未来視持ちの聖女にギャン泣きされた


メニュー

お気に入り

しおり
作:みょん侍@次章作成中
▼ページ最下部へ


1/28 

プロローグ


 

 大きな夢を持ったことは無かった。

 現状維持のまま、のんべんだらりと生きていければそれで良かった。

 ……だけど、それももう長くないかもしれない。

 

 俺はとある聖女に会っていた。

 名を、アイリス・ラエビガータ。

 この世界の大部分を優に支配出来うる力を持った宗主国の国教に認定された宗教、その中でも、特に重要な立場にある少女。

 彼女には未来を見る力があるという。

 にわかには信じがたいが、かの宗主国も彼女の力に頼っていくつもの戦争に勝利してきた、なんて言われているのだから、ある程度の確度はあるのだろう。

 

 ある程度、と濁したのには理由がある。

 人間誰しも希望は持ちたいものだ。

 そして、そう思う時こそ、人は大きな絶望に直面しているのだろう。

 

 しがない毎日を過ごして、何の気まぐれか聖女と顔を合わせることになった俺――ロータス。

 

「――ひっぐ、うぐ、うわぁぁぁぁあああああああああん!!」

 

 未来視持ちの女の子にギャン泣きされちゃいました!!

 

 ――ああ、俺死ぬねえ!! それもだいぶ悲惨な逝き方するねえ!!

 

 


 

 

「――アッハッハ!! それでお前そんなしょぼくれた面して酒飲んでんのかよ!!」

 

 メイド服を着たエルフの少年――リリウム・ルベルムは人目も憚らず俺の痴態を笑い飛ばした。

 同じ酒場にいた連中も俺を指さして笑ってやがる……クソ、この恩知らずどもめ……ああ、酒がうまい。塩味がよく効いてる。

 

「あー、久しぶりに見たなあ、お前のそういう顔。たかが占い師に泣かれたぐらいでさあ」

「お前は何もわかってない! この異世界で未来が見えるって肩書の大宗教の重要人物! んなもん冗談で一蹴できるか!」

 

 手に持っていた木製のビールジョッキを机にたたきつける。

 大きな音を立てて中身が少し零れて、奥にいる店長に睨みつけられた。ごめんなさい。でも許してもらえると思うんだこの状況!

 

「だったら聞けばよかったじゃねえか。死ぬって直球に言われたわけじゃないんだろう?」

「いや、まあ、そうだけど。噂では、後先短い人に対しては慈悲深く涙を流す、なんて言われてたし……なにより怖くて聞けねえ! どうすんだよ、『あなたはあれこれどうして四肢が爆散して生き地獄を味わってから死にます』なんて言われたら!」

「お前がその程度で死ぬかあ?」

「死ぬよ」

 

 お前は俺を何だと思ってるんだ。

 リリウムはため息をついて俺のいるテーブルに腰かける。店長はまさかのスルー。さすが看板娘、自由なもんだ。

 

「怖いのはわかるけど。……そんな顔して酒を飲むなよ、お前の前にいるのは誰もが羨む超絶美少女のリリウムちゃんなんだぞ?」

「男じゃん」

「ハハ、もう1回惚れさせてやろうか」

「勘弁してくだぁせ」

 

 黒髪ロングで大きな青い瞳。華奢な身体と、柔らかさを感じさせる四肢、整ったバランスは基本的にはエルフの血だろうが、彼はその中でも群を抜いて美しかった。

 彼。そう、しかし彼女は彼である。

 SHE IS HE。

 それはそれとして顔がどちゃくそに良いので、このコンセプトカフェもどきでもトップクラスの集客力なんだが。なんなら、普段は魔物を討伐して生計を立てているむさい冒険者のおっさんどもがガチ恋してたりもする。世も末だ。

 ああちなみにほかの店員はみんな女の子だから安心してほしい。俺のお目当てはそっちなんだが、基本的にリリウムに絡まれるから接客してもらえないんだよなあ。

 

「他の女ばかり見るなよロータス。オレにそっぽ向かれたくないだろ?」

「お前の店の従業員だろうが」

 

 顔を近づけてくるリリウムを適当に手であしらうと、この野郎いきなりビールを追加で2杯注文しやがった。

 

「んな金ねーぞ」

「知ってる。奢るよ、全部」

 

 つまみはいつものでいいだろ? と俺の返答も聞かずに次々注文を通していく。

 ここのメニューは他と比べて割増なんだがなあ。さすが、このコンセプトカフェの実質経営者。

 

「俺も欲しいなあ不労所得」

「どこが不労だよバカタレ。これでも毎日忙しいっつーの。ほれ枝豆」

 

 メイドさんがリリウムに料理を手渡し、それを彼が俺の前で並べていく。

 ビール1杯で済ますつもりが豪華な晩餐になってしまったな。

 

「そう思うならお前も何か発明すればいいのに。向こうの役立つ知識とかないのかよ」

「基本的に現代文明ありきのものばかりだから。コンセプトカフェだって、その手があったか、て目から鱗だった」

「そりゃどーも。リリウムちゃんサービスしちゃう」

 

 スカートの裾を持ち上げてひらひらと遊ばせる。見えそうで見えない絶妙なラインでスカートがゆらめき、他の席にいた客たちがにわかにざわめきだした。

 

「リリせんぱーい! ご主人様の視線をひとりじめしないでよー!」

「あはは、かわいくてすまん!」

 

 ……この悪戯っぽく笑う小悪魔は、異世界転生者である。

 

 俺と同じ、地球の日本からやってきた男だ。

 出会いは奇跡的なものだったが、同郷ということもあってこうしてつるむ回数も増えた。

 知識チートと言えるのかは微妙だが、数々の事業を立ち上げてはいくつも成功させている。こうしておこぼれをもらってる身としては、そのままビッグになってもらいたいものだね。

 

 ビールを飲み干すと、ちょうどいいタイミングでもう2杯やってくる。

 リリウムから一つ受け取ると、

 

「ほいじゃま、カンパーイ」

 

 ジョッキをぶつけた。

 

 

 

 

 ……。

 飲み始めたときは黄昏時だったのに、気づけば外は真っ暗になっていた。

 今日の仕事を終えたのか、冒険者の姿も多くなる。仲間内で飲むことの多い彼らだ、店内はかなり騒がしい。

 

「うっ……お前と飲むと、いっつも飲みすぎるんだよなあ」

「奢りだからって調子に乗るからだろ? だから水を飲めって再三……ああ、店で吐くなよ! オレが掃除させられんだから!」

 

 そんな騒音から逃れるように、リリウムに介抱されながら店の外まで出てきた。

 大通りに面した位置に店があるから、通行人の視線を集めてしまう。ああ、またか、なんて顔をされるのだって今に始まったことじゃない。

 

「帰れるのか?」

「帰れなくともその辺に転がってればいつの間にか宿に戻ってるよ」

「……誰のおかげだと……はあ、まあいいや。――ところでどうだ、今日のこと、まだ気になってるか?」

「今日のこと?」

「ほら、聖女様に泣かれちまってこーんな顔してさ」

 

 賭博で有り金全部スったおっさんみたいな顔をする。

 

「……そういえばそんなこともあったな」

「それでいい。酒飲んで忘れて、いつの日かそんなこともあったなって笑い話にするくらいでいいんだよ。あまり重くとらえすぎるな」

 

 なるほど。今日はやけに俺に付き合っていたと思ったが、忘れさせてくれたのか。

 金のこともだけど、大分こいつに甘えてるよな、俺。シモの世話までされてしまう前に帰るとしよう。

 

「ま、なんだ。明日死ぬにしても日銭を稼ぐために冒険者稼業はやめられないし。せいぜい優しく死ねることを願うよ」

「おう、その意気だ」

「今日はありがとうな」

 

 外気に触れて少し頭が冷えた。

 足元はマジでおぼつかないが帰れないというほどでもない。

 ぶっちゃけ路上で転がってたとしても、今の季節的に凍死はありえないしな。せいぜい物を盗まれるかってぐらいだけど、俺ほとんど素寒貧だし。明け方に全裸で発見されることもないだろう。

 

「ふぅ」

 

 しかし、死ぬかもしれない、か。

 人間いつか死ぬとは言っても、日々その恐怖におびえて暮らしているかと言えばそうでもない。

 アイリス・ラエビガータに泣きつかれてみっともなく酒に逃げて、こうして今その酔いがさめてきたわけだが。

 もし明日死ぬとしたら、俺は何をするのだろう。

 

 考えても思いつかない。

 なら視点を変えてみよう。

 死ぬときに後悔しそうなことはなんだろう。

 

「……そういえば、あいつらとは久しく会ってないな」

「え?」

「ああいや……」

 

 リリウムと飲んでくっちゃべって、中々に楽しい時間を過ごして。

 そういうの、昔の知り合いともやってみたいよな。酒が入ると結構テンション上がるタイプだし、なにより積もる話もあるのだ。

 現状維持のままで生きていく、なんて言ってしばらくこの街に留まっていたが、こういう機会だ、遠出してみるの悪くないな。

 

「俺、この街を出ようと思う」

 

 うん、口に出してみると意外とすんなり納得できる。

 俺はあいつらに会いたい。……別に、今でもマジで死ぬかもしれないって思ってるわけじゃないけど、気付けただけだ。

 

「じゃあな、リリウム」

「……ん、ああ……またな」

 

 やけに呆けた様子のリリウムに手を振り、千鳥足ながら帰路に就く。

 さあ、そうと決まれば旅の準備だな。冒険者ギルドにも一応顔を出して……いや、引き止められそうだからやめとこう。どんな依頼でも金次第で受ける冒険者は希少だなんだと言われてたし。

 しばらく3Kはお休みだ。すまん、そっちでどうにかしてくれよな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………死ぬ?」

 

 リリウム・ルベルムは去っていく親友の背を見つめて呟いた。

 ふらふらと心配になるような足取りで帰っていく様は何度も見てきた光景だ。

 上気した頬が夜の風に当てられて、酔いの気分もどこかへと消えていく。

 

「ありえない」

 

 アイリス・ラエビガータのことは知っている。知らないはずはない。

 あの聖女が勝利へと導いた先の大戦から、彼らとは切っても切れぬ縁があるのだから。

 故に知っている。涙の意味を。きっと起こるのだ。そう遠くない未来に、彼の身に、悲劇が。

 

「させない」

 

 どうせ、そうなるのだとしても。

 

「その前に、オレが――」

 

 ロータスの背はもう見えなくなっていた。

 

 

1/28 



メニュー

お気に入り

しおり

▲ページ最上部へ
Xで読了報告
この作品に感想を書く
この作品を評価する