治癒を騙って仲間の呪いの肩代わりしてたのがバレた


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作:甘朔八夏
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第一章
1.治癒師


 

 

原生生物(アメーバ)が無理やり人の形をとったような不定形の塊が、鞭を振るうが如く腕をしならせる。

 

唸りをあげて迫る黒い腕。和装の少女は僅かに目を細めると、刀を少しだけ右に傾けた。

 

歪んだ黒と研ぎ澄まされた銀が瞬きの内に交差する。

 

びちゃり、と生々しい音に遅れて、激しい破裂音。少女に斬られた腕は、音速を超えたまま背後の木々をへし折って奥へと消えていった。

 

「ハイネ!」

 

取籠めよ(ゾルデ)

 

和装の少女の声に呼応して、無気力な声が響く。それと同時に女の頭から生える羊角が淡く光った。四肢の一つを失って体勢を崩した魔物を、堅牢な魔法の帳が包みこむ。

 

「ふぅ。…これで終わ———っ!?」

 

かに思われた寸前、魔物は液体のように()()()と溶けた。散り散りになって拘束魔法の範囲から逃れ、再び体を形成する。切り飛ばしたはずの四肢は、何事もなかったかのように再生されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…やっぱり、あの魔物は二人と相性が悪いや。早く戻らないと」

 

「おい喋るなよ。お前、一応致命傷だからな?」

 

目線だけを彼女らに向けて、喉に血が絡んで枯れた声でぼそりと呟く眼前の少女。

 

彼女の脇腹には腕一本が通りそうなほどの大穴が空いており、そこから絶え間なくドス黒い血がごぽごぽと溢れ出ていた。

 

致命傷というか、常人なら普通に死んでるほどの惨状を抱えているのにこの余裕。

露骨にため息をついてやると、彼女はこちらに視線を向け直してにやっと笑った。

 

「…治してくれるんでしょ?どんな怪我でもさ」

 

あまりに自信たっぷりなその言葉に毒気が抜ける。痛いほどに伝わる信頼。

応えなければ男が廃るというものだ。

…でも、いくら信頼しているからって、お腹に風穴を開けながら笑っているのはちょっと怖い。

 

「はぁ…。当たり前だろ?怪我する前よりも元気溌剌にしてやるよ」

 

患部に手を当てる。

 

『瘴気』の混じった血の分離?浄化のための長々とした呪文?

そんなの必要ない。

 

俺の治癒は特別だ。必要なのはたった一言。

 

のろいをわがみに

 

瞬間、掌から溢れ出した黄金の光が視界を埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソアレ」

 

眼前で正座をしている少女が、俺の呼びかけにびくりと肩を跳ねさせた。

 

「治療後に無茶な動きはするなって言ったよな?」

 

「いやぁ…でも攻撃くらったの悔しかったし、やっぱりお返しは大技で……って痛い痛い!暴力反対!」

 

ふざけたことを抜かすソアレの頭を鷲掴み。そのままぎりぎりと力を込めていく。俺ごときのアイアンクローでこいつが痛みを感じるはずがない。わざとらしい悲鳴が腹立つ。どう考えてもさっきの腹の傷のほうが痛かっただろうが。

 

「まあまあラスタ。本人も反省しているようですし、ここは一つ許してやって下さい」

 

遠慮なく全力を込めていると、俺の腕に和装の少女がそっと手を添えた。

 

「いや、こいつ全然反省してないぞ?許せる要素ゼロなんだが?」

 

庇うのはいいが、彼女の制止には俺の行動を止められるような根拠が皆無である。

この指摘に和装の少女——キキョウはたまらず目をさっと逸らしながら、

 

「……正直、ソアレの気持ちは分かりますので」

 

「ああそうだお前もそっち側(バトルジャンキー)だったな脳天締めてやろうか?」

 

そう言って手を伸ばすと、彼女はフッと息を吐いて大人しく首をこちらに向け——

 

「いや受け入れるのかよ」

 

そんなに素直に「顔鷲掴みにしていいですよ?」みたいな態度向けられても困る。

 

「? 私の顔を掴みたくなったのでは?」

 

「そんな性癖(このみ)ないから!」

 

「えっないの?」

 

「お前まで入ってくんな!」

 

絶妙なタイミングでソアレが会話に乱入してくる。男一人の我がパーティでこの誤解が広まってしまうと俺は明確に終わってしまう。お願いだから黙ってろ!!

 

 

 

「——ご飯もうすぐできるよ。ラスタ、ふざけてないで早く手伝って」

 

あらぬ疑いを晴らそうとキキョウに弁明をしようとした瞬間、背後から声がかかった。いつも通りの無気力そうな声。しかし今回は、更に感情が抜け落ちているように冷たく聞こえた。慌てて振り向き、くるりと曲がった二本の角を生やした仲間に詫びをいれる。

 

「すまんハイネ。すぐ行くわ。……ってなんで俺が悪いことになってんの?」

 

「効かないの分かってるのにお仕置き(笑)しても、じゃれてるようにしか見えない」

 

「ゔっ」

 

手痛い反撃に思わず声が詰まる。しかし、たとえ無駄だと分かっていても、こいつの反省を見なければ気が済まない。なんならソアレ、俺に怒られようとしてるまであるんじゃないか…?まじでそう疑いたくなるほどにヘラヘラしている。

 

ハイネに連れられて簡易的に設置した調理場へ。今日はもう遅いからここで野宿だ。といってもハイネの影空間(ボックス)にテントも入ってるから安心。

 

「ボクのお肉は厚めに切ってね!」

 

「やっぱり微塵も反省してねぇなぁ!」

 

え?これ俺舐められてるよな?……だんだん怒りが込み上げてきたぞ…

 

「ちょっとラスタ。細かく切りすぎ。串焼きだから大きめでいい」

 

おっと失礼。つい怒りの矛先が包丁に……

 

「はぁ…なんでその包丁さばきができて、戦闘ではナイフすら満足に使えないんだか」

 

魔族特有の横長の瞳孔を細めて、呆れたようにこちらを一瞥するハイネ。

静かな非難から逃れようと目を逸らす。

 

だって仕方ないじゃないか。血を見るのは慣れた。魔物が死に際に苦しむ姿を見ても揺らがなくなった。しかし攻撃だけは駄目なのだ。生きた肉を切り裂く感覚だけは、どうしても慣れない。

 

「ラスタは治癒師なのですから、怪我を治す時以外は私たちに守られるのが仕事です。そのままの貴方でいてくだ———」

 

ぐぅぎゅるるるる……!!

 

「……」

 

「……」

 

何やら良いことを言ってフォローしてくれようとしたキキョウ。彼女のお腹が、激しく空腹を訴えた。

雰囲気台無しである。

 

「…あの、キキョウ」

 

「食前の鍛錬に行って参ります!!!」

 

目にも止まらぬ速さで俺の前から消える。その場には、言葉を失った俺と、口元を押さえてふるふると肩を震わせるハイネだけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ!?これおいしっ!なんのお肉?」

 

「それは森牛(フォレストブル)。熟成させてみた」

 

「昔食べた森牛とは全く違う…!熟成とは凄いものですね!」

 

大きめに切られた肉の塊にかぶりついて目を輝かせるソアレと興奮気味のキキョウを見て、ハイネが僅かに顔を綻ばせる。

 

「あちっ!…唇やけどしちゃったあ…ラスタぁ」

 

「がっつきすぎなんだよ…ほら、『なおれ』」

 

ラスタの手から淡い光が漏れたと同時に、ソアレの口元の赤い腫れが治っていく。

 

「ありがとー!」

 

「はいはい…うおっ」

 

怪我に無頓着すぎる彼女に冷めた目を送っていると、ハイネがラスタの指を凝視していた。

 

「なんだよ」

 

「…ラスタの魔法、やっぱり根本から違う。どこで学んだの?」

 

そもそも呪文が別物だし、と言葉をもらすハイネに向かって、ラスタは口元に指を当てた。

 

「これだけは内緒」

 

「むぅ…」

 

明らかに納得のいっていない様子であるが、これ以上の追求はしない。どれだけ頼んだって、自身の魔法のことだけは教えてくれないのは身に沁みている。

 

「一番付き合いの長いボクにも教えてくれないんだよー?」

 

「誰にも言ってないからな」

 

「なんかずるい!」

 

ソアレが頬を膨らませる。しかし彼女の不満にも、ラスタはどこ吹く風だ。ますます膨らんでいく頬を、キキョウが細い指で軽く突いた。ぷしゅ、と気の抜けた音を聴きながら穏やかな顔を浮かべる。

 

「瘴気も治癒できる。私たちは魔物と安全に戦える。それでいいじゃないですか」

 

 

 

 

——回復魔法。それは病や傷から人々の命を救う聖なる力。優れた回復魔法は都市に広まった疫病を消滅させ、欠損した四肢までも治すことができると言われている。

 

しかし。たった一つ。回復魔法では治せない傷病が存在する。それが「瘴気」。魔物が纏った死の呪い。小さな傷であっても教会での浄化に数時間。大きな裂傷であれば手の施しようが無く、ただ死を待つのみとなる。

 

その呪いを、ラスタの魔法は癒すことができる。

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、私も可能なら教えてほしいものですが」と付け加えるキキョウの言葉も軽く受け流す。

 

絶対に譲らない彼の意志を感じ取ったのか、三人は諦めて追及を退けた。

 

「…そういえばラスタ、今日はあんまり食べないね。食欲ないの?」

 

串を持つ手が止まっていることに気づいたソアレが少し心配そうに眉尻を下げる。

 

「ん?あぁ、そうだな。胃もたれしてるのかもしれん」

 

「なんか年寄り臭い」

 

「私と同い年な事、実は嘘では?」

 

「そこ!うるさいぞ!…でも食欲ないのはマジだから、ちょっと寝るわ。なんかあったら呼んでくれ」

 

言葉のナイフを受け止めながら立ち上がり、手をひらひらと振ってテントへと戻っていく。その軽い口ぶりからして、本当にただ食欲がないだけだろう。ソアレはほっと息をつくと、彼に手を振り返して三人での会話に花を咲かせ始めた。

 

 

 

「——ラスタっていつも厚着だよね〜」

 

「同感です。彼、私たちに絶対素肌を見せようとしないですよね」

 

「…あれで太ってるの隠してるとかなら、笑ってしまうかもしれない」

 

「あの細さでそれはないでしょ!…ないよね?」

 

「不安なら見に行けばいい。もう眠りこけてるはず」

 

「確かに気になりますね。お腹くらいならいいのでは?」

 

「まぁ、確かに…ってなんで私が行くことになってるの!?」

 

「ソアレはラスタの子供の時からの知り合い。実質家族みたいなもの。バレても一番怒られる可能性が低い」

 

「ほんとかなぁ…」

 

「善は急げ。早く行ってきて」

 

「…あーもう!わかったよ!今回だけだからね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お邪魔しまーす…

 

腹筋割れてるかだけ、確認させてね…

 

今日の治療の時、ボクのお腹見たし…ちょっとくらいはいいよね?

 

やけに寝苦しくて、深く眠ることができずにうつらうつらとしていた。そんな微睡みの中、微かに声が聞こえる。聞き慣れた声。

その声が止んだと同時に、服が捲られて俺の腹に外気が当たったのを感じた。

 

「ッ!?」

 

飛び起きる。薄暗いテントの中。俺の隣に座っていた人物を捉える。ソアレは、俺が急に跳ね起きたことに驚かない。それどころか、俺に目を合わせすらしない。彼女の視線は、俺の腹に釘付けになっていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

————突然だが、俺は転生者だ。この典型的なファンタジー世界へと転生する時に、女神を名乗る人物から特別な力をもらった。

戦うのは怖くてできない、でも冒険者には憧れる。そんな俺が求めた能力は「治癒」。

 

あらゆる傷病を癒す力。しかしそれは却下された。この世界に蔓延る呪い、「瘴気」の浄化は神にのみ許された権能なのだという。

 

正直、ボーナスゲームのつもりだった。新しい人生、ではなく、終わったはずの命が少し生き永らえただけと考えた。

 

だから、自分が直接戦うのは嫌でも、別に死ぬのは怖くなかった。いや、どうでもよかった。自分の周りの大切な人が健康で幸せならそれが最良だと思った。

 

だから俺は願ったのだ。()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

無論、これならただの自殺志願者だ。でも俺の体は特別製。どれだけ瘴気(のろい)を受けても、ペナルティは()()寿()()だけ。

 

ソアレから奪ったモノは主に二つ。腹を貫通した大穴と、その穴から体内に染み込もうとしていた瘴気。

 

瘴気は浄化できない。だから瘴気がこびりついた傷は、俺の身体に残り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

数十秒間、俺たちは無言だった。まだ、ソアレの目は俺の腹から離れない。無理もない。見覚えのありすぎる傷が、何故か俺の身体にあるのだから。

 

 

現在俺の脇腹は、大穴の周りの皮膚がぐじゅぐじゅになって溶けており、粘性の瘴気が暴れ回っている。

前世なら間違いなくR-18Gに指定されるであろう光景。これでも好きな人がいるのだから驚きだね。

 

…なんて現実逃避はこのくらいにして。

 

やっとソアレは俺と目を合わせた。美しい黄金の瞳は動揺に揺れており、息は浅く肩は小刻みに震えている。

 

どうしてこうなったのだろう。ウチのパーティメンバーは、唯一の男である俺に気を遣ってくれている。今まで俺のテントに乱入してくることなんて無かったはずだ。

だから油断していた。この子は他人が傷つくのを見るのが大嫌いなことを知っていたのに。

 

ソアレは、恐る恐る俺の腹を指さして、震える声で弱々しく言った。

 

「ねぇ、ラスタ。………この傷、ボクの…?」

 

 

本当にどうしよう。

 

 

 

 

 

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