1人だけど2人分の缶コーヒー持って海へ。
今年の5月27日は、おとんが亡くって7年の命日。
海が好きで、釣りが好きで、慢性腎不全になって障害者手帳もらっても、船は手放さず、毎年夏は真っ黒になるまで海に出て鯛やアコウを釣ってたおとん。
その黒さが病気からくるものなのか、釣りの日焼けなのか、はたまた、そういう人種なのか、小さかった頃のぼくにはわからない黒さでした。
最期は、肺炎になり10ヶ月入院してこの世を去りました。
「しゅう!はよ帰るぞ!島に帰って釣りに行くぞ!」と半ギレしながら、病院のベットで縛らせた手足をバタバタさせてたときは、なんとも言えない気持ちになった。
それがせん妄なのか、意識あっての行動なのかはわかりませんが、とにかく海に帰りたい、そんな表示だったことはよく覚えてます。
そのまま一度も島にも海にも帰れず、灰となって、瀬戸内の風に運ばれて消えていきました。
43歳の時の子どもがぼくで、できたことがわかった時は「おろせ」と言ったらしい。
それをなくなった後に、おかんから聞かされたぼくの気持ちが想像できるかね。
そう、毎年海に呼びかけても返事はありません。
亡くなる前、気管切開して声が出せない中、必死に伝えてくれたあの言葉。
「しゅうがおったから生きてこれた。お前が生きる希望だった。」
亡くなって何年も経つのに、その言葉、その場面を思い出すと、普段そんなに流れないものが目から溢れてくる。
死んだら蛸壺に骨を入れてくれ。
そんな遺言どこにあるんだよ、とツッコミたくなるけど、本当に蛸壺を釣り上げてきて、家の隅に大切に保管してたよね。
今年の鯛釣りの季節はどうだったかな。
あっちの海では、たくさん釣れてると嬉しいです。
なんてことを頭の中で言いながら、浜辺を歩いて帰っきましたとさ。
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