未来視持ちの聖女にギャン泣きされた


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作:みょん侍@次章作成中
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第14話


 

 俺たちは死んでいた。

 見覚えのある安宿の天井を眺めて、自分が床に転がっていることに気づく。

 俺の上には死んだロサが乗っており、ベッドには半裸のクインスが死んでいた。ベッドに足だけ乗せて青い顔をしながら、カメリアもまた床に転がっている。

 この頭痛。気持ち悪さ。

 

 これは――二日酔いだ!

 

「……クソ、飲みすぎた……」

 

 リリウムが桶に水を張ってくれていたので、顔を洗う。すげえ真っ青な顔をしていた。

 

「マジで記憶がねえな」

 

 昨日はクインスたちと酒を飲みに行って……おかしいな、最初は粛々と始まったはずなんだが。

 カメリアが竜王になったことに乾杯し、彼女から竜人族のことについて色々聞いたんだ。彼女の父、先々代竜王のことや、その配下の五龍将のことなど、しんみりと話してくれていて……どこから狂ったんだ?

 

 ああ、そうだ、途中で知らないおっさんと兵士が酒場になだれ込んできて、そのおっさんがドラゴンフォートの町長で――

 ここの全ての客よ、今夜は私が奢ろう! なんて言い出したもんだから、どいつもこいつも歯止めがきかなくなったように飲み始めたんだった。

 ただ酒ってなんであんな美味いんだろうな。

 

 クインスや知らない奴らと肩を組んでわけのわからない歌を歌ったような記憶もある。

 俺は地球で聞いた覚えのある歌を歌い、他の奴らも、自分の故郷の歌なんか歌いだすもんだから、そりゃカオスだった。

 カメリアやロサも巻き込んで、鼓膜が破れるかと思ったな。おかげで声を張ったから、のどが痛い……あとでリリウムに治してもらえるだろうか?

 

 最終的にはカメリアがなんか号泣しちゃって。

 ずっと俺のことばかりを話してて、6年も待たせたことをバラしやがったもんだから、酒場にいたやつらの視線がクソほど痛かった。

 酒でも飲まなきゃやってられねえ! って近くにあった酒に口をつけて……そっからの記憶が無い。

 

 久しぶりに記憶がぶっ飛ぶまで飲んだな……もう二度と酒は飲まねえ。

 頭いてー……。

 

「オレは治さないからな」

 

 頼みのリリウム先生は、無情にも俺の手をはねのけた。

 

「お前、結構自分のキャパ見誤るタイプなんだから。オレに頼ってっと、オレ無しじゃまともに酒飲めねえ身体になるぞ?」

「そこをなんとか」

「だーめー。良いじゃねえか、二日酔いも宴の余韻だよ」

 

 さすがコンカフェのエース。あの程度の酒じゃ明日には残らないってか。

 

「どうする、もうちょっと寝てる?」

「いや、それもな……お前との用事も残ってるし」

「あ? なんかあったか?」

「デートするんだろ? カメリアのことで後回しにしてたからな……う、気持ちわる」

「……」

 

 酒飲んでる時は死ぬほど楽しいんだけどなあ、これがあるから。

 なんて思っていたら、リリウムの小さな手に頬を包まれた。淡い光が漂い、二日酔いが収まっていく。

 

「……お前なしじゃまともに酒飲めなくなるんじゃ?」

「それも悪くないなって、今思っちった。お前だけだぞ!」

 

 すげえ、あんだけクソだるかった身体が何事もなかったように……!

 回復魔法様様だ。……あんまり考えなかったけど、魔法使えるのって羨ましいよなあ。

 

「うーん……素晴らしい朝だね」

「うわ顔真っ青」

 

 クインスが起き上がってくる。心なしか、いつもの輝きが無かった。

 こいつでも二日酔いするんだな。

 ちょっと面白い。

 

「うぉぁぁ……なぜロサは床で寝てるんだー?」

「知らんよ……お前らが俺の宿に来てる理由すらよくわからんのに」

「……オレが全員介抱したんだよ」

「あざっす。すんません」

 

 どうやら酒場の時点でぶっ倒れていたらしい。

 こういうところで礼を忘れると、いつか置き去りにされてしまうからな。

 

 ……いや待て、倒れる前提で考えてる辺り、ナチュラルにキャパ見失ってないか、俺。

 

「おい、おいカメリア! お前もいつまでんな格好して寝てんだ、起きろ」

「んぁぁぁ」

「んあーじゃなく」

「あぁ……?」

「ヒィ」

 

 カメリアは寝起き悪い族だった。

 鬱陶しそうに開かれた目が何度かゆっくりと開閉を繰り返すと、次第に像を結んだのか、俺へと焦点が合う。

 

「ロータス……?」

「はい」

「……ロータス、ロータス!!」

「うわぁ!?」

 

 そしてがっちりとホールドされた。

 足と尻尾に絡めとられて身動きが取れない。

 

「ああ、よかった、よかった……! 夢じゃなかったのね! いなくなってなんか、なかったのね……っ!」

「……なんだ、怖い夢でも見たか」

「うん……ロータスが、いなくなっちゃう夢」

 

 ぎゅうぎゅうと力を込められて、豊満なカメリアの身体が押し付けられる。

 胸に顔をうずめてる形になるから、もうなんかすごいんだ。尻尾はやめてほしかった。何かの扉が絶賛フルオープンだぜ。このまま新たな世界へフライアウェイ――

 

「うぇ、気持ち悪い……」

 

 するかと思いきや、カメリアはさっと俺から離れて顔を洗いに行ってしまう。

 俺はそのまま、窓から差し込む朝日を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――しばらくドラゴンフォートに滞在したら、また旅に出ようと思う」

 

 全員が落ち着いてきたところで、俺はそう切り出した。

 紆余曲折あったが、当初の目的である、昔馴染みと顔合わせて酒飲んで話し合う、は昨夜達成された。毒龍将の脅威なんてのもあったわけだが、それについては対処出来て、もうこのドラゴンフォートに憂いは無い。

 俺の旅の終着点はここではない。会いたい昔馴染みはまだまだいるのだ。

 

「…………」

 

 だが、カメリアとロサはあまり納得がいってないようだった。

 

「行かないで、ほしい」

「……何度でも言うが、聖女に泣かれた理由はわからないんだ。これが今生の別れになるとは――」

「ならないとも限らない、でしょう? 聖女に泣かれるなんて、普通じゃないもの……」

 

 あくまで自分たちの傍にいてほしいと、カメリアは言葉にして、ロサは視線だけで訴えてくる。

 クインスは俺の決定に委ねてはいるが、どうだろう。あまりよくは思っていないように見える。

 

「私は強くなった。竜王になった。そうでなくとも白金等級の冒険者なのよ」

「……」

「もし、もし……あなたが、喪われた、として。私がそこにいなかったから、って後悔する。絶対。……だから――」

 

 ベッドに腰かけたカメリアは、安物のシーツを握りしめる。

 

「……違うか」

 

 再び顔を上げて、俺の瞳を覗き込む。

 不安に揺れる彼女の視線に射抜かれて、思わず息をのんだ。

 

「私は、あなたと離れたくない」

 

 ほのかに顔が赤くなっていた。

 

「……ずっとずっと、傍にいたい。あなたが毎日、私の瞳に映る光景を想像すると、私が私じゃなくなるみたいな感覚になる。……その感覚がね、嫌いじゃなくって」

 

 カメリアに手を取られる。

 綺麗な手に包まれて、彼女の体温がじんわりと俺の手にも伝わってきた。

 

「実際、たったの数日だったけど。やっぱりね、私、あなたといると満たされちゃう。簡単に、幸せになっちゃう」

 

 それと同時に、その手が震えていることにも気づく。

 カメリアという竜人族の少女は、人一倍素直じゃなく、親しい人間にほどツンツンした態度を取るような子だ。

 だから、それが本心であることなど、俺ならばすぐにわかるのだ。

 手と手を通じて、確かに感じ取れるんだ。

 

「だから、だからね――」

 

 故に。

 俺は、そんな彼女に対して、きちんと応えなくてはならない。

 それがカメリアにとってどんな意味であろうと、俺の答えは変わることは無いのだから。

 

「ロータス、私と――」

 

 先んじて、口を開こうとして――

 

 

 

 

 

 

 

「――すいやせ~ん! ロータスさんいらっしゃいますか~?」

 

「…………」

「…………」

 

 そんな気の抜けた声に、俺たちは黙り込んだ。

 どうやら郵便配達員らしい。なんてタイミングだよ。

 扉を開けると、赤を基調とした制服に身を包んだおっさんがいた。

 俺が対応していると、後ろからおっさんに向かって恨みがましい視線を向けられる……が、目の前のおっさんに気づいた様子は無い。 

 

「ここにサインおねがいしやす」

「あ、はい」

 

 俺宛てに手紙?

 示されたボードに俺の名前を書き込むと、配達員は背嚢から一通の手紙を取り出した。

 綺麗な白い紙――この世界には珍しい、ちゃんとした紙だ。オータムウィートの郵便屋の受領印と、ちょっと日が開いてドラゴンフォートの受領印が押されていた。

 

 差出人はこう書かれていた。

 

 

 

 ――”ロータス正教会”。

 ――”アイリス・ラエビガータ”。

 

 

 

「は?」

 

「じゃ、確かに届やしたんで、あざっした~」

「あ、ちょ、待っ――」

 

 こっちが呆けている間に配達員は去っていってしまう。

 

「聖女の手紙……?」

 

 リリウムがのぞき込んで呟く。その声に反応して、カメリアたちも俺の傍に駆け寄ってきた。

 いたずらではないのは確か。この封蝋は間違いなくロータス正教会のもの。なにより、アイリス・ラエビガータ……この旅のきっかけと言ってもいい、あの少女からの手紙だと?

 文通するほどの仲ではない。なら、これは……

 

「予言――?」

 

 封を切り、中を取り出す。

 手紙を広げると、ほのかにいい香りがした。書かれている字は、小さい女の子が書いたような丸っこい字体だった。

 書かれている内容については、こうだ。

 

 

『突然のお手紙失礼します。アイリス・ラエビガータです。

 皆さんからは、聖女って呼ばれてます。

 昨夜はごめんなさい。突然泣き出してしまって、変な子供だと思ったでしょうか。

 すぐに走り去ってしまったので、こうして聞くのは怖かったりします。(手紙とはいえ)

 

 折角貴重なお時間を頂いたのに、台無しにしちゃってごめんなさい。

 その、ずっとお会いしたかったんです。正教会でのお仕事が忙しくって、全然会う機会も無くて、今回皆さんに無理言ってオータムウィートまで連れてきて頂いて。

 それでいざ会ってみると、感極まってしまって。

 お話ししたいこといっぱいあったんですけど、シスターにはすぐ帰らなきゃいけないと言われてしまったので、こうしてお手紙を出させていただきました。

 

 実はついさっきまで、ロータスさんに嫌われてしまったかもと思って籠っちゃってて……シスターにそんなことはないと励まされて、今こうして書いてます。

 深夜ですから、変なこと書いてないと良いんですけど、もし変なところがあっても気にしないでくださいね、恥ずかしいので!

 

 一瞬でしたけど、お顔が見れてうれしかったです。

 その、ロータスさんからすれば急になんだーって思ったかもしれませんが……。

 今でも思い出すと、胸が熱くなります。だから余計、大泣きしちゃったのがすごく恥ずかしくて……ダメですよね、こんなネガティブなのは! はい、うれしかったです、とっても!

 

 なんで会いたかったのか、っていうと、その、こういうこと言われても困ってしまうかもしれませんが。

 ロータスさんは、私に明日を見せてくれました。6年前、戦争が終わって、私はきちんと新しい朝を迎えることができたんです。

 ロータスさんにとって、私のことはそれほど好きじゃないかもしれません。私は、ロータスさんが苦しい目に遭うのを知ってて、それでも予言を与えましたから。

 だから、一方的な想いにはなるんだと思います。だけど、会ってしまったからには、伝えずにはいられませんでした。

 

 本当にありがとうございました。

 私を助け出してくれたロータスさんのことを、私はずっとお慕いしております。

 それと、元気そうで良かったです。

 どうかお体に気をつけてお過ごしください。

 それともし良ければ、私とまた会ってください。

 王都でお待ちしております。気が向いたらでいいですから。

 会いに来てくださいましたら、何の仕事があろうとすぐにお迎えいたします。

 

 また会う日を楽しみにしていますね。』

 

 

「…………ラブレター?」

 

 読み終わると、リリウムは手紙の内容をそう総括した。

 なに、この……なんだ? 予言はどこへ?

 それだけじゃない。助けた? 俺が聖女を? ……全く心当たりがない。

 

 大体、俺と彼女はあの夜会ったのが初めてだぞ?

 基本的には国から認められた英傑か教会の関係者しか顔を見ることはできない。

 俺はと言えば、確かに彼女の予言をもとに動いていたが、その予言自体は国に対してのもので、俺はその国の指示で動いていただけ。

 そもそも接点すらないはずなのに。……でもどう見ても、人違いってわけじゃなさそうだよなあ。

 

「……なあ、昨夜って?」

「ああ、いや、オータムウィートにいたときのことだと思う。聖女に泣かれた次の日にはもう街を出たからな……なるほど、行き違いでこんな届くのが遅くなったのか」

 

 とはいえオータムウィートを出たのは昼前だったし、俺の手元に届いていてもおかしくないはずなんだが……。

 うーん、なんかのタイミングで外に出てた時か? つっても……もしかして、いつもお世話になってる雑貨屋のおばあちゃんに挨拶してた時に? だったら宿のオーナーにでも預けてくれれば……ああいや、そうか、国教の聖女からの手紙なんざ、一般人に預けらんねえか。

 

「つまり、えっと……どういうことなんだ?」

「……あ、おいロータス。これもう一枚入ってるぞ」

「マジか」

 

 どうやら封筒にはもう一枚手紙が入っていたみたいで、リリウムから手渡される。

 広げると、今度は短い文章が書いてあるのみだった。

 

 

『追伸

 

 シスターから大事なことが伝わらないと怒られましたので、ここに簡潔に記します。

 

 私が泣いてしまったのは、ロータスさんが死んでしまうからではありません! 勘違いさせちゃったならごめんなさい!』

 

 

「…………」

 

 そのかわいらしい字は、小さくない衝撃を与えた。

 主に、その、カメリアに。

 

「……………………」

 

 ちか、近くないですかカメリアさん? 手紙に顔が付きそうですよ?

 

「ヒ」

 

 目が! 目が竜になってる! 瞳孔ガン開きだ!

 

「そ、その」

 

 咳ばらいを一つ。

 

「俺は……最初から言ってたぞ。なんで泣かれたかわからないって、死ぬと決まったわけじゃないって」

「……」

「な? だからその、落ち着け。ああ昨日までのことが気になるか? 頭撫でろ、とか、デートしろ、とか、まあその、気にするなよ、忘れろって言うなら忘れるから、な!?」

「――」

 

 カメリアは喜怒哀楽全部ないまぜになったような表情を浮かべていた。

 やがて、黒い靄がちらつきだす。

 彼女の肩が震え、魔力が徐々に漏れ出てくる。

 

 や――

 

「やべーぞ、闇落ちだ!」

 

 部屋の外に逃げようとして、扉から身体を出そうとしたその瞬間。

 カメリアが飛び掛かってきた。

 

 避――

 否――

 死――

 

 

 

 

 

 

 カメリアに抱きしめられる。靄は霧散していた。

 

 

「――よがっだぁぁああああああ……っ!!」

 

 

 そしてカメリアは、号泣した。子供みたいに泣きじゃくって、俺に縋りついていた。

 

「ロータス!!」

「うお!?」

 

 ロサも堪えきれんとばかりに飛び込んできて、俺はそれを受け止める。

 クインスたちを見てみれば、驚きと喜びが半々な、そんな変な表情を浮かべていた。

 

「ほ、本当に死ぬんだと思ってた! またロサたちの前からいなくなるかもって、思ってた! よ、よかった、本当に……!」

「ああマジで話は聞いておくべきだったな! マジでごめんなさい!」

「いいのよ、あなたが死ぬわけじゃないんだもの!!」

 

 そんな俺たちを見て、

 

「アッハッハ! アッハッハッハッハ!!」

 

 クインスはいつものような高笑いを上げ、

 

「――……なんだよ、そりゃ。あははっ……」

 

 リリウムは力が抜けたように床に座り込んだ。

 

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