苗字帯刀の禁 みょうじたいとうのきん

享和元年七月、江戸幕府が発した、百姓・町人の苗字帯刀禁止の御触書。

領主や地頭に対し、近時やたらに増えている知行所の百姓、町人の苗字帯刀を取り締まるよう、左記のように通達している。

参考

●百姓町人苗字帯刀之儀ニ付御触書/松平伊豆守殿御渡/百姓町人苗字相名乗並み致帯刀候儀、其所之領主地頭より差免候儀ハ格別、用向等相達候迚、御料所ハ勿論、地頭之者より猥ニ苗字を名乗らせ帯刀致させ候儀ハ有之間敷事ニ候間、堅可為無用候、&徳川禁令考・巻四十四・享和元酉年七月十九日

苗字帯刀廃止 みょうじたいとうはいし

明治二年一月の〈苗字帯刀廃止令〉のこと。

ただし、この段階では百姓、町人に限ってのことで、武士に適用されたわけではなかった。武士の身分が実質的に崩れ去るのは、翌々明治四年の〈廃藩置県〉からである。

参考

●府藩県管轄之地、百姓町人共、旧幕府ヨリ苗字帯刀差免、或ハ扶持遣シ、諸役免除等申付候儀、一切廃止被仰出候事。&太政官日誌・明治二年一月九日

名字名乗 みょうじなのり

中世、武士が戦場で互に家柄や名前を叫び告げること。

〈名字名乗〉は戦場での美風とされたほか、相手をたじろがせ、後で敵の首級(しるし)の識別するのに役立った。