「実在しない専門家のコメント」メディアに氾濫、指摘受け相次ぎ削除
「実在しない専門家のコメント」がメディアに氾濫し、指摘を受け相次ぎ削除し始めた――。
英メディアサイト「プレスガゼット」は、大手を含む多くのメディアに登場する専門家が「実在しなかった」と指摘している。
様々なニュースやコンテンツで、その分野の専門家の知見をもとにしたコメントが紹介されることは珍しくない。
だが、メディアに登場した「専門家」が実在しない、という問題は、これまでも指摘されてきた。
それでも、「本物らしい偽物」が手軽に作り出せる生成AIの普及と相まって、問題はなお後を絶たないようだ。
さらに、この問題を悪化させている、ある要因があるという。
●実在しない「レベッカ・リー」
「フィナンシャル・ウェルネス・セミナーで初めてこの話を聞きました。そのセミナーで講演者は、他の人とお金についておしゃべりすることで、アカウンタビリティ(説明責任)を高め、スティグマ(烙印)を減らすことができるということに焦点をあてていました」と、アカデマイズド.comの教育担当で編集者のレベッカ・リー氏は言う。
米フォーチュンの1月16日付の記事では、支出の優先順位を公言することで節約を目指すトレンド「ラウド・バジェッティング」を紹介する中で、「レベッカ・リー」のそんなコメントを4カ所にわたって取り上げている。
「HECパリ(経営大学院)は、ファッションとラグジュアリーへの比類のないアクセスを備えた、ラグジュアリーブランド管理と戦略的マーケティングの世界的リーダーであり、INSEAD(欧州経営大学院)はグローバルコラボレーションのための多文化環境を提供しています」と、アカデマイズド.comの教育担当であるレベッカ・リーは述べている。
米ビジネスサイト「ビジネス.com」の「ビジネス教育を受けるのに最適な9カ国」というコンテンツでも、「レベッカ・リー」のこんなコメントを紹介している(*現在は該当部分は削除)。
だが、「プレスガゼット」の4月7日付の記事によると、「レベッカ・リー」は実在しない、という。
論文やレポートといったアカデミックライティングの作成・校正サービスを提供している米サイト「アカデマイズド.com」は、「プレスガゼット」の取材に対し、「私たちはライターに匿名性を保証しているため、名前と写真は実在のものではありません」と回答したという。
エンジニア向けの英サイト「リードデブ」では、同じプロフィール写真が「サラ・スパロウ」という名前で、「アカデマイズド.com」と英アカデミックライティング・サービス「UKライティングス」の「テクニカルライター」として紹介されている。
アメリカン・モンテッソーリ協会(AMS)のブログページ「モンテッソーリ・ライフ」では「幼児発達センター(ECDC)の心理学ライター」、ロボット関連の米ウェブサイト「ロボティクス24/7」では「ベストエッセイサービシズ」「シンプルグラッド」というサービスの「プロダクションライター」、香港の環境サイト「アース.org」では「アカデマイズド.com」「UKライティングス」の「マーケティングストラテジスト」、ユーザーエクスペリエンスに関する米サイト「UXマターズ」では「アカデマイズド.com」の「プロジェクトマネージャー」、歯科業界向け米サイト「ドクターバイカスピド」では、豪アカデミックライティング・サービス「マネージメントエッセイ(エッセイルー)」「リアヘルプ」の「ライター兼マーケディングストラテジスト」として紹介されている。
「プレスガゼット」はこの他、BBCやガーディアンからデイリー・メール、デイリー・ミラーなど英国の各メディアでコメントする「サイコロジスト」の「バーバラ・サンティーニ」についても、実在するかどうかの判断は留保しながら、英国の「認定サイコロジスト」としての登録や「リンクトイン」などのソーシャルメディア上でのプロフィールは確認できなかった、としている。
ただ、「ピーチズ・アンド・スクリームズ」というアダルトグッズの販売サイトや、大麻に含まれる合法成分「カンナビジオール」(CBD)のグミ販売サイトなどに、「バーバラ・サンティーニ」のプロフィールが掲載されていたという。
●「非実在セラピスト」も
「心理学とカップル&ファミリーセラピーの分野で8年以上の経験と資格を持ち、特に恋愛、人間関係、LGBTQIA+といったテーマで、コラボレーションの可能性を探ることに熱心です。
美容に関する女性向け米メディア「アリュール」は1月22日付の記事で、「セラピスト」を名乗る「ソフィー・クレス」から送られてきた、そんなインタビュー依頼のメールの文面を紹介している。
メールアドレスには、セックストイ(大人のおもちゃ)のレビューサイト「セクシャルアルファ.com」のドメイン名が使われていたという。
電話やズームでのインタビューを提案したが、メールでの対応を希望し、電話かズームでのインタビューしかできないと回答すると、連絡が取れなくなったという。
「ソフィー・クレス」は各メディアで「セラピスト」としてコメントをしていた。また、公認結婚家族療法士(LMFT)、カップル診断の「プリペアー・エンリッチ」「ゴッドマンメソッド」の資格を取得、とうたっていた。
だが、その資格の確認は取れず、「ソフィー・クレス」のプロフィールサイトも削除された、という。
同様の事例は、ほかにもある。
米ビジネス・インサイダーは2023年4月、「がんによる乳房切除後に入れたタトゥー」についてのインタビューを打診してきた「キンバリー・ショー」から送信されたテキストと画像が、AI生成とみられる、と報じている。
英ニュースサイト「バイライン・タイムズ」は2023年10月、「医師」の「シャーロット・クレマーズ」が、サンやメトロ、デイリー・エクスプレスで医療関連のコメントをしていたが、英国の医事審議会(GMC)での医師登録を調べてみても、該当者はいなかった、と報じている。
「シャーロット・クレマーズ」のプロフィールは、前述の「バーバラ・サンティーニ」と同様に、「ピーチズ・アンド・スクリームズ」というアダルトグッズの販売サイトや、CBDグミの販売サイトなどに掲載されていた、という。
●コメント仲介サービス
これらの実在しない、あるいは実在が疑われる「専門家」が活動の舞台にしているのが、「ジャーナリスト・リクエスト・サービス」などと呼ばれるコメント仲介サービスだ。
このサービスでは、ジャーナリストが取材で求めるコメントをリクエストすると、PR会社、企業、研究者など、情報ソースとなり得る対象者が応答する、というマッチングが行われる。
「プレスガゼット」が報じた「バーバラ・サンティーニ」のケースは、英国のサービス「レスポンスソース」が主な舞台だったという。
「バイライン・タイムズ」が報じた「医師」の「シャーロット・クレマーズ」のケースも、同じ「レスポンスソース」だった。
「アリュール」が取り上げた「セラピスト」の「ソフィー・クレス」のケースは、米国のサービス「ヘルプ・ア・リポーター・アウト(HARO)」(*「コネクティブリー」と名称変更した後、2024年12月にサービス停止)。
米ビジネス・インサイダーが報じた「がんサバイバー」の「キンバリー・ショー」のケースも、舞台は「ヘルプ・ア・リポーター・アウト」だ。
このほかに、「プレスガゼット」が報じた「レベッカ・リー」のケースでは、ジャーナリストがXに投稿した情報ソースのリクエストに対して、「レベッカ・リー」から連絡があったという。
X上では、「#JournoRequest(ジャーナリスト・リスエスト)」といったハッシュタグをつけて、情報ソースのリクエストが行われている。
ジャーナリストは情報ソースにアクセスでき、PR会社、企業、研究者はメディアへのアウトプットが期待できる。
問題の1つは、「ジャーナリスト・リクエスト・サービス」に専門家が登録する際の身元確認だ。「プレスガゼット」の取材に対して、「レスポンスソース」は登録時に身元確認を実施し、利用規約も定めている、と説明しているが、悪用リスクがあることも認めている。
一方、「アリュール」の取材に対して、「ヘルプ・ア・リポーター・アウト」が名称変更した「コネクティブリー」を運営していた米PRソフトの「シジョン」は、個々の専門家の資格について「独自の検証はしていなかった」という。
そして、コメントを掲載したメディア側も、それを検証なしに使っていたことになる。
●「怠惰なジャーナリスト」
プレスガゼットは、メール・オンライン、サン、デイリー・ミラー、デイリー・エクスプレス、ハフポストUK、英ヤフーニュース、メトロ、インディペンデント、テレグラフに掲載された、一部または全部が明らかに偽の専門家の情報に基づいている100本以上の記事を、取りまとめている。
「プレスガゼット」は、2025年4月11日の続報で、疑わしい「専門家」コメントを掲載したメディアが、次々に記事の修正や削除を始めた、と伝えている。
「サイコロジスト」の「バーバラ・サンティーニ」のコメントを掲載していた英ヤフーニュースは、引用の削除を「訂正」として表示している。
デイリー・ミラー、デイリー・エクスプレスを発行するメディアグループ「リーチ」、さらにサンなども、修正の意向を表明しているという。
ネット上の実在しない「インフルエンサー」などを大手メディアが取り上げてきた事例は、これまでにもある。
2011年6月には、シリア民主化運動のヒロインとしてガーディアンなどに紹介されたブログ「ダマスカスのゲイガール」を発信していた「アミナ・アブダラ・アラル・アル・オマリ」が、実は40歳の米国人男性だった、という騒動があった。
2017年11月には、フォロワー7万人超のツイッター(X)のインフルエンサー「ジェナ・エイブラムズ」が、ロシアの"トロール(荒らし)工場"と呼ばれた「インターネット・リサーチ・エージェンシー」によって、2016年の米大統領選介入のために仕立てられた偽装アカウントだったことが明らかになった。
「ジェナ・エイブラムズ」は、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポスト、FOX、BBCなどに「ネットの声」として相次いで取り上げられていた。
※参照:ソーシャル有名人「ジェナ」はロシアからの“腹話術”(11/04/2017 新聞紙学的)
今回の騒動を巡る「プレスガゼット」の取材に対して、「レスポンスソース」の創設者(2018年に売却)のダリル・ウィルコックス氏は、原因の1つは専門家の真偽を検証しなかった「怠惰なジャーナリスト」にある、としている。
英国の新聞社と出版社でつくる自主規制機関「IPSO」も、下記のように述べている。
専門家と称し、AIを使ってコメントを生成する実在の、あるいは創作されたプロフィールの台頭は、仕事を進めるジャーナリストにとって深刻な挑戦である。しかし、出版社や編集者は読者に対して重要な責任を負っており、規制を通じてコンテンツに対する説明責任を負っている。
実在しない「専門家」の広がりは、メディアの信頼を支える土台の液状化を、象徴するように見える。
(※2025年4月14日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)