治癒を騙って仲間の呪いの肩代わりしてたのがバレた


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作:甘朔八夏
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2.吐け


 

 

早朝。現在俺たちは、拠点としている街の宿屋の一室にいる。全員が、無言で俺を凝視している。

 

 

 

昨晩の事。困惑して言葉がでないソアレを傍目に、俺は即行お腹を隠して彼女に「これは夢」と暗示を(うそぶ)きながら、彼女をテントの外へ放り出した。

 

駄目でした。

 

当然のごとく俺の傷は仲間に共有。まだ日が昇る前に起こされたと思ったら、三人は昨日の撤営(かたづけ)を完璧に終わらせていて。その後は軍隊もかくやといった進軍速度で街へと帰ってきた。

一刻も早く帰還したいが、(ラスタ)に無理はさせたくない。そんな感情が丸わかりの態度で「…背負って運びましょうか?」なんて言われたのは反応に困った。流石に断ったけど。

 

その申し出を口にした以外、帰還中に彼女たちは何も言わなかった。ただ俺の目を盗んで、ひたすら俺の腹に視線を送っていた。気を遣ってくれているのか、単にかける言葉が見つからないのか。

行動の意図は読めなかったが、この無言の空気感はまさに地獄であった。元凶の俺が話題を振ることができるはずも無く、葬式の帰りのような重い雰囲気が延々と続く。

気まずさに押し潰されるかと思った。

 

 

 

 

 

 

「ラスタ」

 

普段の明るい雰囲気からは想像もできないほどの、ソアレの冷たく平坦な声。昨日とは打って変わって、今度は俺が肩を跳ねさせることとなった。

 

「説明、してくれるよね?」

 

光を失った黄金の瞳に見つめられるのに耐えられず、自身の視線を横へと逃す。

 

ハイネと目が合った。山羊を連想させる横長の瞳孔は鋭く細まっており、全く感情が読めない。というか怖い。

 

反対側へ目を逸らす。キキョウと目が合った。いつもの穏やかな微笑は今だけは鳴りを潜めて、完全なる無表情を作っていた。勿論目も全く笑っていない。でも、怒っている訳でもない。失礼ながら、彼女の顔は能面にしか見えなかった。だから怖いって。

 

逃げ場がどこにもない。

詰んだ。諦めて目を閉じようとすると、ソアレが俺の肩に優しく手を置いた。

 

悲鳴をあげそうになった。

 

強く掴まれている訳ではない。むしろ、添えられただけ。それにも関わらず、俺は彼女の手を振りほどけるビジョンが全く見えなかった。

 

今度こそ完全に諦めてソアレを見る。

 

「え」

 

彼女は、泣いていた。

 

「教えて。……おねがい」

 

心から溢れ出したような、か細い声が鼓膜を震わせる。その懇願を、俺は振りきることができなかった。漏れそうになった吐息をぐっと飲み込んで、

 

「…厳密に言うと、俺のアレは魔法じゃない」

 

 

一つ。ソアレが見たのは傷ではなく、瘴気の凝着であること。

一つ。他者の呪いを自分に移せること。

一つ。自分の身体は特別性で、瘴気の影響を受けにくいこと。

 

 

 

女神様のことは伏せて、できるだけ淡々と、できるだけ簡潔に。

何の感情も込めずに、ただ情報を開示する。そうして、最低限のことは全て話し終えた。

 

「…まあ、俺専用の特殊能力だと思ってくれたらいい。すごいだろ?」

 

場を和ませようと発した冗談に、部屋の空気が二,三度下がった気がした。喉からヒュッと声が漏れた。

 

誰も言葉を発しない。でも、誰も俺から目を逸らさない。本当に気まずかった。

 

「……あの」

 

「ラスタ」

 

「ハイッ」

 

「脱いで」

 

えっ。

…………それだけはまずい。俺の能力の()()を見せるのに最適な行動であり、早くこの話題を終わらせたい俺にとって最悪の行動。

 

声色だけでわかる。ハイネは本気だ。それだけは避けなければならない。無意識的に扉に視線を送る(逃走経路を確認する)と、既にキキョウが俺の手首を掴んでいた。

 

「えっちょっ待っ」

 

俺は治癒師、彼女は剣士。能力を除いたら一般人の俺が、キキョウの腕を払える訳がない。無表情のまま作業的に、俺の着ている分厚い法衣を剥ごうとする。

 

「待って乱暴しないで!男女逆でもセクハラは通用するんだぞ!」

 

「黙っててください」

 

当然のように俺のジョークは弾かれる。というかガン無視。抵抗虚しく、とうとう法衣を奪われた。しかし、キキョウの手は止まらない。次だと言わんばかりにインナーに手を———って、それは不味い。

 

「わかった!!自分で脱ぐ!脱ぐから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…素肌には触るなよ。長時間触ってると感染るから」

 

ベッドに腰掛けて、下着一枚姿の自身の身体を三人の美少女にじろじろと見られる。

 

これなんてエロゲ?とか言ったらぶっ殺されそう。

 

「後ろ向いて」

 

有無を言わさぬハイネの声。彼女の声にこれほどまでの感情が込められているのを、俺は初めて聞いたかもしれない。

 

ここまで来たら何をしても無駄だろう。大人しく指示に従う。すると彼女はずい、と体を俺に近づけて、少し放置気味に伸ばしていた俺の後ろ髪を捲り上げた。

 

「この傷…やっぱり…!」

 

ハイネが俺のうなじをやや乱暴になぞる。

 

()ッ!…ちょ、触るなって言っただろ!?」

 

つい声が漏れる。その声に、彼女は凍りついたように固まった。

 

「…ハイネ?」

 

「…………痛い、の?」

 

あっ。

 

弾かれたように振り向いて、彼女たちの顔を見る。横長の瞳孔を大きく広げて呆然とするハイネに、口をぽかんと開けるソアレ。キキョウの手からは、俺の法衣がぱさりと落ちた。

 

「…いや?全然痛くないぞ?驚いて声が出ちゃっただけ。ハイネもそういう経験あるだろ?」

 

とっさに誤魔化すも焼け石に水。むしろ火に油。

凍りついた空気があまりにも鋭くて、部屋の中はもはや息苦しさを感じるほどになっていた。

 

 

 

「……瘴気の影響を受けにくい、ってことは、受けてるんだよね、ある程度は」

 

突然のソアレの指摘。図星だ。動揺を諭られない為に、俺は黙りこくることしか出来なかった。いつも能天気な割に、こういう時だけ的確に一番触れて欲しくない所を突いてくる。

 

「痛みは確定。まだある……んだ。なるほど。あとは何?」

 

俺の表情から情報を抜き取らないでほしい。努めて無表情を保っているはずなのに何故バレるのか…

 

「弱体化?体の怠さ?精神的な物?まさか寿命とか?……………寿命、なの?」

 

大正解。降参とばかりに両手を挙げた。信じたくない選択肢だったのだろうか、ソアレの瞳は一際大きな動揺を見せる。逡巡の後、かたかたと指を俺の腹に向けながら。

 

「その傷で、どのくらい?」

 

「…一ヶ月」

 

瞬間、ソアレが俺の体に飛び込んで来て、幼子のように縋り付く。耳元で切り揃えられた彼女の美しい金髪が、俺の胸をさらりと撫でた。

 

「嘘つかないでよッ!!」

 

もう一度、俺を見上げる。

 

「答えてよ」

 

逃げられない。そんな確信があった。

 

「……五年、だ」

 

やってしまった。だから言いたくなかったのだ。

目の前で力を失ってへたり込むソアレを見ていられない。

彼女たちは優しいから、たかが俺の寿命程度のことで泣いてくれるだろう。それが嫌だったのだ。

 

「なんで?」

 

「…俺なんかが長生きするよりも、ソアレ達がやりたいことやって生きた方がずっと良い」

 

一度俺は死んでいる。だからこれは、ボーナスゲームだと思って生きてきた。俺は、たまたま生き永らえただけなのだ。

でも彼女たちは違う。この世界が、彼女たちの全てだ。俺みたいな部外者がのうのうと生きるよりもこっちの方が世界も喜ぶだろう。

 

「昔から言ってたじゃないか。『誰もが憧れるような英雄になりたい』って」

 

くしゃりと、ソアレの顔が崩れた。

 

「そんな…ことで……!」

 

燻っていた感情が破裂したかのように、彼女は部屋を飛び出す。開け放たれた扉から、錆びた蝶番(ちょうつがい)の金切り音だけが静かに響いた。

 

どうすればいいか分からない。俺はすぐに彼女を追うことができなかった。

 

再び静まり返った部屋の中。キキョウがゆっくりと立ち上がる。そして立ち上がることもできなくなったハイネを担ぎ上げた。どうやら部屋を出ていくようだ。

 

キキョウと目線が交差する。彼女もまた、沈痛を必死に堪えていた。

 

「自分の命の価値を、自分だけで決めないでください」

 

バタン。扉が閉まる。これで部屋には、俺一人。

 

 

 

「……っはあああああぁぁぁ…」

 

一仕事終えたかのような、あまりに深いため息が漏れた。でも実際は真逆。これからが大変だ。あの様子だと、明日からまた元気に冒険者業再開!とは断じてならないだろう。

 

姿見の前に立つ。そこに映ったのは、少し痩せ型だがそれなりに鍛えてある男の体。俺がパーティ唯一の男なのに一番なよっとしているのが自分、というのが嫌だったので、筋トレだけは密かに続けている。顔は…そこそこ整っていると思う。しかしこの世界の人々はみんな決まって美形なので、それを考慮すると平均くらいだろうか。

 

まあ、総評して悪くはないと思う。が、身体の至るところに広がる瘴気の跡が、それを全部台無しにしていた。

 

ソアレにも指摘された脇腹の風穴。背中の大部分を支配する火傷のような跡。腕は千切れるような損傷が多かったからか未だに呪いが元気に暴れ回っており、腕だけを見れば食人鬼(グール)と見間違われても仕方ないほど。

 

素肌を晒さなければいけない手先と顔だけは、大枚を叩いて聖水を購入し、こっそり浄化している。幸い、仲間が顔に大怪我を負ったことはまだない。軽い呪いなら聖水での浄化で誤魔化すことができるのだ。

 

我ながら情けない。苦笑が漏れる。あれだけ瘴気を払える!と銘打っておいてその実、呪いを奪っているだけで、自身に瘴気を浄化する力は微塵もない。

 

「なんでこうなるかなぁ…」

 

頭を抱えたい気分だ。というか抱えた。

 

俺は聖人でもなんでもない。だからこの力は、自分の大切な人の為だけに使っていた。それで満足だったのだ。彼女たちが誇りを持って魔物を相手取る姿を見るのが好きだっただけなのに。

 

変わらないじゃないか。一度死んでいる俺の死が早まっても。俺が皆の呪いを請け負っても。

 

「…行くか、教会」

 

女神様、なんか助言くれねぇかな…

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちの住む国では、女神教が国教となっている。というか大体の大国がそうだ。なんと「女神」がただ一柱を指す固有名詞となるほどの普及具合を誇る圧倒的な一神教。

俺をこの世界に転生させて、能力(チート)をくれたのもこの神様だったりする。

 

意外と下界に干渉しているみたいで、数年に一度神託が降りたり、供物を捧げると雨乞いに応じたりとかしてるらしい。

 

生まれ変わる前にお馴染みの「白い部屋」で喋った時にも感じたが、相当にフレンドリーな神様のようだ。だから本気で相談したら何かアドバイスくれないかなーって思ったり思わなかったり。

 

教会の前に立つ僧兵に会釈をすると、彼らは慌てたように背筋を伸ばしてこちらに挨拶を返す。表向きでは、俺は治癒師として最高峰の実力を持つ聖職者。教会ではVIP対応なのだ。

どっちかというと、たまに教会を訪れては大怪我や疫病に苦しむ人を治しているから、という方が大きいが。呪いではない普通の病気や怪我も俺にかかればお手のものだ。

 

仕組みとしては、まず俺の体に傷病を移して、あとは女神様にもらったスーパー健康ボディーの免疫と回復力で完治させる。脳筋だね。

瘴気に侵されていなければどんな怪我も治るので、なんなら瘴気由来の怪我よりも楽だ。これによって俺はこの街の教会で確固たる地位を得た。

 

つまるところ、俺の能力は回復魔法でもなんでもないということである。まぁ、女神様にもらった神聖な力だしセーフということで…

 

 

礼拝堂に繋がる荘厳な扉を開ける。今日は安息日でないため、中で祈っている人は少ない。というか一人だけだった。落ち着いた黒の外套と面紗(ヴェール)を身に纏っている。

 

へぇ、珍しい。

礼拝のために専用の服を来てここを訪れる人は案外少ない。信仰対象である女神様本人が緩い感じだから、というのが大きな理由だと勝手に思っている。まあ俺は自分の体を隠すために、常時法衣を着ているが。ばちが当たりそうな動機である。

 

せっかくだからあの人の隣で祈ろう。そう思って近づくと、彼女の面紗(ヴェール)から絹糸のような美しい()()が溢れた。

 

「あっ」

 

つい声が漏れてしまう。……いやいや、別人だろう。

まさか、あんな別れ方しといてここで会うなんて気まずいこと、あり得ないよな、ははは……………そろそろ現実を見ようか。

 

「…ラスタ?」

 

「…さっきぶり、ソアレ」

 

思い出した。というか、こんなに大事なことを忘れていたことに驚く。やはり俺も混乱していたのだろうか。

こいつ、聖職者の俺よりも信心深いんだった。

 

 

 

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