治癒を騙って仲間の呪いの肩代わりしてたのがバレた


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作:甘朔八夏
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4.後の祭


 

 

俺を見据えるソアレの昏い目。躊躇いがちに、しかし絶対に離さないという意志を込めて固く握られた手。

 

冷や汗が止まらない。

 

本当に待って欲しい、あまりにも展開が早すぎる。

さっきの暴露からまだ数十分くらいしか経ってないのにこの修羅場。

普通こういうのって、せめてカミングアウトから1日は距離を置いて、落ち着いてからもう一度話すとかじゃないの?

 

 

俺の手に縋り付くソアレを視界に収める。彼女は顔を俯かせて、小刻みに身体を震えさせている。

彼女の姿はまるで迷子の子供のようで、ひどく弱々しくて。手を離せば砕けてしまいそうだった。

 

俺はソアレにどんな言葉をかけるべきなのだろう。何が彼女の心を癒せるのか。……見当もつかない。

 

これじゃ治癒師失格だな、なんて考えが頭をよぎる。

 

でも、何かしなければいけないことはわかっていた。目の前の小さな体をそっと胸に抱く。

法衣の上からならば、瘴気は彼女に移らない。

それでも、俺の突然の抱擁に、ソアレはびくりと肩を跳ねさせた。

 

「……優しく、しないでよ。ボクがもっとしっかりしてたら、ラスタは痛くなかったんだよ?苦しくなかったんだよ?ねぇ怒ってよ叱ってよそうじゃないと………ボク、は」

 

また言い淀む。堪えきれなくなって溢れ出す。その姿を見て、強い焦燥感に襲われた。しかし、それよりも俺の胸に広がるのは、露骨なほどに強い()()()

 

「一旦落ち着け。何年もソアレたちのこと治癒してたけど、今まで平気だったろ?大丈夫だから!今更心配する必要はないから。な?」

 

ソアレの肩に手を置いて、しかと彼女の眼を見つめる。呵責に濁りきったその目が、俺の言葉に反応して大きく見開かれた。

 

「……………()()、か。そうだよね。今までずっと気づかなかったもんね。たしかに今更こんなこと言ったって、虫が良すぎるよね」

 

カラカラに乾ききった彼女の声がぽつりと響いた。

 

「ッ!違っ——!」

 

やばい、完全に言葉選びを間違えた。慌てて否定しようとするも、ソアレに手で制されてしまう。

 

「その瘴気は払えないの?」

 

そして突然俺に問いかけた。急な話題転換に困惑する。しかしソアレの有無を言わさぬ声に押されて、俺は首を縦に振った。

 

「…俺の体に残ってる呪いは、全部教会でも手に負えない(浄化できない)モノだ」

 

「軽減することは?」

 

「これ以上は無理、だな」

 

「そっか」

 

先ほどの動揺した様子からは一転、感情の読めない淡々とした声で質問を続けるソアレ。

 

「…なぁ」

 

声をかけると、彼女はゆっくりとこちらに振り向く。美しくも澱んだその目から、ぼろぼろと絶え間なく涙が溢れていた。

何を言おうとしていたか頭から飛んでいった。口を半開きにして、ソアレの涙を眺めることしかできない。

彼女は涙を拭おうともせず、ぽつりと言葉を(こぼ)す。

 

「ずっと一緒にいてよ」

 

俺は彼女から、目を逸らすことができなかった。

 

「ラスタと一緒だから楽しいの」

 

一歩、こちらに近づいた。

 

「でもボクと一緒だったからラスタが痛いの」

 

少し背伸びして、俺の頬に手を添える。

 

「だからもう何もしない」

 

消え入りそうな声が、やけに明瞭に鼓膜を打った。

 

「いや違う。何でもする。ラスタがしてほしいこと。しなくちゃ駄目なこと。だから、だからだからだから。お願い。もう(いの)らないで———」

 

かくん、と糸が切れたように倒れ込む。咄嗟にソアレの体を支えた。泣き疲れたのか、はたまた容量を超えたのか。彼女は意識を失った。

 

 

 

「………やばい」

 

冗談抜きで、とかそんなこと言ってる暇もないくらいにやばい。彼女の本音を受け止めて、そろそろ事態を深刻に受け止めなければならないことに気づき始めた。

どうしよう。どうしようったって、「大丈夫」と言ってもソアレは絶対に認めてくれない。現に俺の体の呪いは事実な訳だし。

 

彼女を背に抱えながら、ぼんやりと思考を回す。明確な解決策は出ない。本気で何かを考え出そうとしているわけでもない。ただの現実逃避だ。

 

ソアレを背負い、路地を去ろうと立ち上がると、肩に想像よりも強い重みがのしかかる。

 

重………いかん、ソアレとはいえ女性にそのいじりは御法度である。

 

失礼な考えを脳の奥底へ———違う。重くなったんじゃない。

 

「…大きくなったな」

 

最後にソアレを背負ったのはいつだろうか。

 

彼女は魔物との戦闘で度々怪我をするが、俺の治癒を受けるとすぐに復活する。その上、我がパーティは俺以外は皆女性。仮にソアレが歩けなくとも、背負うのはハイネかキキョウが担っていた。

そのため最後に彼女を背負ったのは、ソアレも俺もまだ未熟な頃———二人で冒険者をやっていた時以来かもしれない。

 

ソアレとは、もう六年の付き合いになる。最初は、自分と同じく「冒険者に強い憧れを持つ子」と仲良くしたい、くらいの軽い気持ちで話しかけた。

でも彼女の心は素直で、真っ直ぐで、とても綺麗だった。

いつしか俺は、ソアレのことを妹のように思っていたのだろう。

 

 

「…普通に考えて、兄みたいな立ち位置の男の寿命がゴリゴリ削られてます、って言われたら焦るよなぁ…」

 

口に出すとなおさら今の状況の異常さが分かる。もし立場が逆だったら、俺は発狂する自信があるね。

 

まあ、ソアレが俺のことを兄のように思ってくれているかは知らないが。……大切に思われてるとは思う。というか、さっきの彼女の態度を見てそれが分からないほど俺も馬鹿ではない。

 

 

 

しかし、やはり前の世界で体験した「死」という経験は俺にとって重すぎた。この世界に転生してから早十八年。そんな今でもふと考えることがある。

 

 

これは死ぬ間際、あるいは死後に見ている夢なのではないか、と。

 

 

(ラスタ)は幸せな人生を送っていると確信している。だからこそ怖いのだ。突然終わることが。

自分がこの世界に居る証が欲しい。所詮、人々に治癒をばら撒いているのも自己満足だ。

 

俺は人々を救済したい、なんて高尚な考えは微塵も持っていない。結局全部自分のため。

見ず知らずの人と大切な仲間を天秤にかけられたら、躊躇いなく他人を見殺しにできる人間なのだ。

 

そんな偽善者にもなれない俺が———って、駄目だ駄目だ。やめ。この世界では、やりたいことだけやって生きると決めている。こんなネガティブ思考はするだけ無駄だ。

 

そうだ、瘴気を肩代わりするのも冒険者家業も、やりたいからやっている。それでいいじゃないか。そして、これからもやりたいことを生業にする生活を続けるためにも、

 

「……三人を、どうにかしないとな」

 

肩に顎を乗せて寝息を立てるソアレを見る。彼女には、笑顔の方がよく似合うから。

 

 

 

 

 

 

運が良いのか悪いのか、ソアレを抱えての帰宅は、他のパーティメンバーの誰にも見られることはなかった。

ソアレはまだ目を覚まさない。といっても彼女を俺の部屋で寝かせておくわけにはいかないので、一瞬だけ彼女の部屋にお邪魔することにする。

 

ちなみに今泊まっている宿の部屋割りは、俺とハイネが一人部屋、ソアレとキキョウが共用の二人部屋である。睡眠を趣味と豪語するハイネは、自分のポケットマネーを使用してやや高ランクの部屋に泊まっている。「自分だけの城」感が強いのがお気に召しているらしい。それでもソアレに突撃されることは多々あるようだが。

 

結局何が言いたいのかというと、ソアレの部屋はキキョウの部屋でもある、ということだ。もし扉を開けた瞬間キキョウと目を合わせることになれば、俺は気まずさで死ぬ。

だからといって、俺の部屋でソアレを寝かせた場合、起きた瞬間にソアレと俺が目を合わせることになれば居心地の悪さが限界突破して死ぬ。

 

俺はキキョウと対面するリスクを取った。前者の方がまだ弱い死なのだ(?)。

 

肺から空気を押し出して、一瞬の躊躇の後そっとソアレの部屋の扉を開ける。その先には、………幸い誰もいなかった。

 

どうやらキキョウも出かけているようだ。

 

ほっと息を着いて、ソアレを背負ったまま静かに部屋の中へ入る。

 

ベッドが二つに、壁沿いに取り付けられた机と小さな椅子だけのシンプルな内装。どっちのベッドを使っているか分からなかったので、適当に扉に近い方に彼女を寝かせた。

 

よしOK。それじゃ、邪魔者はささっと退散しますかね。

 

ベッドに背を向けて扉の方を向く。その途中で、俺の目は一点に止まった。

 

そこにあったのは、古ぼけた剣の(つか)、のみ。

ひどく見覚えがあった。思わず苦笑が漏れる。

 

「…まだ持ってたのか」

 

二年前、ソアレの冒険者活動が始まった祝いにプレゼントした剣。地元の教会で貰ったお布施がかなりあったため、彼女を驚かせたくて結構奮発して買ったもの。

 

喜びの許容量を超えて、放心状態になった彼女の姿は傑作だったな、と今振り返っても思う。

 

残念ながら、ソアレの成長期と無茶な使用による劣化のダブルコンボによって新しいものに替えざるを得なくなったため、彼女は泣く泣くこれを手放していた。

 

いくら大切にしていたとは言え、冒険者にとって武器は消耗品。もう処分したと思っていたのに、まさかこんな形で残していたとは。

 

机の前まで歩いて、そっと剣の柄を手に取る。持ち手に巻かれた皮は目に見えて擦り減っており、彼女の手に込めた力が、想いがよく見えた。

 

折角なので中段に構えてみる。もちろん(つか)だけなので締まらない。しかしその剣の亡骸は、何年も積み重ねられた確かな重みがあった。

 

ふと、頭に一つの考えが宿る。もしも。

 

「……剣士の道を、選んでたら」

 

どうなっていただろう。仲間を泣かせることは無かっただろうか。苦しめることは無かっただろうか。

 

自身の選択に後悔はしていないつもりだった。しかし夢想してしまう。彼女たちを支えるのではなく、彼女たちの隣に立っていたら。こんなことにはならなかったのだろうか。

 

「……ぁ」

 

「!」

 

はっと我に返って勢いよく振り返る。……まだ寝ている。きっと寝言の類だろう。

 

ほっと息をつく。しかし、ここに長く居座るのは不味い。早く自室へ戻ろう。

剣の柄を机の上に置いて、そそくさと扉へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞こえた。彼は言った。「剣士になっていれば」と。

 

ソアレは知っている。治癒をする彼は生き生きしている。完治した体を確認して喜ぶ人々を見て、彼は心底嬉しそうに笑う。

 

でも彼は、たとえ(こぼ)れてしまっただけだとしても、自身の選択を否定した。治癒師としての自分を否定した。

 

ソアレの言葉を聞いて。

 

治癒を止める、なんて言ってくれたら喜ばしいはずだ。無論、ソアレもそれを望んでいる。

 

しかし治癒師としての彼を否定することは、ラスタの夢を否定することと同じなのではないか。

 

かつてラスタに夢を肯定されたソアレにとって、彼の夢を否定することは苦痛だった。でも止めなければ彼は。

 

雁字搦めの思考は答えに辿りつかない。頭がずきずきと痛みを訴えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。結局あの後、ソアレとは話せていない。他の二人とも。

今朝の二の舞になってしまいそうで、あの後は部屋から出ることすら怖くなった。

 

その結果、暇を持て余した俺がやっていたのは「ロザリオ磨き」である。…本当にやることなかったんです。

 

いつもはこの時間帯、定食屋や酒屋に行って皆でワイワイした後、宿屋の談話室でのんびりしたり、食後の訓練と称してガチバトルをするソアレとキキョウを見物したりしている。

 

改めて生活を振り返ってみると、彼女たちの存在が自分の生活のかなり深いところまで根を張っていたんだ、と分かる。それも過剰なくらいに。

 

深夜にソアレが自室に飛び込んで来た時は、心臓が止まってしまうかと思った。どこを、とは言わないが、本当に、本当に隠せて良かった……

もし見られていたら、その時点で俺はパーティを脱退していただろう。

 

ぴっかぴかになったロザリオをぼーっと眺めながら、くだらないことを思い出す。思い出の中の俺たちは馬鹿騒ぎしているのに、現実は外から人々の足音が聞こえるほどに静寂に包まれている。

こんなに静かな夜は、久しぶりかもしれない。

 

案外寂しい、と思っている自分に驚く。しかしまだ彼女たちと面を合わせる勇気はない。その時、俺の脳内に素晴らしいアイデアが浮かんだ。

 

「野良で冒険行くか」

 

仕事をして現実逃避である。こういう時は、駆け出しの冒険者に絡みに行って程よくサポートし、成功の喜びに浸る少年少女を眺めるに限る。

 

勿論、三人には秘密で。昨日の今日でお前……と言われてしまうかもしれないが、駆け出しの冒険者に危険な魔物は充てられないので、危険性はほぼ皆無だったりする。けど余計な心配かけるのも申し訳ないので言わない。朝早くに出発すればバレないはず…

 

そうと決まれば今日はもう寝よう。明日はそれでリフレッシュしてから、彼女たちの元気をどう取り戻すかを考えようではないか。

 

ひとまずの目的ができて少し気分が軽くなる。明かりを消して、ベッドに飛び込んだ。

明日になれば、なんかいい感じに事態が好転しますように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備完了、だな」

 

いつもの法衣に小さめの鞄。ちょっと行ってくるだけだし、このくらいの軽装でいいだろう。

ソアレたちにバレないように、計画通り早起きして支度を済ませた。

 

あとはギルドでめぼしい駆け出し冒険者を見つけるだけである。最近は「雷霆への祈り(うちのパーティ)」での活動ばかりしていたから、こういうのは随分と久しぶりだ。

 

どのように話しかければ怪しくないだろうか。「仲間に入れてください」…なんか違うな。「ちょっと交ぜてよ」…嫌な先輩みたい。うーーーん……

 

とりあえずギルドに着いてから考えよう。

 

ドアノブをひねる。

 

「いってきま———」

 

「何処に?」

 

「ッ!?!?」

 

俺の()()()()()声がかかった。完全に意識外の呼びかけに飛び上がるほどびっくりする。

 

慌てて声の方へ視線を向ける。まあ顔を見る前から分かっているが。こんな芸当ができるのは我がパーティで一人だけ。

 

「質問してるんだけど」

 

「………ハイネ。これは、その、あのぉ…」

 

山羊を彷彿させる横長の瞳孔が、ジトっと俺を見つめていた。

 

 

 

 

転移魔法。事前に詳細な座標設定をしておく必要がある上に、必要魔力量がかなり多いためほとんど誰も使っていない残念魔法。ハイネはこのようなマイナー魔法を利用するのが存外上手いのだ。

 

なんで俺の部屋に座標設定してるんだ、とか、どうやって俺がこっそり出かけようとしてることに気付いたのか、とか聞きたいことが色々ある。が、今はそれどころではない。

 

 

彼女の平坦な声に萎縮して、言い訳の言葉も浮かばない。言い淀む俺を一瞥しながら、ハイネは大きく息を吐いた。

 

「冗談。ラスタの姿を見れば分かる。ギルド行くんでしょ」

 

呆れた、とでも言いたげな声色でずばり言い当てる。しまった、冒険用と普段用でそれぞれ別の法衣を着ていたのが仇となったか……

 

「なんで一人で行こうとしたの?」

 

「それは…えー…」

 

「いつもは誘ってくれるのに」

 

「ゔっ」

 

ハイネの尋問は跳ね除けることが難しい。無言で視線を向けられ続ける居心地の悪さに耐えられず、いつも折れてしまうのだ。

大人しくゲロって謝った方が賢明だと知っている。しかしそれはそれでハードルが高い。心配をかけたくなかったからこっそり行こうとしてたのに!!

切実に逃げたい。…………あれ?そういえば、ハイネと普通に話せている。正確な年齢は知らないが、彼女はうちのパーティでも最年長。もう冷静になったのだろうか。

 

逸らした視線をもう一度ハイネに向ける。彼女は黙って俺を見ていた。

 

「ハイネ?」

 

「やっぱり貴方は昔から変わらない」

 

ふっと表情を崩して俺の胸に指を当てる。

 

()()()()()()使()()()

 

意図の見えない言葉と行動に困惑する間も無く、ハイネはぽつりと言呪(ことほ)いだ。

 

■■■■■(はかばまで)

 

 

 

 

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