イスラエル軍のガザ攻撃にみる記憶と歴史の「抹消」とは? パレスチナ人作家が自著『ガザ日記』と文化遺産被害を語る
47NEWS / 2025年4月12日 9時0分
イスラエル軍とイスラム組織ハマスの戦闘が続くパレスチナ自治区ガザでは、イスラエル軍によるガザ境界封鎖に伴い、外国人ジャーナリストが直接取材できない状況が続く。国際社会はガザ在住のパレスチナ人ジャーナリストらの活動で現地情勢を知ることしかできない。そんな中、貴重な記録が2024年、日本語に翻訳された。『ガザ日記―ジェノサイドの記録』(地平社、中野真紀子訳)。著者はガザ出身のパレスチナ人作家で、パレスチナ自治政府前文化相のアテフ・アブサイフ氏(ヨルダン川西岸ラマラ在住)だ。
戦闘開始時の2023年10月7日、ガザで開催予定だった文化イベント参加のため偶然、故郷を訪れており、戦渦に巻き込まれた。ガザ滞在は2023年末まで約3カ月間続き、その間の日記が本書だ。「空爆のたびに、がれきや残骸、砲弾片とともに記憶が飛び散り、歴史が消されていく」。アブサイフ氏にガザでの体験とイスラエル軍に破壊されたガザの文化遺産について聞いた。(共同通信・前エルサレム支局長 平野雄吾)
―「他人の旅立ちを聞くことは、自分は旅立たなかったことを意味する」「日ごとに街は前日より悲しく見える」。『ガザ日記』には、印象的な表現が数多くあるが、ガザ滞在中に最も衝撃を受けた出来事は?
オンライン取材に応じるアテフ・アブサイフ氏=1月
「私はガザ北部ジャバリヤ難民キャンプ出身ですが、現在はヨルダン川西岸ラマラに住んでいます。2023年10月7日にガザ南部ハンユニスで開かれる予定だった文化遺産関連イベントに参加するために、ガザにいました。この日は早起きしたので海に行き泳いでいると、突然多数のロケット弾が飛び始め、戦闘が始まったのです。毎日、生き延びることが精いっぱいの生活で、多くの悲しい場面に遭遇しました。一番揺さぶられたのは友人の息子が死亡したときのことでした。
2023年10月31日、イスラエル軍の空爆で破壊されたガザ北部ジャバリヤ難民キャンプのビル(AP=共同)
2023年11月上旬のことです。私はジャバリヤでその友人と同じ部屋で寝ていたのですが、爆発音を聞き、救助のために彼と一緒に爆撃された現場に行きました。暗闇の中、私たちはがれきの中から人々の救出活動をしていました。彼が『少年の遺体があるから手伝ってくれ』と叫ぶのです。そのとき、彼は遺体が自分の息子であるとは気が付いていませんでした。救急車が到着し、多少の明かりの中で確認すると、彼が言ったのです。『おれの息子だ』。想像できるでしょうか。
ガザでは、多くの人が家族の遺体の埋葬をできていないという問題もあります。遺体が見つからない場合が多いからです。私のおばもそうです。自宅ごと破壊されました。いとこがその家に行ってもおばがいないのです。『蒸発した』という表現を彼は使いました」
―邦訳は『ガザ日記』だが、原題は『DON’T LOOK LEFT―A DIARY OF GENOCIDE』(左を見るな―ジェノサイド日記)だ。この真意は?
ガザ地区との境界に近いイスラエル側に配置されたイスラエル軍の軍用車両近くでサッカーをする兵士=2024年6月2日(ロイター=共同)
「これはイスラエル軍兵士の言葉です。2023年11月下旬、私たちはガザ北部から南部へと移動するためイスラエル軍が設置した検問所を通過しました。そのとき、パレスチナ人が5時間も待たされている中で、イスラエル軍兵士たちは戦車の上でコーヒーを飲んだり、パレスチナ人を殴ったり、あるいはからかったりしていました。彼らは私たちの左側にいたのですが、1人の兵士が叫んだのです。『左を見るな!』。まるで見られたくないことでもしているかのように、こちらを見るなと言うのです。イスラエルのパレスチナ占領についても同様のことが言えると思い、政治的な含意を込めてタイトルにしました。イスラエルはパレスチナを占領しています。しかし、まるで土地を奪ってなどいないかのように彼らは占領を否定します」
―「私たちは戦争映画の中に生きているのだが、映画の監督が映画を終わらせたがらない」「もしかしたら、これは実は映画なのであり、自分の伝記映画を見ているだけで、自分はすでに死んだのかもしれない」。『ガザ日記』では、映画になぞらえる比喩表現が多くみられるが、なぜそのように感じたのか。
3月21日、ガザ北部ガザ市で、イスラエルの攻撃により殺害された11歳の娘の遺体を運ぶ父親(AP=共同)
「私たちは戦争の中を生きていました。戦争というよりはジェノサイド(民族大量虐殺)ですが、映画の中の一つの場面に身を置いていると感じることがよくありました。まるで自分がそこにはおらず、何かを鑑賞しているかのようにです。自分を欺き、そこで起きている現実から自分を引き離そうとしていると感じるのです。
監督はイスラエル軍で、生殺与奪権は彼らにあります。パレスチナ人は脚本にあらがう形で役を演じ、死を求める監督の求めに対抗するためにあらゆることをしなければなりません。生き残るためにです。ただ、その保証は何もありません。私の友人の息子は2023年11月の一時停戦が発効するわずか30分前に殺害されました。『どうしてあと1日早く停戦が合意されなかったのか』。友人が私に強く訴えかけたのを覚えています」
―パレスチナ自治政府文化省の報告書によると、ガザでは、戦闘開始からわずか4カ月間で約200の歴史的建造物が破壊されている。7世紀にイスラム教の礼拝所となった大オマリモスク(ガザ市)や5世紀にさかのぼるキリスト教の教会や修道院跡、古代の港跡など多数の歴史的施設も被害に遭った。どう分析するか。
イスラエル軍の攻撃で破壊された大オマリモスク。当局によると、ガザでは1204あったモスクのうち1109が破壊された=2025年2月26日、ガザ北部ガザ市(ゲッティ=共同)
「イスラエル・パレスチナ紛争を構成する主要要素の一つは文化です。『ナラティブ(語り)』と言ってもよいですが、土地を巡る争いの中で『この地はわれわれに属する』という正当性を担保するためで、ナラティブの闘争とも言えるでしょう。欧州からやってきたユダヤ人(シオニスト)は、自分たちだけが排他的に土地を占有する権利があると証明するため、パレスチナ人がこの地に住んでいた歴史を抹消しようとしています。文化遺産が標的になるのもそのためと言えます。今回の戦闘で、像など古代の遺物がイスラエル軍兵士に盗まれ、軍用車両に積まれていたとの報告がガザ市民から上がってきました。その行動も歴史の抹消という観点から説明できます。イスラエルが建国された1940年代からイスラエル軍には、同じような行動がみられます。欧州から来たユダヤ人は常に、この土地が自分たちには属していないのではないかという恐怖心に駆られています」
―歴史遺産だけでなく、ガザのパレスチナ人が現在も利用していた図書館や劇場、文化センターなど文化施設もイスラエル軍に破壊された。
イスラエル軍の攻撃で被害のあったラシャド・シャワ文化センターの内部=2024年11月29日、ガザ北部ガザ市(ゲッティ=共同)
「人々の記憶というのは土地や場に根ざしています。例えば、千人以上を収容できる劇場や図書館の入ったガザ市のラシャド・シャワ文化センターには、ガザのパレスチナ人のほぼ全員が何らかのイベントで訪れたことがあり、記憶を持っています。そうした『場』を破壊することで、パレスチナ人のこの土地との記憶をも抹消しようとしています。イスラエルはパレスチナ人のこの地に対する歴史と記憶を消し去りたいのです。
書籍が標的になるのもその流れです。多数の図書館や書店が破壊されました。数十万冊の書籍を扱うガザ市のサミール・マンスール書店は、約250人が犠牲になった2021年5月のガザ戦闘でも、イスラエル軍に破壊されました。再建したばかりで、また標的になったのです。
2021年5月の戦闘で破壊されたガザ北部ガザ市のサミール・マンスール書店=2021年5月29日(ゲッティ=共同)
私の持ち家はガザ北部ジャバリヤにもあります。イスラエル軍の攻撃で破壊され、確認に行った父が言うには、私の書庫にあった大量の書籍が破かれていたというのです。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が運営する学校では、イスラエル軍兵士が子どもたちの教科書を燃やしていたという報告も受けています。
ガザ市役所が破壊され、中にあった図書館も被害に遭いました。ここには、イスラエル建国に伴い約70万人が難民となったナクバ(大惨事)以前に出版された書籍、新聞・雑誌のコピーが保存されていました。中には200年前に出版された書籍や手書きの文書もありました。これらをデジタル化する予定でしたが、その前に失われました」
イスラエル軍に破壊されたモスクの書庫からオスマン帝国やマムルーク朝時台の文書を救出するモスク関係者=2025年3月3日、ガザ北部ガザ市
―イスラエル軍は、ハマス戦闘員が民間施設を軍事利用していると主張し、攻撃を正当化している。
「ハマスが書籍の中に隠れているのでしょうか。中には、私の小説を読んでいる戦闘員がいるかもしれません。それは冗談ですが、ガザ市役所の図書館が破壊されたのは戦闘開始からわずか数週間の間です。ハマスが図書館からロケット弾を撃ったのでしょうか。ガザ市全域を破壊する前に複数の図書館が標的になっているのです。イスラエルの攻撃はパレスチナ人の歴史と記憶の抹消を目的としており、文化ジェノサイドなのです」
× ×
アテフ・アブサイフ氏=2024年4月、ヨルダン川西岸ラマラ
ATEF・ABUSAIF 小説家、作家。1973年、パレスチナ自治区ガザ北部ジャバリヤ難民キャンプ生まれ。ビルゼイト大学(ヨルダン川西岸)卒業。ブラッドフォード大(英国)で修士号、イタリア・フィレンツェの欧州大学院で博士号(政治学)を取得した。『記憶の影』(1997年)、『天国の酸っぱいブドウ』(2003年)など約10冊の小説を刊行。2019年から2024年3月までパレスチナ自治政府文化相を務めた。
(聞き手)平野雄吾 2006年共同通信。福島、仙台などの各支社局、カイロ支局、特別報道室、外信部を経て、2020年8月~2024年7月エルサレム支局長。2024年8月から外信部。著書に『ルポ入管―絶望の外国人収容施設』(ちくま新書、2020年、城山三郎賞など)。エルサレム在任中、よく訪れたガザ地区では、シーフードパスタが好きだった。
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