未来視持ちの聖女にギャン泣きされた


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作:みょん侍@次章作成中
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第13話


 

 相も変わらずドラゴンフォートは盛況だ。足の踏み場もないんじゃないか、これ。

 石畳を、左右に王族を侍らせて踏みしめていく。カメリアの翼や尻尾が注目を浴び、その流れで腕を組んでいる俺を見て、誰かが舌打ちをする。うーん、今日もいい天気だ。

 

「……よかったのか、竜王になったんだろ? こう、儀式みたいなのがあるんじゃないのか?」

「あるけど、まず竜人族のみんなに呼びかけなきゃ。戦争が終わって、ホワイトクラウンに出稼ぎに出た竜人族も多いから」

 

 竜王山にいた竜人兵たちがその役目を負ってくれるのだそうだ。早速臣下を顎で使うとは、将来有望な王なのかもしれん。

 カメリアは俺と目を合わせるたびに微笑む。先の戦いの傷はリリウムに治してもらったから、傷一つない綺麗な四肢が陽の光を浴びて輝いていた。

 

 カメリアは基本的に、露出度の高い服を着る。それは彼女にそういう癖があるとかいう話ではなく、竜変化を経て服が破れるのを嫌うからだ。他の竜人族みたいに完全に竜になれるのなら吹っ切れるのだろうが、彼女の場合腕と足が竜に変わるぐらいで、それなら最初から破れないような服を着ることを選ぶだろう。

 そして何より、翼と尻尾の存在が邪魔だとよくぼやいていた。厚着しようとすると人より何倍も時間がかかるのだとか。だから、その、海辺にいるギャルみたいな恰好をしているから、腕を抱かれると、色々と接触するのだ。

 筋肉質ではない。どころか柔らかさすら感じる。昔ならこの距離まで近づこうものならこぶしと罵倒が飛んできたものだが……。

 

「お前も変わったな」

「…………」

「…………」

 

 よく見たら顔が真っ赤だった。じわりと汗をかいているのが、吸い付くような肌から感じられる。いっぱいいっぱいなのか、無意識に翼がパタパタと動いているのに気づいてない様子だった。

 

「恥ずかしいなら無理はしなくとも……なあ、ロサ?」

「…………」

「…………」

 

 お前もか……。

 

 

 

 

 

 

 

 大通りに面している店は、どこもかしこも人で溢れかえっており、店の種類も、オータムウィートの何倍もあった。

 

「ああ、このでかい通り……6年前にもあった道なんだな」

「気づいた?」

 

 ふとした瞬間に記憶が蘇る。ここから見える城壁と空のコントラストは、6年前に毎日見てきた光景だ。

 いい匂いがする方を見てみれば、串焼き肉を売ってる出店があり、色鮮やかな花々が見えたと思えば、若い女性が営む花屋が目に映る。

 

「昔はここまで活気は無かったんだがな、町長が死ぬほど頑張ったんだぞ! 見たこともないお店が並ぶようになって、王都からいっぱい物が流れ込んできて、あ、それと、味がしなかったり虫が入ってたりやたらまずかった料理屋は軒並み全滅した!」

「あったなぁ……まずい店って水もまずくなかったか?」

「うわ懐かしい! クインスが知らない店に行きたがるから、依頼を達成したあと入るとこがそんなのだったりして!」

「お前らは何日も引きずってたよな」

 

 戦争も終わって他国とも交流が出来るようになった今と違って、戦時中のドラゴンフォートはひどいもんだった。

 竜人族は向こうから戦おうとはしてこないから、戦争の傷病者かなんかがここに送られて、その家族が細々と料理屋を開いたりして……それがまずいのなんの。まずいだけならまだしも、空気が死んでるせいで余計味がしないんだ。

 見た目だけは良くて味が最悪な料理屋もあったなと、そんなくだらないことで笑いあう。

 その店では今、別の古物商が見たこともないようなアンティークを売っていた。料理屋ですらなかった。

 

 もう少し歩いていくと、今度は武器屋や防具屋が見えてくる。冒険者ギルドに近いから、ここいらは冒険者相手の商売で一山当てようとする職人が多いんだろう。

 見ていると、駆け出しの冒険者なのか、若い男女3人組のパーティが武器屋の前で唸っていた。

 

「や、やっぱ欲しいなあグランツ師が手掛けたブロードソード……!」

「あんなきらびやかな装飾絶対無駄でしょーが! やたら高いし、どうせ剣なんて消耗品なんだからいつもの奴で我慢しなさいよ!」

「そういうお前は、俺らといないときは決まって隣の魔道具屋に入り浸ってるみたいじゃねーか? ああ、あそこには確か、やけにでけえ宝石のついた杖が売ってたなあ」

「う、うるせー! 拳闘士にはわからないわよ! バーーーーカ!!」

 

「――おい見てみろよ、昔のお前らまんまだ」

 

 そういうとカメリアは頬を膨らませた。

 

「駆け出しのころは手が届かないものに憧れるの! 魔法使いの三角帽子とか、物語の魔女が使うような大杖とか、女の子みんなの夢なのよ!?」

「そういうの全部叩き直してやったから、いつからか機能性しか重視しなくなったよなお前ら」

「……ロサが9歳だってこと忘れてんのかこいつって思ったぞ、あれは」

 

 夢で命が助かるかよ。ロサが持っている無骨な大槌は俺の教育の賜物だろう。まあ、夢見るうら若き少女が犠牲になったのだが。

 

「え、あ、え!? も、もしかしてダインスレイヴ……!?」

 

 どうやらパーティリーダーらしい、黒髪の少年は驚いたようにこちらを見つめた。それにつられて、赤髪の少女と、青い髪の男も振り返り、やはり似たような反応を返す。

 周りを歩くほかの冒険者はカメリアやロサを見ても、今更といった風に驚かない。……彼らの格好を見るに、どうも田舎の出っぽい。なるほど、有名人を目にするのは初めてか、初々しいねえ。

 

「えっと、ごめんなさい、不躾にじろじろ見ちゃって。買い物の途中だったのよね?」

「あ、い、いいいいえ! その、僕たちまだまだ駆け出しで、こんな立派な武器、買える余裕もないので……」

「しゃーねーから冷やかししてたんだよな」

「ちょ、ちょっと! なんて口の利き方してんのアンタは!」

 

 うわあ、すっげえ。なんていうか、王道だ。

 彼らの持っている冒険者の証はノービスのものだった。その輝き方は、まさについ最近冒険者になったばかりです! と主張している。

 カメリアはそんな彼らと一言二言言葉を交わすと、少年の腰に下げていたロングソードを拝借した。

 

「……まだ全然綺麗ね。ふふふ、あなた、武器に振り回されているでしょ?」

「な、なんで……! そ、その通りです、筋肉が足りないのか、持て余しちゃってて」

「そう。……いい剣ね。新品同然だけど、使い込まれた跡もある。ちゃんと武器の整備は欠かしていないのね」

 

 ありきたりなロングソード。冒険者初心者セットが売ってるなら、間違いなく同梱されているレベルで普通の剣。

 

「ならまずは、この剣を超えなさい」

「え?」

「これだけ愛着を持って接しているなら、役目を果たすまでこの剣は傍にいてくれるはずよ。そしてもし、この武器が戦いの末に折れてしまったなら……きっとあなたはこの剣を超えたことになる」

「……この剣を」

「そしたら今見えている景色が違うものに見えてくるわよ! なんて、お姉さんのお節介でした! ごめんなさい、ふふっ!」

 

 カメリアは笑ってロングソードを少年に返した。少年は剣を受け取ると、その刀身をぼうっと見つめる。その瞳は、先のブロードソードを眺めていた時より熱意に満ち溢れていた。

 その瞳を、カメリアに向けて、少年は顔を赤らめ――

 

「6年前と違って、私も憧れられる側になったのよ! どーだっ!」

「あっ……」

 

 そして俺に抱き着くのを見て、愕然とした。そんな彼を見て、少女と男はその肩に手を置き、憐みの視線を向ける。……その、なんだ。強く生きてくれ、少年!

 

「罪な男だな」

「……俺のせいなのぉ?」

 

 彼らと別れる際、少年の頬を一筋の涙が伝った。

 

「……超えてやる。絶対超えてやるぞ……クインスさん!!」

 

 ……。

 訂正するのも面倒くさかったので、聞かなかったことにした。

 ロサとカメリアともう一人。まあ紛らわしいわな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は食べ歩いたり、おしゃれな店に入って優雅に紅茶を楽しんだり、思い出の場所を巡ったり、人気なデートスポットを巡ったり――していたのを、リリウムたちは物陰に隠れて観察していた。

 

「なぜ僕も……?」

「ちょっとクインスさん、眩しいです」

「アッハッハ、理不尽……!」

 

 今は夕暮れ時。郊外にある花畑におり、背の高い花に隠れてサングラスをかけたリリウムが顔を出す。目に映るのは、なんだかんだ言って楽しそうな親友の姿だ。

 

「……アッハッハ、彼が笑っていると、うれしくって僕まで笑ってしまいそうだ!」

「もう笑ってる……! ……まあ、見たことねえほどのいい笑顔ではあるけれど……」

 

 カメリアに突かれ、ロサに甘えられ、そんな光景にロータスがロータスらしく笑みを浮かべる。それは、6年前は本当に考えられもしなかった姿なのだ。

 

「本当にありがとう、リリウムさん」

「うぇ?」

「……6年前は彼を救い出せるほどの余裕が無かった。ずっと歯がゆかったよ、彼が僕らの元を去って、二度と顔を出さないかもしれないと思った」

 

 それでもロータスはこうしてカメリアたちの前に現れた。6年前とは違って、優しい顔つきになって戻ってきた。

 そんな彼の隣にいた少年が――リリウムという少年が、ロータスにとってどれほど大事な存在なのか、この短い時間でもクインスは理解している。

 

「ああ、本当に最高の光景だね」

 

 ロサと、カメリア――彼女たちも、今はただの少女として笑うことが出来ていた。

 

「……あいつは、そうですね……オレが再会したときは今よりもずっとずっと世界を呪っていて、自罰的で、目に映る者全てを敵と思い込んでいたような奴でした」

「彼が……」

「オレは助けたとは思っていません。あいつが勝手に、這いあがってきたんです。……あいつ、見た目よりもずっと優しいでしょ? オータムウィートがちょっとした危機に見舞われたときに、あいつはそれを見て見ぬふりが出来なかった。それで、腐っていられなかった……」

 

 ああ――と、リリウムはどこか合点がいったような顔をする。

 

「そっか……あいつがクインスさんたちと会うのが4、5年ぶりとか言ってたのは……1年ずっと腐っていたから、時間の感覚がおかしくなっていたのかな」

「……」

「怒っちゃって、悪いことしたな……」

 

 そんなリリウムを見て、クインスは高笑いを――する前にリリウムに小突かれてせき込む。涙目になりながら続けた。

 

「それでも、君がロータスの居場所になってくれた」

「……そう、ですかね」

「アッハッハ! リリウムさんみたいな親友に出会えたんだ! 彼もちゃんと、報われるんだ……!」

「クインスさん……」

 

 クインスはすでに自分で決めた道を歩んでいる。どうしても成し遂げなくてはならない野望へと通じる道だ。

 それは、ロータスが歩む道とは大きく違っている。どちらかがどちらかに寄り添ってしまえば、片方の道は閉ざされてしまう。クインスはロータスと共に歩めないことを確信していた。

 だからうれしかった。彼と一緒に歩いていける人がいるのだから。孤独に苛まれ続けた彼の手を取ってくれる、友がいるのだから。

 

「リリウムさん、君は一つ勘違いをしているよ!」

「え、か、勘違い? ――ってうわあ!?」

 

 クインスはリリウムを抱え上げ、空に向かって笑った。

 

「”見たことねえほどのいい笑顔”って言ってたけれどね、僕はもっともっといい笑顔を知っているのさ! 君もよく知っている顔だよ!」

「ちょ、ちょっと待っ……! そっちロータスがいるっ、いますって!」

「アッハッハ! 知ってる! おーーーーい!!」

「っ!?」

 

 リリウムの抗議もなんのその、貧弱な彼の身体ではクインスに逆らうことは出来ない。

 クインスは満面の笑顔でロータスたちの元へ駆け寄っていった。

 

「な、なにを、するんですか、クインスさんっ!」

 

 そんなことを叫ぶリリウムに、こちらに気づいたロータスが、

 

「ぷっ――アッハッハッハ! おい、素敵な恰好じゃねえの、リリウム!」

「――」

 

 これまた満面の笑みでリリウムを指さしてくるものだから、もう暴れる気力もなくなって。

 クインスに地面に下ろされた頃には、何に怒っていたのかすらわからなくなった。

 

「見てたの、クインス!?」

「兄様ドン引きだぞ!」

「アッハッハ! なんで僕だけ!」

 

(……オレが、お前の――)

 

 サングラスを取ると、ロータスと目が合った。あれだけ仲のいいクインスたちですら知らない数年間を、リリウムだけが知っている。

 あの柔らかな笑みは、確かに彼の素なのだろう。それをしばらく見つめたリリウムは、

 

「ていっ」

「……なんだよ?」

「知らねーよ。……知らね」

 

 小さな拳をロータスにぶつけ、顔をそむけた。その先には、頬につねられた跡があるクインスがこちらを見て手を振っている。

 

「ロータス! リリウムさん! 今夜一緒にお酒でも飲まないかい!? 祝勝会も兼ねてさ!」

「おいおい昨日の今日でかよ!? クインス、もちろんお前の奢りなんだろうな!」

「アッハッハ! 報酬はたんまりとあるからね、好きなだけ飲むといいさ!」

 

 ロータスは振り返り、

 

「行こうぜ、リリウム」

「……おう!」

 

 二つの影が、夕日に照らされて、一つに溶け合っていた。

 

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