未来視持ちの聖女にギャン泣きされた


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作:みょん侍@次章作成中
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第12話


 

『――すまない、俺なんかの、ために』

『そんな言葉が聞きたくて、助けたんじゃない!!』

 

 血を垂れ流しながら、カメリアに背負われて竜王の間を出たのを覚えている。

 

『あ、あぁぁ……なんで、こんな軽いのよ……!』

 

 カメリアの顔色は優れなかった。彼女は勝利をつかんだが、相手はあの竜王。無傷とは行かず、身体の大部分に火傷を負い、肩口からは血が流れ続けていた。

 

『ぅ、あ』

 

 竜王山の麓――深い森の中で、カメリアは木の根に足を取られて転んだ。当然背負われていた俺は宙に投げ出され、受け身を取れるはずもなかったので地面に無様に叩きつけられた。

 ぬかるんだ地面に顔をうずめ、降りしきる雨に溺れそうになる。カメリアは呻くばかりで、明らかに身体が危険信号を出しているのが分かった。

 

 助けようとしても、俺の身体はやはり動かない。後になって分かったことだが、毒龍将の毒牙は相当に強力だったものらしく、意識があるだけでも奇跡と言われるほどだった。

 でもその時の俺は、そんなこと知ったこっちゃなかった。なんせ、この森には竜人族だけじゃなく危険な魔物も巣食っている。普段はどうとでもできる相手でも、身動きが取れない状況では脅威でしかない。

 

 祈った――んだと、思う。俺のためではなく、カメリアのために。

 俺はわざと嫌われるような言葉を吐き捨てた。そして夜に、誰にも気づかれることなく宿を抜け出し、竜王山へ一人でやってきたのだ。そんな俺を追って、父を殺し、こんなとこで獣の餌になるというのは、おかしな話だ。そんな末路を辿るべきなのは俺の方なのだ。

 

 使おうとした。自分の身体がどうなろうとも、彼女は明日を生きるべきだったから。

 右手に力を込めて……そこで止まった。気配がしたんだ。魔物ではなく、人。それもよく見知った――

 

『――カメリア! ロータス!』

 

 クインス。近くにいた俺が助け起こされ、彼の姿が目に入る。

 

『君は、こんなになってまで……! もう大丈夫だ! 僕が2人を助けるから!』

 

 彼もまた血だらけだった。当たり前だ、俺が暴れに暴れてこの森は今滅茶苦茶になっている。魔物たちは目を覚まし何事かと興奮しているのだから、そんな森を一人で彷徨えば怪我は1つや2つでは済まない。

 よく自慢していた市販の大剣は半ばから叩きおられており、紫色の血に染まっていた。クインスはそれを投げ捨て、俺とカメリアを背負い立ち上がる。

 

『が――は』

 

 クインスは血の塊を吐き出した。よく見れば、鎧が一部貫かれて穴が開いていた。毒か、血管があり得ない色をして浮かび上がっている。クインスは少しばかりふらついたが――

 

『気張れよクインス! 友の命すら救えないなら、貴様は何のために生まれてきた――ッ!!』

 

 一歩、また一歩と確かな足取りで進みだす。このあたりで毒を持った魔獣にはいくつも心当たりがある。そのどれもが、受ければ耐え難い苦痛とともに精神にも異常をきたすはずだった。それでも彼は止まらない。俺とカメリアを決して落とさぬようにと、ドラゴンフォートへ送り届けるために。

 

 ……ただ、それが順調にとはいかないのがこの森だ。

 それはクインスの前に現れた。白い鱗と巨大な身体、一つ目の蛇。白金等級パーティ以上のみが討伐依頼を受諾できる魔物――《リリーフサーペント》と呼ばれる、ここら一帯でも上位の厄介さを持つ化け物だった。

 

『は――っ、ハッハッハ……!』

 

 クインスは息をのみ、今までにないほどの焦燥を一瞬見せたが、すぐに笑い声でかき消した。逃げることは不可能だと判断したのか、俺とカメリアを木陰に隠し、こちらを獲物と認識したリリーフサーペントに対峙する。握っているのは予備のロングソード。あの鱗相手に太刀打ちできるものではなかった。

 

『ハッハッハ、アッハッハッハ!! ああ、いいだろう、今宵、僕は僕を超えてやるとも――』

 

 それでもクインスは勇ましく、奴に近づいていく。

 

『試練は好きだよ。苦難も愛しているともさ。だって、それを乗り越えることができたのなら――』

 

 雨雲は月を隠していたが、彼の特徴的な金色の鎧はいつにもまして輝いていた。

 

『僕は、僕の周りにいる偉大な友に、並び立てていると、心の底から思えるんだから』

 

 戦いはそれほど長くかからなかった。

 クインスの剣は通用せず、リリーフサーペントにいたぶられ、毒によってついに彼が膝をつく。

 そんな姿に目を細めたリリーフサーペント――その頭を、巨大な大槌が飛来してぶっ叩いたのだ。それだけじゃなく、いくつもの魔法が奴に向けて放たれる。すぐさま不利を悟ったのか、リリーフサーペントは森の中へと消えていった。

 

『……』

 

 クインスが目を見開いて見つめるその先から現れたのは、十数人の兵と、このとき9歳のロサだった。兵たちはカメリアと、そして俺を即座に回復魔法で治癒し始め、ロサは――

 

『なんで誰も、ロサを置いてどっか行っちゃうんだよ――!!』

 

 ただただ、泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな道を、今度は彼らと並んで帰る。空を見上げれば、毒龍将の生み出した雲がまだ残っていた。森を通り過ぎていく風は冷たいものだ。6年も経ち、このあたりの魔物の数は激減したのだという。おそらく、竜人兵の訓練に使っていたんだと思う。

 

 毒龍将を打ち負かし、カメリア・サザンカは正式に竜王となった。生き残っていた竜人兵たちも心からの服従を誓い、王の弔い合戦が始まることもなく、本当に静かに奴との戦いは終わった。

 奴が――毒龍将がその鎧を脱ぎ捨て、竜として君臨したあの瞬間を見ていた竜人兵はいなかった。奴の心に秘めていた願望も、死に様も、奴が従えていた彼らが見ていなかったのが、なんとなく寂しいように思えた。……なんてのは、俺たちの内に犠牲者がいないからなのだろうが。

 

 毒龍将の死体はリリウムが魔法で燃やして灰にした。

 ついでに奴の脱ぎ捨てた死体の鎧も。そのうちの一部を、カメリアが手ずから竜王の間へと運び、そして撒いた。竜王の代替えがあったときは、次代の竜王は先代をこうして弔うのだという。そうか、毒龍将は竜王として、この間に眠るのか。

 それから、カメリアは祈りを捧げた。自分の父に向けて。ここに来たのは6年ぶりなんだそうだ。なんとなく、俺も見様見真似で祈った。そうするべきだと感じたから以外に理由は無かった。

 

 これでカメリアは、竜人族を束ねる者としての責を負うことになる。

 クインスやロサに助けてもらいつつになるだろうが、彼女はやる気だった。これでダインスレイヴは王子と元王女と、現竜王のパーティになるわけか。胸が熱くなるね。

 

 しかし、俺は必要なかったな……俺はいた方がいい、キリッ、みたいな感じだったのが恥ずかしくなってきた。どう見ても大活躍だったのは俺ではなくリリウムだ。

 

「アッハッハ! ダインスレイヴに入らないかい?」

 

 クインスの目はマジだった。まあ、俺も、リリウムほどの魔法使いは見たことが無い。ナイフを触媒にした無詠唱魔法、短縮詠唱で接近戦にも対応しうる小杖での攻撃。それに加えて――

 

「回復魔法まで使えちゃうのね……! しかもそっちは無詠唱だなんて、リリウムちゃんって何者なの?」

「リリ姫がいなきゃここまで順調に依頼は達成できなかったのは間違いないな! どこかで習ったのか? 小さいころ見かけた宮廷魔術師も優に超えた実力に見えたぞ!」

「……え、えーっと」

「こいつはこう見えて褒められ慣れてないんだ、よしてやってくれ」

 

 代わりに俺がドヤ顔しておいた。が、普通に無視された。

 

「こんなにかわいいのに?」

 

 そんなカメリアの言葉に、リリウムの瞳からハイライトが消える。

 

「……猫とかウサギとかさ、愛くるしい小動物に対して言う”かわいい”ってさ、純粋な褒め言葉ですよね」

「え? う、うん」

「年上のおっさんから向けられる欲望まみれの”かわいい”は、果たしてそれと同じなのかな」

「…………」

 

 この話は無かったことになった。

 

「――それで、どうだった? ロータス!」

 

 ロサがくるりと振り返り、俺に笑いかける。その言葉で、クインスの、カメリアの視線が俺に向けられる。

 

「ロサたちは、強かった?」

 

 雲間から差し込んだ光がロサを包み込む。太陽のような笑顔は、あの頃から変わらないままだ。どこか自信に満ち溢れて――なんというか、子供の成長を見届けたような感覚がある。

 こんな大切な成長を、俺はずっと見ないでいたのか。馬鹿だよな、本当に。

 

「……それなりに」

「なぁに、それ! アハハっ!」

「あー! ツンだ! ロータスのツンが出た!」

 

 この野郎ぶっ飛ばしちゃうぞっ。綺麗なおでこにデコピンをお見舞いしてやると「ぐぇ!」なんて淑女が出しちゃいけない声を出しながらも、どこか喜びに満ち溢れていた。

 懐かしい気持ちになって、つい頭を撫でてしまう。

 

「……お、おぉ……デレ、だな……っ」

 

 すぐにしおらしくなって黙り込むのも、昔からだったな。

 よーしよしよし。6年分のナデナデをプレゼントフォーユー。お前の髪は芸術品になる。

 

 なんてことをしていたら肩をつつかれる。振り返れば、カメリアが俺に向かって頭を突き出していた。

 

「ん」

 

 ……これは、あれですかい。自分も頑張ったから撫でろ、って?

 

「……」

 

 いやどうやらそうらしい。クインスがにやけるときは大体そういうことなのだ。

 見せつけられているつむじに顔を近づけて、

 

「お日様の匂いだ」

「――ッ!?」

 

 フハハ人が思い通りになると思ったら大間違――うわぁぁぁあああ角が! 角が!!

 

「ごめんなさい」

 

 許された。

 許されはした、が、しばらく俺の右手はカメリアの頭が定位置になった。歩きづらい……。

 

 しばらく歩いていると、森の終わりが見えてくる。向こう側は明るいから、丁度この辺りまでが毒龍将の魔法の範囲だったのだろう。

 その先にはドラゴンフォートの城壁が顔を覗かせていた。

 

「ギルドへの報告は誰が行く?」

「僕が行くよ。ついでに町長とも色々お話しておきたいからね」

「そうか……じゃあ俺は宿に戻って寝ようかな――え?」

 

 左手をロサに。右腕をカメリアに絡めとられた。

 

「デート」

「するんだぞ」

 

「……いやあの、俺疲れて」

 

 ああダメだ有無を言わさないモードだこれ。変に断ると数日は拗ねるタイプの!

 2人は懇願するような視線を向けてきた。リリウムは……そっぽを向いて口笛吹いてやがった。

 

「わかった。わかったよ……」

 

 今日一日はこいつらに付き合わされることになりそうだな……。

 というかあの激戦の後でよくスタミナが持つな――ああいや、そうか。聖女に泣かれた俺が死ぬかもしれないって思ってるんだったな。

 

「……」

 

 彼女たちは今日という一日をどうにかして記憶に刻み付けようとしているようにも思えた。

 刹那的というか、俺が死ぬ前に出来るだけ、やりたいことをやろうと。ロサはともかく、カメリアがここまで素直でいるのは、それが理由だろう。

 

 それはまあ、わかるんだが。

 聖女に泣かれた理由については皆目見当もつかない。

 どうするんだ、これで死は関係ありませ~んってなったら。

 

「ふふ……」

 

 カメリア……お前は一体、どんな顔をするんだ?

 

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