未来視持ちの聖女にギャン泣きされた


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作:みょん侍@次章作成中
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第18話


 

「――本当に一人で大丈夫なのか?」

「平気だよ。治安悪いわけじゃないし。強いて言うなら、少し寂しいくらいかな、なんて!」

 

 翌朝。

 昨日までの嵐が嘘のように止み、雲一つない晴天となった。

 小鳥のさえずりも聞こえてきて、のどかな村の情景が戻ってきている。

 玄関を開ければ広がるそんな光景を背に、リリウムは振り返って笑った。

 

「それじゃあ行ってくる。一応すぐに帰ってくるけど、あまり外をうろつかないようにな」

「頼んだ」

 

 心配しなくても、ドラゴンフォート周りの道は人だらけだ。

 野盗なんてのはもう何年も見てないし、たとえ現れたとしてもリリウムに勝てるとは思わない。

 大きな荷物は家に置いているから、身軽だ。

「じゃあまたなー」と手を振るリリウムに、俺も同じように返した。

 先生と、先生に弟として認識されている俺を引き離したら何が起こるか分かったものじゃないので、とりあえず俺は家でお留守番である。

 吉報を待とう。

 

 家の中に戻る。

 

「……大変だなあ、ドラゴンフォートに忘れ物なんて」

 

 両手でコーヒーの入ったカップを握った先生が、椅子に座って浮いた足をパタパタ遊ばせながらリラックスしていた。

 リリウムのことについては、そんな風に誤魔化してある。

 

「なな、アル、座って座って」

 

 先生は隣の椅子を引いて、座面を叩いた。

 誘われるまま隣に座ると、先生は顔を赤らめながらこちらを見つめてくる。

 

「……そ、その。彼女がいるって、どんな感じだ?」

「どんな感じ、って。お姉ちゃんも恋バナがしたいのか?」

「そりゃ、したいよ! 私、そういう経験ないし。リリウムさんみたいな素敵な子が一緒にいる生活ってどんなのかなって、興味くらい湧くさ」

 

 拗ねたように頬を膨らませながら先生はぼやく。

 

「やっぱ、き、キス、とかもするんだろう? あれって、その、どういうタイミングでするものなんだ?」

「ど、どういうタイミング……? したいときに、する、みたいな……」

「な、なるほど」

 

 やめてくれないか、俺にも経験は無いんだよ!

 恩人相手に先輩風を吹かせることのなんたる恥ずかしさか!

 

「まあ、好きって気持ちが抑えられなくなった時かな」

「おぉぉ……!」

 

 俺の身体よ。

 先生に尊敬の眼差しを向けられる悦びを得ようとするんじゃない。

 そんな思いに反して、俺の右手がエアタバコをふかそうとしていた。

 

「お姉ちゃんにはまだ早い、かもね……ふぅ」

 

 ニヒルに笑って決める。

 部屋の隅にいるぬいぐるみと目が合って、気まずくなって目をそらした。

 違うんだ。そんな目で俺を見ないでくれ……。

 

「早い、か。どうだろうな、私は……もう遅すぎるくらいじゃないか?」

 

 先生はカップに残っているコーヒーを見つめる。

 

「出会いはいくらでもあったけれど、私みたいなのを好きになる人なんていなくてさ。それに加えて、恋愛にかまけていられないと仕事一筋で生きていたから、いつの間にか行き遅れていて」

「あっ、えっと、そういうつもりじゃなくてですね」

「あの頃の同僚はもうみんな結婚して子供もいて、近況を教えてくれる手紙には幸せ自慢がつらつらと。そりゃそうだよ、みんなスタイルが良くて、背が高くて、私よりもよっぽどモテて……」

 

 しまった。思ったよりも根深い問題だったみたいだ。

 昔は行き遅れだなんて口にしたことは無かったのに。

 教官も辞めてしまったという話だから、生活が落ち着いてきて色々思い悩むようになってしまったんだろうか。

 

「私はそれほど高望みしているわけではないのに」

 

 そう言うと、先生は小さな手を広げて、一本ずつ指を折っていった。

 

「まずちゃんとした収入があること。冒険者でも傭兵でもいいが、働いていないとな」

 

 それはそうだ。

 誰も好き好んでニートと結婚したくはならないだろう。

 

「あと私と価値観が合うこと。金銭感覚とかにズレがあると苦労するって聞くから」

 

 ふむ。

 先生は金遣いが荒いわけでもないし、極度の倹約家でもない。

 一般的な価値観の持ち主と言えるだろう。

 

「一緒にいて楽しいって思える人で、優しくて、私の料理を美味しそうに食べてくれて、お互いを理解しあえて――」

 

 そして両手の指が全部折れるまで、先生は相手に求めていることを教えてくれた。

 

「……いや、普通にいるんじゃないか、それぐらいなら」

「そう思うだろ!? 見た目なんて全然気にしないから、出会いなんてすぐあると思ってたのに……」

 

 嘆かわしい。

 こんな人が行き遅れるとかこの国の男どもは見る目が無いのか?

 

「あ。あともう1個だけあったな」

 

 ぴん、と指が立ち上がった。

 

「私より強いこと!」

「……あぁ……」

「えっ、な、なんだその反応は!? どうしてそんな顔をする! 私何か変なこと言ったか!?」

 

 なんてこった。

 ごめんこの国の男ども。

 見る目云々じゃないわ。

 

「お姉ちゃんこの国でも屈指の武闘派じゃん」

「言うな……」

 

 カレンデュラ・オフィシナリス。

 彼女はホワイトクラウンの生まれではあるものの、これといった高貴な血筋などは持ち合わせておらず、武勲のみで近衛騎士にまで成り上がった傑物だ。

 生涯無敗とまで呼ばれる伝説的な槍使いで、戦場での指揮も目を見張るほど的確だと言われており、戦いのために生まれてきた武人だ! ともてはやされることも何度か。

 

 それより強い? 冗談でしょ。

 

「私だって、女の子扱いされてみたいんだよ」

 

 冗談じゃなかった。

 テレテレと笑みを零しながら、先生は夢見る少女みたいな目をしていた。

 

 ……先生。

 たぶん先生より強いくらいの男は皆、武人として先生に戦いを挑んでくるんだと思うんですよ。

 たとえ勝ったとしても、勝利したという事実だけで満足しちゃうんじゃないかな……。

 言わなかった。

 夢を見るのは自由なんだ。

 現実を知るのはもう少し先でもいいだろう。

 きっと。

 

「っと、そうだ!」

 

 椅子から飛び降りて、先生が伸びをした。

 

「アル、せっかくしばらくぶりに帰ってきたんだから、ご近所さんに挨拶しに行こうか」

「挨拶?」

「ふふっ、お前は昔からいろんな人に可愛がられていたからな。顔ぐらい見せに行こうよ」

 

 ……そうだな。

 リリウムからはあまり出歩くなとは言われていたが、変に拒んで怪しまれるのもよくない。

 どうせ周りの住民にも話は聞くつもりだったんだ。

 都合がいい。

 

 頷くと、先生は満足げに笑った。

「彼女が出来たって言ったらみんな驚くぞー?」なんて言いながら、俺の手を握る。

 

 昨日会った時点では、俺のことはアルとは認識されていなかった。

 アルとして顔を合わせたら、彼らの認識はどうなるのだろうか?

 

 その疑問の答えはすぐに分かった。

 

「――ああ、誰かと思ったがアル君だったのか! いやあ見ない内にすっかり男前になってねえ……! 昔はこーんなに小さかったのに、時間の流れは早いもんだ!」

 

 先生に連れられて、ブランチリバーの民家を回った。

 誰もが最初俺の方を見て首をかしげたのだが、先生にアルとして紹介されると思い出したかのように俺への認識を歪ませた。

 俺の知らない思い出話で盛り上がり、唐突に俺に話題を振られたりするとマジで答えに困る。

 この村の人に会うたびに異常性が浮き彫りになるので、十分ホラーだった。

 間違いなく長期間の滞在は精神に異常をきたすな……。

 

「おや、昨日の旅人さんはアルセアちゃんだったのかい! もう、そうだったなら言ってよ! おばさん最近忘れっぽいから、全然気付かなかったわ!」

 

 昨日立ち寄った雑貨屋の奥さんも俺のことをアルだと思い込んでいた。

 なるほど。俺への認知を歪ませるというよりかは、この村全体で幻覚の整合性を取っている、ってのが近いか。

 ……なぜ?

 このおかしな世界を作ることが目的でもあるまいに。

 何の意味があるんだろうか。

 

「おお、昨日のはアルだったのか……いかんなあ、ワシもボケが始まったのかのぉ」

 

 入口近くの宿屋まで戻って顔を出すと、老夫婦も同じような反応を返した。

 全部は回れていないけれど、こりゃ無事な村人はいなさそうだな。

 

 しかし考えてみれば、この精神干渉の結界魔法は、この村から十数分走った先までがその効力の範囲内なのだ。

 ドラゴンフォート程度であれば優に覆えるほどの広さ。

 それを維持するのも並大抵の魔力では土台無理な話だ。

 術者は間違いなく優秀な魔法使いだろう。

 標的がこんな小さな村だというのは、何か理由があるからだとは思うんだが。

 

 皆目見当がつかない。

 ため息とともに、持っていた木箱を地面に置く。

 

「なんでこんな小間使いを」

「仕方ないだろう。ご主人は腰を悪くされてるんだから」

「にしたって量が多すぎる……っと」

 

 積み上げられた木箱がバランスを崩しそうだったので、何個か地面に下ろす。

 ガシャ、と陶器がこすれる様な音がした。

 

「趣味とはいえこんな使い物にならないものを取っておくんじゃないよ……」

 

 中身は宿屋のご老人が趣味で焼いているという陶器、の、残骸。

 失敗して割れたり、形が悪かったり、そういうものは適当に箱に詰めて物置部屋に置いて放置していたんだと。

 んで、

 

『――孫が久しぶりに帰ってくるってんで、この部屋を空けてやりたいんだが、もう力も無くてな……』

 

 ってこっちを見ながら呟きやがった。

 あのジジイ、絶対俺たちを使う気でぼやきやがっただろ。

 

「随分と運び出したが、これでも全部ではないんだもんなあ」

「さすがに今日一日でっていうのは無謀だったか。あっちぃー!」

 

 やけに蒸し暑い納屋から出て腰を伸ばす。

 日はすでに傾いてきている。昼頃から始めて、それでも終わらなかった。

 何年分溜まってるんだよ、あの部屋に……。

 おかげで汗だくだ。

 カレン先生も息を吐いて、手で自分を扇ぐ。

 額から汗がにじみ出ていて、綺麗なおでこが輝かしかった。

 

「見るな」

 

 手で隠されてしまった。

 ああ、我らが天照大神がお隠れに……! これが天岩戸隠れか。

 今ここで楽しそうに騒いだら先生のおでこが見れるかもしれない――とまで考えて、自分が暑さでおかしくなっていることに気づいた。

 

「今日のところは帰ろっか、アル」

「そうだな。そろそろリリウムも帰ってくる頃だろうし」

 

 宿の中に顔を出し、短く挨拶だけして、帰路に就く。

 続きはまた今度だ。

 先生と並んで、村の道を辿っていく。

 のどかな村だとは思っていたが、中々人情味溢れるというか、普段から助け合って生活しているんだなあと。

 そんな輪の中にいる先生のことも、なんだか微笑ましくなった。

 初めて来た村だけれど、なんかこう、帰省って感じがするね。

 あの大きな山の向こうから入道雲が顔を出して、セミの鳴き声が聞こえて……なんて、季節によっては在りし日の夏休みの情景にも勝るだろう。

 

「良い村だな」

「どうしたんだ、改めて」

 

 この村に住んでいた先生だから、俺のことを助けてくれたのかもしれない。

 この優しく温かい空気が心地よかった。

 

「……今は人が少ないけれどな。もうしばらくしたら、村の外に出て行ってしまった人たちが帰ってきて、また賑やかになるよ」

「…………」

 

 だがそれと同じだけ、不穏な空気もある。

 

『――女房の帰りを待ってるんだ! もしあいつが帰ってきたらよ、アル君も顔を見せてやってくれねえか! 絶対喜ぶからよ!』

 

『――うちのバカ息子がようやく帰ってくる気になったって話でさ! 覚えてるかい、アルセアちゃんが兄弟みたいに懐いてた……』

 

 そして宿屋の老夫婦にとっては、孫。

 他の住民たちも同じような感じで、誰かを待ちわびていた。

 共通点。

『もうすぐ帰ってくる』と口をそろえて言うんだ。

 まあ、こういう田舎に住んだことは無いから、実はそういうものなんだって可能性もなくは無いんだが――事態が事態なんだ、怪しく見えてくる。

 

「……どうしたんだ、アル」

 

 先生にとっては……アル、なのだろうか。

 音信不通で、久しぶりに帰ってきた、実の弟。

 嫌な予感がする。

 じっとりと纏わりつくようなこの気配は、蒸し暑いせいだろうか。

 

 先生の心配そうな目に笑いかけるが、気の利いた言葉は言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅。

 予期せぬ重労働で汗をかいてしまったので、すぐに風呂の準備をした。

 リリウムはまだ帰ってきていなかったし、今のうちに身体を綺麗にしてしまおう。

 先生からは先に入ってて良いぞと言われたので、お言葉に甘えて先にいただくことにした。

 

「俺も使いてえなあ、シャワーの魔法」

 

 桶にためたお湯を頭からかぶって呟く。

 悲しいことに俺の身体に魔法の才能は無い。

 魔力も人並みで、大魔法をドーン! なんて浪漫ある攻撃は出来ないのだ。

 

「カレン先生も確か使ってたよな……」

 

 ……そういえば、カレン先生と一緒にお風呂に入ったこともあったっけ。

 突撃、なんて人聞きの悪い言葉を使われたが、大体は拒むことなく受け入れられて、先生に隅々まで綺麗にされた記憶だ。

 エロガキ特有の願望があったのは否定しないが、それはそれとして超懐いてたよなあ、俺。

 恥ずかしすぎて笑みがこぼれてくる。

 

 と。

 石鹸に手を伸ばしたところで、背後で扉が開けられる音がした。

 ぎょっとして振り返ると、一糸まとわぬ姿のカレン先生が立っていた。

 

「む、ちょっと洗い方が雑じゃないか? もっと丁寧にしろと何度も……」

 

 一糸まとわぬ姿のカレン先生が立っていた。

 重要なことだ。2回も3回も言う。

 

「……な、なんだ、そんなじっと見られると恥ずかしいだろ。一緒にお風呂に入ったのなんて初めてじゃないんだから、そんな顔するな」

 

 思い出す。

 先生の着替えを覗いたりした度に彼女が言っていた言葉を。

 

 

 ――こんな貧相な身体を見たところで何も嬉しくは無いだろうに、お前は物好きだなあ。

 ――綺麗な人みたいに肌を晒しても何も反応が返ってこない、つまらない身体だよ? ……もう、お前の将来が心配だな……。

 

 

 なるほど。

 俺の心臓に聞いてみよう。

 

 

 ――ドッキドキドキドキバックバクバクバクッッッ!!

 

 

 ダメそうだ!

 

「本当に大きくなったなあ……! 昔は兄と妹って勘違いされがちだったが、これではもう父と娘じゃないか?」

 

 鋼の意志で視線を前へと持ってくる。

 名残惜しさがあるが、この異様な距離感の近さは魔法のせいなんだ。

 悪用してしまえば俺も同罪だろう。

 ……と、先生を拒めるくらいに心が強ければ何も言うことは無かったんだが。

 

 違和感のない弟としてだから。

 姉弟なら裸の付き合いくらいあってもおかしくはないんじゃないかな。

 

「一緒にお風呂なんて、お前が8歳の頃には「絶対ヤダ!」って突っぱねられてたのに……」

 

 おかしかった。

 アルセアが今何歳なのかは知らないが、そんな子供の頃と同じように接してくるのもどうかと思いますよ?

 まあ、姉にとって弟とはいくつになっても弟だろうし、ちょっとした反抗期かな、くらいの認識だったのかもしれない。

 

「ほら、石鹸貸せ。背中流してやる!」

「――っす」

 

 俺は無の境地に至った。

 考えたら負けだ。

 

 ……クソ、あの重労働よりも疲れるじゃないか!

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに。

 風呂から出たところ、ちょうど帰宅したリリウムに見られまして。

 

「インモラル……」

 

 不穏なことを言って立ち去ろうとする彼を引き止めるのにさらに疲れました。

 許せねえぜ、精神干渉!

 

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