EXPO酒場愛知店
120名を超える来場者を迎え、満員御礼の会場は前夜祭のごとく熱気で満ちあふれていた。
万博2億円トイレに関する一連の炎上騒動に触れないのもどうかと思い、
おそるおそる、、、
いやっ、ここは勢いで、自虐ネタのような入りをしてみたが、会場からエールをいただくなどみなさんにあたたかく受け入れていただけてほっとした。
登壇者や来場者と議論させていただく中で、下記のようなことを考えた。
若手建築家20組の特徴として、
万博会期中のみならずその前やその後も含めた時間の広がり、
建築それ自体のみならずそこに関わる人や物や事や技術の広がり
の中でトータルのデザインを行っているものが多い。(これは昨今の建築界の傾向でもある)
それゆえに、万博会場に建つモノとしての建築だけを見て判断すると、結果として部分的な切り取りとなり誤読を生むことに繋がりかねない。
多様性のある社会だからか分断によるものなのか、人によって万博に求めているものには違いがあり、
ある人は税金の無駄になるので極力お金をかけず必要最低限の簡易なものを求め、
ある人はフルスペックで未来社会を体現するようなものを求めている。
加えて、その未来社会に対するイメージにも乖離があり、
多くの一般の人は1970年大阪万博がそうであったように技術の進歩による輝かしい未来を見せて欲しいと求めているいっぽうで、
若手建築家は、石や木などの自然物が持つ豊かさやその来歴によるストーリーを重視したり、
わかりやすくて強いものではなく簡素で弱いものを分散し連帯させるなど、
一見すると前近代的にすら思えるものを提示している。(これも先日の万博シンポジウムで塚本由晴さんが里山こそいのち輝く(未来社会のデザイン)であるとおっしゃられていたように、建築界において重要なイシューである。)
このことが相互理解を難しくさせ、対立や炎上を生んでしまっている要因なのではないだろうか。
いっぽうで、この単純ではない多様な側面をもつ事象を理解し、考え、互いに議論を交わし、来るべき未来を構想することこそが、「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマを掲げた本万博の意義ではないだろうか。
そして会場デザインの理念でもある「多様でありながら、ひとつ」を目指す。
昨晩のEXPO酒場ではその可能性の片鱗を見た気がする。
いよいよ、明日、大阪・関西万博が開幕する。
ぜひ、来場していただいて、みんなで「いのち輝く未来社会のデザイン」、「多様でありながら、ひとつ」について考えよう!