治癒を騙って仲間の呪いの肩代わりしてたのがバレた


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作:甘朔八夏
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15.最期の


 

 

「ハイネ!転移魔法で街まで戻ることはできるか!?」

 

「…ごめん、無理。魔力が足りない」

 

冷静に考えたら分かるはずだ。そんなに便利な魔法ならネタ魔法になんてなっていない。にもかかわらず、()()のくせに奇跡の一つも起こせないことに苛立ちが溢れそうになった。

 

ガリガリと頭を掻く俺の顔を、ソアレは心配そうに覗き込む。

 

「どうした、の?」 

 

今までとは全く異なる俺の態度に、彼女は少し怯えていた。だが今の俺にはソアレを気遣う余裕さえ無い。

考えている中でも最も悪い予想。それが的中してしまえば、俺は二度と立ち直れない。

 

「魔物たちの狙いは教会だ。俺たちの街にも魔物が殺到している可能性が高い。此処より遥かに防衛設備が薄くて、俺たちがいない街をだ!」

 

直ちに緊張する空気。休暇の間だって、心に重荷があったって、彼女たちもプロの冒険者。守るために魔物を討伐するという本懐を忘れる者は居ない。

 

「根拠は?」

 

ハイネはあくまで冷静に、懐疑的に尋ねる。(もっと)もな疑問に返す言葉を俺は持ち合わせていない。所詮はリルから聞いた話を真実だと見なしているだけの主張だ。言葉に詰まるも、ここで嘘をつくメリットは無い。

大人しく全部吐くことにした。

 

 

「なるほどね。……リル。ジオフリール。天使か」

 

ぽつりと呟いたハイネの台詞は、俺にとってはひどく衝撃的で。

 

「え?」

 

「その男、地上に降りて人間を監視する役目を負った天使かもしれない。それにしては露骨がすぎるけど」

 

「えっ。リルさんって、ジオフリール様なの?」

 

「確定じゃないけどね」

 

ぽかんとした俺を置いてけぼりにして、ソアレの驚きにハイネが応える。

 

「飛んでるように見えたのは魔法でも錯覚でも無く、多分不可視の羽を使っただけ。天使は皆持ってるから」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。聖書はある程度暗記してるけど、ジオフリールなんて名前知らないぞ?」

 

「第三章の降臨の節で女神と一緒に降りた天使がいたでしょ。その名前には幾つか説があるけど、その節について研究した論文に出てくる有名な名前」

 

神学者になるつもりは微塵もない為、論文なんて読んだことはない。しかしソアレも知っているところを見ると、もしや常識レベルの知識なのかもしれない。キキョウも俺と同じくぽかんとしていることだけが救いだ。

 

「しっかりしてよ、神父サマ」

 

呆れたようなハイネの声を粛々と受け止めていると、ソアレの顔が深刻になっているのが見える。

 

「…それなら、本当に街が危ないってこと?」

 

また、少し緩んだ空気が一挙に締まる。そうだ、リルの言葉は妄言であった方がありがたかったのだ。魔物たちの行動が統率されているとは考え難く、神都を魔物が襲った今、拠点の街付近の魔物は大人しくしているとはとても思えない。

被害の縮小を願って現場に急行することだけが、俺たちに出来る最善だった。

 

「なら魔導馬が良い。街までならノンストップで戻れるし、時間も馬車とは比べ物にならない。…乗馬できる人はいる?」

 

控えめに手を上げたのは、キキョウ一人。

 

「通常の馬であれば」

 

「それで良い。速くて体力があるだけで他は普通の馬と変わらない。私も乗れるから、2:2で分かれようか」

 

体重の都合上、ハイネと俺、キキョウとソアレで分かれることになった。ほぼ変わらないのではと思ったが、ここは経験者(ハイネ)の言うことに大人しく従うことにする。

 

「まさか到着した当日にとんぼ返りするとはね」

 

すぐさま馬を借りて、ハイネの後ろへ飛び乗った。その時に彼女の口から漏れた呟きは、どこか諦めが含まれている。

もう日は西に傾き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ラスタ。また唇噛んでる」

 

激しく揺れる魔導馬の上で。ハイネは俺に背を向けたまま、風切り音を克服した澄んだ声で言った。

指摘されてやっと自覚する。いつからか、不安が心を支配すると、新しい痛みが無いと耐えられない。

 

「…ごめん。気をつける」

 

自分に言い聞かせるようにそう謝ると、ハイネの声に棘が混じった。

 

「やっぱり噛んでたんだね」

 

「……カマかけたのか」

 

「自傷する貴方は嫌い」

 

ぐさりと刺さる。どこまでが本音で、どこまでが優しさなのか分からない。彼女に言い捨てられたので、此処で会話は終わる。もう五回目のことだ。もうすっかり日は落ちて、辺りは暗くなっていた。

 

『夜遅くまで外で遊んでいると、魔物に攫われてしまう』

 

なんの根拠も無しに、大人たちは子供をそうやって怯えさせる。昼も夜も魔物の危険性は変わらない。しかし俺も孤児院で、保護者としてその脅し文句を使ったことがある。

 

だからだろうか。日の落ちきった闇の中、耳朶を叩く風切り音が魔物の咆哮に聞こえて、首筋を撫でる夜風の冷たさが瘴気に侵された感覚を思い出させてきて、怖くて怖くて仕方がない。

出発してからおよそ六時間が経った。まもなく街へ帰ることが出来る。鼓動は早まるばかり。

 

自分が死ねば仲間の命が危ないことを分かっていたからか、昔から俺は危険に対して敏感だ。その慣れ親しんだ嫌いな感覚が、痛いほど何かを訴えかけてくる。

 

「…もっと、急げるか?」

 

「キキョウたちと離れることになるけど」

 

「このままじゃ、間に合わない気がするんだ」

 

早く辿り着かなければならない(行きたくない現実を見たくない)

 

音は聞こえない。ただ、肩の上下でハイネが溜め息をついたのが分かった。

 

<先に行くね>

 

直後、脳に直接響くハイネの声。念話魔法をパーティ全体に使ったのだろう。馬に手を当てたかと思うと、

 

進め(クロノ)

 

「待っ——!」

 

背後の静止を振り切って、途端に速度を上げる魔導馬。

 

「馬に負担がかかるから、後で治癒しときなよ」

 

「…ありがとう」

 

なんとかお礼は伝えるも、ハイネの返事は無い。突如石のように固まった彼女を怪訝に思って顔を上げる。ハイネはただ前方に指先を向けていた。遠くで、神都に比べるとハリボテのような防壁と、人工的な白い光、そして、

 

防壁の中の炎が見えた。

 

「「ッ!!!」」

 

 

『置いてかないでよ』

 

『嫌い』

 

『邪魔でしたか?』

 

ああ、

 

『加護強いし』

 

あ、なんでなんでなんでなんでなんでまたか?

俺が触れたから、俺が愛したからあの教会は、あの孤児院は狙われているのか?

 

「…ラスタ。落ち着いて、まだ分からない」

 

俺のせいで、俺の手が、不幸を生んでいるのか?近寄ったから?触れたから?これではどちらが魔物かわからない。治す度に孤児院と俺が()()()、今魔物はそれを目指す。治す為に被害者を生み出すマッチポンプの形成。頭の中で何かがちぎれる音がする。

 

気付けばもう街の門は目の前だった。

 

半ば転げ落ちるように馬から降りて、何故か凸凹になった石畳を躓かないように避けながら走る。大通りには人っ子一人いないが、まだ明かりのついている締め切られた住居からは怒号にも悲鳴にも聞こえる声が響くばかり。

 

治癒師で、仮にも魔法職であるのに走ってばかりだ。

そんな地べたを這いつくばる姿がきっと俺には相応しい。だけど、せめて、たとえ不幸を生む手だとしても。お願いします、間に合わせるための、届かせることは許してください。

 

とうとう教会の姿を捉える。案の定、燃えているのはその場所だった。隣には孤児院。煌々と揺れる赤に照らされていたのは。

 

「マリー!!!」

 

尻餅をついて体をがくがくと震わせ、斜め上を見上げている。その先には、冒険者ならば誰もが見たことのある魔物、月狼(モーントウルフ)。C級以上の冒険者ならば、野良であればソロでも倒せてしまう一般的な魔物。

 

その情報は、たった今なんの意味も持たない。月狼は知能が高く狡猾だ。すぐに獲物に襲い掛からず、反撃を警戒する。そして視野が狭く、()()()()()()

 

俺の叫びに反応した月狼は、眼前の獲物(マリー)より大きい個体(ラスタ)を警戒する。一度飛び退いて距離を取る。影の濃い方向へ。

 

俺は弱いし戦えない。しかし、仲間たちの戦闘を最前線で見てきたから。

 

ひかめけ(カンラ)

 

圧縮された光球を置く。その中に、月狼は後ろ向きに飛び込んだ。

 

 

 

視覚を潰されて絶叫する月狼の声は、すでに意識の外にある。

 

「マリー!無事で、よかった…!」

 

思わず少女を抱きしめ、

 

 

ようとして、彼女の後ろに視線が縫い付けられた。

 

「ラスタ…?あっあの!あのお姉ちゃんを助けて!!」

 

頭が回らない。マリーの指した先にいた、彼女よりも一回りほど年上の女の子。腰まで伸びた生糸のような美しい銀髪は、力なく地面に乱れ広がっている。陶磁器のような人間味の無い顔には、その肌に似つかわしくない鮮血が滲んでいた。

 

「わたしを守ってくれて…そのまま起きなくて…」

 

女神様だ。そうとしか思えない。何故、この場所に。心中の動揺に反して体は案外冷静で、機械的に女神様にしか見えない少女の状態を診察する。

血を多く失っている。が、その量に比べると心拍は安定しており、命に別状はなかった。

 

ほっと息をつく。その安心から、視野が僅かに広くなり、この現状に疑問を感じることができる。

彼女は本当に女神様なのか。それが真ならば、何故女神様がここにいるのか。

 

自意識過剰かもしれないが、もし俺の為に来てくれたのなら、少し嬉しい。…そして、申し訳ないなと思った。

 

女神様の額の傷をさらりと治して、

 

「マリー、この方は大丈夫そうだ。でもここは危ないから———」

 

彼の地へ(ゼプア)

 

瞬間、二人の姿が溶けるように消えた。転移魔法独特の効果(エフェクト)だ。

 

「前泊まってた宿の一室に移した。これでいい?」

 

「…助かるよ、ハイネ」

 

聞き慣れたはずの平坦な声。久々に聞いたような気分になってひどく安心する。感謝を述べると、彼女のひんやりとした手が膝立ちしていた俺の顔を掴んで、自分の方向に向けた。

 

「——痛ッ!」

 

そのまま俺の額を指で弾いてくる。何度も何度も。

 

「馬鹿。馬鹿な男。たかが目潰ししただけで魔物の存在を忘れて、目の前で泣いている人にしか意識が向かなくなる。自分の管理ができないくせに、一丁前に人の奥の奥に触れようとする。貴方は本当に大馬鹿」

 

額への攻撃をやめて、ハイネはまた俺の頬を両手で掴む。

 

「だから人が集まるの。でも今晩は、独り占め」

 

横長の瞳孔が大きく開く。

 

虜まで(マルネ) 取籠めよ(ゾルデ)

 

 

射出された紫色の球体は空中で弾け、俺たちを教会もろともファウンテンのように包み込む。

 

「私の魔力が空になるまで消えないから。ソアレの魔法剣でもキキョウの居合(イアイ)でも突き破るのは無理」

 

そう語る彼女の姿は心なしか自慢げだ。これで外への被害は気にしなくて良いということか。相変わらずハイネの魔法は汎用性が高くて助かるものばかりだ。

 

これで心置きなく抵抗できる。

 

教会の奥から聞こえる唸り声を背景音楽(B G M)にしながらも、俺の心はいつのまにか穏やかになっていた。

 

お行儀よく教会の扉から出てきた魔物。先ほど対峙した月狼とは一回りも二回りも大きい、光の当たりによっては銀にも見える毛皮をもった()()の口には、粉々になった女神像の破片が咥えられている。

 

「…やっぱりいるよなぁ、満月狼(フル・モーントウルフ)

 

月狼は単体では危険度は低い。その情報は何の意味も持たない。月狼は通常、群れで暮らす魔物である。 その中でも、大きな群れの首領をしていることがある変異種、満月狼。()()()B級の魔物だ。笑えてくる。

 

全十五頭の魔物が唸りを上げながらこちらを睨む。この戦力差だと、安定した勝利には最低でも十人は必要だ。

雷霆への祈り(わがパーティ)」フルメンバーでさえ、()()寿()()()()の負傷で勝利することは不可能だろう。

 

それほどまでに好き勝手に削ってしまったし、そもそも、「傷を出来るだけ負わない戦い方」なんて、今までやってきたことがないのだから。

 

ハイネは死地を理解した。俺たちを包むこの不壊の帳は、ソアレとキキョウへの決別の証。

 

 

「せっかくだし、どっちの方が多く倒せるか勝負でもする?」

 

「アホか。二人合わせて後衛な上、俺なんか攻撃職ですらないぞ?」

 

「勝負する前から負けの言い訳?」

 

「お?喧嘩なら買うぞ?」

 

「じゃあやろうよ」

 

「……やってやらあ!」

 

「ちょろ」

 

「だから聞こえてんだよ!!」

 

彼女のおふざけに全力で乗っかると、ハイネは祝勝会の席にいるみたいに自然に笑った。その顔が普段からできたらもっとモテるのに、と思う俺は余計なお世話だろうか。

 

その時、帳の外で明らかにこの結界をねらった爆音が響く。

 

「潮時だね。さっさと終わらせようか」

 

「……そうだな。俺はどうすれば良い?囮でもサンドバッグでも好きなように使ってくれよ」

 

「嫌」

 

俺の強がりを無視して、ハイネは手ぶらで群れへと歩いていく。散歩に行くみたいなその姿勢があまりに自然すぎて、黙って見送ってしまう。

 

当然噛みつかれる。その鋭い歯を腕で受ける。瞬く間に瘴気が赤黒く侵食する。ハイネの細腕ではそのまま噛みちぎられてしまう所を。

 

諸共(アクニ) 爆ぜよ(ヒド)

 

彼女は腕を起点に爆ぜ飛ばす。白い腕の内側から紅い肉が飛び散るのと同時に、月狼の頭は弾き飛ぶ。

 

「ちょっ——!?」

 

突然の奇行に仰天して彼女を追いかけるも、ハイネはますます足の回転を早めて満月狼に向かっていく。

 

諸共(アクニ) 爆ぜよ(ヒド)

 

月狼の牙がハイネの柔肌を襲う度に、ハイネはその呪文を唱える。王の前に着く頃には、何故無表情を維持できるのか全く分からないほどに、彼女は無惨な姿になっていた。

 

瀕死の女を前にした満月狼から読み取れる感情は、近づくほどに恐怖一色に染まっている。しかし魔物は動けない。ハイネの足は魔物の影を踏んでいる。

 

()——」

 

ごぽり、とハイネの口からこぼれ出たのは、血というよりは臓器のように見えた。それを好機とみたのか、はたまた自棄になったのか。満月狼は反撃のために大口を開けて、

 

その口にハイネが両腕を突っ込んだ。

 

「——(クニ) 爆ぜよ(ヒド)

 

数メートル離れたところに居る俺が、爆風に怯むほどだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…じゅうごたい、ぜろで、わたしのかち」

 

上半身一帯をぐちゃぐちゃに変えておいて、ハイネは余裕そうにVサインを作ろうとしていた。

 

「…あれ」

 

出来るわけがない。正直、なんでまだ繋がっているのかすら不可解だ。

 

「ハイネ」

 

呼びかけるも、何の言葉をかけることもできない。感謝、謝罪、悪態、どれをとっても相応しくない。今更、無力な自分が妬ましい。

 

彼女はくすりと笑った。いつも俺をからかう時の笑い方だった。

 

「さいきんの、あなた、は、とてもかっこうわるい。なやんで、なやんで、やることぜんぶ、からまわり」

 

「…参ったな。本当に、自分が情けない」

 

「でも、いいとおもう。それがあなた、だから。でも、もしかっこうつけたい、の、なら。ひとつ、おねがいがある」

 

見たことのない表情だった。挑発的なようで、嬉しそうで、泣きそうで。

 

「きれいな、からだで。死なせてくれる?」

 

「……あぁ。喜んで」

 

いわば身体の死化粧。光栄だった。

その時、今では俺たちだけを閉じ込める帳にまた不吉な音がした。まるで雷が落ちたような。さすがのハイネも魔力がほとんど残っていないのだろう。急がないと。

一応治癒師としての役目は遂行したくて、患部をよく診察して、全ての負傷を確認する。もう大丈夫だと思ったら、ハイネに目線で合図する。

 

いつでもどうぞと言われた。

 

……やっぱり人生最後となると緊張する。いやいや、だからこそ、いつも通り唱えなければ。でもせっかくだから、挨拶くらいは。

 

「…おやすみ」

 

「ん。おやすみ」

 

 

 

 

のろいをわがみに

 

 

 

 

 

 

 

 




次話がエピローグになります
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