未来視持ちの聖女にギャン泣きされた


メニュー

お気に入り

しおり
作:みょん侍@次章作成中
▼ページ最下部へ


2/28 

第1話


 

 依頼以外でここまで来るのは初めてだな。

 何かが変わったわけでもないのに、初めて見るような清々しさがある。ブラック企業を退職した後の帰り道か?

 

「結局ほとんど挨拶せずに出てきてしまった」

 

 まあそんなに親しい人間もいないしいいとは思うんだが。

 ああ、やっぱり冒険者ギルドに顔は出しておくべきだったかなあ。

 一応世話にはなってるわけだし。

 ……ここまで来て後戻りもダサいか。後で手紙でも出しておくとしよう。

 

 俺が今やってきているのはとある森。

 いつもならゴブリンやイノシシの魔獣を討伐したり、薬草や果物を採集する際に立ち寄る場所だ。

 遠くから見れば鬱蒼としてはいるものの、案外光が差し込むので割と初心者向けだったりする。たくさんの冒険者がここに立ち寄るから、けもの道が出来てて基本的に迷わないのもポイントだ。

 

「多少は稼いどかないと宿にすら泊まれないからな」

 

 きちんと整備された馬車道ではなく、こんな森に来ているのはそれが理由だ。

 依頼が無くても魔物の素材や採集物は売れるのだ。ギルドからの報酬は無いから幾分か物寂しい値段にはなるけれど、安宿に数日泊まれるだけの金額なら簡単に集められる。

 ぶっちゃけた話、ほとんどの冒険者はそれで生計を立てている。ゴブリン討伐や薬草採集がそんな都合よく掲示板にバンバン張り出されるわけではないのだ。ああ世知辛い。

 

 さあ森に踏み入れよう。

 そう荷物を背負い直したところで、

 

「――待って!!」

 

 背後から声を掛けられる。

 

「待っ……うぐっ、おま、早すぎ……っ! オレ、足、遅いんだよ……!!」

 

 リリウムだった。

 背に大きな荷物を背負い、いつものメイド服ではなく、冒険者が着込むような軽装備に身を包んでいる。

 汗だらけで疲労困憊だ。さらさらとした黒髪が頬に張り付いていた。

 

「く、来ると思うじゃんかよ……っ! その、挨拶的なさあ! 自慢じゃ、ないけど……結構、仲良くなかったっけ……オレら!」

「今朝まで迷ってたんだが」

「迷わず来いよぉ!!」

 

 怒りの弱パンチがボディに見舞われたが、雑魚過ぎて跳ね返され、リリウムは尻もちをついた。

 重たい荷物を背負ってるから起き上がれなくなっていたので、無視して森へと入っていった。

 

 完。

 

 

 

 

 

「いやだから待てって。泣くぞお前」

「……付いてくるとは思わなかった――ああいや、たぶん付いてきそうだったから声をかけなかったのに」

 

 隣にリリウムを伴って、道とは言えぬ道を歩く。

 機嫌悪そうなジト目を向けられて明後日の方を向く。今日もいい天気だ、晴天の光が森に降り注ぐ様は神秘的ですらあった。

 

「よく分かったな、俺が(こっち)に来てるって」

「……冒険者の人に教えてもらったんだよ。お前が街道ではなくこの森方面の門を出たってな。お前が挨拶に来るのを今か今かと待ち望んでいた時に!」

「悪かったよ」

「ふん……」

 

 いつも通り歩いていると、それに置いてかれたリリウムが小走りで追いついてくる。

 子供みたいな体格だし、そりゃ俺と歩幅は合わないか。誰かとこの森に来たことなんてほとんど無いし、俺もソロが染みついてるんだなあ。

 歩調を緩め、リリウムに合わせる。

 

「というか、お前もあの門通れるんだな? 確か冒険者の証とかが必要だったはずなんだが」

「んー? そりゃお前、ほら」

 

 リリウムは胸元から銅色のペンダントを取り出す。

 その特徴的な造形は、間違いなく冒険者ギルドから発行される証だった。

 

「いつの間に」

「なんせ異世界で、冒険者ギルド! オレがそれに食いつかねえわけないだろ? お前ともいつかパーティ組んでみたかったのもあるし」

「全然知らなかった……しかし、まだ初級なんだな? お前のことだから、俺と同じぐらいまでにはなってると思ったんだが」

「あー……その」

 

 あの銅色のペンダントは初級――ノービスと呼ばれる、まず最初の等級だ。

 伝説に語られるような最強の冒険者もまずこのノービスから始まる。簡単な依頼をこなし、まずギルドの信頼を得るという段階になるのかな。

 それに、ここで躓くようなら故郷に帰って畑でも耕してろ! ってなある種足切りの判断基準にもなる。

 リリウムにとってはそこが適正だとは全く思えないんだが。

 

「ほら、冒険者ってさ、最初は強制的にパーティ組まされるだろ?」

「ん、普通はそうだな。1人だとゴブリン相手でも余裕で死ねるから、基本的には2人以上で依頼を受けさせられる」

「そうそう! それでオレも最初はパーティを探してたんだが」

「見つからなかった?」

「逆、逆!」

 

 うんざりとした表情でリリウムは続けた。

 

「見つかりすぎたんだよ! いや、それだけならまだいいんだが、どいつもこいつも下心丸出しで……」

「うわ」

「なるだろ!? あのむさくるしいおっさんどもが誰がうれしいんだかわからない口説き文句でパーティに勧誘してくるんだぞ!? 無理!!」

 

 そうか……まあ失望はしないけど。知っての通りだし。

 ちなみに、俺もそうなんだが、ある程度の実力が認められるとソロでも活動が可能になる。そこまで行くと普通は上の等級へと昇級させるんだが、俺にそんなつもりは無かった。この街の周辺にそんな難しい依頼は無いしな。

 

「だったら俺に言ってくれればよかったのに」

「……驚かせたかったんだよ。まあ、すぐにコンカフェの経営で忙しくなっちゃったから、それも難しかったんだろうけど」

 

 かわいい奴め。調子乗るから絶対言わんけど。

 

「あ、そうだそうだ。いいのかよお前が出てきちゃって。経営はお前がやってたんだろ?」

「ああ、まあ、引継ぎは常にやってたから。昨晩きっちり済ませたし、なんとかなるよ。……ってかそんなことより見ろよ、この荷物!」

 

 そう言うとリリウムは背中の荷物を見せつけてくる。

 体格以上にある大きな荷物だ。後ろから見るとリリウムの腰から上がすっぽり隠れてしまう。

 

「なんかこう、冒険って感じしねえ!?」

「……まあ、わかる」

「だよなー! オレ、ファンタジー系のゲームだったら絶対こういう装備するんだよ!」

「わかるわ。どんだけ性能低くてもロアフレンドリーな装備で世界観に合わせるみたいな、な!」

「そう! いや世界観に合わない近未来装備! みたいな浪漫もわかるんだけど、結局こういう装備に戻っちゃうんだよな!」

 

 こいつと話すときは決まって前世の話題が出てくるんだよな。

 お互い、前世ではどんな名前だったとか、どこに住んでたとか、そういうことは言わないけど、やっぱり同郷っていうのは言葉に出さなくても分かるものだ。

 案外同世代だったりするのかもしれないな。前世ではこういうファンタジー系のオープンワールドというのか、そういうジャンルは好んでプレイしていた。

 

 そう考えると、1人で旅しようとしていたのは勿体なかったか。

 こういうのを共有できるのは、世界でただこいつだけなのだから。

 

「な、色々教えてくれよ。オレまだこの森に来たことないからさ、先輩?」

「フフフ、俺ほどこの森に詳しい人間はいないぞ」

「頼もしいねえ、はは! あ! おい、あそこになってる綺麗な実、あれ食べれそうじゃね!?」

「あれ媚薬効果あるから」

「エロゲかよ……」

「鳥に食われてない果実は避けるんだな。まあ生殖用に好んで食べる動物もいるらしいが」

 

 冒険者ギルドからは後輩の育成を何度も頼まれてきた。

 承諾したことは結局なかったが、もししていたとすれば、こんな感じだったのかもな。

 ころころと表情の変わるリリウムは見てて飽きない。何にでも目を輝かせて興味を持つのは、今の俺にはないフレキシブルさだ。羨ましいね、本当。

 

「ギィ!?」

「あ」「お」

 

 そうこうしていると木陰からゴブリンが顔を出してくる。

 薄汚れた腰衣にこん棒、普通のはぐれゴブリンのようだ。見たところ1体だけか。

 

 右手に嵌めた手袋に魔力を送ると、どこからともなく愛剣のグラディウスが手に収まる。

 

「チュートリアル戦闘だな!」

「ゲームから離れろ」

 

 隣を見ると、リリウムがすでに戦闘態勢に入っていた。

 右手には投げナイフ、左手には小杖。2人して目を合わせてから、一斉にゴブリンに襲い掛かった!

 

「ギィィイイイイイ!!」

 

 哀れゴブリン。骨は拾ってやる。金になるからな!

 

2/28 



メニュー

お気に入り

しおり

▲ページ最上部へ
Xで読了報告
この作品に感想を書く
この作品を評価する