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聖女認定された幼馴染みが何度旅に出てもすぐに戻って来てしまいます

作者: 斎樹

「え……ボクが、《聖女》?」


 それは俺達が十五歳を迎えた年の、精霊降臨祭の前日のことだった。

 この国では十五歳から十八歳の三年間を『准成人』として扱う。文字通り成人に准ずる立場で、都市部でなら将来就きたい職業のために学校等で本格的な勉強を始め、この村のような田舎では畑仕事や畜産について親やご近所さんからそれまで以上にみっちり叩き込まれる。職人や商人を目指したければもう少し大きな町に出て弟子入りするなり奉公するなり、様々だ。


 ――で。


 その就きたい職業の参考にするために、十五歳になると魔道具を使った適性診断が行われる。

 王都や大~中規模都市なら役所が開いている平日ならいつでも。小さめの地方都市なら週一。うちのようなド田舎村の場合は役人さんがやって来て年一にまとめて。


 あくまで適性を診断するだけなので、農家の適性があるから必ずしも農家にならなければならないなんてことはない。ただ、そうした方が自身の才能を活かせるというだけだ。なのに国民全員に義務化されているのは、とんでもない適性、才能を有しているにも関わらず折角のそれを本人ですら知らないまま埋もれ消えていくのを防ぐためと言われている。


 実際、ついさっき診断されたばかりの俺なんかは農家の適性値が五段階の二、他に猟師と商人が一ずつというこれといって特徴のない凡人だったため『まぁ予定通り家継いで畑耕すかぁ』としか思わなかったわけだが、七年前に診断を受けた従兄のギィロン兄さんなんかは鍛冶職人の適性値がなんと四もあり、王都の有名な工房からスカウトされ今では若き天才鍛冶師として国王の近衛騎士団が扱う武具を打ったりしてる。羨ましい。


 そして今、目の前で。

 幼馴染みの女の子が《聖女》と完全に予想外な適性を告げられ首を傾げていた。


「……《聖女》?」

「《聖女》です」


 もう一度、念を押すように訊ねた少女に、役人さんは診断のための魔道具を見せつけてきっぱりと告げる。


「しかも適性値は五ですな。最高位の適性です」

「適性五って……歴史に残りかねないやつじゃないですか」


 ウッソだぁ、って俺に、初老の役人は顔色一つ変えず「ええ。私も些か驚いております。驚きすぎて表情筋が死んでしまいましたがお構いなく」とお茶を啜った。絶妙に胡散臭い。


「でっ、でも! 《聖女》って、もっとこう、ふわふわ~っとして、キラキラ~って感じで、その……ね、ねぇガム!?」

「そこで俺に振るなよ。言いたいことはわかるけど」


 困った顔で俺に擦り寄ってきた彼女の頭のてっぺんから足の爪先まで見回し、俺は思わず眉間に皺を寄せた。


 俺ことガム・エラの幼馴染みである少女、イリス・キャオ。


 肩まで伸びた艶のある黒髪に、深緑の瞳、くっきりした鼻立ちはこんなド田舎村には勿体ない美少女なのだが、普段から畑仕事や放牧を手伝っているため肌は健康的に日焼けした小麦色。身長は俺ほどではないにせよ村の同年代の女の子の中では一番高く、力仕事もこなしているせいか結構筋肉もある。というか、がっしりしてる。

 それでいてまだ成長途上の十五歳という年齢には不釣り合いなくらい胸が大きく、尻や太腿もむっちりと肉付きがいいのに、ウェストだけはやたらと細かった。しかもボクッ娘。


 うん。改めて見てもなるほど、これは。


「《聖女》のイメージからはかけ離れすぎてるな」

「だよねだよね!? ……いや、でもなんかムカつく」


 訊かれたから正直に答えただけなのにムカつかれても困る。

 ぷくーっと頬を膨らませるイリスを宥めながら、俺達は役人さんの説明を受けることになった。

 ……俺は別に必要ない気がするんだが、イリスが腕に抱きついたまま放してくれなかったのだ。やめろよムニュッとしてタユンとしてフニョンとするから。ホントやめて。話が耳に入ってこなくなる。


「説明受ける前に基本的な質問で恐縮なんですが、《聖女》の適性ってどういうことなんですか? 教会の、なんか偉い人ってイメージくらいしかないんですけど」

「ボクもそのくらいしか知らないです。小説なんかではしょっちゅう見かけるかなーって感じで。っていうか、そもそも現実にある職業だったんですか?」


 俺達の問いに、役人さんは「はい」と答え、呪文を唱えて宙に手を翳した。するとそこに文字が浮き出てくる。左上に『職ペディア』って書いてあった。


「まず職業としての《聖女》に関してなのですが、この村には教会はありませんでしたな。信仰は、主に精霊信仰だったと思いますが」

「つっても年に一度精霊降臨祭でお祝いするくらいで信仰なんて大したものでもないですけど」


 一応、森の奥には古い社がありいまだ精霊の加護もあるためこの村は凶作にも見舞われず平和を保てているらしいのだが、正直実感は薄かった。でも今はどこもそんなものじゃないかと思う。


「精霊信仰で言うところの《巫女》が《聖女》に近いです。この村にもお一人いらっしゃったはずですが」

「ああ、カラッパさんとこのマル婆さん」

「マル婆が近い、ってことは……もしかしてボク《聖女》になったら仕事は年に一度お祭りの準備だけ手伝えばいいの? やった! ……あれ? でもマル婆ってそれでお金貰ってたっけ? 収入はガム頼みでお祭りの準備だけってボクそれ《聖女》ってよりただのお嫁さんなんじゃ……」


 何やらイリスが小声でブツブツ言ってるけど気にせず役人さんに続きを促す。


「イリスさんは、今まで天使や精霊を視たり感じたりしたことはありませんでしたか? 《聖女》や《巫女》とは神や精霊の寵愛を受け、彼ら高次存在の声を聞き、様々な奇跡を起こせるのですが」

「え、えー……そんなの視たことあったかなぁ? 社の近くでなんかポワポワ光ってるでっかい羽虫みたいのが飛んでるのなら何度か見たけど」

「それですな」


 マジか。

 確かに、イリスはガキの頃からしょっちゅうそんなこと言ってた気はする。『ガム! ガム! なんかでっかい光ってる虫飛んでる!』とか騒ぐので『もしかして妖光蟲か? 毒もってるから気をつけろよ』と注意したらブンブン手を振り回して『追っ払ったよー』なんてやり取りした覚えもあるんだが、……とんでもなく罰当たりなことしてしまったんじゃ……


「《聖女》適性が三くらいまでだとせいぜい存在を感じられる程度なのですが、イリスさんの場合は適性が五ですので。視認も出来るしおそらくは直接触れることも可能でしょう」

「……お前、追っ払ったって言ってたけど叩き潰したりしてないよな?」


 目が泳いでる。

 口笛なんて吹けないくせにぴすーぴすーと尖らせた唇から息吹きやがって。


 コイツ、さてはやりやがったな。


「触れられはしますが彼らは不死の存在なので叩いた程度で死にはしませんから心配は無用ですよ。おそらくは『パイオツカイデーなチャンネーに叩かれた! ヒャッホウ!』くらいにしか考えていないはずです」


 本当だとしたらなんて信仰し甲斐のない奴らなんだろう。気持ちはわかるけど。


「《聖女》は神や精霊の加護により常人には及びもつかない強大な回復魔法を使えたりもします。適性値が五のイリスさんなら修行次第で伝説の死者蘇生すら行えるかも知れません」

「本当!? じゃ、じゃあもしこの村を急に野盗が襲ってボクを庇ったガムが死んじゃっても生き返らせることが……」

「可能です」

「復活した邪悪な古代竜が近隣一帯を焼き滅ぼしてボクを庇ったガムが強力なドラゴンブレスで焼き尽くされても生き返らせることが……」

「可能です」

「異次元から侵略してきた怪物の群れの放つ奇怪な光線からボクを庇って消し炭になっちゃったガムを生き返らせることも……」

「可能ですな」

「なんで毎回お前庇って殺されてるんだよ!?」


 実際庇うだろうけどもさ。その状況だったら。


「でも死者蘇生って……本当にこいつにそこまで強力な回復魔法の素質があるんですか? だってこいつの特技って鶏絞めるのがやたら上手いとかですよ? だからてっきり畜産関係の適性が高いんだろうなとばかり」

「ああ、《聖女》の他にそちらの適性もお持ちですよ。《屠殺》の適性値は四です。《聖女》程ではありませんが超一流の屠殺士になれるはずです」


《聖女》が五で《屠殺》が四て。どんな才能だ。


「なので仮にお二人が将来結婚されたとして、夫婦喧嘩の果てにうっかりイリスさんがガムくんを屠殺してしまったとしても《聖女》としての修行を積んでおけばその場で蘇生させることが可能ですね」


「すごいッ! じゃあボク、うっかり屠殺しちゃったガムを生き返らせるために《聖女》になる! 待ってて、ガム!」

「なんで殺すの前提なんだよ!」

「ぁ痛ーっ!?」


 熱血しているイリスの後頭部にチョップを喰らわせつつ、俺はさらに役人さんに訊ねた。


「冗談はさておき、こんなド田舎村で《聖女》になんかなってもあんまり意味ないんじゃないですか? そりゃ事故や災害があった時なんかは助かるでしょうけど」

「そうですな。《聖女》適性の高い方は、多くは王都の教会で修行を積んでいただき、それからは勇者パーティーの一員となって魔王討伐の旅に出てもらったり、隣国と小競り合いが続いている国境付近に派遣されその癒やしの力を存分に振るっていただくのが通例です。特に今は魔王軍の侵攻は活発化し、隣国も怪しい動きを見せている。《聖女》の力はこの国を守るためにも是非とも欲しいところです」


「えっ?」


 役人さんの言葉を聞いた途端、イリスは驚愕の表情を浮かべるとギギギッと錆び付いた音を立てて俺に振り向いた。


「……ボクが王都に修行に行くなら、ガムは……」

「この村に残るだろうな」

「勇者の仲間になって魔王討伐に行くとして……」

「この村で畑を耕すだろうな」

「前線で兵士の皆さんの治療にあたる場合も……」

「この村で今までは育ててなかった野菜や果物の栽培に挑戦してみたいな。メロンとかどうだろう。《聖女》イリスの生誕地に由来したイリスメロンとか」


 折角だしイリスの胸像作って胸の部分にはメロンを二つ飾りアピール……あれ? これ売れそうじゃね?

 勇者パーティーに救われたり、戦地でイリスに傷を癒やされた兵士やその家族が《聖女》イリスブランドのメロンをこぞって買い求めるのだ。果肉たっぷりのイリスメロンが二つ並んでいるのを目にした彼らは『おお……これは、まさしくあの時の、私を救ってくださった《聖女》様そのもの……』と感動に噎び泣く。そして俺は激増した収入に噎び泣く。


 ……いい話だなぁ。


 よし! この国の平和のため、ひいては輝かしいイリスメロンブランドの未来のためにも、イリスには頑張って修行して立派な《聖女》になってもらおう!




「ボク《聖女》にはなりません。この村で屠殺士として生きていきます」




「なん……だと……?」


 俺の視た光輝く未来とは真逆の暗く濁りきったドブ川みたいな眼をしてイリスは《聖女》辞退を告げた。

 そうしてガバッと俺に抱きついて喚き散らす。……マジで極上だな、イリスメロン。


「やだよそんなの! ガムと離ればなれになって修行したり旅に出たり! ガムのいない日常にボクが耐えられるわけないじゃんか!! 賭けたっていいよガムの魂を!!」


 だからどうしてそこで俺の魂を勝手にベットするんだ。


「ちょ、ちょっと待てよイリス。落ち着いてよく考えてみろ? 王都に行ったらきっとイケメンがいっぱいだぞ? 《聖女》になれば貴族にだってモッテモテかも知れないし、勇者なんて人類の平和を守るために戦う正義の使徒だ、魔王討伐に成功したら次期国王なんて展開もありえるかも知れない。戦地で傷ついた騎士に大貴族や大商人の子息なんかがいたらどうする? いずれにしたって玉の輿だぞ薔薇色の未来だぞ」


 そして俺にはイリスメロン富豪な未来だ。


「嘘だよ! そんな奴ら最初は甘い言葉でボクに近づいてくるけど結局は裏切る薄汚いゲスな寝取り野郎共に決まってるよ! うっかりそんなゴミクズ連中に騙されて『ごめんね、単なる農民の君のことなんてもう好きでもなんでもない。今はこの人のことを愛しちゃったんだ。だからボクとは別れてくれないかな?』なんてガムに別れを切り出した日には一年後くらいにそいつらの不正や悪行が発覚してボクまでざまぁされるに決まってるんだ! それで全てを失ってボロボロになってこの村に帰ってきて必死にガムに謝って泣きすがっても『あの日俺を捨てたのはお前じゃないか。それにもう俺には他に愛する人がいるし、来月には結婚するんだ。邪魔だからどこかに消えてくれ』って突き放されてうわぁああああああああああんんっ!! やだよ、やだやだ、そんなの絶対にやだぁああああ!! ごめんね、ごめんねガム! 本当に本当に本当に心の底から愛してるのは君だけだから許してぇええええ捨てないでぇええええええっ!!」


 こいつ……

 最近行商の人が持ってくる街で流行りの小説を買ったらそんな内容ばかりだとは言ってたがどんだけ読み漁ったんだ。


「お前なぁ……本の読み過ぎだ。そんなの現実にあるはずないだろ? ですよね?」


 役人さんは遠い目をすると、それまでまったくの無表情だった顔にニッコリと暖かな笑みを浮かべた。


「ええ、そのようなこと、あろうはずもございません」


 ……


 ……どうしたもんかな。




   ■■■




 あの後――


 俺は懸命にイリスを説得し、《聖女》の修行のために王都へと送り出した。


 別にイリスメロンのためだけじゃない。

 伝説に名を刻めるかも知れない程の、途方も無い才能があるのだ。このド田舎村で埋もれさせるより、少なくとも修行してきちんと芽吹かせてからどうするか選ぶべきだと、凡人である俺は本心からそう考えたのだ。

 それに国の窮地となれば、断ったところでそのうち直接王命が届く可能性も高い。無理矢理連れて行かれるよりは嫌々でも自分からの方がまだマシなはずだ。


 そうしていったんは俺の説得を不承不承受け入れたものの、いざ出発の前日になるとイリスは泣いた。

 泣いて叫んで俺にしがみつき、夜這いまでかけてきた。


 ……危なかった。


 あの身体で夜這いかけてくるとか。殺す気か。

 耐えきった自分を永遠に褒め語り継いでやりたい。あんなエッチボディした美少女幼馴染みに耳元で『大好きだよ』『愛してる』って囁かれながら全身を撫で回され、舐られて……

 その間、俺は五年前に死んだ祖母ちゃんの唄ってくれた子守歌を脳内でエンドレスに流し続けていた。

 大好きだった祖母ちゃん。優しい祖母ちゃん。いつも俺のことを見守ってくれていた祖母ちゃん……

 

 数時間に及ぶ激闘の末、俺は勝った。祖母ちゃんの思い出が誘惑から護ってくれたのだ。

『うわぁあ~~~~ん! ガムがエレクチオンしてくれないよぉおおお!! ガムが不能になっちゃったよぉ~~~~~』と失礼極まりないことを泣き喚くイリスに、俺は溜息交じりにキスしてから、言ってやった。


『……続きは、お前がちゃんと《聖女》の役目を果たしてからな』




 あれから一ヶ月。

 このド辺境のド田舎村から王都までは馬車で十日はかかる。

 順調に辿り着いていたとして、修行はせいぜいが二十日目……きっとまだまだ基礎的なことを学ばされている最中だろう。


 先日街に出かけた際に買った、有名なメロン農家の人が出版した教本。読み始めて一週間も経つというのに全然読み終わらない分厚いそれを熟読しながら、俺はイリスが同じように勉強している姿を想像して思わず笑ってしまった。

 大丈夫。

 本音を言えばそりゃ寂しいけど、我慢出来るさ。

 あいつが帰って来る頃には畑一杯のメロンで出迎えてやれるように――




「ただいまーーーっガムぅううううううっ!!」




「へごわっしっ!?」


 突然ドアをブチ開けて俺に突進をかましやがったのは、確認するまでもなくイリスだった。

 真っ白い高級そうなローブを纏ってるが、布地は薄いのかメロンの感触が……いかん、一ヶ月ぶりだからちょっ、やば……マジでヤバイ! 祖母ちゃん! 祖母ちゃん祖母ちゃん助けてぇーーーーっ祖母ちゃ~~~~~~ん!!


 ……ふぅ。

 ありがとう、祖母ちゃん。


「おっ、おま……イリス!? 修行が嫌になって逃げ出してきたにしても早すぎだろ!?」


 全身全霊で俺にしがみつくイリスをなんとか引っ剥がし、一ヶ月ぶりのその姿をまじまじと凝視する。

 ……日焼け肌に純白のローブって、なんか、こう……グッとくるものがあるな。特にイリスみたいな溌剌なボクッ娘が清楚な格好してるとギャップが……あと布地が薄いせいで胸と尻のラインがとんでもクライシスになってる。

 って、いかん。

 目の保養の前にまずは事情を問いたださねば。


「そりゃあ、辛かったり寂しかったりしたのかもしれないけど、でも半ば強引に勧めたとは言え最終的にはお前が自分の意思でやるって決めたんだ。だったら、やるからには投げ出さずに最後までやり遂げてだな――」

「聖女の修行なら終わったよ?」


 …………


「……はぁ?」

「なんかね、普通は最低でも三年くらいはかかるらしいんだけど、ほら、ボクってとんでもなく才能があったらしくて? 神話級の転生呪文(リーンカーネーション)、伝説級の死者蘇生呪文(リザレクション)、あと教会の大司祭様以上じゃないと使えないっていうすっごく難しい完全回復呪文(フルヒール)と……ほぼほぼ三日でマスター出来たよ。他にも《聖女》の心得とか座学で一週間くらいやらされたけど、なんか教皇様が『……《聖女》イリスは純粋無垢、溌剌奔放な今のままがもっとも《聖女》らしいのかも知れぬ』って言ってくれてそっちも終わった」


 教皇様、きっと疲れたんだろうな。

 にしても転生とか死者蘇生とか、魔法に詳しくない俺でも聞いただけでヤベぇってわかる。ってか最後のが一番普通じゃねーか。

 ……え、なに? と言うことは俺ってイリスがそんな超高等魔法を身につけてる間にメロン栽培の教本すら読み終えることが出来なかったの?


「……凹むわー」

「あっ、それとガムに会ってもらいたい人を連れてきたんだ」


 すっかり忘れてた、とでも言いたげにイリスはポンと手を打つと、扉の外から一人の青年を引っ張り出してきた。


「えーと……イリス、彼は?」


 一目で貴族とわかる豪奢な服。

 言いよる女性なんて片手では足りないだろうなって甘いマスク。

 ああ、きっとモテるんだろうな。お貴族様の夜会なんかではダンスの相手は引く手数多だろう。

 純朴な町娘や夢見がちな田舎娘なんて当然彼の一言でコロッとモノにされてしまうに違いない。なのに、


「彼はねー、……ヅッケン男爵家? の御令息で、ビヤークさんだったっけ?」

「へっ!? い、いや、ちがっ! わ、私はバイラース侯爵家の三男……」

「うん?」

「ひゃいぃい! わっ、わたっ、わたくし、ビヤーク・ヅッケンと申します!」


 どうしたことか。

 イリスの隣に立つ彼はお耽美なイケメンフェイスをグッシャグシャに歪めて泣いていた。

 ……この顔、見たことある。

 子供の頃、近所のガキ大将が俺とイリスを虐めた次の日にこんな顔してた。


「それで、そのヅッケン男爵御令息様がどうしてこんなド田舎村に?」


 俺の質問に、ヅッケン男爵御令息(仮)は唇を「た・しゅ・け・て」とパクパク動かすばかりでどうもうまく喋れないらしかった。

 なのでイリスが替わりとばかりに語り出す。


「ビヤークさんは《聖女》であるボクを囲い込みたかったらしくてさ、貴族の立場を利用して言い寄ってきたんだ! やっぱり王都は爛れまくった賤しき淫欲の都だったんだよガム! ……でね? ボクは何度も断ったんだけど彼はしつこくて。ついには媚薬入りのジュースを飲ませてボクのことを……って。あれ? ちょっとガム、真面目に聞いてる?」

「ふぁ? ……あ~、聞いてる聞いてるよ。んで、媚薬盛られたんだっけ?」


 珍しくシリアスな様子でヅッケン男爵御令息(仮)との間に何があったのかを説明していたイリスだったが、俺が欠伸したのが気に入らなかったのかムッスーと頬膨らませて睨んでくる。可愛い。


「可愛い幼馴染みが媚薬盛られて寝取られたかもしれない話を懸命に告白してるんだよ!? 欠伸くらい我慢してちゃんと聞いてよ!」


 だってメロン栽培の教本読んでたから眠いんだよ。だいたいお前がメロンなのが悪いんだぞ。本来ならメロン罪で厳罰に処されるところだ。


「わかったわかった、わかってるって。はいはい寝取られました俺は可愛い幼馴染みをイケメンの貴族様に寝取られてしまいましたー」

「むー……なんだよぉ、もう。もっと危機感抱いてくれたっていいじゃんかガムのバカぁ」


 だから涙目でむくれるな。腕を組んでメロンを押し上げるな。こんな可愛い仕草で「自分は寝取られたんだぞ」と宣言する幼馴染みなんて寡聞にして聞いたことがない。


「まぁいいや。それでね、媚薬ジュース飲まされちゃったんだけど、ところがどっこい! あらゆる毒効を無効化する毒物完全(アンチヴェノム)無効化呪文(コンプリーショナー)を会得してたボクには下劣なエッチグスリなんて一切効かなかったのです! はい拍手ぱちぱち~!」

「おう、ぱちぱちー」


 無感動に手の平をペチペチ叩いてやる。ヅッケン男爵御令息(仮)も手の皮が破れるんじゃないかってくらい必死にバチバチ拍手をしていた。


「とまぁそんなわけで、ボクを媚薬で寝取ろうとしたビヤークくんは罰として屠殺……」

「ひっ、ひひ、ひぃいいいい~~~~~っ!?」


 きっととんでもなく怖ろしい目に遭わされたんだろうなヅッケン男爵御令息(仮)。

 そりゃ俺としてもイリスに媚薬を盛ろうとしたとか許せるわきゃない。でもイリスの奴、彼を見る目が完全に豚さんを屠殺する時の目になってる。さすがに同情せざるをえない。だってあれ昔からめっちゃ怖いもん。


「……するのはひとまず我慢して。ここはやっぱり村まで連れてきてガムに盛大にざまぁしてもらうのが筋かなぁって」

「え?」


 なんで?


「だってほら? 愛する幼馴染みを媚薬漬けにされて寝取られ調教されちゃった恋人が後に寝取り野郎をざまぁするのはお約束でしょ?」


 なってないじゃん媚薬漬けに。

 されてないじゃん調教。

 寝取られ舐めんのも大概にしろ。


「イリス」

「なぁに?」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべる幼馴染みに、俺は言った。


「すぐ返してきなさい」

「えー」


 心底残念そうだった。




   ■■■




 あれから二週間。

 俺が『返してきなさい』と言ったヅッケン男爵御令息(仮)は、《聖女》に媚薬を盛ろうとしたことがバレて国と教会から怒られ実家からは追放されてしまったのだそうで、あの後も村にいる。

 というか、『どうか下働きでいいので置いてください』と懇願されたので仕方なくうちに住まわせ、畑仕事を教えてる最中だ。意外と飲み込みが早くて両親も助かると言っている。

 イリスメロンが完成した暁には人手はいっぱいいるだろうし、彼もイリスの名前を出せばきっと死に物狂いで働いてくれるだろう。


 当のイリスは、『《聖女》の修行が終わったのはいいけど、もっと肝心な《勇者》の仲間になって魔王討伐の旅に出たりとかしてないだろ? まずはそれを片付けてこい』と俺に言われてまた泣いて縋りついて駄々こねまくったものの渋々王都に戻っていった。


 王都には《勇者》を始めとして《剣聖》、《拳聖》、《賢聖》といった適性持ちも既に一通り揃っているんだそうで。イリスさえ大人しく帰ればすぐにでも魔王討伐の旅に出られるようだ。


 メロン栽培の教本も読み終わったし、俺は馴染みの行商人に頼んで手に入れた高級メロンの種を丁寧に選別していた。

 高級ブランド品を目指す以上、まず種の時点で形の良くないものは弾いていく。

 形の整った種を植え、育ちの良い苗を選び、出来上がったものの中からさらに優れたものを選りすぐっていく。

 数世代後、イリスメロンの雛形が出来上がる頃にはきっと魔王も討伐されていることだろう。

 その日のために俺も頑張って――




「ただいまーーーっガァァァムゥゥゥうううううう~~~~~っ!!」




「……いやおかしいだろ。前回は一ヶ月だったのに今回は二週間て。王都まで片道十日はかかるってのに……まさかお前、途中で引き返してきたんじゃないだろうな?」


 抱きついてグリグリと俺のお腹に頭を擦りつけてくるイリスを引っ剥がし、俺はしかめっ面で問い糾した。

 するとイリスは「へっへ~ん」と胸を張り……いや張るな。ちょっと待て、服がミチミチいってる。メロンが飛び出してしまう。


「確かに馬車で十日はかかるけど、うん……じゃあ、ちょっと待ってね」


 そう言うとイリスは額に人差し指を当てて、スッと目を閉じた。


「……自在転移呪文(テレポート)


 瞬間、イリスの姿は俺の目の前から掻き消え……


「再びただいま!」


 三秒ほど後、消えた時と同じく突然現れた。


「あー……もしかしてあれか? 物語によくある、瞬間移動的な魔法」

「正解! これがあるから王都と村なんてアッと言う間に移動出来ちゃうし、記憶読取魔法(メモリーリーディング)でそこに行ったことのある人の記憶を読めばボク自身は行ったことがなくても転移可能なんだ! 例えば一度は魔王城の直前まで攻め込んだ~っていう騎士団長さんの記憶を読めば魔王城までだってひとっ飛び」


 と言うと、イリスはおもむろに何か差し出してきた。

 ……土産か? でも王都名物の王都饅頭じゃないっぽいな。俺あれ結構好きなのに。


 見たところ、古めかしいけど立派な……額冠ってやつだ。小説の表紙や挿絵で魔法使いなんかがよく額につけてるやつ。でも、もしそうだとしてもこんなアクセサリー農夫の俺にはまったく必要無いと思うんだが……


「ああ、これ? そんなこんなで騎士団長さんの記憶を読んで昨日魔王城に攻め込んだんだけど、魔王を倒した証拠をそういえば回収するの忘れてたから今取ってきたんだよ。王様にはこっちの骸骨杖、教会には屍王のマントを献上するつもりだからその邪神の額冠はガムにあげるね!」

「いやいらねーってかそれもしかしなくても超級のレアアーティファクト……じゃなくて!! ……昨日、魔王、倒した?」


 俺が突っ返した額冠をなおも差し出そうとしながら、イリスは迷いなく頷いた。


「うん。この前覚えた過剰回復呪文(デストラクションセル)っていう魔法で肉体の組織を完膚なきまでに破壊して、そしたら魂になってもいつか必ず蘇る~なんて言うから概念(ゲシュタルツ)消去呪文(イクスティンション)で魂魄まで残さず滅ぼしてきたよ? なんかね、どっちも制御が難しすぎて千年以上前に封印された魔法だったらしいんだけど、その魔導書が隠されてた遺跡の祭壇にボクが触れた時に封印解けちゃったみたいで」


 よし。

 ついていけなくなってきたのでメロンの種の選別に戻るぞ!

 俺がメロンの種を丁寧に選り分けている間もイリスは色々と喋り続けていたが、十分ほど経ったところで唐突に神妙な顔をしたかと思うと、


「ガムに、会ってもらいたい人がいるんだ」


 ……あれ? またこのパターン?

 ビヤークん時とほぼほぼ同じじゃねーか。

 などとツッコミを入れるタイミングを逃してしまった俺の前で、イリスはドアの向こうへ手招きした。


 入ってきたのは……四人。


 一人目は燃えるような紅蓮の赤毛に気の強そうな切れ長の眼をした美女。

 女性にしては長身なイリスよりなお背が高いが、背中にはそれ以上に長大な大剣を背負っている。全身を覆う銀の鎧は特注品なのだろう。スタイル抜群な彼女の身体を隙間無く覆っていた。

 特に、胸。

 イリス以上に大きな胸の形がハッキリクッキリ。

 ……おっぱいアーマーって初めて見た。アレって実在したんだ。ファンタジーだと思ってた。


 二人目、黄金に輝く髪の間からピンと伸びた長耳はエルフの証。

 若草色の……確か異国に伝わる拳法着ってやつかな? 格闘で戦う武道家職の人がよく着てる装束が存外によく似合っていた。

 背は小柄ながら胸が大きいのは種族的なものもあるのだろう。エルフは肉体的に俺達人間種よりも優れている者が多い。男は細マッチョの美形が多いし、女はボンッキュッボンッのナイスバディ美女ばかりなのだ。羨ましすぎる。

 ……胸ばっか見てるわけじゃないよ? 深く入ったスリットから覗く太腿もムッチムチで、あの脚から放たれる蹴りはきっと尋常ならざる破壊力だろう。


 三人目。雲一つない蒼穹を想起させる膝まで届きそうな長い青髪をした女性は、見るからに清楚で、慎ましげな、……いやあれだろ。イリスが《聖女》ってやっぱり間違いで彼女が《聖女》なんだろ? そんでもってイリスの本来の職業は《爆弾お騒がせ娘》とかそんななんだろ?

 イリスと似たローブを纏ってるせいで余計にそう思える。

 ローブの下に着込んだ魔法衣はこれまた極悪な薄さで、やっぱり胸もお尻もパッツンパッツンだ。誰の趣味なんだろう。グッジョブだけど。

 ……しかも、イリスよりも赤毛の美女よりもエルフ娘よりも、しゅごい。デカ玉メロンだ。もし彼女の後援者なんかがいてブランドメロン売り始めたらイリスメロンブランド大ピンチだぞ。どうする? 俺。


 そして四人目。


「じゃじゃーん! どう? ガム。彼が勇者だよ! ハンサムでしょ!?」




「はじめまして、ぼくは、ゆうしゃじーぐ、です。まおうをたおすため、たびをしています。がんばる、ぞー」




 …………




「そう、あれは魔王討伐の険しい旅の途中……彼はボクがガムと引き離されて寂しい想いをしているのを慰めてくれたんだ。最初の頃は何とも思ってなかった。でも、えーと……ああ、そうそう、えっと、ボクがモンスターの攻撃で大ピチンだったところを庇ってくれて、落ち込むボクを慰めてくれて、それから段々彼に惹かれていって……あとなんだっけ? ……ああ、慰めてくれたんだ!」


 慰めてくれたって三回も言ったぞこいつ。

 あとなんだ、大ピチンて。ピチン。

 旅なんてろくにせずに転移して、魔王だって簡単にブッ殺したくせに、ピチンで庇われたと。

 脚本の練り込みが甘い。演技も大根だし練習が足りてなさすぎる。

 ってか寂しいもクソもたった二週間だろ。


「それよりもお前コレ勇者様に何しやがったんだ?」

「や、やだ、ガム。まだ昼間だし、みんな見てるよぉ……って、あわわわわわぁああっ!?」


 詰め寄った俺に何を勘違いしたのかイリスは頬を染めてクネクネと尻を振り出したので頭を掴んでガンガン揺らしてやる。

 いやだって。

 勇者様あきらかに目が死んでるじゃん。

 何処も向いてない虚ろな目で定期的にまばたきだけしながら『はじめまして、ぼくは、ゆうしゃじーぐ』とひたすら自己紹介を繰り返している。怖ぇ。


「どうせまたろくでもないコトしたんだろ!? 寝取られ小説読みすぎて頭おかしいコトやらかしたんだろうがぁあああっ」

「はにゃにゃにゃにゃ~~~~っ、まっひぇ、ひがっ、ひがうにょぉおお……お? あ、これなんか懐かし……エヘッ、エヘヘヘヘヘ」


 頭掴んで持ち上げて、振り回してやったら子供時代に同じような感じで振り回してやったのを思い出したのかコイツ笑ってやがる。くっそぉオシオキにならねぇ。


「お待ちくださいガム様!」


 と。

 そこで待ったをかけたのはおっぱいさんだった。髪の青い。


「《聖女》は、イリス殿は悪くないのだ!」

「それどころかアタシ達、イリスちゃんにそこのウスラボケカスから助けて貰ったの!」


 続けて言い募るおっぱいさんとおっぱいさん。髪赤い方と、エルフッ娘。

 ウスラボケカス、というのはどうもこの壊れた《勇者》様のことらしい。

 ……ふーむ。自己紹介では《勇者》様は自分でジーグって名乗ってるのに、実際はウスラボ・ケカース氏なんだろうか。


 仕方ない。推定有罪人に発言の機会を与えてみよう。


「エヒャヒャヒャヒャヒャ……あれ? もうお終い?」


 残念そうなイリスを床に下ろし、事情を尋ねる。

 するとイリスは観念したのか「しょうがないなぁ」と語り始めた。


「ウスラボケカス、じゃなかった《勇者》なんだけどね。どうも魅了の魔眼を持ってたらしくて。ここにいる《剣聖》のレギオーネちゃん、《拳聖》のバルちゃん、《賢聖》のガラシャちゃん、三人ともすっかり洗脳済みのハーレムパーティーでウハウハとかいうゲスな真似……まぁお約束だよね、してたの。で、当たり前のようにボクにも魅了を使ってきたんだけど、そんなコトもあろうかとボクは二四時間常に自分に魔法反射呪文(スペルカウンター)かけてたもんだから、《勇者》ってばまるで効かないのを意地になっちゃったのかなぁ。魅了連発してきたんだけど全部自分で喰らう羽目になって……多分、そのせいで精神に負荷が掛かりすぎたんだと思う」

「……で、壊れたと?」

「怖いよね、精神干渉系の能力って」


 しみじみと頷くイリス。

 ……自業自得だし仕方ないな。こればかりは。


「それで《剣聖》さん達は……」

「はい。クソウスラボケカスにかけられていた魅了をイリス殿の全状態異常(セイクリッド)解除呪文(クリアランス)で解いていただき、さらには……」

「ゴミクズクソウスラボケカスに洗脳中に入れさせられた淫紋やタトゥーなんかも不浄徹底(パーフェクト)浄化呪文(ピュリフィケイション)で全部消して……その、じゅ、純潔も……えっと、再生してもらって、少なくとも身体だけは、綺麗に戻れた」

「ダボハゼゴミクズクソウスラボケカスに操られるままわたくし達が傷つけてしまった恋人や婚約者、家族に事情を説明してくださった上に、和解の機会まで設けてくださったのです。う、うぅ……本当に、イリス様には感謝してもしきれません」


 なんてこった。

 話聞いてるだけだと凄く《聖女》っぽい。むしろ《救世主》か。

 実物はニヘラニヘラしながら俺に抱きついてるアホの子なのに。


 けどまぁ、今回は魔王も倒して、危うく不幸のどん底に堕ちるところだった三人の女性も救ったんだから、うん。よくやったよ。


「よしよし」

「わーい! ガムに褒められたぁ!」


 頭撫でてやったら犬みたく全身で擦り寄ってきた。やめろっ、メロンを胸板に押しつけてくるな! 腕挟み込むな! 祖母ちゃん! エマージェンシー祖母ちゃん! ヘルプ祖母ちゃんッッ!!


「エッヘヘヘヘヘヘ~。とまぁ、そんなわけで今回はクズ勇者の魅了で寝取られちゃったけどガムとの愛の絆でボクは戻ってきたのでした! だから《勇者》に思う存分ざまぁしていいよ!!」


 だからお前は魅了されてないじゃん。

 愛の絆で元に戻ったわけでもないじゃん。

 寝取られ舐めんのもいい加減にしろ。


「イリス」

「なぁに?」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべる幼馴染みに、俺は言った。


「早く返してきなさい」

「えー」


 今回も心底残念そうだった。




   ■■■




 あれから一週間。

 魅了で被害を受けた女性は全員イリスが浄化、治療して回り、希望する場合は本人含め関係者から《勇者》に関する記憶のみを消去するなど徹底したケアを施したそうだ。

 あんなクズを《勇者》に認定してしまった件に関しては王様が公式に謝罪、被害者には見舞金がたっぷり支払われた。


《勇者》はイリスに同行し、行く先々で被害者やその関係者からフルボッコにされ、死ぬ一歩手前で回復させられるという地獄のようなルーティンの結果、一層壊れてしまった。

 王都からも彼の故郷からも受け取りを拒否されてしまったため、今ではこの村の入り口に一日中立たされ『やぁ、ここはだいえむらだよ!』と雨の日も風の日も繰り返すだけの《案内板》にジョブチェンジしてしまった。


 そしてイリスはまたごねた。

『魔王も倒したんだしもういいじゃんか!』と俺にしがみついて離れようとしないのを力の限りに引き剥がし、《剣聖》《拳聖》《賢聖》のオッパイーズにお願いして隣国との小競り合いが続く国境付近に連れて行ってもらった。

 人間同士の争いに《聖女》達が直接介入するのはよくないが、そこに救える命があるのなら救うべきだと思う。この国の人だけじゃない、隣国の兵士もだ。

 誰かと戦い、倒すんじゃない。敵味方の区別なく命を救い、人同士が争うことの虚しさを伝えていく。それこそが《聖女》の本当の役割なんじゃないだろうか。


 新しく用意した畑に選りすぐったメロンの種を植え、ビヤークと一緒に肥料を撒いて如雨露で水をやる。

 イリスがたくさんの命を救っている間、俺はこうして新たな命を育てよう。《剣聖》さんや《拳聖》ちゃん、《賢聖》さんに負けないくらい、立派なメロンになってくれよ。




「あ、おかえりガム」




 さも当然とばかりにイリスがいるのには、もはや何も言うまい。


「ガム様。お茶をどうぞ」

「ああ、ありがとうございますガラシャさん」


《賢聖》のガラシャさんが淹れてくれたお茶を啜りつつ、部屋を見回す。

 ガラシャさんだけでなく《剣聖》のレギオーネさん、《拳聖》のバルちゃんもいるのは、今の三人が《勇者》ではなく《聖女》に仕えているためだ。無論、自らの意思で。

 そして何故か俺のことまで敬ってくれている。

 ……俺、ただの農民なんだけどなぁ。


 だがしかし。

 問題はそこではない。


「なぁ、イリス」

「うん?」


 キョトン、と首を傾げる幼馴染みは、相変わらず可愛かった。

 ものっそ可愛い、の、だが……


 彼女が腰掛けているモノは全然可愛くない。


「今回のは、どこのどちら様なんだ?」


 大柄な男性だった。

 多分、立ち上がると俺より頭三つ分くらいは大きいんじゃないだろうか。

 そんな相手が身を縮こまらせて土下座し、イリスの椅子になっている。

 嫌な予感しかしない。


「隣国の皇太子さんだよ」

「マジで今すぐ返してきなさい!!」


 お貴族様もヤバかった。

《勇者》様も問題だった。

 隣国の皇太子様は本気で洒落になってない。ただの小競り合いだったのが全面戦争突入コースじゃねぇか!


「お前ぇーっ、もう、ほんとお前なぁ! あー、もう、お前ぇーーーっ」

「そうやってお前お前言われてるとお嫁さんっぽくてイイよね。ア・ナ・タ♪」

「真面目にやれぇえ~~~……」

「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ」


 こめかみを左右から中指立てた拳でグリグリしつつオシオキタイム。

 いくらなんでも今回ばかりは容赦ならん。尻もひっぱたいてやろうか。


「待ってくれ!!」


 純白のローブを捲り上げ、さぁお尻ペンペンだ、とイリスを抱え込んだところに、隣国の皇太子様から待ったがかかった。

 ポーズは土下座を維持、額は床に擦りつけている。


「《聖女》イリス・キャオ嬢の幼馴染み殿とお見受けする! 我が名はウェスターラント帝国皇帝が第一皇子にして皇太子、ジャイガンテ・ウェスターラント! 愚かにも《聖女》に懸想し、我が愛妾とならねば貴殿を始めとした故郷の者を皆殺しにするなどと脅して《聖女》を手に入れようとした人類史上最低にして最悪の下劣極まりないダニ野郎である!!」


 ……あー。

 もうわかった。

 何があったのか、だいたい把握しました。


「……一応訊くけど、レギオーネさん」

「ああ。イリス殿は前線に着くや否や広範囲回復呪文(フルヒールフィールド)を唱えると周辺数十キロ内の負傷者を敵味方全て回復、続いて全武装(ノーモアウォー)解除呪文(ピースメーカー)によって兵士達から戦う力を奪った。飛翔呪文(フライングスカイ)で天空を駆けながら人々の傷を癒やし、争いを止めていくその姿はまさに天使か、はたまた調停者か。それを何日か繰り返している内に丁度視察に来ていた皇太子とその親衛騎士団が攻めてきたのだ」

「ふんふむ。で、そこで皇太子様がこのアホを見初めて無謀にも脅して……以下略、と」


 見た目は最ッ高に可愛いし、その上で《聖女》の力が常軌を逸しすぎてるもんなこの頭残念系爆乳日焼け美少女型決戦兵器。

 皇太子じゃなくてもそりゃ欲しくなるわ。


 けど、まぁ。

 魔王も勇者もキュッと一捻りだったこいつに帝国軍がどれだけ精強でも勝てる道理が無い。その結果が土下座人間椅子か……


「近日中に、我が帝国は貴国に対し恒久和平の条約を申し出るつもりだ。《聖女》の力は既に多くの将兵に知れ渡っている。もしこの先も戦いを続けようとしたなら彼らは我ら皇族にこそ剣を向けるであろう」


 土下座椅子のまま、皇太子様はそう言ってフッと苦笑する。

 ……そういや俺、まだこの人の顔見てないや。ずっと床に伏したままだし。

 きっと彼もイケメンなんだろうになぁ。


「うんうん。かくして今回は隣国のイケメン皇太子という過去最大級の恐るべき寝取り野郎に迫られあわや皇太子妃の地位に惑わされ心揺らすもガムへの想いによってかろうじて耐え抜いたボクなのでした。さぁ、ガム! 皇太子に全力全開でざまぁしていいよ!!」


 皇太子妃の地位になんて惑わされてないじゃん。

 かろうじてどころか爪の先程も耐えてないじゃん。

 寝取られ舐めんのもほんともうマジやめろって仏の顔も三度までだぞ。


「イリス」

「なぁに?」


 ドヤ顔でバカでっかいメロンを突き出している幼馴染みに俺は言った。


「今すぐ速攻で返してきなさい」

「えー」


 そんなに残念そうな顔されてもこれ以上はうちでは飼えません!




   ■■■




《聖女》の修行は終わった。

 魔王も討伐した。

 隣国とは恒久和平条約が締結された。


 でもきっと、世界はまだ《聖女》の助けを欲しているはずだ。

 イリスが《聖女》の適性を得たのには、俺みたいな農民では及びもつかない理由があるはずなんだ。

 俺は彼女の重荷になってはいけない。

 誰よりも大切な幼馴染みの邪魔だけはしてはいけないんだ。


 ……と、ハゲ上がるくらい悩んでいた俺に、《拳聖》のバルちゃんが言った。




「転移魔法があるんだし、この村に住みながら朝の九時に出勤、午後の五時に退勤して帰ってくればいいだけなんじゃない?」


「……あ」




   ■■■




「おっはよーガムぅ♪」

「おう、おはよう」


 朝。

 目覚めた俺がリビングに入ると、朝食の準備を終えたイリスが飛びついてきた。

 こいつはこう見えて料理がめっぽう上手い。しかも子供の頃から事あるごとに俺に手料理を振る舞い続けてきたわけで、実の母親よりも俺の好みを熟知している。……と言うよりも、もはや俺の好物はこいつの料理と言った方が正しいか。


「今日は何処に行くんだっけ?」

「コーナリーヴァ王国で疫病の兆しがあるらしいからちょちょいと行って癒やしてくる予定だね。ついでに発生源を特定して根絶してくるつもりー」


 現在、イリスは週七日の内三日《聖女》の仕事をしている。二日は《屠殺士》として働き、二日休み。

 週休二日の一日八時間労働。残業は殆ど無し。とってもホワイト。


《剣聖》《拳聖》《賢聖》の三人も相変わらずイリスのサポートだ。ただし半年程前に婚約者と無事結婚した《賢聖》のガラシャさんはもうすぐ産休をとることになっている。福利厚生もバッチリです。


 俺はと言えば、イリスメロンのブランド化に見事成功。

 加えて三聖にも許可を取り、レギオーネメロン、バルメロン、ガラシャメロンも大当たり。

 ウェスターラント帝国からは『皇室御用達』の印状をいただき、今じゃ村を挙げての大事業として広大なメロン農園を経営するに至った。ビヤーク元男爵令息(仮)も、俺の片腕として頑張ってくれている。

《勇者》から《案内板》にジョブチェンジしたウスラボケカス氏も、新たに《案山子》へとジョブチェンジ。害鳥駆除に大活躍だ。


 俺が《農家》、イリスが《聖女》と適性診断された日から、かれこれ三年が過ぎた。


 二人を隔てるあまりにも大きな壁……だったはずのそれは、まったく意味をなさなかった。

 何をしようと、何処へ行こうと、結局イリスはすぐに俺のところに戻って来てしまうのだ。


「なぁ、イリス」

「ん? なーに?」

「お前が帰ってきたら、結婚しようか」

「うんっ♪ わかった、じゃあ今日は残業無しで急いで帰るね!!」


 幼馴染みが《聖女》に認定されて旅に出たりもしてるけど、俺達はとても幸せです。

感想やレビュー、ありがとうございます。

次作もよろしくお願いします。

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[一言] 主人公の男が気持ち悪い
[一言] 三聖自分の爆乳をモデルに作られたメロンとかよく許可したな
[良い点] 凡人が聞いて呆れるメンタル強者な主人公、最強だけど将来の夢はお嫁さんを地で行く一途にも程があるヒロインもさることながら、終始冷静でありつつ矢鱈とノリが良い役人さんが絶妙にツボりました [一…
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