治癒を騙って仲間の呪いの肩代わりしてたのがバレた


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作:甘朔八夏
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8.心晴らし


お久しぶりです。遅くなってしまいすみません。
生存報告用に匿名は消しておきます。


 

 

朦朧とした意識で、しかし強烈な感情を顔に浮かべて、俺の手を雫で濡らしながら鼻をすすっている()()()()()

 

『飲み過ぎだ』とか、

『一旦水飲んで落ち着きな』なんて。

 

当たり障りの無い心配をかける資格が無いことくらいは、酒にふやけた頭でも理解できていた。

 

度重なる自業自得の疲労。それから久々に解放された脳が悲鳴を上げている。

 

ソアレの叫びから、自分が明確に失敗したことを理解した。ハイネの祈り(のろい)から、俺に向けられた怒りを知った。

しかしそれ以上に、キキョウの言葉が胸の奥に深々と刺さる。

俺の傷は少女の罪であり、俺はそれを奪った。

 

眼前の少女の傷は、正しく俺の罪だった。

 

 

「ねぇラスタ。なんとか言ってくださいよ」

 

濁った目と酒気に赤らんだ頬を隠そうともせずに、キキョウが俺の身体にだんだん体重をかけてくる。結局彼女に力負けして、ベッドに倒れ伏すことになった。

 

「……キキョウ、俺は———」

 

「ソアレの夢を応援したかった…んでしたっけ。それなら…」

 

調子を取り戻したのか、はたまた一周回って吹っ切れたのか。先程の雑談とさほど変わらない声色で、彼女は軽口でも叩くように言った。

 

「——私が死にたいと言えば、貴方は協力してくれるんですか?今、此処でも」

 

息を詰まらせる感覚で、吐きそうになった。肴を(つま)んだ胃がすでに萎縮しているような感覚に陥る。

 

俺は屑だ。彼女にこんなことを言わせてしまったのは俺だ。彼女の傷を取り除くつもりで、彼女に消えない傷を刻ませた。

 

「貴方を信じるべきではなかった。…(いかり)でもあれば、ラスタは変わってくれるんですか?」

 

爬虫類のように細められた目が俺を射抜く。キキョウがとうとう俺の上に馬乗りになった。

状況はまさしくまな板の上の鯉だ。

 

しかし、不思議と動揺は無かった。ただ空虚だった。

 

「………ごめん」

 

「それは何に対する謝罪なんでしょうか。…貴方の言葉はいつも真摯です。だからこそ、今のように逃れようとしている時はすぐに———」

 

微睡みへ(パマラ)

 

かくん、と。キキョウの体が力を失う。

 

冷静さを失った彼女を、これ以上傷つけない為の最善の行動だと、自分の心の冷たい部分が主張している。でも所詮言い訳だ。また、逃げただけなのだろう。

 

 

自分の唇を強く噛んでいたことに気づく。ひりついた痛みを感じると同時に、上に乗っていた彼女は俺に完全に体重を預ける形となった。

 

 

その軽さに驚いた。

いつもあれほど頼りになって、剛健な戦いを魅せてくれるキキョウ。その身体は俺よりもずっと柔らかくて、彼女がまだ十八歳の女の子であることを思い知らされたような気分になったから。

 

こんな時でさえも僅かに跳ねてしまう心臓に、自己嫌悪が積もる。

 

「……何が()()()だよ」

 

自分が情けない。前世を含めたら自分より遥かに年下であるキキョウ。そんな彼女に頼って、挙げ句の果てにこんなことまで言わせてしまって。

 

「信じるべきでなかった」と。そう語る彼女の顔には、隠しきれない悲痛がこもっていた。

この期に及んで、キキョウは自分を傷つけてまで、俺のために厳しい言葉をかけてくれた。

 

キキョウをベッドにそっと寝かせる。

丸机まで歩く。僅かに瓶に残った葡萄酒(ワイン)(あお)って、咳き込む。口を拭いながら、つまみの乗っていた皿を片付ける。

 

ふと、窓を眺める。夜はすっかり更けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

まだ日が昇ったばかりの早朝、露店が賑わい始める市場で。目的なくぶらついていると、教会の司祭とばったり鉢合わせた。

 

「カイル、さん」

 

いつものように会釈する。したつもりだった。しかし彼は俺の顔を見ると、深い、深いため息を一つ吐いた。

 

「ついてこい」

 

両手に抱えた紙袋を俺に持たせて、法衣の頭巾(フード)を引っ張ってくる。有無を言わさぬ彼の態度に、俺は黙って従うほか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

昨日の深夜。あの後自室から出て、俺はずっと談話室の端で縮こまっていた。異様に目が冴えて、仮眠さえ取ることができなかったのだ。そのためか、今になって襲ってくる眠気に苛立ちが湧く。欠伸を噛み殺しながら少し乱暴に目を擦ると、カイルはこちらを振り向くことなくぶっきらぼうに言った。

 

「朝飯まだだろ?ちょっと作るの手伝え」

 

年相応のしゃがれた声を漏らしながらも、俺よりもずっと力強い足取りで前を歩いている。

どこにそんな元気があるのだろうか、といつも思う。

 

彼は女神教の司祭を務めるだけでなく、孤児院の院長も兼ねている。さらに、なんと孤児院に関してはほぼワンマンでの運営だ。

 

「今日は買い出しの日だから、あいつらの飯への期待がでかいんだよ」

 

そうぼやいた後、カイルはこちらに一瞥を送り紙袋を顎でしゃくった。

 

意図を察して、中を覗き込む。芋類や葉野菜、乾燥肉(ジャーキー)など、袋の中は色彩豊かな食べ物でいっぱいだった。

 

通常、孤児院が裕福であることは稀であり、明日の食事でさえも困窮している場所も存在していると聞く。しかし、この街の孤児院は違う。俺が定期的にお金を送っているのだ。

 

引退後の人生が存在し得ない俺が、お金を貯めても仕方ない。

 

さしたる高尚な志も無く、そんな曖昧な気持ちでなんとなく続けていた。

しかしそうであっても、きちんと自分の寄付が形になって見えると、荒んでいた胸が少しだけ暖かくなる。

 

 

 

 

こんな偽善で善人気取りか?

 

 

 

「——ッ!」

 

その瞬間、心の中で誰かが言った。いや、誰かじゃない。これは俺だ。真っ黒な心。でも、正しい心。

 

 

 

(おまえ)の自己満足は、皆を不幸にする。

 

(おまえ)の存在が、ソアレたちを泣かせている。

 

 

自分の行動が悪であったと、自覚しているのだろう。しかし、俺を責める言葉はどれも漠然としていて。

 

「……結局、何も分かってないじゃないか」

 

何故彼女たちをあそこまで苦しませてしまっているのかも、これからどうすればいいのかも。

 

関わってしまったから、別れが辛くなるのだろうか。()()なんて考えもせずに、彼女の手を取ったのは無責任だったのか。それならば、はじめから出会わなければ良かったのだろうか————

 

()っ!」

 

頭を軽く(はた)かれる。反射的に顔を上げると、もうそこは孤児院の目の前だった。考え事をしているうちに、いつのまにか到着していたらしい。

 

少し驚いていると、カイルは俺のことを真剣な表情で見ていた。

彼にそんな顔をされる理由が分からない。怪訝に思い、口を開こうとする。しかしその疑問を呈する前に、彼の手が俺の頭の上に置かれた。

 

ガシガシと、乱暴に髪を撫で乱される。突然の行動に、俺は固まってなすがままになってしまう。たっぷり数秒撫でてから、彼はやっと俺の頭から手を離した。当然髪はぼさぼさになる。

 

非難の視線を向けるも、彼は俺よりもずっと強い視線で俺を見据えていた。その眼は俺の心の奥底まで迫っているような気がして、逃れるように目を逸らす。

 

「まだガキのくせして、一丁前に悩みやがって」

 

「!」

 

「言いたくないなら無理に聞かねえよ。でもな、お前は俺からしたらまだ子供だ。子供は大人に頼るのが仕事だと思ってる。…意地だけは張るなよ」

 

そう言って俺の横を通り過ぎ、孤児院の扉に手をかける。

 

「ほら、それはそれとして手伝いは頼むぞ」

 

結局、彼の言葉に返事することは出来なかった。ただ控えめに頷いて、おずおずと孤児院の扉をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「院長先生!おはようござい………あっ!!!ラスタだー!」

 

中に入った瞬間、快活な声が俺たちを出迎えた。こんな早朝に玄関で待っているとは予想していなくて、つい硬直してしまう。そんな俺に、眼前の少女は弾丸のような勢いで抱きついてきた。

 

「ぐふっ!」

 

「ねぇねぇラスタ!こんな朝早くに来るなんてどうしたの?今日はお休みなの?夜までいてくれる?」

 

「……久しぶり、マリー」

 

俺の腹部に顔を(うず)めながら、確かな圧で質問を浴びせてくる少女。その勢いにやや圧倒されながらも、なんとか挨拶だけは返す。

 

「昨日お花の髪飾りを作ったの!つけてあげるから部屋まで来て!」

 

大きな丸い目を輝かせて、マリーは俺の手を引く。いつもなら肩車でもしながら彼女の指示に従っていただろう。しかし彼女の純粋な笑顔は、今の沈んだ心には眩しすぎた。

 

「……ごめんな。今日は朝食作りの手伝いで来てるから。花飾りはまた今度で———」

 

「飯は俺一人で十分だから、マリーの言うこと聞いてやってくれ」

 

「カイルさん!?」

 

勢いよく彼の方を振り返る。彼は俺の顔を見たあと、鬱陶しそうにシッシッ、と手を払った。困惑しながら視線を戻すと、目の前には花が開いたように笑う一人の少女。

 

「ラスタ!行こ!」

 

拒否権など、あるはずが無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

片手で俺の手をしっかりと掴みながら、もう片方の手でマリーは扉を開けた。

部屋の中では、まだ大勢の子供達が穏やかな寝息を立てている。しかしその中で、比較的年長者である一組の少年少女は起きていた。

 

「あっ、ラスタ先生。おはようございます」

 

俺の来訪に気づくや否や、礼儀正しくお辞儀をしてくる少年と、それに続いて無言で頭を下げるまだ眠たげな少女。

 

「治癒魔法の練習をしてたんです。見てくれませんか?」

 

挨拶を返すと、茶髪の少年——レオは、良いタイミングだと言いたげにこちらに歩みよる。その瞬間、彼と俺の間にマリーが立ちはだかった。

 

「ラスタはわたしと遊ぶの!」

 

ぷりぷりと頬を膨らませて怒るマリー。レオは少し頬を緩めると、彼女の髪を優しく()き、膝を曲げてマリーと視線を合わせる。

 

「おれがラスタさんに教わっている間、ラスタさんの膝が寒いんじゃないかなー。…誰かが上に座ってあげて、あっためた方がいいんじゃないかなー」

 

「はいっ!わたしわたし!わたしが膝に乗る!」

 

元気良く、しかし周りで寝ている子を起こさないように静かに手を上げる。そんな彼女の態度に、レオは柔和に微笑む。完全なるアルカイックスマイルであった。

 

「…相変わらず、意識を逸らすのが上手いことで」

 

「やだなぁ、人聞きの悪い。小さい子と話すのが得意なだけですよ」

 

にこやかな表情を浮かべたまま、こちらに視線を向けてくる。

レオは今年で13歳。とてもそうは見えない彼の振る舞いに、俺はいつも密かに戦慄している。…あと数年もしないうちに、精神年齢を抜かされてしまう気がしてならない。

 

「先生、こっち」

 

苦笑いをしていると、今までレオの横で黙っていた少女———マナが俺の服の袖を引く。俺はレオだけでなく、彼女にも治癒魔法を教えている。マナは無口だが、俺の授業への姿勢はとても積極的で、教えている側としても気持ちがいい。

 

すでに膝にぴったりとくっついてくるマリーを小脇に抱えて、大人しくマナの牽引に従う。

 

——こうやって子供たちの元気さに流されていると、心労に目を向けないでいられる。

 

そんな暗い姿勢を胸に隠しながら、寝室の隣の応接間へと向かった。

 

 

 

 

 

癒えよ(ピイル)

 

レオの指先から広がった淡い光が、俺の手の平を包み込む。それと同時に、手の平につけた小さな切り傷がゆっくりと塞がっていく。

 

「……うん、悪くない。上手くイメージが出来たみたいだな」

 

そう言うと、レオは額の汗を拭いながら安心したように息を吐いた。

 

現在俺は、レオと向かい合って彼の治癒魔法を見ている。レオの隣では、マナが目を皿にして彼の魔法の発動を観察中だ。

一方、先程まで元気だったマリーは、俺の膝の上で舟を漕いでいる。やはりまだ幼い彼女にとっては早起きだったのだろう。

 

「……レオ、すごい。でも先生の魔法はもっとすごい。何が違う?」

 

首を傾げるマナに、今治された傷跡を見せる。

 

「ほら、切り傷の跡が線状に残ってるだろ?今レオは、開いた傷口を挟み込むように閉じるイメージをしたんじゃないか?これでも治ってはいるんだが、魔法を傷に覆い被せて、それを肌に馴染ませるようなイメージをするともっと早く、綺麗に治る」

 

俺の説明を受けて、二人はそろって思案顔を浮かべた。

 

 

 

この通常の呪文を用いた治癒魔法に関しては、俺の能力(チート)は無関係。しかし、魔法とは想像力が大事なものである。そのため、前世で傷が癒えるメカニズムを理解している俺はこの治癒魔法もそこそこ得意なのだ。……まぁ、瘴気には無意味だし、自分に移した方が早いのでほぼ使わないが。

 

 

「そんなに悲観しなくていい。治癒魔法は使えるだけで結構すごいんだぞ?」

 

フォローを入れても、二人は難しい顔を崩さない。

 

「いえ、もっと頑張りたいんです。……後悔だけはしたくないので」

 

 

「———」

 

何気ない彼の言葉。深い意図があって発したようには思えない。しかしレオが言った「後悔」の二文字。それは今の俺をまさに象徴していて、俺はそれを聞き流すことができなかった。

 

「…後悔って、どういうことなんだ?」

 

俺の疑問に、レオはまるで冗談でも言われたかのようにくすりと笑った。

 

「やだなぁ、ラスタ先生。治癒魔法を使いたい理由なんて一つしか無いじゃないですか。…『大切な人に生きて欲しいから』に決まってるでしょう?」

 

 

同じだ。自分が治癒師である理由と。

 

そう安心したのも束の間のことだった。

 

 

「———たった一度の人生なんですから」

 

レオは、少し照れ臭そうに、それでいて心底愛おしそうにマナに視線を送る。その視線に気づいた彼女も、少し頬を染めてレオの腕を軽く小突いた。

 

 

 

その微笑ましい光景に、レオがマナを見つめる視線に、強く頭を殴られた気がした。

 

レオの言っていることは正しい。一度だけの自分の生を後悔なく生きたい。最高のものにしたい。素晴らしい考えだ。皆が目指すべきものだ。

()()()()()俺は自分の「二回目」を軽視していたのだ。

俺のたった一回はすでに終わっている、と。

俺の二回目は異物である、と。

 

でも、違う。

 

 

ソアレたちの人生の中の(ラスタ)は、一回しか無いのだ。

 

 

一緒だから楽しいと、妹のような少女は俺に真っ直ぐに言った。

俺がいないとつまらないと、いつも無口な少女は淀みなく言った。

四人揃って初めて「雷霆への祈り」であると、ぶれない信条を持つ少女は躊躇いなく言った。

 

一緒。

それは、ただ隣にいるのではなく、大切な人の世界の中で生きることを言うのかもしれない。

 

たった一度の人生。そうだ、この世界はゲームなんかじゃない。

「ラスタ」は「■■ ■(おれ)」のニューゲームじゃない。最初で最後の、一人の人間だ。

 

 

 

「……先生?」

 

突然押し黙った俺の顔を、二人が心配そうに覗き込む。

熱を宿している。呼吸をしている。瞬きをしている。

 

生きている。

 

その瞬間、身体を埋め尽くす瘴気の痛みがより強く、くっきりと感じられた。

違う。強くなったんじゃない。

 

この世界に生を受けて、俺は初めて本当の痛みを自覚したような気がした。

 

俺は彼女たちに笑って生きてほしい、と思う。幸せに生きてほしい、と思う。

 

その幸せの中に、俺も含まれているんじゃないか?

 

記憶が駆け巡る。花が咲くような彼女達の笑顔の隣で、俺もいつも笑顔だった。

 

 

 

熱くなる目頭。そこから溢れそうになる感情をぐっと手で押さえて、完全に眠りに落ちたマリーをソファに寝かせる。そして自身の頭の上の花飾りをマリーの額にそっと乗せると、俺は勢いよく立ち上がった。

 

「レオ、マナ、ごめん。俺、行かなくちゃ」

 

二人はきょとん、とした顔をしている。

無理もない。彼らからしたら、俺の行動には全く脈絡が無いのだから。

それでも何か事情があることを察したのか、疑問を口に出さずに二人は頷いた。気遣いに感謝しながら扉に手をかける。

 

「次は、ソアレと一緒に来るよ」

 

この孤児院は教会が運営している。信心深いソアレも、時々俺と一緒にここへ訪れることがある。

 

だからこれは覚悟だ。皆と向き合うための。そして、自分と向き合うための。

 

 

「あ、先生。最後にちょっと相談したいです」

 

部屋を出ようとした瞬間、マナが俺を呼び止めた。そしてレオを部屋の端に遠ざけたかと思うと、俺に耳打ちをしてくる。

 

 

 

 

 

 

「…あの、ソアレさんと付き合う時、先生が告白しましたか?それとも、告白されましたか?」

 

「………………え?」

 

 

頭が真っ白になった。人間、全く予想をしていないことを言われると思考が完全に止まるらしい。

 

「実は、レオにまだ告白されてないんです。しっかり言葉で言って欲しいんですけど、自分から言った方がいいのかな、なんて」

 

「待って待って待って」

 

「?」

 

「俺、ソアレと付き合ってないよ」

 

「……………え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉を閉める。応接間の外では、カイルが朝食の仕上げに入っていた。

 

「…カイルさん、すみません。用事ができたのでここで失礼します」

 

彼は俺をちらりと見た後、作業を続けながら話しかけてくる。

 

「何か分かったみたいだな……ん?その割には、なんか…」

 

「いえ、気にしないでください」

 

勘付かれる前に慌てて孤児院から脱出する。孤児院の扉に軽くもたれかかり、小さなため息を一つ吐いた。

 

 

ラスタとしての人生観が変わる気づきをした。

すぐさま行動しなければならないという衝動が湧いている。

 

 

しかし、先ほどのマナのやや軽蔑するような顔が忘れられない。

 

確かにソアレのことは好きだ。しかしそれは恋愛ではなく家族愛的なものだ。そこを履き違えるとは、やはり彼女もまだ子供だったと言うことだろう。

 

涙も完全に引っ込んだ。胸中はなんとも言えない気まずい感じ。微妙な顔で自身の胸に手をやる。そこで思い直して、頭をぶんぶんと振った。

 

出鼻をくじかれてしまったが、やるべきことは変わっていない。

 

いつのまにか登っていた太陽の光を背に浴びながら、宿屋へと走る。カイルと歩いた道を戻って、露店の並ぶ通りを駆ける。

この時間帯、いつもなら賑わっているはずだ。しかし、今日は少し店の数も客の数も少なく感じた。

 

そのことに違和感を感じながらも、今はそれどころではないと通り抜ける。ここから数分歩くと冒険者ギルドがあり、それを超えれば宿屋はすぐそこだ。

 

 

足の回転数を上げて、冒険者ギルドを通り抜ける。そういえば、昨日の晩酌から何も飲んでいないので喉がカラカラだ。まず自室で水を飲んでから、彼女たちの部屋をノックしよう。

 

宿屋が視界に入る。俺はそこで足を止めざるを得なかった。宿屋の前には、三人の女性が立っていたから。

 

きっちりとした和装を身に包んだ黒髪の少女。

三人の中ではひときわ身長の高い羊角の女性。

そして、真っ直ぐな金髪を短めに切り揃えた幼馴染。

 

ソアレの後ろ姿を見た瞬間、俺の頭の中にあるイメージが浮かんだ。

 

『…手、つなご?』

 

いつもの快活さは抑え気味で、少し頬を染めてこちらに控えめに手を伸ばすソアレ…………って違う!!!

さっきのマナの言葉のせいで生まれた変な妄想を、ぶんぶんと頭を振って振り払う。

 

 

自室へ戻るのは諦めて、覚悟を決めて彼女たちに呼びかける。

 

「ソア———」

 

 

 

 

 

その瞬間、俺の言葉はけたたましい鐘の音によって遮られた。

 

 

その警告音の発生地点は、冒険者ギルド。これは、魔物発生の緊急警報を意味する。

 

途端にざわめく街の人々。久しぶりの警報に、平和ボケしかけていた人々の動揺の声がこだまする。

 

もちろんソアレたちもこの音を聞いており、勢いよく振り返った。そして、俺と視線が交差する。目を見開いていた。

 

『危険度Aの魔物です。S級、A級の冒険者以外はただちに避難してください』

 

警告音は鳴り止まない。

 

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