未来視持ちの聖女にギャン泣きされた


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作:みょん侍@次章作成中
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第8話


 

 俺の泊まっている安宿は基本的に寝泊まり専用みたいなもんなんだが、高い宿となると食事付きなのも当たり前になる。一階の食堂には、見るからに高い等級の冒険者や身綺麗な行商人らしき人間ばかりが座っていた。

 

「ロサ、死ぬほど食いづらいんだが」

「ロサの定位置はここなんだ」

「ああそう。……カメリア、近すぎて食いづらいんだが」

「カメリアの定位置はここなんだ」

「なんだこいつら」

 

 さて、朝食をクインスたちの厚意で頂いているわけだが、俺の膝の間には当たり前かのようにロサが鎮座し、俺の右隣にはべったりとくっつくようにカメリアが居座っている。

 そんな俺たちを、対面に座るリリウムとクインスが面白そうににやにやして見つめてくるので、余計に料理が食いづらい。食ってるのはスープなんだぞ、零れたらどうなるかわかるだろう、ロサ……。

 

「ハーレムじゃん、ロータス」

「こんな私生活に支障をきたすようなハーレムがあってたまるか」

 

 まあ、今日はいいか。ロサは元気を取り戻して、クインスもいつも通りの微笑を浮かべていて、

 

「……んっ、な、なにっ?」

 

 こいつは――なんか前よりツヤツヤしてないか?

 スープの器を手に取って、スプーンで掬い一口。おお、うまい。リリウムの手料理ほどじゃないが、そこいらの料理屋顔負けのレベルだ。これが宿で出るっていうんだからなあ……さすが白金等級。金は稼いでいるんだろう。

 つかロサの頭がちょうどいいな。スープを頭に置く。良い感じのバランスだ!

 

「しばくぞ」

「あ、っす」

 

 怒られた。

 

「――その、改めて悪かったな。クインスも、えっと、俺変なこと口走っちゃってさ」

「いいや、構わないよ! おかげで君に対する親愛の念をこれでもかと自覚できたからね! 僕はこれほどまで友を愛していたのだと!」

「む、兄様まで手籠めにするとはやり手よの」

「クインス。俺はまだお前とは友でありたいんだ。だからその――」

「アッハッハ! 勘違い!」

 

 なんだ、完全復活じゃないの。張り手の腫れも引いてきて、いつも通り憎たらしい顔が戻ってきている。カメリアは何に対抗心を燃やしたのか、「私だって気付いたし」なんてぼやいていた。

 

 ……こいつらも、長いことやってきたパーティなんだよな。

 普段は頼りになって色々支えになってくれるクインス、精神面でパーティの芯となっているロサ、不安定なところはあれど、そんな2人に愛されているカメリア。6年も続いてきたのは、良い感じにかみ合ってるから。見ててもそう思う。良いパーティになったもんだ。

 

「――」

 

 そこでふと外を見ると、プレートアーマーに身を包んだ人間が数人、大通りを歩いて行ったのが見えた。全身甲冑姿の冒険者なんてほとんどいない。あれは兵士、でいいのか?

 おかしいな、ドラゴンフォートの兵士は基本的に軽装だったはず。それになにより、どう見てもあの胸の勲章は王都の物――

 

「クインス、今のは」

「ん、ああ、そうだね……」

 

 間違いなくお前が関係してるだろ、と目で訴えると珍しく言いよどむ。クインスの視線はカメリアの方へ向けられ、それを受けた彼女は少しばかり考え込んだ後、力強くうなずいた。

 

「……わかった。ロータス、君が考えている通り、あれは王都から派遣されてきた兵たちだよ」

「それは――穏やかじゃないな。何があった?」

 

 話の雰囲気が変わったのを察してか、リリウムが目を丸める。両手で大きなパンを持っていて、頬がパンパンに膨らんでいた。急いで咀嚼して飲み込もうとし、のどに詰まらせる。何やってんだ……まあ気に入ったんだろうな、ここのパン。

 

「…………6年前の残党が、竜王山で軍備を整えつつある」

「なに――」

「半年ほど前からかな。五龍将の一人、毒龍将が竜王を僭称し、同志を募っているんだ」

「馬鹿な、奴は確かにこの手で……いや、止めをさした覚えがない。そうか、生き残っていたのか」

 

 毒龍将。奴のことは特に覚えている。

 夥しいほどの、竜変化したままの竜人族の死体を身体に張り付け、腐ったそれらから滴る血で大地を穢す――死体の山がそのまま意志を持ったかのような竜だった。6年前は地底湖に叩き落してやったが、あの手ごたえは……死体のせいで致命傷にまで至らなかったというわけか。

 

「だがおかしい。竜人族は何より王を尊ぶ。偽物の王に付き従うような種族ではない。それに、竜王は先代を殺した者だけがなれるもののはずだ。今の竜王はカメリアじゃ……」

「……ううん。違うの」

 

 カメリアは自分の手のひらを眺めて続けた。

 

「私は、お父様には一歩届かなかった。あの時、確かに大きな傷は与えたけど、殺しきることはできなかった。なにより、ロータスのことを助けなきゃ、って思ってたから」

「なら」

「毒龍将は、弱ったお父様を狙った、って聞いた。だから、今の竜王は、厳密には毒龍将っていうことになる……んだけれど」

「……ただ、誰もが彼に傾倒しているわけじゃない。竜王との決闘は竜人族にとって何よりも大切な儀式だ。卑怯な手で王を殺した毒龍将より、あくまで儀式の内で父を超えたカメリアを、真の王だと呼ぶ声が大きい」

 

 ……思い出せるのは、カメリアが竜王の胸を刺し貫いた時。確かに、配下に仕留められてしまうほどの傷なのだろうが……あれで致命傷ではないのか。

 なら、カメリアは父殺しをしていない? そうも思ったが、彼女のことだ、それすら背負っているんだろうな。

 俺はクインスに向き直った。

 

「今は、王都から兵士の支援を受けていて、その人手を使ってもしもの時の避難の準備を進めてる。向こうからはまだ仕掛けてくる気配はないから、戦争にはなっていない」

「あくまでそこは竜人族か。ありがたいやらなんやら」

「というより、その」

 

 クインスは再び言いよどむ。よせ、お前が言いよどむとすげえ身構えるんだよ。

 

「……毒龍将は、カメリア・サザンカとの婚姻を望んでいるんだ」

「は!?」

 

 な、なんて? 婚姻? 男女の契り?

 ハッとしてカメリアを見ると、親の仇を見るかのように虚空を見つめていたので、見なかったことにした。

 

「おそらく、それで竜人族への支配を確固たるものにしたいんだと思う。返事については保留として、時間を稼いでる。……それも、あまり持たないかもしれないけど、彼らに本気を出されてはいけないからね。ちゃんとした返答はしていないんだ」

 

 クインスはそう言い切ると、一息ついてコーヒーを口にした。

 ……なるほど。確かに、今大事にしてしまえばこちらが被る被害は甚大だ。

 まず、避難が長引けば、ここまで再興したドラゴンフォートの活気が戻ってこないかもしれない。それに、偽竜王に察知されて、それが逆鱗に触れでもしたらまた戦争状態に逆戻りだ。なら、水面下で準備を整え、均衡を保つほかない。

 

 もちろん、それは苦肉の策だろう。目の上のたん瘤をそのままにしておけるほど、彼らが平和に酔っているわけじゃない。だが、竜人族は本当に脅威なのだ。小さな町一つ、1日と経たずに滅ぼされる。こちらから手を出したら、それが最後だと思うのが大半のはずだ。

 

「え、えっと、ちょっといいですか?」

 

 そこでリリウムが手を上げる。

 先ほどまであったパンはどこにも無かった。結局食い切ったのかよ。

 

「そ、その、クインスさん? さっきから、兵を使()()()っぽい発言があるんですけど……」

「そりゃあ、王子だからなあ」

「……え?」

「アッハッハ! 僕としたことが、言うのを忘れていたよ!」

 

 素っ頓狂な声を上げたリリウムがクインスを見る。長い金髪をかきあげ、特徴的な金色の瞳でリリウムを射抜いた。

 

「僕はクインス。ホワイトクラウンの第三王子!」

「…………」

「今はこうして冒険者をやっているがね、ドラゴンフォートの町長とは懇意にさせてもらっていて、王侯貴族とも親しいから、色々とわがままできるのさ!」

 

 リリウムはぱくぱくと金魚みたいな顔をしていた。ウケる。

 

「じゃ、じゃあ、ロサちゃんは」

「ロサはホワイトクラウンの”元”第七王女! フフフ、この高貴さにひれ伏すがいい」

「嘘だろ……お、おいロータス! お前にやにやして……っ、知ってたなら言えよな!?」

「知らんなぁ」

「んぐ、おま、お前なあ!」

 

 その反応が見てえから黙ってたに決まってんだろ!!

『ダインスレイヴ』は王子と元王女と竜王の娘で構成された冒険者パーティだ! フハハ、これを担当するギルドの心を考えてみろ! 胃に穴が開きそうだ!

 

「……私は」

 

 カメリアが声を上げる。

 

「私は、毒龍将と結婚なんて絶対したくない。だから、彼とは戦うしかない。……その、最初は、あなたを巻き込みたくないから、黙っていようとしたんだけれど」

「そうだね……それに加えて、聖女に泣かれたと来たものだから、余計に言い出しづらくなった。でもね」

 

 2人の視線はロサに注がれた。

 

「そんなの私らしくない。ロータスには私が強くなったってところ、ちゃんと見ていてほしいの! 情けないこといっぱい言っちゃったけど、かっこいいところ見せるから!」

「全くだね! 輝かしいダインスレイヴの冒険譚の1ページが刻まれる瞬間を、どうか君に見ていてもらいたい!」

「……戦うつもりか」

「無論。兵士は融通してもらったけれどもね、最高戦力は間違いなく僕たちだから」

「私だって――竜王の娘として、これは看過しちゃいけないもの。覚悟は決まったわ」

 

 もちろん、とクインスは前置きして、

 

「僕に何かあった時はドラゴンフォートの住民たちを迅速に避難させるよう指示はしてある。本当は、ホワイトクラウンの国力に頼って打ち倒すのがいいんだろうけれどね、僕には――誰の手も届かない名声が、功績が必要だから。ホワイトクラウンとしてではなく、クインスとしての、ね」

「冒険者ギルドにも一枚かませるつもりか、クインス」

「フフ、君も知ってるだろ? ドラゴンフォートと冒険者ギルドはズブズブなんだ」

 

 いつもの輝かしい笑みではなく、暗い笑みだった。やめてくれ、リリウムが聞いていい話なのかマジで困惑してっから。

 しかし、そうか。お前らで竜王を討伐するつもりか。……ああ、なんか懐かしいな。あの頃も、お前らとはあれなら倒せる、無理諦めろ、なんて言いあった覚えがある。6年分の成長、それを見られるのか。

 

「……俺も協力する。失敗は許されないんだろ? なら、俺はいた方がいい」

「え、で、でも、ロータスは――」

「こちらから仕掛けるのが嫌いなだけさ。この平穏が脅かされてるって言うなら、躊躇わず斬れる」

「……そう、分かったわ! じゃあ力を貸して、ロータス! あなたがいれば、私も、ダインスレイヴも、負けないから!」

「ロータスが一緒に戦ってくれるのか! なはは、6年ぶりの共闘だー!」

 

 クインスは立ち上がって、俺に手を差し伸べる。

 手にはたこが出来ていて、硬かった。6年前のそれより、もっと。

 

「ありがとう。君の助けがあるなら、結果は約束されたようなものだ」

「……よく言う。俺がこう言うってこと、お前分かって話しただろ?」

「アッハッハ! 買いかぶりすぎだよ!」

 

 俺としても、お前の野望の一助になれるなら、戦うさ。

 

「リリウム、お前は――」

「行くよ」

 

 リリウムは笑いながら、俺を見据える。

 その返答は意外だったが――でも、お前もいるなら心配は無いな。

 

「ロータス、お前の横にはオレがいなきゃ、だろ?」

「そうだな」

「…………」

「…………」

 

 ?

 

「……今のは突っ込むとこだろ、バカ」

「ヮ!」

 

 長い黒髪をにぎりしめて、赤くなった顔を隠す――そんなリリウムを見て、ロサがまた消滅しかかっていた。

 

「ま、まあ、お前がそう言うなら仕方ない! んんっ!」

 

 咳ばらいを一つしてから、リリウムが立ち上がり、クインスを見る。

 

「オレだって戦える。力になれる。だから、その――」

「アッハッハ! 頼もしい仲間が増えることを拒むつもりはないよ! よろしくね、リリウムさん!」

「は、はい!」

 

「さあ――早速、ドラゴンフォートから竜王討伐の依頼を出してもらおう。僕たちは臨時パーティとして、この5人で竜王山へ向かい、依頼を達成する! 僕たちはダインスレイヴだ! 鞘から放たれたのなら、依頼を完遂するまで帰らない!」

 

 クインスは宿の食堂にいた全員に何かを指示すると、彼らはそそくさと外へ出ていった。

 やっぱり、ここにいる連中は全員お前の息のかかった奴らだったか。

 クインスは大剣を背負い、ロサは大槌を持ち、カメリアはそんな彼らについていく。

 

「とっとと倒して、平和になったドラゴンフォートでロータスとデートする! こっちは1日1日が惜しいんだから!」

「そうだ! ロサだってロータスと行きたい場所いっぱいある! この戦いが終わったら、全部付き合ってもらう!」

 

 そんな彼女らを見て、リリウムがぽつり。

 

「あれフラグじゃね?」

「言うな」

 

 そういうのは思ってても言わないの!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、ドラゴンフォートの冒険者ギルドの掲示板に、一つの依頼が張り出された。

 ――竜王の討伐。誰もが目を疑った。それが冒険者ギルドに張り出されるということ――この国が冒険者をあてにしているということ。

 だが勘のいい何人かはその意図に気づく。

 

 依頼を受諾したパーティ。『ダインスレイヴ』の名を見て――

 

 

 

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