治癒を騙って仲間の呪いの肩代わりしてたのがバレた


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作:甘朔八夏
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5.咒文



評価、感想、お気に入り等ありがとうございます。非常に励みになります。
今後とも「()()わ」をお楽しみ頂けますと幸いです。



 

 

 

 

 

 

「この世界の巨悪は」と問えば。恐らく皆が口を揃えて答える。

 

「魔物だ」と。

 

無差別に生物を襲って瘴気を撒き散らす死の伝達者であり、全人類共通の敵。

 

 

そして、私たちの種族は「魔族」と言う。

 

語源は知らない。調べても分からなかった。でも、たったこれだけのくだらない言葉遊びで、私たちは魔物の同類という偏見を背負わされた。日常を送る権利を、奪われてしまった。

 

魔族の歴史とは、差別の歴史である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

ここが何処なのか見当もつかない。痛む足を乱暴に動かして、無我夢中で逃げて、ひたすら歩いて。ハイネは気づけば、森の中で大樹にもたれかかっていた。

 

枝葉の間隙から降り注ぐ木漏れ日が鬱陶しい。漏れ出た光が目に入り、その眩しさに顔を顰める。

仰ぎ見ると、葉の間から覗く空は朱色に染まっていた。

この様子だと、そう遠くないうちに辺りは闇に包まれるだろう。

 

上手く回らない頭で、現状をどうにかしようと思考を続ける。

しかしそれが無駄な抵抗であることを、ハイネは心の奥底ではわかっていた。

 

 

震える手で自身の首筋を撫でる。ぐちゃ、と生々しい音がした。不快な感触に眉を寄せながら、うなじに触れた手を目の前に持ってくる。

 

真っ黒になった肉の欠片が手のひらに乗っていた。

 

かつて自身の体の一部であったそれは、細かい気泡を出してハイネの手に焼けつくような痛みを与えている。

このまま放っておけば、手のひらが溶けて穴が空くだろうことは簡単に予想できた。

 

 

魔物の瘴気に侵されたとき、その患部に触れることは御法度だ。

無論、そのことはハイネも知っている。でも今となってはどうでもよかった。

 

「死ぬのか」

 

確信があった。あと一時間保てば奇跡だと言えるほどに、彼女の体は限界を訴えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

極寒の冬だった。食べる物が無かった。でも、人里になんて降りられる訳がなかった。

 

被差別の対価とでも言えばいいのか、魔族は長命族である。

適切な環境に身を置けば数百年は生きることができる。しかしその身体は、人間と同じように脆い。

過剰の血を出せば死ぬ。病にかかれば死ぬ。そして、もちろん飢えたら死ぬ。

こんな割に合わない長寿など要らない。そう何度思ったことか。

 

 

ともかくハイネは、生きるために、夢中になって食料を探していた。村の仲間を生かすために必死だった。

 

だから自身が魔物の生息地に入っていることに気が付かなかった。何も言わずに村を飛び出して、危険な森を無警戒で彷徨ってこのザマだ。

『森に入るな』と。幼い頃に何度も言われた。もう大人にでもなったつもりだったのだろうか。

 

自嘲から、ハイネは口から乾いた息を漏らした。

 

 

 

 

「まさか、砲弾に()()魔法を使う時が来るとは」

 

魔物から逃げる時に使った魔法。これのおかげで、生きたまま食われるという最悪の事態から逃れることができた。ちなみに、遠くに飛ばされて現在位置が完全に分からなくなる対価(おまけ)つき。

 

「ネタ魔法も、案外使えるな」

 

くすっ、と笑いたかった。代わりに咳が出る。口から血の塊のような物体が吐き出された。

 

 

「………くそ」

 

ハイネは生にそこまでの執着が無かった。死は避けられない運命だから、おとなしく受け入れるべきである。と、そう思っていた。

 

しかしいざその状況になってみると、ハイネの心中は未練と後悔と、言いようもない虚しさで満たされている。

 

たとえ被差別種族であっても、ハイネは自分が魔族であることを誇りに思っていた。魔物と同一視することが恥ずかしいとおもわれるくらい、魔族として高潔な生き方をしてみたかった。

 

——結局、()()に殺されて終わりか。

 

抑えきれない感情が溢れて視界が滲む。それすらも不快で、強引に目を拭って前を向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女はその状態のまま固まった。

 

まだ五、六歳ほどの幼い少年が、目を丸くしてハイネのことを凝視していたから。

 

「………あの。大丈夫………じゃないな!!全っ然大丈夫じゃない!!」

 

突然声を荒らげて、慌てたようにこちらに駆け寄る少年。その見た目に反して、彼の話し方からは年相応の幼さを感じなかった。

 

「めっちゃ血が出てる!やばいやばい!……わお、何これ。溶け…てる?」

 

少年は心配そうにハイネの傷口を覗き込む。咄嗟に首筋を手で押さえて、傷を隠した。腐肉のごとく悍ましい見た目と化したそれを、彼女は見ず知らずの子供に見せたくなかった。

 

「えっ。なんで隠すんだ?なんかやばいことになってるぞこれ!早く治療しないと!」

 

「私は大丈夫。放っておいていい。……それより気づかない?この角」

 

この年で死体なんて見てしまえば、彼の一生のトラウマになることは必至。この命が尽きる前に、今すぐ少年を自分の前から消す必要があった。

 

少年が向ける心配を突っぱねる。まだ何か言いたそうな彼の口を閉ざすために、ハイネは自身の頭から生える、羊のように曲がった角を空いた方の手で指した。

 

その指につられて少年の視線が上へと滑る。その視線は、彼女の頭に釘付けとなった。

鳶色の目を丸くして、何かを考えているように見える。たっぷりの沈黙の後に、彼はぽつりと呟いた。

 

「………魔族?」

 

恐る恐るといった様な小さな声。やっと気づいたらしい。

 

———これでこの子は逃げ出して、私は終わり。

 

人間の子供に会うのは、これが初めてではない。だから怯えられる覚悟はできていた。

胸を襲った痛みを無視して、ハイネは軽く鼻を鳴らす。

 

「わかったでしょう。でも何かしてやろう、なんて思ってないから。私のことは見なかったことに——」

 

「え?どういうこと?」

 

ハイネの言葉が遮られる。彼の声からは恐怖も嫌悪も微塵も感じなくて、彼女は思わず少年の顔をぽかん、と眺めてしまった。彼の瞳は、純粋な疑問と心配を映していた。

 

「魔族だから怪我しても大丈夫、とか?…いや、それはないか。ごめん、わからん。魔族だからなんなの?」

 

困惑した様子で質問を重ねてくる。しかし頭が疑問で埋まっているのはこっちのほうである。彼以上に、ハイネは大いに困惑していた。

 

彼は間違いなく()()だ。人間の子供は、さも一般常識だと言うように「魔族は悪の対象だ」と教えられることが多いと聞く。

それは真実なのだろう。ハイネの記憶の中でも、人間から嫌悪や恐怖を含まない感情を向けられたことなんて滅多にない。

 

この少年は例外中の例外と言えた。

そんな彼の無垢な目にやられて、ハイネは声を詰まらせることしかできなかった。

 

「…?とりあえずスルーでいい?…じゃあ隠してるとこ悪いけど、ちょっと手どかすぞー」

 

言葉が出なくて押し黙っていると突然、少年は機敏な動きで傷口を押さえていたハイネの手を引き剥がす。そして患部を再びじっくり見始めた。

 

「これ、もしかしなくても瘴気だよな。こんな感じになるのか…」

 

「ちょ、ちょっと待って。触らない方がいい…ってそうじゃない。あなた魔族のこと知らないの?」

 

「ん?スルーはやっぱり駄目だった? いやぁ、実は魔族の人と会うの初めてなんだよな。もうちょっと異文化交流的な会話した方がいいのか?…いやいや、でもまず怪我だろ」

 

饒舌に言葉を紡ぐ。

絶句した。常人では考えられない価値観に、幼子とは思えない奇行。

そんな彼は現在、彼女の傷口を軽く指で触れて瘴気の蠢きをじっと観察している。

もう止める気力も湧かない。今の彼に何を言っても聞かないだろう、という不思議な確信があった。

 

「よし!…えっと…名前、なんていうの?」

 

「…ハイネメルゲ=ロロ」

 

「思ったより長いな」

 

急に名前を聞いてきたと思えばそんな発言。現状も忘れてイラッとさせられた。

目を細めて非難の視線を送るも、少年はそれを軽く受け流す。そして元気よく彼女を指さして叫んだ。

 

「じゃあ…()()()さん!貴女が俺の最初の実験台だ!」

 

「……?」

 

突然発された不穏な言葉に、ハイネの頭に疑問符が浮かぶ。彼の言葉の真意を知るために、彼に質問を投げかけようとする。

 

それは失敗に終わった。

 

その場に跪いて目を固く閉じ、両手で患部を包み込む。少年の姿に、どこか不可侵な静謐さを感じたから。

 

口を噤まなければいけない。そんな強い気持ちが、ハイネの心中に湧いた瞬間。

 

のろいをわがみに

 

少年の掌を中心に、真っ白な光が世界を包み込んだ。

 

白に染まった視界。しかし不思議なことに、ハイネは眩しいと感じなかった。むしろ、その温かい光が心地よかった。

 

 

 

 

 

光はすぐに止んだ。取り戻した視界の先には、まだ真剣な顔を崩していない少年の姿。むむむ…とまだ唸っている彼を黙って見つめていると、数秒経ってから少年は目を開けて、自身の手をじっと見つめ始めた。

 

「…なにしたの」

 

当然の疑問を口にする。ハイネの言葉に、少年ははっとした表情を浮かべて顔を上げる。そして彼女の首筋に一瞥を送った後、満足そうに頷いた。

 

「首の怪我してた所、確認してみてくれ」

 

言われた通り自身のうなじを撫でる。すぐに違和感に気づく。

傷が、跡形もなく消えていた。

 

「……え?」

 

困惑しながら首に何度も触れる。何回確認しても同じ。先ほどの生々しい感触が嘘だったかのようだ。

 

開いた口を塞ぐこともできないまま、ゆっくりと少年の方へ顔を向ける。

彼はハイネと目を合わせると、にかっと笑った。

 

「完治しただろ?」

 

こくりと頷く。

ハイネはこの非現実的な状況をまだ受け止めきれていなかった。

 

我ながらすげぇ。まさしくチートだな……あっ、やべ。もう日落ちてたのか」

 

そんな彼女の心中の混乱はつゆ知らず、少年は藍と朱の混ざった空を見上げて冷や汗を流す。そしてポケットから何かを取り出してハイネに握らせたかと思うと、勢いよく立ち上がった。

 

「マジでごめん!ちょっと急いで帰るわ!」

 

そう言ってハイネに背を向ける。

 

「——待って!!」

 

駆け出そうとした小さな背中を見て、まだ放心の中にいたハイネは慌てて彼を呼び止めた。

 

「ありがとう!…貴方の名前は?」

 

命の恩人に対する感謝としてはあまりにも足りない。でも焦っている様子の少年を呼び止めるのも躊躇われる。だからせめて、名前だけは知りたかった。

 

 

ハイネの質問を聞いて、少年は少しばつが悪そうに苦笑する。

 

「…そういえば、人に名前聞いといて自分は名乗ってなかったな」

 

頬を掻いた後、咳払いを一つ。したかと思えば、途端に顔を顰めて首を押さえる。

しかしその数秒後には何事も無かったかのように、空いたもう片方の手をハイネの方へ掲げながら、

 

「俺はラスタ!よろしく!…そして、さよなら!!」

 

挨拶もそこそこに一目散に去っていく。ハイネは彼の後ろ姿をぽかん、と見つめるほか無かった。

 

「…ラスタ」

 

少年の名前を反芻する。

彼の魔法は逸脱していた。彼の価値観は異常だった。しかしそれ以上に。

 

あの快活な笑顔が、脳裏に焼き付いて離れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから何年か後。故郷の村が、人間と行商できるようになった。その行商人は元冒険者だという。

魔族に商売をしてくれる存在が現れた。この衝撃の知らせは村中を駆け巡り、一日も経たないうちに村の人々全員に知れ渡るほどだった。

 

 

 

魔族であることに胸を張って生きたい。

 

ハイネの信念の一つである。だからこそ、行商人が魔族への嫌悪を消した要因である「冒険者」に強い興味を持った。行商人に頼み込むと、彼は快くそれについて語った。

なんと冒険者は、魔族に対する差別意識や偏見を持たない人が多いとのこと。

 

冒険者の主な役目は魔物を倒すことだ。命が非常に軽い物として扱われるその危険な仕事。種族や家柄なんかよりも戦闘能力が一番、という実力主義の風潮が強いようだった。

 

非常に都合が良い職だと思った。魔族が魔物を倒す。個人的な恨みの雪辱も、魔族差別の軽減も達成できるかもしれない。

希望はあれど、所詮すべて憶測である。しかし彼女は、人生で一番の博打を打つことを決めた。

 

故郷の村から出ていく。そしてハイネは、冒険者になる決断をした。

正直、かなり怖かった。しかしもう一つの理由が、ハイネの決断を後押ししていた。

 

もう十年以上も前の事であるのに、焼きついたまま決して消えない記憶。

 

『魔物と対峙すれば、かの少年に会えるかもしれない』

そんな根拠の無い感覚があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからって、こんな風情の無い再会になるとは思っていなかったが。

 

「ねぇねぇ!あなた魔族だよね!魔族って魔法がすっごく得意なんでしょ?よければボクたちのパーティに入ってみない!?」

 

「ちょっとソアレ、ストップ!種族で人の能力を断定するのは失礼だろ!戦士だったらどうするんだ!

……すみません、うちのパーティリーダーが」

 

茶寮で一服していたハイネの前に、二人の男女が立っている。

抑えきれない元気を発散するかのように体を跳ねさせながら、ハイネを熱烈に勧誘する金髪の少女。そして、少女をハイネから引き剥がして申し訳なさそうに頭を下げてくる法衣の青年。

 

 

「………ふぅん」

 

覚えてないんだ。

 

その言葉を噛み殺す。相も変わらず美しい彼の鳶色の瞳を眺めながら、平静さを保とうとする。

 

———どうせあの後も、数えきれないほどの人の命を救ったに違いない。かつて自分を救ってくれたように。私は、その中の一人であっただけ。

 

 

ラスタに怒られてもなお、期待を隠しきれない表情でこちらに視線を送っている金髪の少女を見る。

 

 

———しかし、彼女は特別なのだろう。

 

予想していた、と自分に言い聞かせても、心中の濁りは消えない。たった一度だけ会った少年にどれだけ執着しているのか。こんな(わたし)は彼に相応しくないし、底抜けに明るいこの少女にも悪影響だろう。

 

この誘いは断った方がいい。…もし私が善人ならば、そうしていただろう。

 

 

「…貴女の言う通り、私は魔術師」

 

ラスタに一瞥だけくれてやって、少女に友好的な笑顔を向ける。

 

「名前は……()()()。ただのハイネ。よければ貴女達と一緒に、冒険者をやらせてほしい」

 

二人に、初めましての挨拶をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいラスタ!両手に花じゃねぇか!ハーレムでも作る気か?」

 

「お前だけ治療費取るぞこら」

 

同業者と軽口を叩き合う隣の青年をぼんやりと眺める。

 

いくら冒険者といえども、全く魔族に偏見が無い、というのは珍しい。そこまで気にしていないことは伝わる。しかし、言外にどう接すればいいのか分からない、と言っているのが聞こえるのだ。これでも彼らの心遣いに感謝すべきだ。

 

しかしラスタの隣を歩く時だけは、嫌悪も困惑の視線も全く無い。むしろ何人かの女性から、羨望の眼差しを向けられた。

 

「雷霆への祈り」へ所属してから、食堂への入店や宿の宿泊を断られることが無くなった。ラスタとソアレの街での評価を、痛いほどに思い知らされた。

 

 

 

「ねぇねぇ!ハイネちゃん!ボクたち花だって!照れちゃうね!」

 

笑顔を咲かせて頬を染めるソアレ。確かに彼女は大輪の花だ。

 

「ソアレ()ね」

 

「え?両手だから、ハイネちゃんも花だよ?」

 

無垢なその瞳に見つめられる。自虐も許してくれないその無邪気さに、たまらず降参してラスタの陰に隠れた。

 

陰に隠れたのでソアレに顔は見られていない。しかし壁役に徹してくれた法衣の青年には、自分の表情をばっちりと捉えられてしまった。

途端にニヤニヤと笑ってこちらを見てくるラスタ。彼の額を指で軽く弾いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不覚にも、この生活を楽しんでいることに気づいた。それだけではない。予想外な程、ラスタたちの町での評判は高かった。身近なところから魔族差別を無くすには、これほど合理的なパーティは無いだろうと言えた。

 

 

少しして、キキョウがパーティに加入した。

それによって快進撃は加速する。どれほど危険な魔物も、死者を出さずに確実に仕留める。たったの一年ほどで、この町からハイネを揶揄する言葉が消えた。

 

これも仲間たちのおかげだと断言できた。三人がハイネのことを心の底から信頼しているのが、側から見ても伝わるほどだったから。

まるで第二の家族ができた気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしその幸福に身を置いても、ハイネの心から法衣の青年に対する燻った執着は消えなかった。

 

ハイネ以外の「雷霆への祈り」は皆、前を向いているように感じた。夢を追っているのだと思った。

 

 

金髪の少女は、皆に希望を与え続ける「勇者」である。

 

和装の少女は、武と礼を極めた美しい生き方をする「武人」である。

 

法衣の青年は、他者の幸福をひたむきに望んで、あらゆる者に救いを与える「聖者」である。

 

 

そんな光輝くパーティで自分はどうだ?

パーティメンバーと共に生きる幸せを享受しながらも、背反する感情が消えない。

どれだけ年月を重ねても、少年(ラスタ)との思い出を忘れられない。ソアレやキキョウを見る青年(ラスタ)の顔を好きになれない。

 

自分はこのパーティに相応しくない。そのことをハイネは自覚していた。

私には眩しすぎたのかもしれない。あの日から、私は仄暗い澱に囚われたままだ。

 

()()。そんな私には、魔女が相応しい。

だから魔女らしくあろう。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ッ!?お前、まさかそれ、()()…!」

 

「あれ、知ってたんだ」

 

ラスタの胸から全身へと、黒曜石を連想させる黒檀の輝きが広がっていく。

 

ラスタは飛び退くようにハイネから離れる。しかし彼は、その行動が無駄であることに気づいていた。黒の光が全身を包み込んだ時点で、魔法は発動されている。

 

 

禁呪。

魔族にだけ伝承で伝わる、習得が極めて困難な古代の超越魔法(ロストマジック)。今までハイネはそれを使ったことが無かった。だから、ラスタは彼女はそれを使えないのだと思っていた。

 

 

鋭い視線をハイネに向ける。彼の求めることを察したハイネは、ゆっくりと口を開いて語り出す。

 

「これで私と貴方は一蓮托生」

 

ラスタと目を合わせて妖艶に微笑んだ。

 

「貴方が死ねば、私も一緒に」

 

「……………は?」

 

面白いくらいに大口を開けて、自分の声が聞こえなかったのかと不安になるくらいの沈黙の後に。ラスタは声にならない声を漏らした。

 

「……ハイネ。それは違うだろッ!!俺だけだから良かったのに…!だってお前、まだ…!」

 

声を荒げてハイネの両肩を掴んだ。態度の割にあまり強い力で掴んでこないのは彼らしい。無意識に気を遣っているのだろうか。

 

慄然とした様子のラスタを眺めながら、ぼんやりと考える。ハイネの無表情を見て、彼の言葉は途中で途切れた。

しかし、続く言葉は容易に想像できた。

ハイネは魔族である。そして、魔族は長命族である。無論ラスタもそれを知っている。

 

彼の肩を掴む力がだんだんと小さくなっていく。そして、とうとうその場に崩れ落ちた。

 

「なんで、そんな簡単に数百年を捨てられるんだよ…」

 

この魔法は、決して解けることが無い。それが禁呪と呼ばれる所以である。

 

それに、伝承でしか伝わっていない魔法である為、詳しい効果も代償も断片的にしか残っていない。もしかすると、この魔法も何か別の効果を持っているのかもしれない。しかし今のハイネにとって、「死を共有する」ことさえ分かっていれば充分だった。

 

彼は仲間を絶対に捨てることができない。

 

それに、もし仮にラスタがハイネと共に死ぬことを選んだとしても、一緒に逝けるのなら彼女はそれでも構わなかった。

 

 

 

 

「貴方がいない寿命(のこり)は楽しくなさそうだから」

 

ラスタの首を、硝子細工に触れるよりも遥かに繊細な手つきで撫でる。

 

「貴方は覚えてないかもしれない。でも、私の傷だったの」

 

これは最初の罪だ。十年以上前から、彼は自分の傷を抱え続けてくれていたのだ。それらを全て抱え込んだまま、彼は一人で去ろうとしている。

声が震えないように、極めて平静を努めた。彼に釣られて溢れそうになる感情をぐっと堪えた。

 

 

「禁呪の事は、二人だけの秘密」

 

これ以上ソアレたちの心労を増やしたくないでしょ、と言えば彼は言葉を詰まらせた。

とんだ責任転嫁だ。我が事ながら苦笑したくなる。

 

 

 

目的は達したとばかりに、ハイネは満足して立ち上がる。扉に手をかけて、最後に振り向いた。

 

「一人でサヨナラなんて、絶対に許さない」

 

魔族特有の横長の瞳孔。

開ききったそれは、まるで穴が空いたかのように真っ黒だった。

 

 

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