未来視持ちの聖女にギャン泣きされた


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作:みょん侍@次章作成中
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第10話


 

「へ、へへ、いやあ竜姫さん今日はご機嫌麗しゅう――ってわけではないみたいですがねアハハいやあ今日もお日柄もよくご足労いただき誠にありがとうございますところで今日はどういったご用件で? ああもしや竜王山――竜王の間に御用が? ええ、ええもちろんわかりますとも不肖ながらわたくしめの身体にて温めさせていただきましてね、え? 婚姻? 冗談に決まっているじゃないですか、ねえ? 竜姫さんほどのお美しく強いお方と結ばれるなんて夢のまた夢、わたくしとて一度はそういった不相応な望みを抱いてしまったというだけのこと、あなたほどの方が本気にはなさらないでしょう? つい口にしてしまっただけのことでして、しかしそれにしてもさすが竜姫さんご友人もご立派な方々ではないですかわたくし自慢の竜人兵たちが手も足も出ないとはおみそれいたしましたよアハハ――」

 

「……な、何が起こってるんだ、ロータス?」

「俺に聞くな……」

 

 突然飛来した毒龍将に驚き、俺の背中に隠れていたリリウムが顔を出す。リリウムも、俺も、ロサも、クインスも、全く状況を理解できず、武器を下ろせばいいのかすら判断できないでいた。

 目の前にいるのは間違いなく毒龍将。竜王を僭称していたという不届き者――のはずなんだが、カメリアに対し何度も頭を下げ、へっぴり腰でまくし立てるその様はかつて戦った奴の姿とは似ても似つかない。つかもう誰だよ。あと腐った液体が飛んできたねえんだ。

 

「竜王様……? えぇ……?」

 

 ああほら周りの竜人兵たちがドン引きしてるよ。

 手をすり合わせて上司の太鼓持ちをし、ごますりだけで世渡りしてきたような中年のおっさんを幻視した。これが竜王を名乗ってたの? それに従ってたの君たち? 目を向けると全員目をそらしやがった。おいお前らの主とちゃうんかい!

 

「そう」

 

 なおもおだてるような言葉を連発する毒龍将に、カメリアがついに口を開いた。

 

「それが――あなたの言い残すことでいいのね」

「は――?」

 

 氷の刃を毒龍将に突きつける。

 茶番には付き合ってはいられないと言うかのような、冷たい目だった。

 

「あなたは神聖な儀式を、卑怯者の血で穢したわ。先代竜王を討ち取ったつもりらしいのだけれど、あなたを竜王と呼ぶ声は少ない。あなたは今、竜王を僭称する大罪人ということになる」

「ま、待て――待ってください、考えてもみてくださいよ! 竜王が体調を理由に決闘を断りますかね? 腹が痛い、目がショボショボする、片腕が無い、片目が見えない、胸に大穴が開いた、その程度で? まさか! どんな状態、いかなる状況であっても、私がしたことは決闘! それに勝利した、ゆえに竜王を名乗った、それだけです!」

 

 滅茶苦茶だ。毒龍将の言葉には、さしもの配下でさえ頷かない。なるほど、心から臣従しているわけではないのか、こいつら……。

 今の状況は竜人族の歴史においても類を見ないものである、ということはカメリアから聞かされている。2人の竜王――王を何よりも重要視する種族において、付くべき王が複数いたらどうなるか、わかったもんじゃない。現状でさえ勢力が割れているのだ、種族内での戦争に発展してもおかしくない。

 

「大体お前は竜王との決闘を途中で放棄した! いかなる理由があれ、竜王を名乗る資格など無い! そもそもお前には勝利したという事実すらないのだからな!」

「なるほど」

 

 カメリアは大きくうなずき、剣を地面に突き立てた。

 

「分かりやすくなっていいじゃない。ここには竜王と、それが気に食わない私がいる」

「…………」

 

 毒龍将は危険だ。カリスマ性は無く、人望もない。ゆえに戦力だけは貧弱だが、奴自身の能力は他の竜人族の比じゃない。

 少なくとも、6年前、奴には俺に食らいついていけるほどの力があったのだ。

 

 生かしておけば最悪のタイミングで牙を剥くのが分かる。だから生かしてはおけないと、カメリアは竜王として、それを実行に移そうとしている。彼女の挑発的な笑みを見て、毒龍将の瞳が揺れたように見えた。しまった、とでも言うように。

 

「現竜王よ! 私は――カメリア・サザンカはここにいる仲間とともに、貴様に決闘を申し込む!」

「……ッ、ま、待て――」

 

 クインスとロサが獲物を背負い直し、リリウムは覚悟を決めたように小杖を力強く握る。

 一方で毒龍将は一歩二歩と後ずさりしながら、首を横に振った。それが通らないことは、この場にいる全員が分かっているだろうに。

 

「竜王はいついかなるときも挑戦を断らない、ねえ。良い考えだと思うわ、ええ。……どうしたの、現竜王? お腹でも痛くなったのかしら?」

「ぐッ、このッ、――い、いえ! その……!」

 

 毒龍将は動きを止める。前足を大きく前方に投げ出し、身体を深く沈める。

 

「ほ、本当に、申し訳ないと――」

 

 頭を深く下げて――

 

 

 

 

 

 

 

「――ひッ」

 

 目にも止まらぬスピードでリリウムに襲い掛かった!

 

「――おかしいねえ、話し合いをするんじゃなかったのかな」

「――この、腐れドラゴンさんよぉ!」

「チィ!」

 

 クインスの大剣が、俺のグラディウスが、毒龍将の攻撃を寸前で抑え込む。――が、奴は身体を翻すついでに鋭利な尻尾でクインスを貫こうとした。それも大剣に止められるが、奴の纏う死体からの血が、クインスの大剣を腐食させる。――なんてデタラメな防具だよ!

 

「大丈夫かリリウム!」

「だ、だだ、大丈夫だけど、マジでオレから目を離さないでくれよなロータス! 死んじゃうからぁ!」

 

「――貴様ら! 俺の盾となれ!!」

 

 奇襲が失敗するや否や、毒龍将は羽ばたき戦線を離脱しようとする。

 もちろんそうはさせまいとカメリアが追撃しようとするのだが、周りにいた竜人兵に邪魔された。

 

「退きなさい! あなたたちの王はあなたたちを捨て駒にするようなクズよ!? そんなものに殉じる必要はないわ!」

「王がその身果てるまで、鞍替えは致しません」

「お覚悟を、竜姫――!!」

「ッ、そう!」

 

 寝返ってもらえるならありがたかったんだが、そこは竜人族か! 良くも悪くも頑固な奴らだ!

 足止めを食らっている間にも毒龍将は飛び去っていく。まずいぞ、竜王山の中であの毒相手に戦いたくはない――

 

「どうする、奴に逃げられるぞ!」

「オレに任せろ――ロサちゃん! このナイフを山のあそこらへんにぶん投げられる!?」

「ん、任せんしゃい!! ――どぉ、らッ!!」

 

 リリウムから投げ渡された三本のナイフを、山の中腹あたりを狙ってロサが力任せに投げつける。雑なフォームだったが、しかし狙い通りの場所にナイフは吸い込まれていった。それを確認し次第、リリウムが小杖に魔力を込めると――

 

「――ッ!?」

 

 ナイフの刺さった位置から巨大な土の柱が飛び出し、毒龍将の右翼を直撃した。奴はバランスを崩し、地面へと墜落する。

 

「ロータス!」

「ああ――ここを突破する!! リリウム、俺に掴まってろよ!」

 

 リリウムを抱き寄せ、ロサとクインスとともにカメリアに加勢する。……さすがの白金等級、安心感があの頃とは段違いだ!

 ロサが雑に蹴散らし、厄介な敵はカメリアとクインスが、そのうち漏らしを俺が排除しながら、毒龍将が墜落した場所へと駆けていく。――竜人兵の数が思ったよりも少ない! これなら囲まれようがそれほど脅威ではない! 駆けろ駆けろ、奴が再び飛び去る前に!!

 

「――毒龍将!!」

 

 どうやら間に合ったみたいだ。毒龍将は飛ぼうとしてもたついている。右翼の一部の死体が剥がれ落ちてバランスが崩れたのか!

 

「く、クソ、クソ!! ま、まだ死ねない! 死にたくない!! 父上のようになるまで、憧れた竜王になるまで、死ねるものかァ!!」

「まだ逃げるつもり!? 竜王の名にふさわしくないわ、あなたは!」

「グッ!?」

 

 カメリアとクインスが挟み込むように毒龍将の側面に移動し、お互いの刃で攻撃する。だが、カメリアの刃は死体の中ほどで止まり、クインスの大剣に至っては腐食し刃が消え去ってしまっていた。

 

「厄介な――この死体の鎧を剥がす必要があるね!」

「リリウム!」

「あいよ、相棒!」

 

 リリウムは、今度は6本の投げナイフを取り出し、的確に毒龍将の左右へと投げ、魔法を唱える。

 すると狙いすましたかのように、翼めがけて土の槍が飛び出し、突き刺さった。

 

「ガァァァアアアアアアアアアア――!?」

「ほう、血の色は赤なのかい、君も! アッハッハ!!」

 

 迸ったのは、腐ったものではない、赤い鮮血! やはり無敵の鎧ではないようだ!

 クインスは高笑いしながら、腐った大剣をその部位へと投げつける。大きなダメージを与えるには至らないが、あれで飛びづらくなっただろう。

 

「図に乗るなよ、人間!」

「――足元がお留守なんだ! デカブツさんっ!」

「ぎ――!?」

 

 今度はロサが、毒龍将が踏み込もうとした部分の地面を、大槌でえぐり取る。リリウムにばかり目が行っていた毒龍将は体勢を一瞬崩し――

 

「ナイス、ロサちゃん! ――《土槍》!」

 

 小杖から直接放たれた土の槍が顔面に直撃した。そして一瞬死体の鎧が剥がれた隙を逃すはずもなく、カメリアの氷の刃と、クインスの予備のロングソードがその場所へと突き刺さる!

 

「ギ、グァアアアアアアアアアアアア!!」

「竜王様!」

「追いついてきたか――悪いが眠ってろ!」

 

 後続の竜人兵を難なく伸し、挟み込みも阻止する。毒龍将、お前のその鎧も無限ではないだろう。援軍は望むべくもないしな、早々に諦めるのが吉なんじゃないか!?

 

「いやだ、いやだいやだいやだ! 死ぬわけには、ああ、死ぬわけにはァアアアアアアアア!!」

「こいつ――!」

「まだ背を向けるっていうのか!」

 

 凄まじい執念だ。俺たちにここまで追い詰められてもまだ逃げるとは――!

 だがこれはこれで厄介だ。奴が暴れるたびに飛んでくる死体――触れるだけで武器が、装備が腐食する。歩く環境兵器かあいつは!

 

「ずっとずっと憧れたんだ! あの父上のようになると! 何より父上が認めてくれたのだ! お前は私のようになれると、他でもない父上が!」

「それで卑怯な手を使って竜王の座を奪ったって? ハッ、あなたが知らないはずないでしょう!? お父様は正々堂々と戦って打ち負かしたのよ、先々代竜王を! 私みたいに中途半端な竜に()()なれない、お父様が! 全部に泥を塗ったのよ、毒龍将、あなた自身が!」

「黙れ黙れ黙れェェェェエエエエエエ!!」

 

 岩肌を駆け上り、それを追う俺たちに腐乱死体の雨が降り注ぐ。その間でもリリウムの攻撃の手は緩んでおらず、毒龍将を覆う鎧は徐々に消えつつある。

 

「生きて、生きて、すべての竜人族を支配する! それが俺の憧れた父上の! 何よりも夢だった竜王としての姿――」

「いい加減に――」

 

 

 

 

「――なの、か?」

 

 

 少し開けた場所に出ると、毒龍将はその動きを止めた。こちらの攻撃を誘発するような隙ではなく、見るからにただ止まっていた。

 

「俺は――そんな姿に憧れたのか?」

 

 ……なんだ? 何が変わった? どうして誰も攻撃しない?

 

「そんな情けない姿に――俺が憧れるのか?」

 

 雰囲気だ。奴が纏う雰囲気が明らかに変質しつつある。

 それは――

 

「馬鹿な――」

 

 ――脅威の香り。誰もが手を出せずにいた。誰もが理解したのだ。毒龍将が、戦う気になったのだと。そしてここは、この戦場は、死地へと変貌したのだと。

 

「違うだろ」

 

 ぼたりぼたりと垂れるのは、もはや血だけではない。奴の鎧そのものが剥がれ落ちようとしていた。

 

「違う――違う違う違う違う!! 父上のそんな姿に憧れたのではない!! 為政者としての姿など、俺は見たくもなかった姿だっただろう!!」

 

 カメリアから聞いた話では、毒龍将は最も古い時代の竜であるということ。竜人族という種族の特性上、竜王の代替えはほとんど起きない。それを経験した竜は、基本的に年寄りだ。だが彼はその中でも群を抜いて、太古より生き抜いてきたという。

 そりゃそうだ。父を殺した仇の配下となり、五龍将を名乗っていたような男だ。生き抜く術には長けていたはずだ。

 

「ああ――そうだ。有象無象を蹴散らし、戦争では負け無しで、誰も敵わぬような最強の竜王。戦場を飲み込むような大渦――正しく、それだ。それが、俺の見てきた父上の背中だ!」

 

 毒龍将は臆病であったという。カメリアに命乞いをし、不意打ちを厭わず、逃げる判断は誰よりも早い。

 忘れていたが、それでも彼は五龍将だったのだ。カメリアの父に認められるほどの力を、奴は間違いなく持っていたはずなのだ。

 

「殺せ、殺せ、殺せ――人間ごときが竜に歯向かっている! 半端物のまがい物が生意気にも俺に盾突こうとしている! あの忌々しい赤錆が、この俺の目の前に立っている!」

 

 それは――毒では無かった。

 

「逃げるのは止めだ」

 

 死体の鎧がすべて地面に落ちる。

 現れたのは――鱗を持たない純白の竜であった。

 

「は――嘘だろ、天候操作――」

 

 リリウムが見上げた先にある空には、先ほどまでの晴天は無く、急速に灰色の雲が集いだしていた。

 冷たい風が吹き、雨が降ってくる。

 

「ぶっ殺してやる――ぶっ殺してやるぶっ殺してやるぶっ殺してやる!!」

 

 轟雷が降り注ぎ、

 

「――覚悟しやがれェェェエエエ!! 竜姫ィィイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 

 ()()()が、吠えた。

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