やはり、徒歩かつ整備されてない道を行くとなると時間がかかる。
そんなこんなで夜も更け、俺たちは野宿することとした。
「じゃーん、見ろ、大量の香辛料だ!」
「うおおお!!」
リリウムは荷物を広げると、小瓶に分けられたいくつもの香辛料を取り出す。
大きな荷物だと思っていたが、そんなものが入っていたのか。他にもドライフルーツや干し肉、パンに……おいホールチーズまでありやがる!
「ロータス君、旅の準備というのはこういうものを言うのだよ! 味気ない食事じゃせっかくの旅が台無しだろ?」
「く、街中じゃ金さえ出せば食えたものだっていうのに、どうしてこんなにも美味そうなんだ!」
「キャンプ飯」
「っ!」
「ははは、憧れてたんだよなあ、こういうの! やっぱり何倍も食材が輝いて見える!」
確かに、外で食う飯は大層美味いと聞く。
誰かと食卓を囲む方が美味いとか、そういうの眉唾だと思ってたけど、現に腹の虫が大合唱してるので身体は正直なのだろう。
そうか、地球で言うキャンプ飯ってことになるのか。
「オレを連れてきてよかったろ?」
「今完全に思い知ったよ。塩で焼いた肉と果実だけの味気ない食事しか知らなかったからさ」
「ふふん」
リリウムはあのコンカフェのメニューの大半を開発した経験がある。
地球とは違う食材で慣れ親しんだ料理を新たに生み出したのだ。俺は本当に男料理というのか、簡単かつ雑な料理しかできないから、旅の途中でも満足のいく料理が食べられるというのはありがたかった。
焚火の上にどでかい鍋を置いて、魔法で水を入れ、様々な食材と香辛料を入れていく。
その隣のスペースに金網を置き、上にパンを乗せた。湯が沸き、パンに焦げ目がつくくらいになると、香ばしい香りが辺りを満たした。
「ところでさ、ロータス」
料理する手を止めないようにしながら、リリウムが尋ねる。
「オレたちって結局どこに向かってるんだ?」
「ん、ああ、言ってなかったか。隣町の『ドラゴンフォート』だよ。昔馴染みに会いに行くんだ」
「ドラゴンフォートっていうと、オータムウィートから徒歩で1、2日くらいか」
オータムウィートというのは、俺たちが生活していた街の名前だ。
そこから徒歩で1、2日なら、街道を使わない旅だと2、3日にはなるかもしれないな。
「……竜人族討伐の要衝、だったな」
小さくつぶやくリリウムの声に、俺は聞こえないフリをした。
「昔馴染みって、どんな奴なんだ? あっちは確か竜人族が多かったと思うだけど」
「竜人族の女の子だよ。今は冒険者で3人パーティで活動してる。等級は白金で、パーティ名は『ダインスレイヴ』だったか」
「うぉぉ、おっかねえ名前付けるんだな……つか白金って、上から、えーっと……何番目だ?」
「3番目だ。とは言ってもすでに各々がソロでの依頼受諾を許可されてるから、実力はその上、ミスリルレベルってことになるな」
ほお、とリリウムは声とも言えない吐息を漏らす。
無理もない。この国でそこまでの等級に至った冒険者はいないのだ。
数年前はまだまだひよっこだったんだが、中々どうして、雲の上の存在になってしまったな。
「つかおい、女の子って! やっぱなー、そんな気したんだよなー!」
「言っておくが、お前が考えているような仲じゃないからな! 前にちょっと一緒になったことがあるってだけだ。その時に世話になってて、まだ礼もしてなかったから。そもそも向こうは俺のこと、そんな好きじゃないんじゃないかな」
「……なんだ、そうなのか?」
あの子の姿を思い返す。
竜人族特有の角と翼と巨大なしっぽ。特徴的な青い髪に赤のインナーカラー。人目を惹くプロポーションには、いつも目のやり場に困らされたな。
「いつもいつも突っかかれてさ。ことあるごとに「キモい」だの「暗い」だの「臭い」だの言ってくるんだよ」
「そりゃ、また……やんちゃな娘さんなんだな?」
「その割にはこっちが適当にあしらうとそれはそれで不機嫌になるし、宿でも一緒の部屋じゃないと拗ねるし、1人で行動しようとするとどこまでも付いてくるんだよ!」
「ん?」
「俺が危ないときとか助けてもらったときとかも礼を言うとさ「別にそんな言葉が欲しくて助けたわけじゃない」とか言われてさ!」
「…………」
あれ、リリウムさん? どうしてそんなジト目をしているんですか?
「そ、そんな相手にわざわざ会いに行くってのも、律儀なもんだよな、お前」
「いやさ、そういえば別れる時に「また会いに来て」って言われてたっていうのを思い出して。さすがにそれを無視するっていうのもなんだかな。色々支えになってくれたのは確かだし」
そう言うとリリウムは固まった。
一瞬おたまを取り落としそうになって、慌てて空中でキャッチする。気づけば料理はほとんど出来上がっていた。
「お前、それいつ?」
「え?」
「いや、その、また会いに来てって言われたのさ、いつのこと?」
「…………4、5年前?」
リリウムは空を仰いだ。
焚火の光でほとんど見えないが、今日も満天の星空だろう。満月が料理につられて顔を覗かせていた。
湯気と香り立つスープを木のボウルによそい、リリウムに手渡される。心なしか肉の量が多い。
「た、たくさん食え」
「なんだよ、その最後の晩餐みたいな……よせ、つい先日聖女に泣かれたばかりなんだぞ!」
「いやお前はたぶんもうダメだ。今のうちに食っておけ、満腹なら死ぬときの後悔が一つ減るだろう?」
「途端に食いたくなくなってきた……」
それでも芳醇な香りには抗えずスープを受け取る。
一口啜れば、思わず驚愕に目を見開いてしまう。うまい!
多種多様な香辛料の香りがどんどん食欲を湧き出させてくるし、干し肉もまるで今朝仕入れたかのような柔らかさとジューシーさを持っている。
なにより温かいのがいい! 特段冷える夜というわけではないにせよ、五臓六腑に染みわたるこの温度が幸福感をもたらしてくれる。
「うめーだろ?」
「……うまい。クソ、本当に後悔が一つ減る満足感だ……!」
その言葉に満足げに笑ったリリウムは、続いてもう一つの料理を渡してくる。
焚火で焼いたパン――に、これでもかとチーズが乗ったもの。そこに細かくした干し肉が散らされている。上に乗っている香辛料は、ブラックペッパーだろうか。
「こんなんズルの料理やん……!」
「店でも出さねえオレお手製の料理だ。今晩限定だぞ♡」
「くっ、殺せ……!」
「なんで?」
思わず心の中の女騎士が出てしまった。
昨日に続いて、今日も豪華な晩飯だ。こうも幸せが続いてしまうと、あとが怖くなってしまうね。
しばらくそんなやり取りを、料理を食べきるまで繰り返していた。
寝ずの番として、焚火を見つめる。
カメリア・サザンカ。竜人族にして冒険者の彼女のことを思い出していた。
かつて、ドラゴンフォートで出会った少女。
あの時からそれなりの時間が過ぎて、この国はある程度の平和に酔いしれていた。
その過程で流れた血の量に見向きもしないまま、知らないふりをしたまま。彼女もまた、宗主国『ホワイトクラウン』の陰の立役者。
「俺と同じ、王殺しの英雄――」
覚悟していたことだ。わかっていたことだ。
彼女たちに出会うということは、俺の過去に向き合うということ。
それでも、俺は。
この旅を止めはしない。間違いなく、死ぬ時に後悔するから。
たとえ過去が俺を食い殺さんとしても。
それはそれで、納得ができるだろうから。
「元気にしてるかな、あいつら」
あの時は、一緒に卓を囲んで酒を飲むなんて考えたことが無かった。
一応、これも平和のたまものっていうことになるのかな。