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プロはパーツから語る「世界一細かい楽器紹介」トロンボーン編#1

「楽器紹介」という言葉をご存知でしょうか?

学校向けのコンサートやクラシック音楽へ馴染みの薄い方々へ向けたコンサートでの1コーナーとして行われることが多いこの楽器紹介は、裏を返すと普段の新日本フィルハーモニー交響楽団(以下新日フィル)の定期演奏会ではまずプログラムに取り入れられることはありません。

また、オーケストラのコアなファンが集まる定期演奏会では「みなさんご存知ですよね」といった暗黙の了解のようなものがあるのかもしれません。
学校公演などの音楽鑑賞教室などで取り上げられる楽器紹介では主に楽器の種類や分類、それぞれの楽器の音の出る仕組みなどを取り上げます。
『オーストラは4つの楽器グループに分かれていて、弦楽器は~~、木管楽器は~~、金管楽器は~~。』といった感じで進行していきます。

そこから1歩2歩先へ、いや沼の奥の深みへ進んだ楽器紹介があってもいいのではないか。むしろこだわりのあるプロフェッショナルとしては1音にかけるこだわりが詰まったパーツやそのパーツを選択するに至ったその情熱をオーケストラを聴いている方々とも共有したい。という思いも出てきます。

今回から始まるこのマガジンでは、オーケストラの演奏会によく行く人も、まだあまり行ったことのない人も、オーケストラの中で使われている楽器について細部にこだわって知ってもらおうというコンセプトになっています。


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とある日の新日本フィル・トロンボーンセクションの面々

今回取り上げる楽器はトロンボーン

コンセプトが定まる前に新日フィルの副首席トロンボーン奏者の山口尚人に楽器に付いて教えてもらおうと声をかけたところ、ひと言目のお返事が「ここがネジなんだよ」というかなりピンポイントなもの。この返事で緩やかな楽器紹介を予定していた筆者の心中は穏やかではいられません。ネジ単位で紹介しなくてはいけないのかという心配、そして全体がどれくらいの規模になるのか想像もつきません。実際執筆中の今でも全体像がどうなるか不明です。



どこよりもニッチなトロンボーンの紹介

まずはトロンボーンの歴史を紐解いてみましょう。トロンボーンは1450年頃にトランペットと同種の楽器として生まれました。トランペットにスライド機構を付けたもののサイズ違いとして開発されたのです。それは名前からも明らかで、イタリア語でトランペットを意味するTrombaに「大きい」を意味する接尾辞「-one」を付けたのがTrombone(トロンボーン)という名前の起源となります。


19世紀にドイツの楽器製作者クリスティアン・フリードリッヒ・ザットラーがバルブ機構をトロンボーンに取り入れたことでトロンボーンの楽器としての演奏の可能性が向上しました。具体的にはB♭管のテナーバストロンボーンの管長がバルブの操作で伸びることにより低音域の倍音列が整えられて、それまで使えなかった音が使えるようになったのです。

楽器の構造としてはバルブ機構の導入により一定の感性をみたトロンボーンは、その後素材や製法の変化による楽器の進化へと向かっていったようです。


音楽的にはトロンボーンは長らく神聖な楽器としてその役目を教会の中で果たしていました。半音階を自由に演奏できたことにより、カトリックのミサにおける聖歌の合唱などの伴奏楽器として重用されていました。そんな中、世俗的な音楽として考えられていた交響曲に初めて取り入れたのは楽聖ベートーヴェンでした。ベートーヴェンは交響曲第5番にトロンボーンを初めて取り入れました。実はそのほかにピッコロや、コントラファゴットもこの曲において初めて交響曲に取り入れられていますが、それはまたの機会に。

もしコンサート会場でベートーヴェンの交響曲第5番を聴く機会がありましたら、ぜひ最後の瞬間をトロンボーン奏者に注目してみてください。世俗的なカテゴリーとされた交響曲に神聖な楽器を取り入れたベートーヴェンはその最後の和音をどのように表現したのでしょうか。


楽器本体を見てみましょう

さあ、前置きが長くなりましたが、ここからが今回の本編です。山口の愛機の写真とともにトロンボーンを見ていきましょう。


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トロンボーン(テナーバストロンボーン)


山口によると現在の日本のオーケストラでトロンボーン奏者が使用している楽器の9割方は3つの楽器メーカーに集約されるそうです。山口が使っているのはその中でも最大手のメーカーであるエドワーズ(Edwards)


エドワーズのトロンボーンは楽器を3つのセクションに分け、それぞれのパーツを奏者の求める個性に合わせたセッティングが出せるようにカスタマイズできるようになっているそうです。

3つのセクションは息を吹き入れる順番に、スライドバルブ(本体部分)ベルとなっています。冒頭の山口のコメント「ここがネジなんだよ」というのは本体部分の2つの管を繋いでいるパーツです。


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主管とF管を繋いでいるネジ


主管と呼ばれる口から出た息がスライドの次に通る管と、バルブ操作をした後に通るF管を繋いでいます。ちなみにですが、主管は楽器のチューニングをする際に抜き差しをする事からチューニング・スライドと呼ばれることもあります。


前後に分かれている主管とF管がネジで留められているのは古いモデルにあるタイプらしく、各パイプをしっかりと固定しています。その結果楽器の剛性感がアップし、それに伴いしっかりした抵抗感(吹奏感)が得られるのが特徴です。その独特な吹奏感を好むトロンボーン奏者が近年ジワリと増えているそうです。古いものから改良されているモデルでは2本の管が支柱パイプにより固定されているそうで、そちらの方のナチュラルな吹奏感は現代での主流のようです。山口の楽器も支柱タイプへとコンバートしたこともあるそうですが、「やはりネジ式だな」と考え、ネジを付け直したそうです、

バルブセクションについて

トロンボーンの管の長さを左手の操作で切り替えるバルブですが、山口の楽器はアキシャルフローバルブと呼ばれるタイプのバルブが付いています。


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三角錐状の部分がアキシャルフローバルブ


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レバーを動かすことにより中の管が動き空気の流れを操作します

主管とF管のどちらの感を使っていても、管の内径や管のカーブの具合に大きな変化がなく、均一な吹奏感を得られる構造になっています。

アキシャルとは「同軸上の」や「中心線上の」といった意味を持つ工業用語なのですが、マウスピースから出てきた空気がスライドを通って主管に通る時、そしてF管に切り替えられて通る時にその動きが同じ軸の上にあることに由来しています。


このようなアクションの結果、サウンドは山口の言葉を借りると「ドーンっとした音が出るんだよ」とのことでした。

自分の求める音を声や擬音で表現するのはとても難しいのですが、各奏者に話を聞くにつれてそれぞれの人が語っている同じ音が実は違ったり、違うように語っていても同じようなサウンドを目指していたりと興味深いものになっています。


余談とはなりますが、アキシャルフローバルブのほかにバルブのタイプとしてはロータリーバルブ、ロータリーバルブの発展系であるトゥルーボアバルブ、ハグマンバルブ、日本の楽器メーカーYAMAHAが開発したVバルブなど様々なタイプが存在しています。

小さなパーツの由来

そして次にご覧いただくのがこちらのセクション。アキシャルフローバルブ部分を後ろから見た写真です。注目して欲しいのは小さな四角いパーツです。


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奥のパイプに付いている小さな四角いパーツです


上述のアキシャルフローバルブを操作するレバーを受け止めるための四角い小さなパーツが支柱部分に付いているのが見えます。このパーツが付いている楽器、実は世界に5本程度しかないそうなのです。しかもその5本はエドワーズのトロンボーン制作の歴史の最初期ロットの5本なのです。

山口が楽器の改造をするために工房を訪れた際にエドワーズの専門家がその特徴を見つけて発覚したそうです。

世界で5番目以内のこの楽器、特徴としてはアキシャルフローバルブの他、管全体にゴールドメッキが施されています。コレクターのオーダー品としてこの世に生まれた総ゴールドメッキのトロンボーンはその後日本の楽器店の店頭に並ぶことになり、山口の目に留まることになります。


元々はスライド、バルブ、ベルの3つのセクションをまとめて次の持ち主に渡したかったコレクター氏ですが、総ゴールドメッキの楽器ともなるとその重量も増え、扱える人は限られてしまうのか、手にする人はいなかったそうです。初めに山口の目に留まってから数年後にバルブセクションのみで購入できるようになり山口の手元に来ることになったそうです。この数年間のタイムラグを持って同じ楽器に2度出会うというのは演奏者ならずとも運命を感じてしまう瞬間なのではないでしょうか。


今回はトロンボーンの3つのセクションのうちバルブセクションに注目して、山口愛用の楽器を中心に写真と文章でご紹介しました。

アキシャルフローバルブが主だった紹介となりましたので、次回は違う型のトロンボーンに注目してご紹介しようと思います。


そしてスライドとベルについてもまだまだ詳しい話を聞いてきましたので、そちらも次回以降へと持ち越しさせていただきます。トロンボーンを専門にしている人なら当たり前の話でも、それ以外の楽器奏者であったり音楽は聴く方が専門なんです、なんて方ですと初耳な話も出てきます。


次回に是非ご期待ください。

(文・写真:城 満太郎)

城 満太郎 (じょう まんたろう)

千葉県出身。東京藝術大学音楽学部を卒業後渡独。ベルリン・ハンスアイスラー音楽大学卒業、ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団より奨学金を受け同オーケストラアカデミーにて研鑽を積む。吉田秀、永島義男、エスコ・ライネ、マティアス・ウェーバー、スラヴォミル・グレンダの各氏に師事。
2011年入団。現在新日本フィル コントラバス・フォアシュピーラー。

Twitter:@JMantaro
Instagram:@MANTAROJO







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