ドラゴンフォートから徒歩で1時間ほど。
国境付近に位置する森の中、いつもなら静寂に満たされた平和な空間は、地獄の様相を呈していた。たくさんの生物の住まう木々や大地が、魔力の暴走によってえぐり取られ空へと放り出されていく。その中心にいるのが、カメリアであった。
「やば」
呟いた言葉は轟音にかき消される。
え? あれカメリアなの? 荒れ方が過去のソレとは比べ物にならないんだが?
出会ったころの暴走は何とかできそうな余裕があった。今のこれは、人が生身で暴走列車を止めようとするレベルで対処法が見つからない。
「…………」
「…………」
「なんで2人はそんな目で俺を見るの?」
自分の胸に手をあてて考えてみろとでも言わんばかりの視線を向けられたが、意味わからん。
強いて言うなら生物としての危機感からか鼓動が高鳴っていますが。いやゴーじゃなく。やめろその行ってこい! ってハンドサイン!
「すみません、こいつクソボケなんです」
「……そういうとこ、面白くて僕は好きなんだがね……いかんせん、彼女とは相性が悪い」
「姫がいちいち素直じゃないのも拍車をかけてそうだけどな」
「おいお前らなんでそんな後ろにいるんだ! リリウム? クインス? ロサー? あれ、協力して倒そうって話だったよな?」
背後からとんでもない勢いで大木が飛んできて、近くの木々を薙ぎ倒しながら森の奥へ消えていった。
今目の前を木片が通ったんだが! ちいせえ癖にとんでもねえ音出してたんだが! 思いもよらぬところでぼうけんのしょ1が消える羽目になりそうなんだが!
「――……」
あれ、何か言ってる。
「――ん年、何年待たされるの私は? え? 言ったわよね? 私言ったわよね? 恥ずかしいの我慢して、断られるかもって怖いの飲み込んで、また会いに来てって言ったわよね? え? 何? 無視なの? あれだけの関係性で「行けたら行くわ!」のノリだったなんてことがあるの?」
「…………」
「ずっとずっと待ってたのに、また会えるかもって楽しみにしてたのに、今度は素直でいようって心に決めてたのに、え? うそでしょ? やばくね? 6年んんんんんっ!?!?」
「……あいつ、4、5年って幅持たせてたくせに、1年多いじゃねえか」
――心当たりがある!
とても心当たりがある!
「――ローーーーータスゥゥウウウウウウウ!!!!」
――あれは俺の名前だ!
ひと際大きい魔力の爆発が発生し、暴風がカメリアを中心に吹きすさぶ。
「悲しい風だ」
「余裕だね兄様」
俺か! 俺なのか! いや、俺以外にいるとは思わない!
土下座で許してもらえるだろうか? あの、違うんです。本当に忘れていただけで――
「アアアァァァァアアアアアアアア!!!!」
一歩踏み出した先の地面からとんでもない太さの氷の槍が突き出す。
透明な氷だ。未熟な魔法使いは濁った氷しか出せないとどこかで聞いたことがある。
透き通った槍のその先。
カメリアが。
俺を見ていた。
「――ぉぉおおおおあああああっ!?!?」
すんでのところで横に飛ぶと、俺のいた地点までカメリアが飛び掛かっていた。
氷の槍は粉砕され、欠片が木々に突き刺さり大きな穴を開ける。あれは――竜形態か!
「落ち着こう! 話をしよう! 本当に悪かった! ごめんなさい! 許して?」
「やだ!!」
やだぁ!? うおあぶねえ!?
魔力の渦が黒い靄となって見えづらいが、カメリアの四肢がドラゴンのようなソレに変化しているのが分かる。竜人族の扱う竜変化の術――カメリアの術は中途半端なものではあるが、それでもただでさえ馬鹿みてぇなステータスが超強化されるのだ!
「私は――強くなった!」
「っ――」
多彩な魔法を組み合わせ的確に俺を狙う。逃げ道をうまく潰し、判断に隙が生じたところで勢いよく肉薄する。
そのすべてを何とかグラディウス一本で対処しながら、距離を取り続ける。力づくで押さえつけるとなるとケガを負わせてしまう。悪いのは俺なのだから、その選択肢は選べたもんじゃない!
「あなたがすべてを背負わなくてもいいように、私でも助けになれるように、強くなった!」
今の戦法が通じないと悟ったのか、動きが変化する。
右手に氷の刃を、左手に炎の刃を召喚し、全身に魔力を巡らせさらに身体能力を向上させる。肉弾戦に持ち込むつもりか!
「今だったらあの時のお父様――竜王にだって引けは取らない! あなたに並べるとはまだ思えないけど、それでも、頼ってもらえるくらいには、頼もしくなったつもり!」
俺より速いか――さすがに!
翼と尻尾を使った独特な体重移動から繰り出される、重く早い剣。氷の刃を蹴り落とし、炎の刃を断ち切るが、すぐに再召喚されて距離を詰められる。
「それを――誰よりもあなたに見ていてほしかった!」
……。
やるしかない、か。
あの頃は、俺が原因ではなかったから、冗談程度に考えていたが。
この状況を打破するには、最適解のように思えたから。
「お前が強いのはもう知っている! 5年前お前と出会った時から――」
「6! 年! 前!」
「あすいません」
突っ込みと言わんばかりに首元に斬りかかられたので、グラディウスを盾にしてやり過ごす。
いかんいかん。ここからが大事なのだ。彼女とて、暴走したくて暴走してるわけじゃない。聞くところによれば、溜まった鬱憤をここに来て発散するようにしてたそうじゃないか。
それでもこうして不満が爆発してしまった。暴走してしまうと、本音がどうしても漏れてしまう。そう、本音。カメリアの心の中。俺のために――そうか。
原因は俺だ。それは本来俺が聞いちゃいけない類のもの。
なら、俺もさらけ出さねば不公平というものだろう! それ以上でもそれ以下でもないから出来れば耳を塞いでてくれねえかな三馬鹿さんたち! 見世物じゃねえんだぞ!!
「お前は十分強かっただろうが! あの時もずっとお前に頼りっぱなしだっただろ、俺は!」
「……」
あ、剣しまった。話聞く姿勢になるの早くない?
「お前が俺をどう思っているかは知らないけど、俺からすればお前の強さが羨ましかったよ」
「……ふーーん」
カメリアは目線だけこちらにちらちらと向けてくる。
あんま気にしてないけど、そっちが言いたいならまあ聞いてもいい、なんて雰囲気を纏いながら、でも尻尾はぶんぶんと興味津々だった。拗ねたときのカメリアそのままだ。
こういうところは変わらないのな。ちょっと安心した。
「その、会いに来れなかったのは、本当に申し訳なかった」
「忘れてたの?」
「……えーっと」
こっちをガン見している仲間のような何か共に聞こえないように、カメリアの手を手繰り寄せ、耳元に囁く。
「――ずっと後ろめたかった。顔を見せるのが怖くて、気付けばこれだけ時間が経ってしまったんだ。それに、嫌われてると思ってたから。でも本当は……まあ、会いたかったよ、俺も」
「――っ!?!?」
その瞬間、カメリアを覆っていた黒い靄が霧散した。
竜変化も解けて、四肢が元に戻る。綺麗で細い指が彼女自身の耳を塞いでいた。
「……なにしてんだ?」
「…………み、耳はだめだってば」
恨めしそうにジト目で睨まれる。
……これは、どうにかなった、ってことでいいのか? 見たところ暴走は止まり、魔力の奔流もどこへやら、静かな森が戻ってきていた。
戦いの爪痕を見ていると、カメリアから指でつつかれる。
「遅い!」
「う、すまん……」
「んーーーー! おーそーいー!」
「お、おい?」
今度はカメリアに抱きつかれた。
な、なんだ? 怖い! 主に角が! 刺さりそうで怖すぎる!
「……まだ少し正気には戻り切れていないみたいだね」
「素直な姫は貴重だぞー? ちゃんと噛みしめておけよな、ロータス! それで後で思いっきり擦ってやるんだ」
「アッハッハ! 最低だね」
木陰からゾロゾロとクインスたちが顔を出す。
こいつらずっと楽しそうだったな。マジで覚えておけよ。いやまあ悪いのは俺なんだけど、それはそれとして夜道には気を付けるんだな!
「ロータス」
「はい」
「気を付けような」
「はい……」
リリウムからは真顔でそう言われた。
そうだねすぎて頭が上がりませんでした。まる。