友人がスパイだった上におれも強制加入ってどういうことりゃ!?
スカウト!スパイTHEミッションの告知を見て
衝動で書いたものです
喋るモブがいます
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「はひぃ、ちゅかれた~……」
なずなと紅郎はダンスレッスンを終えて着替えていた。なずなはこんなに息も絶え絶えなのに対して、紅郎はまるで涼しい顔だ。
「紅郎ちんはすごいな、おれも普段から鍛えておかないと。何やってるんだ?」
「特別なことはしてねぇよ。工夫次第で、日常生活もちょっとしたトレーニングになるぜ」
「ああ、エレベーターより階段を使うとかか。これからそうするか~……」
外はまだ少し明るい。このまま帰ってしまうのはもったいない――偶然レッスンの時間が重なったのも何かの縁だ。
「紅郎ちん、このあと時間あるか? せっかくだし何か食べて帰ろうと思うんだけど」
快く承諾されるだろうと思っていたが、予想に反して紅郎は苦笑いを見せた。
「悪いな、今日は急いで帰らねぇといけねぇんだ。また空いてる時にでも声かけてくれ」
「そっか。じゃ、お疲れ!」
「お疲れさん」
そう言って紅郎が向かったのが家の方向ではないことに、この時のなずなは気づけなかった。
紅郎と別れた後は、ハンバーガーショップで美味しいバーガーを頬張った。この辺りにはあまり来ないので、スマホのナビがなければ迷ってしまいそうだ。
「ごちそうさまでした」手を合わせて、帰り道を検索しようとした矢先に、画面が真っ暗になってしまった。充電が切れてしまったらしい。
行きの記憶を頼りに歩く。すっかり日没が早い季節だ。電灯があるとはいえ様相の違う道に、少しだけ不安が募る。すれ違う人々の中にもし怖い人がいたらどうしよう、なんて、考えすぎだろうか。
「おーい、そこのお姉ちゃん」
きょろきょろしながら歩いていると、指輪とピアスでジャラジャラした、いかにもな男が馴れ馴れしく声をかけてきた。「おれは男だぞ!」と抗議しようとした声は、口に押さえつけられたハンカチで遮られた。突然の非常事態に、頭が混乱し始める。逃げないといけないのに、相手の力が強すぎて振りほどけない!
「悪いね~、ちょっとだけ協力してよ」
ハンカチから薬のような臭いがする。逃げようともがけばもがくほど鼻と口から吸い込んでしまって、徐々に視界がぼやけてきた。周囲の音も遠い気がする。誰か、助けて!
「いた、あいつだ!」
不意に聞き覚えのある声がして、遠のきかけた意識が鮮明になる。そこにいたのは、黒くぴっちりとしたスーツに身を包んだ――
「紅郎ちん!?」
「しっ。……黙ってろ」
紅郎はなずなを捕らえている男と向き合い、三白眼でぎろりと睨みつける。なずなでさえ怯んでしまうようなそれを男はまるで意に介さず、話し始めた。
「あーあ、遅かったな。チップはもうこの女の腹の中だぜ」
「むぐっ!?」
思わず声を出すと、騒ぐなと言うようにハンカチをさらに強く押し当てられた。この男は何を言っているのか。チップなんて飲み込んでいない。
「……取り出す時はどうするつもりなんだ」
「もちろん、腹をかっ捌くのさ。哀れんでやる必要はないぜ、こいつも俺たちみたいに組織のために死ぬ人間だからな」
ぞっとした。軽い口調に似合わない、ものすごく残酷なことを言っている。……もしかして、このままだとお腹を切られてしまうのでは? ただここにいたというだけで、自分は殺されてしまうのか? この指輪男は本当にやりかねないと、なずなには感じられた。かちかち、気づけば奥歯が震えていた。怖い、怖い、死にたくない!
「ここら一帯はもう俺たちの領域だ。1人で来るんじゃなかったな」
ザッと足音がしたと思うと、自分たちの周囲を人が取り囲んでいた。さっきすれ違った人々だった。最初からここは、この怪しげで恐ろしいやつらの手に落ちていたんだ!
そのとき、明らかに不利なはずの紅郎がふっと笑った。
「そんな小学生みたいな慢心で、よく今日まで生きてこられたな」
「なに……?」
突然、周りの男たちが呻き声を上げながら崩れ落ちていく。何が起こっているのか指輪男にもわからないようで、「お前、一体何をした!」と紅郎に掴みかかる。なずなを拘束していた手が、離れた。
「こっちだ!」
またも聞き覚えのある声に腕を引かれる。指輪男たちから少し離れると手早く黒いローブを被せられ、暗闇に紛れやすい格好にされた。
「ありがとう、でも誰……」
「大丈夫かナズ! おれたちが来たからにはもう心配いらないぞ!」
「レオちん!?」
紛れもなくそれはレオだった。見れば、彼も紅郎と似たスーツを着ている。
「どういうことりゃ!? 怪しげな集団に殺されそうになって、なのに紅郎ちんとレオちんが助けてくれて、一体何が起こってるんりゃ!?」
「僕もいるよ、仁兎くん」
「うにゅっ!?」
穏やかで柔らかいその声は間違いなく英智だ。もう顔を見ずともわかる。こんな所で友人に3人も遭遇するなんて。
「危なくなるから、そこから一歩も動かないでね」
英智がなずなの前に出てそんなことを言う。何をするつもりだ、と言った声は、直後の銃声にかき消された。
「……え?」
英智が黄金の銃を相手に向けていた。あれで撃ったのか、と頭が遅れて理解する。まるでフィクションのような展開なのに、耳にまだ残る発砲音が現実だと告げていた。
「次は外さないよ。さあ、チップを出すんだ」
「だ、だから、女の腹の中って……」
「つまらん嘘はやめろ。本当に撃つぞ?」
レオまでガンホルダーから銃を取り出し、トリガーにかけた指を動かす。普段聞かないレオの低い声に、思わず息が詰まった。
「早くしろ。さん、にい、いち……」
とどめとばかりに紅郎の催促が入り、すっかり形勢が不利になった指輪男は「わかった、わかったから!」と慌ててポケットから何かを取り出した。
「くそっ、覚えてろよ!」
いかにも小物らしい台詞を残して指輪男は逃げていった。足元には銀色の栞が落ちている。
「なるほど、ここにチップをはめ込んでいたんだね」
「おれの努力が台無しになるところだった。横取りとは卑怯なことしやがって、がるるるるっ」
「無事に済んでよかったじゃねぇか。さあ、早くここをずらかろうぜ」
「お、おみゃえりゃ!」
一仕事終えたムードの彼らに置いてきぼりにされて、たまらず大きい声をあげる。3人の視線が一斉に自分に集まったことに若干身体が硬くなる。先程の恐ろしい戦いの二の舞になるのでは……という考えが頭をよぎり、振り払うように頭をぶんぶんと振った。
「仁兎、怪我してねぇか」
「大丈夫……いや、そうじゃにゃいらろ!なんだったんりゃ今の!? おみゃえりゃ一体、何なんらよ!」
「『ナイトキラーズ』。有り体に言ってしまえばスパイだよ」
英智がいたずらっぽくウインクをしてみせる。スパイ。にわかに信じがたい話なのに、自分の目で見たからには信じざるを得ない。
「せっかく月永くんが機密情報を盗んできてくれたのに、ライバル組織がね……」
「正直、ちょっと油断してた。まさか同じものを狙ってるやつが他にもいたなんてな」
「仁兎が捕まってるのを見たときは驚いたぜ。なんでああなったんだ?」
「ハンバーガー食べて帰るところだったんらよ! そしたら急に捕まって、おれ殺されるかと思ったんらからな~!」
「仁兎くんが本当に彼らの仲間である可能性も考えたけど、幸いすぐにその心配はなくなったね」
「ああ。だって、ナズのことを女って言ってたもんな!」
「もしおれが本当にあいつらの仲間だったらどうしてたんだ……?」
「それは……ねえ」
「その……うん」
「そうだな……」
「怖い怖い! 聞くんじゃなかった!」
少し和んできたところで、レオが「そういえば」と何かに気づく。
「おれたちがスパイだってこと、絶対に誰にも言うなよ?」
「そうだな、じゃないと全員の命がねぇぜ」
「ひっ!? 言わない! 約束する!」
「仁兎くんを信頼しないわけではないけれど、口約束では軽いなあ……そうだ」
英智の口元が笑っている。彼がこういう表情をするときはだいたい悪いことを考えているときだ。……嫌な予感がする。
「僕たちの仲間になったらいい」
「……は?」
――予感が的中してしまった。
「それいいな! メンバーが増えればできることも増える!」
「一般人だからこそ潜入しやすいってこともあるしな」
「待て待て、仲間になるとは言ってにゃいぞ!」
「断るのは賢明とは言えないと思うな。今日の一件で仁兎くんの顔はライバル組織に割れただろう。1人の時を狙って復讐されるかもしれないね。そうでなくても、仁兎くんがうっかり口を滑らせることのないよう、24時間監視しておかなくてはならない」
「えっ」
「仲間になってくれるなら、そんなことは一切しないと約束しよう。ライバル組織に襲撃されても守ってあげられる。どうかな」
「どうかな、って……」
脅迫だ。これはどう考えても脅迫だ。逃げ場を探して紅郎とレオの表情を窺うも、ニコニコしているだけだ。あの2人も今は敵だ。逃げ場はどこにもないと悟り、せめてこの抵抗を示すため大げさにため息をついてやった。
「わかったよ、おれも入ればいいんだろ!」
「本当かい? 嬉しいよ、やっぱり誠実に頼み込んでみるものだね」
「どの口が言う!」
――そんなこんなで、大学生とアイドルとスパイの三重生活が始まってしまった。
「ところで、チーム名はなんて言うんだっけ?」
「ナイトキラーズ、だよ」
「ナイトクルーズとかけてるらしいぞ、どう思う?」
「うーん……そっか」
「仁兎、正直に言っていいからな」
「ダサい!」