! 大切にしますね!』

 

 抱きしめて、頭を撫でる。

 この頃には既に私と同じくらいの身長だったかな。

 ひどい過去があったにもかかわらず、出来た子供だったから、その成長もずっと見守っていきたいと思ってしまった。

 私がこんな子と暮らせるのか、なんて、恵まれていると思いだしたのはこの頃からだったかな。

 

 将来はどんな子になるのだろう。

 ずっとずっと、楽しみでしょうがなかった。

 

 その次の日から、ロータスに剣術を教えることにした。

 

『まだまだだな、ロータス! 受けの技術は目を見張るものがあるが、逃げてばかりではどうにもできんぞ!』

『先生に隙が無さすぎるだけなんだけどなぁ!』

 

 正直怖かった。

 ロータスは自分から剣術を習いたいと言ったわけではないから、嫌になって、私の傍から離れていってしまうんじゃないかって。

 それでも、彼には一人で生きる術を身に着けてほしかったんだ。

 彼ぐらいの頭の良さなら戦い以外に生きていけるかもしれないけど、私が教えられるのはこんなことくらいだから。

 

『もう一回お願いします、先生!』

『……ああ!』

 

 それでもロータスは私の訓練についてきてくれた。

 日に日に成長していくし、半年経つ頃には体力づくりとかの基礎訓練は騎士団と一緒に行うほどになっていた。

 それ自体は嬉しかったが……。

 

『ロータス、見ろよ、今日は外れだ! いつもなら巨乳のメイドさんが庭の手入れに来るのに、今日はあんな貧相な……』

『わかってないですねぇ、ああいうのが抱いた時に一番良い反応を返してくれるんですよ。考えてもみてください、自分の身体に自信が無い――それでも向けられる情欲の熱に、あのクールな顔にどんな表情が浮かぶのか!』

『逆に、そそる……!』

 

 礼節を尊ぶ近衛騎士とは違い、荒事もこなす騎士団には粗暴な男も多数在籍している。

 訓練場から見えるメイドさんや貴族の娘さんなどを見ては品定めし、今夜口説きに行くか行かないかで盛り上がるような奴ばかりだった。

 エッチなことが大好きなロータスが染まるのは早かった。

 

『兄貴、って呼んでもいいですか! ロータスさん!』

『よせよ……』

 

 いや、なんなら逆に染めてったかもしれない。

 風紀の乱れは心の乱れ。騎士団の円滑な運営のために、私は都度叩き直すんだが……。

 

『うははは! グラウンド10周、きつすぎっすわ!』

『そっちは、良いじゃないですか! こっち、歩幅、小さすぎて、無理ぃ!』

 

 何故か男同士の絆が深まってしまうのだ。

 なんなんだ、あいつらは!

 

 ……しばらく、そんな毎日が続いた。

 ロータスが私から一本を取ることは無かったけど、それでも気を抜くと危うい場面はいくらでもあったし、騎士団の訓練生相手なら勝ち越せるくらいには強くなった。

 身体もすっかり大きくなって、私が見上げる形になってしまった。

 嬉しいんだけどな。

 やっぱり寂しい。

 彼も独り立ちして、私を置いて行ってしまうのだろうか?

 なんて、良くない考えだ。

 私がするべきなのは、ロータスを送り出すこと。

 後ろ髪引かれてちゃ、いけないんだ。

 

 そして。

 

 彼が14歳になり。

 

 来年に迫る15歳の誕生日をどんな風に祝ってあげようかと考えていた、そんな日に。

 

『ロータスを、戦争に使う』

 

 ロータス正教会の教皇、ダフニー猊下と、ホワイトクラウン国王、ナルシサス王は、私にそんなことを言ってきた。

 

『何を、仰っているのですか? あ、あの子は騎士団の団員じゃありません! どんな権限があって、彼を――!』

『あ奴は奴隷であろう』

『……は?』

 

 唐突に、ホワイトクラウンは隣接する亜人の国々に宣戦布告することを決めた。

 確かに騎士団の増員もされていて、国境付近の要塞を強化していたりと不穏な動きはあった。

 戦争になるのかもしれない、と思わなかったわけではない。

 でも。

 それでも。

 なぜそれに、ロータスが巻き込まれなければいけない?

 まだ14歳のあの子が。

 

 だけど、私はホワイトクラウン騎士団で。

 弟もそこに属していて。

 この国の最高権力を裏切って、何があるかなんて火を見るよりも明らかだった。

 

『……せん、そう?』

 

 初めて見る表情だった。

 私を疑ってから、それが真実と知るや否や目を見開いて。

 ああ、どうか。

 そんなものに行きたくないと言ってくれ。

 逃げたいと、そう言ってくれ。

 この弱い私に覚悟を、ください。

 

『わかりました!』

 

 ただ、彼は敏かった。

 誰にでも気遣える、優しい子だったんだ。

 

『あはは、逃げ足だけなら誰にも負けませんからね! 俺一人が参戦するわけでもないでしょうし、戦ってる風を装いながら逃げ回って生き残ってやりますよ!』

 

 馬鹿な私は、それを鵜吞みにして。

 その日の夜、彼の部屋を通りがかった時に、愚かなことをしたと思い知った。

 

『……な、なんで、戦争? お、俺、奴隷じゃなくなったんじゃ、ないのかよ! し、死にたくない、死にたくない』

『――』

『逃げ、れない、よな……教皇と、国王? なんでそんな奴らが、俺なんか指名してくんだよ……! 逃げたら、先生は、どうなる! 先生経由で伝えてきたのって、そういうことだろうが!』

 

 彼は怖がっていた。

 それを飲み込んで戦いに行くと言ったのは、私のためだったんだ。

 こんな弱くて、バカで、小さな子供一人守れないような女のために。

 連れ出せと。

 国の外へ逃がせと。

 理性は言う。

 だけれど、死んでいった同僚が、仲間が、私に託したものがあったから。

 国を裏切る勇気も無くて。

 生きてやると言った、ロータスの言葉を信じたのだ。

 

 愚かな私は。

 大切なあの子を言い訳に。

 大切なあの子を、地獄へ送り込んだのである。

 

 ただ私が安心したいがために甲冑を買い与え、エルフの国へ送り出したあの日を後悔しない時は無い。

 

 エルフとの戦争がはじまり、心休まる瞬間は無かった。

 毎日毎日、ただただ祈っていた。

 ロータスが無事でありますように、と。

 

 願いは通じ。

 ロータスは見事、エルフの王を討ち取って見せた。

 そう、戦地から帰ってきた騎士団の子に教えられたんだ。

 

 私は喜んだ。

 あの子が勝った。

 あの子が生きていると。

 喜んで、舞い上がって、すぐに目が覚めた。

 

 ロータスは人殺しになった。

 私が教えた生きるための術を使い、人を殺したのだ。

 あの、誰にでも気遣える、心優しいあの子が、殺してしまったのだ。

 

 誰のせいで?

 誰のために?

 

 私だ。

 

 どんな顔をして彼を迎えるつもりだったんだ?

 手を汚させて、帰ってきたら、信じてたよ! って仲間面して笑いかけるのか?

 そんなはずはない。

 できるはずもない。

 ロータスにとって、救い出してやれなかった時点で、私も同罪なんだ。

 

 何が祈っているだ。

 私がするべきだったのは、今すぐ戦場に行って、彼を連れ出すことだっただろうが。

 それすらできなかった時点で。

 私はもう、悪人なんだ。

 

 そして、ロータスが帰ることは終ぞ無く。

 私は大切なものを失ったのだと、気付いた。

 

 


 

 

「う、っぷ」

 

 全部。

 全部、思い出した。

 途端に吐き気を催して、蹲る。

 

「……」

 

 何を、やっているんだ。

 私はずっと、何をしてきたんだ。

 馬鹿者だ。こんなもの、先生なんて呼ばれるような人間のすることじゃない。

 

 ずっと怖くて。

 会いに来ないのは、私が嫌われているからだと、都合のいいレッテルを彼に貼って自分を正当化して。

 自分の殻に閉じこもって、優しい世界に生きて。

 

「行かなきゃ」

 

 会いに行かなきゃいけない。

 だってあの子は、ロータスは会いに来てくれたんだから。

 魔法にかけられた私に合わせてくれていた。

 弟として、私なんかに優しくしてくれた。

 不慣れなため口が、嬉しかった。

 

「ロータス」

 

 ああ、それもたぶん、もう終わりだ。

 私は罪人として、彼に裁かれるのだろう。

 彼を地獄へ送った極悪人に別れを告げに来たんだ。

 

 ならせめて、私は最後までそうあろう。

 彼が満足するまで、彼の言葉を受け入れよう。

 

「う、っぐ……うぅぅ」

 

 泣く資格なんてない。

 私が背負うべき傷まで背負わせておいて、なんて最低な女だ。

 

「うぅぅぅ、あぁああああ……っ!」

 

 頼む。

 終わりにしてくれ。

 お前の言葉なら、私は納得できるよ。

 

 涙は止まらない。

 情けない姿のまま、私はただ、彼らが向かったであろう場所に歩いて行った。

 

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