未来視持ちの聖女にギャン泣きされた


メニュー

お気に入り

しおり
作:みょん侍@次章作成中
▼ページ最下部へ


10/28 

第9話


 

「ふぅぅ――」

 

 ……カメリアの手前かっこいいこと言ったが、実際に戦うとなると身体に力が入ってしまうな。

 ドラゴンフォートから竜王山へ向かうこの道――それほど人の手が入った様子は見受けられず、あの頃と変わらないままだった。そんな光景を見ていると、6年前を思い出す。

 

 やっぱり、戦争は嫌いだ。

 あの独特な空気感というのか、命が軽んじられ、それが問題とも思われないような、全体が狂気に染まるあの感じというのか。そして、そんな戦争に参加していた俺のことも、やっぱり好きにはなれない。毒龍将――俺が仕留め損なったせいで……。

 

「ロータス」

 

 無意識に握りしめられた右手に、リリウムの手が重ねられる。

 

「戦争は終わったんだよ。……それに、お前はもう一人じゃない。そんな怖い顔するなよ、な?」

 

 自分の顔に触れてみると、どうやら大分酷い形相になっていたのが分かった。食いしばっていた歯を緩めると、少しずつ息を抜く。時間が経って慣れたものだとばかり思っていたが、なかなかどうして、思い通りにはならない身体だ。

 リリウムはその細い指で俺の手を撫で、力が抜けたところで指を絡ませてきた。いつも通りの笑みを浮かべ、悪戯っぽくウインクを向けてきて、

 

「落ち着いた?」

 

 そんな顔を見ていると、次第に呼吸も整ってくる。

 そうだ、そうだな。これは戦争じゃない。冒険者パーティ『ダインスレイヴ』としての、討伐の依頼というだけ。俺の役目は、国のために命を奪うことではなく、この町を狙わんとする危険分子に対処すること。

 ……俺から参加したいって言ったんだ、いつまでも情けない顔はしていられない。

 

 竜王山を見据える。

 すでに国境近く――あの麓の森を超えれば、すでに彼らのテリトリーだ。

 

 カメリアたちはチラチラとこちらを確認してくる。戦いに参加することは認められたけど、無理はしない、一人にならない、まずいと思ったときは仲間を見捨てる、なんて色々約束を押し付けられてしまった。

 聖女のことがやはりまだ心残りなのか。

 それでも――表面上はいつも通りでいてくれる。なら、俺が気がかりでいつも通りの力が出ない、なんてこともないはずだ。彼らは白金等級の冒険者なのだから。

 

 俺はもう大丈夫だと主張するように、足を力強く踏み出す。思考を切り替えるその瞬間、脳裏にはある疑問が浮かんでいた。

 

 ――アイリス・ラエビガータ……お前はなぜ、俺を見て泣いたんだ……?

 

 


 

 

 ――毒龍将は思った通りに状況が動かないことを歯がゆく思っていた。

 

 特に、竜王の娘であるカメリア・サザンカを王と呼ぶ声が多く、実質的な継承者である自分に付き従う竜人族が数少ないことについてだ。

 折角あの竜王を殺したのにもかかわらず、これでは嫌われていた今までの自分と何も変わりはしないではないか――怒りを叫んでも、それを諫める竜ももういない。

 今いるのは、あのホワイトクラウンの人間と親しくしているような、カメリアという存在が個人的に気に入らないという竜たちだけ。

 毒龍将自身のカリスマに惹かれて……なんてのがいないことは、彼自身理解していた。

 

 竜王の座を奪った手段が卑怯だったこと、それから、ホワイトクラウン内での竜人族への差別等が全くと言っていいほど無いこと――それらが、血気盛んな毒龍将側に付く者が少ない理由。

 前者はともかく、後者は、戦時中はこちらからは手を出さなかったため、竜人族に対してホワイトクラウンが犠牲者を出さなかったので、戦争が終わった時も大体の国民が『あ、終わったんだ』くらいの軽い認識で済んでしまったのが原因だ。

 もちろん、実際に戦いが始まって、正面衝突、となっていたならばそういう認識にはならなかっただろう。

 

 だが問題が発生した。

 竜人族の戦力を総動員してもどうしようもできない、大問題が。

 

(赤錆の騎士――)

 

 今でも思い出すと身体が震える。竜人族の中でも選りすぐりの兵士たちがゴミのように蹴散らされていくのを見た。多数で囲んでも瞬く間に周囲の竜人兵を血煙にしたのを見た。大怪我を負っても変わらず獣のように食らいついてくる様を、見た。

 どろり、と身体に張り付けた死体から腐った血が滴り落ちる。本来であるならば、ドラゴンフォートなどと言う矮小な人間の街を滅ぼし、カメリアを奪うのが一番早い。だが、奴が、竜王を殺す寸前まで行った奴が再び顔を出すのが、あまりにも恐ろしかったのだ。

 

(先々代の竜王のように――尊敬する父上のように、誰もが付き従う偉大な竜王に……ああ、この婚姻さえ、婚姻さえ通ってしまえば、奴を殺しても虚しかったこの心も――)

「――竜王様!」

 

 暗がりに光が差す。見ると、小柄な竜人兵が息を切らせて立っていた。何事かと視線だけで問い質すと、彼は答える。

 

「カメリア――カメリア・サザンカが――」

「お、おお……ついに来たのか! 返答に!」

「いえ、その――」

 

 

 ――攻めてきました。

 

 

「――なあロータス! こいつら鱗が固すぎて刃が通らないんだが!? お前、どうやってそんなスパスパ斬ってんの!?」

「俺のは魔剣だからな! 普通の刃が通るほど柔じゃない――リリウムは魔法を使え!」

「おいマジかよ魔剣!? かっけーな! じゃあクインスさんの大剣も!?」

「いやあれ市販品」

「え? な、なんでソレで斬れてんの?」

「なんなんだろうね」

 

(――)

 

 見えたのは5人組。麓を警戒していた竜人兵たちが対処に当たっているが、見るからに劣勢だ。この6年まともに戦っていない個体なのは間違いないが、それだけであんな簡単に押し込まれるほど弱いわけじゃない。ただ、彼らが強い。

 先頭に立つのは2人。カメリア・サザンカと――金色の鎧を着こんだ男。彼らが前方を塞ぐ竜人兵を打ち倒していき、背後に回った竜人兵に対しては大槌を持った少女が滅茶苦茶な力で吹き飛ばしていく。そして、エルフの少年が戦場をかく乱し、彼に気を取られた竜人兵を、男が切り伏せていく。

 

「これが、彼女の答えということでしょう。軍備は完璧とまでは言えませんが、あの程度の人数であれば、敵ではない」

「違う」

「え……?」

 

 あの、男。エルフと行動を共にしているあの男。……顔に見覚えは無い。やけに老け顔で、それほど背も大きくない、くたびれた印象を受ける、そんな男。――奴が持っている、あのグラディウス! まさか、いや、そんな、ああ、忘れるわけがない――!

 

「や、奴は――赤錆だ。あの当時は甲冑で見えなかったが、間違いない、あの剣は赤錆の物だ!」

「は……あの男がですか!?」

 

 思わず歯ぎしりをする。この6年間、水面下で戦力は出来るだけ整えてきた。国外に出ていた兵を呼び戻し、訓練だって施した。カメリアとの婚姻を果たせば、さらに兵は集うだろう。だから――あくまでドラゴンフォートとの戦い……さらに言えば、短期で決着がつく程度の戦いしか想定していなかったため、あの男を食い止められるだけの力は無いのだ。

 隣の若い竜人兵はあの当時この山にいなかった男だ。毒龍将の言葉を受けて赤錆と呼ばれた男を見つめるが、にわかに首をかしげるばかりだった。

 

(こいつらでは――ダメだ! クソ、種族柄というのはどこまでも……敗戦を経てもまだ油断していられるとはな!)

 

 毒龍将は生まれたときから臆病な竜だった。竜人族特有の傲慢さを持ちえず、またそれを美徳と思う心もなかった。

 

(こ、殺される! 前回は奇跡的に助かったが、間違いなく次は無い! 死ぬことだけは、死ぬことだけはダメだ! 俺は、俺は竜王になったのだ、父上と同じ竜王になったのだから!)

 

 奥歯はガタガタと鳴り、冷汗は止まらない。あの様子では、すぐにここまでたどり着くだろう。そして、毒龍将の生涯はここで幕を引く。

 

(――あり得ない!)

「りゅ、竜王様!?」

 

 大きな翼を広げると、腐った体液が辺りに散らばった。それを使い、竜王山の頂上付近から一気に麓へと駆け降りる。彼ら――ダインスレイヴの元へと。

 

「な――」

 

 彼らは空を見上げて驚嘆する。飛来する腐肉の塊に。それは真っすぐカメリアたちの目の前へと下り立った。周りにいた竜人兵たちは一歩引き、首を垂れる。おお、竜王様が自ら決闘を受けに来たのだ――とでも言うかのように視線を向けながら。毒龍将の胸中を知りもせずに。

 

「は、話には聞いてたけど、ば、ばっちぃのな」

「……毒龍将」

 

 カメリアは臆せず一歩前に出る。

 竜変化した彼女の瞳は、竜の物と同じ。毒龍将の、死体の内側からぼんやり光る赤い瞳と視線が交錯する。一触即発、そんな雰囲気が場を支配して――

 

 

 

 

 

「――は、話をしよう!」

 

 

「は?」

 

 毒龍将の命乞いにより、一瞬で霧散した。

10/28 



メニュー

お気に入り

しおり

▲ページ最上部へ
Xで読了報告
この作品に感想を書く
この作品を評価する