未来視持ちの聖女にギャン泣きされた


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作:みょん侍@次章作成中
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第6話


 

「な、なんで」

 

 カメリアが身を乗り出し、料理が一つテーブルから床へと落とされる。

 クインスは目を見開いたまま硬直し、ロサは何か縋るような視線を向けてきていた。そんな彼らを見て、リリウムが何かを言おうとし、なにも思いつかなかったのか閉口した。

 

「や、やだ……いや、やだ、なんで、そん、な……やだ、やだやだやだやだ――ッ!!」

「お、落ち着けって――」

 

 テーブルの上を這って、カメリアが俺の目の前まで来る。

 そしてそのまま、切羽詰まった表情を浮かべて抱き着いてきた。暴走していた時の甘えるようなものじゃなく、怯えるような、それでいて力強く。震えているのが分かった。

 

「なんで、なんで……? へ、平和になったのよ? もう戦わなくていいのに……!」

「か、カメリア、その、話を――」

「ず、ずっとずっと傷ついて、戦いたくなくても戦ってきて、頑張ってきたのに……! みんなのために、ボロボロになってまで、我慢して!」

 

 違う、違うんだ。

 

「…………。……誤解してる! その、俺も最初ショックすぎて酒に逃げたけどさ、別に聖女に直接言われたわけじゃないんだ! 俺も勘違いしたから分かるけど、死ぬと決まったわけじゃ……」

「お、お前が」

 

 今度はロサが、その瞳いっぱいに涙を携えて。

 

「お前が、その意味を知らないはずがないだろ! 他の誰でもない、ホワイトクラウンの……『勇者』が……!」

「いや、ああ、頼む、泣かないでくれ」

 

 どうして、ああクソ、なんで。

 先ほどまでの楽しい空気はどこへやら、沈鬱な空気で満たされている。誰一人として笑顔を浮かべることは無く、それどころか死人を見るような、悲痛な表情が張り付いていた。

 

「……お前たちにそんな顔をさせたかったわけじゃない。こんなことなら、泣いた理由についてちゃんと聞いておくべきだったよ」

 

 そりゃあ、知っているさ。

 聖女、アイリス・ラエビガータ――彼女が泣くということ。

 涙の意味。

 かつていた、ホワイトクラウンの英傑たちは、彼女の『涙の予言』と呼ばれるものを受け、先の大戦で散っていった。

 それだけじゃない。ホワイトクラウンが宣戦布告した、数々の異種族の王の死すらも彼女は涙を流して言い当てた。

『慈悲深き死神』。絶対の未来。でも……信じ切れていない部分もある。

 

 予言通り王は死に、ホワイトクラウンは勝利した。

 俺は指示に従って国のために動いていたが、その全てが予言のおかげとも思えなかった。

 細い糸を辿るような、いや、だからこその予言なのかもしれない。ただ俺は、俺が手繰り寄せた未来のように思えていた。

 

 だからあまり重くとらえないでいられた。リリウムが気を遣ってくれたのもある。

 でも、そうか。他の人にとっては『結果』が浮き彫りになっているから、過程を知っている俺と違って、聖女が絶対的な存在に思えているんだ。

 

「もう一度言うが、『お前は死にます!』なんて予言を貰ったわけじゃない。泣くことそのものが色々言われてはいるが、それは予言込みでの話。そうだろ?」

「……」

「あー、なんか恥ずかしくなってきたな。あの時の俺はこんな感じだったのか……」

 

 笑いながら言ってみても、空気は軽くならない。

 空っぽのジョッキを見つめても、どうしてももう一杯飲もうなんて気は起きなかった。

 

「第一、本人が気にしてないんだから、な? ほら、カメリアも。人目集めてるけどいいのか~? またロサにいじめられるぞ~?」

 

 そしてこっちも、まったく離れてくれないな。

 

「君は――」

 

 クインスが口を開いて、それからかぶりをふった。立ち上がり、いつも通りの微笑を見せる。

 

「今日はもう解散したほうがいいかもね」

「それは……」

「アッハッハ! なに、落ち着いたら飲み直そう! たとえそれがどれぐらいかかっても、6年に比べれば一瞬だろうからね!」

 

 そう言って、クインスは床に落ちてしまった料理を片付けようとする。ただ、テーブルに皿を置こうとした瞬間、今度はジョッキを肘で押して落としてしまう。彼らしくない失敗だった。

 

「そうしましょう」

 

 リリウムがジョッキを拾う。その際、どことなく申し訳なさそうな視線を俺に向けてきた。

 ……この国の人たちにとって絶対的な聖女。リリウムがあれだけ普段通りでいられるのは、あいつが元は違う国で生きていたからなのだろうか?

 

「クインスさんたちは普段どこで寝泊まりしているんですか?」

「こことは反対側、それなりに離れた位置にある宿で生活してるよ。ここからだと、そこそこ歩くことになりそうだ」

 

 そう話す2人の視線は、俺に抱き着いたままのカメリアへ向けられていた。

 

「……一応、すぐ近くにオレたちの宿があります」

「すまないね、頼めるかい? 今の彼女を彼と離すのは良くなさそうだから」

「な、ならロサも――」

 

 クインスはロサの頭を撫でて制止する。

 

「なんで、兄様!」

「大丈夫。また明日会える」

「そう言って、あの時みんなしていなくなったじゃないか!」

 

 ……そうだな。ロサを手招きして、それから俺も頭を撫でてやる。

 

「約束するよ、ちゃんと明日顔を出すから」

「……ロータス」

「もう二度と、お前たちを――」

 

 ――裏切るようなことはしない。

 

「…………泣かせたく、ないからな」

 

 そう誓えなかったのがなぜか、俺にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿に戻る。喧騒はほとんど聞こえてこない、静かな夜だった。

 カメリアと2人でベッドに腰かけていると、次第に彼女の力が緩まっていく。すぐそばにいるリリウムも、心配そうにカメリアを見つめていた。

 

「怖い」

 

 顔を真っ青にしたカメリアは、かすれる声でそう漏らす。

 

「怖いよ……あなたはずっと、死と隣り合わせで生きていたから。独りにしてしまえば、どこかへ飛んで行ってしまいそうな危うさがあって……」

「信用無いな……そんなフラッとどこかに行きそうな軽い男に見えるのか?」

「うん」

 

 ……ないんだな、信用。6年の溝は深いね、なんて。

 

「情けないや……。強くなったつもりだけど、結局、こうして、あの頃と何も変わらない」

「そんなことは無い。俺だって、親しい奴が『死ぬかも』ってなったら普通じゃいられない。俺の配慮が全く足りてなかっただけだ」

 

 リリウムが、カメリアが、クインスが、ロサが――もし死ぬとなったら、そりゃ平静とはしていられない。そんな様子を見て弱い奴だ、なんて思うはずがないんだ。それだけ想ってくれていたってことなんだから。

 

「死なないで。どこにも行かないで。私を――置いてかないで」

「……」

「も、もう二度と、あ、あんな、光景は、見たくないの」

 

 月の光が、カメリアの表情に影を差す。

 

「ち、血だらけで……うでが、なくて、おなかが、えぐれてて……顔が、ただれてて、傷口が沸騰して、肉の焼ける臭いがして……」

 

 煌めくそれは涙に他ならなかった。

 

「手遅れ、なんだって、思ったのが、ずっと、ずっと、頭から離れないの」

 

 6年前の記憶。

 

「お願い。ずっと、私の傍にいて。絶対に死なせない、あんなことには、させないから。強くなったのよ、ロータス。あなたを守れるように、戦えるように。私の視界から、出ていかないで」

「カメリア……」

「なんで……あなたばっかり、こんな……! 私なら、不幸にはさせない。辛い目には遭わせない。望むことならなんだってするから、だから、ロータス――」

 

 その先を言わせないように、笑いかける。

 ひどい顔だ。鼻水と涙、よだれ。俺の肩から糸がかかってる。ばっちいな、全く。

 

「……言ったよな、ずっと後ろめたかった、って」

「……?」

「6年前のあの日のことを忘れはしない。お前に罪を背負わせてしまったときから、ずっと、そのことを気にしていた」

「あれは、あなたのせいじゃない……」

「ああ……お前はいつも通り接してくれていたよな。肉親を――お前の手にかけさせて、その張本人である俺に対して、何も変わらないままでいてくれた」

 

 カメリアは強い。ずっとずっと前から強かった。

 確かに不安定なところはあるだろうけど、カメリアには、

 

「乗り越えていけるだけの強さがあるんだよ」

「――」

「だから、俺がいなくなっても――」

 

 俺のため、彼女は6年間もの間自分の腕を磨いていた。

 6年――9歳だったロサもお酒が飲めるようになって、ひよっこだったこいつらが白金等級になって、それだけの長い月日、彼女は。

 

 俺はたくさんの物を奪ってきた。

 だというのに、この血まみれの手には得難いもので溢れている。

 それらが、俺なんかに縛られているというのなら、それは……嫌だ。

 死ぬ時に、後悔するだろうから――

 

「ロータス……?」

 

 不安げなリリウムの瞳に射抜かれて、息を吞む。

 

「あ、ち、違う、今のは……!」

 

 なんだ、今の。

 まるで俺自身、そう遠くないうちに死ぬと思ってるかのような。

 

「…………」

 

 聖女に泣かれたことを引きずっているわけじゃない。だけど確かに、()()()()()()()()()()()()()言葉を選んだような気がする。そんなことが、あるのか? それはどうして?

 死ぬのは怖かった。死ぬと思ったときはショックだった。でも――ああ、生きたいと願ったことは無かったんだ。

 

 そうか。

 彼らがこの6年間で変わったのにもかかわらず。

 俺は……あの時から、なにも。

 

「な、なんで、そんなこと――」

 

 それをどう受け取ったのかはわからない。

 ただカメリアはしゃくり上げ――

 

「――う、ぐ、うぁぁあああああああ……っ!!」

 

 決壊した。

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