「――『
そこは『リヴィラの街』に存在する、ダンジョンに発生する天然の穴倉を利用した酒場だった。
『豊穣の女主人』ではまず見ることのない水晶の生えた、この階層の特徴が反映された石の壁。
床に敷かれた絨毯は長年手入れをしてないのか小汚く汚れており、その上を今にも脚が折れてしまいそうな椅子やテーブルが皺を作って乗っている。
地上との多少の時差はあれど、時間帯としてはまだ『昼』である事も相まって閑散としているものの、人が居ないわけじゃない。
そんな中で俺の背中に集まるのはファミリアの威信による好奇、畏怖の視線か。
それらを黙殺しながら、エールの入ったジョッキを傾けるボールスさんの声が響いた。
「ボールスさん、一応内密に動いてますのでもう少し声を抑えて。あとポーションいりますか」
「頼むわ」
「レンリさん、この男が首のむち打ちにあったのは自業自得かと」
「いつものことですので」
「いつものことなのですか……」
「いつかぜってーぶん殴る……」
片や呆れる様な、片や忌々しそうな視線を寄越してくるが、それは見解の相違という物だろう。
俺とて足元見られて集団で闇討ちめいた仕打ちを受けていなきゃこんな対応はしてはいない。
「それはそれとしてボールスさん、耐久はいくつに?」
「D後半」
「ご愁傷様です」
「おめぇの所為だよ」
「こういうことです、リューさん」
「なるほど」
「息ぴったりかお前ら」
ポーションを差し出してるのだから許して欲しいところである。
古傷が疼くと言った具合で首を抑えるボールスさんの言葉を無視しつつ、地上で起こった戦闘と調査結果を掻い摘んだ内容を共有する。
ここ数日間で起こされた装備だけ残した不可解な失踪。
そこで発生した貯水槽における戦闘。
そして内容が内容なだけに、ボールスさんも表情を改めた。
「その一連の出来事に『白髪鬼』が関係してやがるってのか?」
「クロなのは間違い無いですが、アレにギルドと憲兵の目を掻い潜れるような器があるとはとても思えない」
「んで『闇派閥』が出てくるってことか……成る程なぁ……」
そこで少し、ボールスさんはお世辞にも綺麗とは言えない笑みを滲ませる。
この階層を利用する冒険者にとって周知の事実ではあるが、この人は良くも悪くも無法者だ。
ルールを利用するし、必要とあらば破る。
そんなある意味で冒険者らしいその風体は『リヴィラの街』の顔役に相応しい。
きっと頭の中では俺が掲示した情報を纏めて損益の算盤を打ってることだろう。
「それで? お前は基本ダンジョンに籠っていて他人の装備を預かることもある俺が情報源として有用だと判断したわけだな、おめーは」
「フー……つまり?」
若干うんざりしたようにそう言うと、全く悪びれない様子でおずおずと手を差し出す巨漢の手が差し出される。
その手の持ち主であるボールスさんの顔には、絵に描いた様な下卑た笑みが浮かんでいる。
「追加料金♪」
うえ、と
「俺はまだ何も聞いてないのですが」
「今日だけ特別」
「やっすい特別ですね」
「だってお前が扱ってる依頼だろ? どこからどう見ても危ないヤツだろこれ。だから、な?」
「現場百回って言いますよね」
「だぁー! わーったよ! 言えばいいんだろ言えば! だから頼む! お金ください!」
「なんて無様ですかボールスさん……」
即座に席を立とうとする俺をボールスさんは齧り付くように止める。
俺は言うなれば金払いの良い客だ。しかも危険なこともあるが報酬が弾むタイプのソレ。
金の匂いがあればそれをほじくり返すこの人にとって俺を逃す手はないのだろう。
……いや、以前はもう少し危機管理というか身の危険に対してもっとシビアだったか。
人によっては冷淡にも見えるし、あるいは経験を積んだ冒険者特有の『嗅覚』とでも言えばわかりやすいか。
少なくとも、自分の命と報酬を天秤にかける時は迷わず自分の命を選ぶ人であった筈だ。
今回はなんというか、思ってた以上に依頼の協力に対して積極的に感じる。
何か心境の変化でもあったのかと考えを巡らせるが、思い当たる出来事がない。
あるとすれば、『血濡れのトロール』の一件だろうか。
と、そこで俺達を見てリューさんが何やら言いたげな様子だったので、腰にしがみついてくる大男を引っぺがして座らせつつ、彼女へそっと耳を寄せる。
「……幻滅しましたか?」
「いえ、意外だったなと。あなたでもあの様な態度を取る相手がいることに。いささかあなたは真面目過ぎるきらいがありましたので」
……それをリューさんが言うのか、という言葉をどうにか呑み込んだ。
己の客観視など簡単だと一蹴することなど、少なくとも俺には言えたものじゃないのである。
「このくらいで良いのですよ、この人は。隙あらば揚げ足とって利益をふんだくろうとするので」
「しかしこの男はあまりにも見境が無さ過ぎる」
「聞こえてんぞコラ」
「安心してください。少なくとも俺はこの人の事を信用もしてるし信頼もしてます」
「……ほうほう?」
得意げに笑みを向けるボールスさんに、リューさんは何とも言えない表情を向けている。ついでに俺にも。
「荒くれ者、話を聞かない人間にかけて多くの冒険者が通うこの街においてその経験から大多数の利益を把握し、時には階層主を他ファミリアの連合を作って討伐する手腕。ギルドであってもこれを円満かつ円滑に進めるのは困難でしょう」
「……へっ、アルノ。おめーようやく俺の凄さを――」
「――でも尊敬はしてません」
「あ“ぁん!?」
青筋を浮かべて今にもエールの入ったジョッキを握り潰しかねない勢いでいきり立つボールスさん。
だが、どれもこれも自業自得なので俺も特に改める気はない。
そしてそれを汲んでそれ以上は言わないリューさんの配慮には痛み入る。
「つーかおめーが取り逃がしたような奴を俺らがどうにか出来るってのかよ!」
「Lv4に昇格したあなたならどうにかなるでしょう。技量は……まぁ、はい」
「おいなんだてめぇ。まるで俺がステイタスに頼りっきりの脳筋だとか言いてぇのか」
「見るからにそれっぽい顔をしている」
「せめて隠す努力はして?」
心臓麻痺にでもあったのかのように胸を抑える様子を見るに、どうやら改めて俺が言うまでも無かったようだ。
「勿体ないですよ。Lv4ともなれば技能的にも出来ることが増えるのに」
「余計なお世話だっつーの。てかお前は自分がまともですーなんてツラしてやがるがな、何度も死ぬ目にあってる癖して生き残るたびに別人みたいになりやがって」
「死ぬ場面で己を懸けられなきゃ死ぬのは当たり前でしょう」
「だからてめーはイカれてるって言ってんだ。
「冒険とはそういうものでは」
「はん、俺は死にたがりじゃねぇんだ。そんなのごめんだな」
唾でも吐き捨てるように嘲りを浮かべながらボールスさんはそう口にする。
……時折この人はこうして核心を突くようなことを言ってくる。
いや、それが多くの冒険者が持つ人生観、もとい死生観ということだろう。
「レンリさん、この男を信用するには少しばかり危険です。何か別の方法を模索するべきだ」
「いいえ、このままいきます。そのための準備もして来たので」
「しかし……」
「大丈夫です。さっきは尊敬してないとは言いましたが、信頼してるのも本当なんです」
「……あなたがそう言うのであれば」
耳打ちしてくるリューさんに応じ、そしてボールスさんがそれらを俺の前で口にしてくれた意味を考えてみる。
誰もが俺の所属を聞いて手を引く中で、この人は数少ない例外だった。
だから信用しているし、信頼もしているのだ。
普段は赤字に黒字の反復横跳びでてんてこ舞いな守銭奴の癖に。
「何か失礼なこと考えただろ」
「いいえ、今後も報酬に目が眩んで荒むボールスさんのままで居てくれたらな、と」
「ホントに失礼こいてんじゃねぇよ」
そう言ってぼりぼりと後頭部を掻きむしりながら悩ましげに唸ること数秒。
「……それで? 俺に何をして欲しいってんだ。そこが本題だろうが」
どうやら俺の言う報酬とやらに目が眩んだらしかった。
「要件は二つ。ある程度動ける冒険者を集めて三つほど探索班を作って欲しいこと。出来ればこの階層で潜伏に向いている場所を知っている冒険者が好ましい。街の警備を固め、注意喚起という形である程度の迎撃準備を進めて置いて欲しいです」
「……それ、他の連中にどうしてか言ったらダメなやつか?」
「出来れば」
「メンドクセェ……」
難しい指示は出さないつもりだ。
出したところで街の冒険者が纏まるとはとてもじゃないが思えないし、むしろその裁量は勝手知ったるボールスさんに任せるべきだろう。
それに、詳細を知らせる人物を絞り指示を波及させる形にした方が冒険者による厳戒態勢の『網』を自然に張ることが出来る。
少なくとも、迎撃用意があることは敵に示すことが出来るし、不意を打たれることで死傷者が生まれるリスクは最低限に出来る筈だ。
「あーあー、俺が言いたいことはそーいうんじゃねーんだよなぁー? なぁー?」
「誰かが隠す努力がどうとか言ってましたね」
「なんだソイツ。新種のモンスターか」
「水晶に映った自分でも見といてください」
よく俺に隠す努力がどうのとか言えたものである。
とはいえ個人に頼むにしてはいささか大きな要求だということは事実。
そして俺ももそれは見越している。
だからこそ、その為の準備は怠っていない。
「……」
「リューさん、木刀しまって」
判断が早いのは流石と言うべきか。
言葉なく立ち上がったリューさんを抑え込む。
ボールスさんからしたら気が気でないだろう。なにせ前振りはおろか音もなく見知らぬエルフが木刀に手を添えていたのだから。
エルフに対する基本的な認識を鑑みれば、その末路は想像に難くない。
「あ、相変わらずおっかねぇな、お前のツレ」
「俺からすればそういう人が居る時に限って
「リューさんのことを言っているならそれは見当違いと言っておきましょう。エルフの中でもとりわけ器の大きい方ですよ、彼女は」
とはいえリューさんは例外である。
触れても投げない、斬らない、殴らない、焼かない、焦がさない。
実際、あれだけのことがあったにも関わらずこうして変わらずに接してくれているのだから、その違いは明白だ。
「それお前のツレに何回か殺されかかってる俺に言えるか? あん?」
「無茶な取引をもちかけるからでしょう。しかもよりにもよってヘイズさんに吹っ掛けるとか正気ですかアナタ」
「そこに
「登山家ですか」
「いや冒険者だが」
「ぶん殴りますよ」
「ごめんなさい」
言わなきゃ良いのに、と思いつつバックパックの中から交渉の為に用意していたものをいくつかおいていく。
その中から取り出したのは、透明な瓶の中で揺れる赤い液体だ。
ポーションでもない。かといってモンスターにも通用するような毒物でもない。
だがこれを目にした瞬間、ボールスさんも隣に居るリューさんすらも驚愕で目を見開いていた。
「……お、おい、これはまさかお前……! 下層のレアドロップ……!」
「『マーメイドの生き血』……効用や用途は言うまでも無さそうですね」
「てめーに言われなくとも見りゃわかる! おいこれ、お前偽物じゃねぇよな!?」
失敬な。こういった交渉は信頼が命なのだ。
ファミリアの名を背負う物として、そんな半端な誤魔化しなどしようものならとっくのとうに俺はヘディンさんに殺されている。
だからこそ、俺は信頼を勝ち取るためなら命くらい懸ける。
これはその成果の一部だ。
「緊急の回復の手段にするもよし、売るもよしです」
「おーまーえー!」
「それにあと四本あります」
「おーーまーーえーー!!」
途端、筋肉質な巨躯によって脇で抱えられ、がしがしと頭を揉みくちゃにされた。
だがリューさんは目を見開いた直後、納得いかないと言わんばかりに表情を
「レンリさん、それほどの貴重なドロップアイテムをこんなところで……!」
「ちょうど『ディアンケヒト・ファミリア』が発注した納品の『
「しかし……」
確かに取るのにはえらく苦労した。
『マーメイドの生き血』。
世界各地に存在する人魚伝説の由来となったであろう『不死』を与える人魚の血。
この迷宮でドロップアイテムとして採取できるそれは、どんな深傷であっても治す万能薬となる。
そこれそ腕が千切れようとも、脚が吹き飛ぼうとも、繋ぐための肉が残っていれば致命傷であっても受けたダメージを体力と共に実質ゼロにすることが可能だ。
故に、その採取は困難とされ市場では高値で取引される。
採取場所は『階層主』と呼ばれる他のモンスターとは一線を画す規格外のいない間にコトは成さなければならない。
俺はそこで、
お陰でこうして蓄えられる程度には数を確保することが出来た。
……
「良いんですよ。それに――」
大喜びで此方の差し出した『マーメイドの生き血』を手元に脳内で算盤を打ってるであろうボールスさんはこちらに気づいていない。
だから、その狙いにも気づいていない。
そっと、リューさんの耳は顔を寄せる。
……びくり、と肩を揺らされたのでもう少し距離を取った。
「――これは戦闘に巻き込まれるかもしれないこの階層の冒険者達のための保険です。少なくともこれがあれば、死ぬことはない」
以前、俺の戦闘に巻き込まれて冒険者を引退した人を知っている。
直接的な原因は俺ではない。
偶発的なモンスターの発生。その場に俺も居合わせて、その人もまたその場に居た。たったそれだけの巡り合わせだ。
結果、その人は両脚を失った。
なんてことはない。
自分の身を護ろうとして、あるいは誰かを護ろうとして、己を護れなかっただけのこと。
冒険者にとってはよくある話。
ダンジョンで降りかかる不幸は残酷なまでに平等で、命が助かっただけ幸運だと思う他ない。
――そんなの、納得できない。
冒険者として積み上げてきた努力、技術、経験、その全てを無に帰す行為。
ボールスさんを買収するという目的もあるにはあるが、第一はそれではない。
これから俺がもたらすであろう理不尽を少しでも減らせれば良いという、どうしようもない俺の悪足掻きなのだ。
「……あなたはどうなる。私からすれば、あなたこそそれを持つべきだ」
「俺はいいのです。なにせ往生際が悪いのが取り柄ですから」
「……あなたは」
……リューさんの心痛な面持ちはくるものがあるが、こればかりはどうしようもない。
単純な効率の話で片付けてくれることを願うばかりである。
何より俺の停滞した目的に近付けるかもしれないのだ。
ボールスさんが言っていた様に、俺の傍迷惑な冒険に終止符を打つことが出来る。
それに『その後』を考えるのは――正直、疲れる。
「……私は納得できません」
「それが普通です。俺だって、顔見知りがそんなことをしてたら止めます」
「それを理解して、あなたは止まらないと」
「戦う理由として十分過ぎる」
その言葉に空気が変わる。
殺気でもない。怒気でもない。ましてや害意でもない。
譲れないものに触れた。見える筈のない、互いに引けない一線をこの場で可視化する。
本質は同じ、赤の他人を優先しただけのもの。
同じだからこそ、どちらも譲れない。
喧騒が遠ざかる。
リューさんと俺だけが切り取られ、二人だけになるのを錯覚する。
空色の瞳が、俺の視線と結ばれ――先に閉じたのは彼女だった。
「であれば、迅速に敵を捕えましょう。あなたが
「……リューさんにしては脳筋寄りの理論ですね」
「……そういうレンリさんも、自分が傷つかなければ良いなどと些か楽観視が過ぎます」
「では、似たモノ同士です。何ぶん未熟ですので、背中は護ってください」
「ええ、必ず」
返ってきたのは譲っているようで譲っていない、そんな言葉。
リューさんの口にしたソレに、二人して思わず苦笑いが零れてしまう。
どうにも、頑固なのはお互い様らしい。
「…………」
そして差し出された報酬の計算は既に終わっていたのだろう。
そこには俺とリューさんのやり取りを肘を着きながら早く終わんねーかなーと言わんばかりにしょっぱい顔をするボールスさんが居るではないか。
「しけた面ですねボールスさん。報酬はお気に召しませんでしたか?」
「ホント俺には遠慮しないよなお前……なぁ、おめーら」
ぼりぼりと後頭部をボールスさんは掻きむしる。
「……要するに『コレ』なのかか?」
小指を立てる、品のない神達がやりそうなポージング。
どきりと、違う意味で胸が警笛を鳴らした。
「「違います」」
「……」
「……リューさん、俺は前衛です。弁が立つわけじゃありませんが、こういった訂正は俺から言った方が穏便に済みます。だから初弾は俺が」
「そ、それを言うなら私は後衛です。私が貴方の背中を護る。だからこそ、此処は私に任せてください。ありもしない風評程度、防いでみせます」
「…………」
「そんな壮大な話じゃないんですよ! 俺は、リューさんがあらぬ誤解を受けるのが我慢ならないってだけです! だからここは俺でしょう!」
「なっ……! 私はそうでないと宣うのですか、あなたは!」
「………………何を見せられてんだ、俺は」
その後もわいのわいのと、ボールスさんが酒場から去ろうとするまで続いた。
「ヨメかぁ……」と遠い目をするボールスさんが、何やら印象的だった。