「わぁ〜〜!」
通りいっぱいに広がる煌びやかな品々に、僕は思わず感嘆の声を上げてしまう。
いい年して子供みたいだと言われればそれまでだけど、視界を埋め尽くす沢山の『未知』に、生粋の冒険者である僕は好奇心を抑えることができなかった。ちらと横を窺えば、アイズさんもそわそわとあちこちを見渡している。
今日は、『
何でも、祭典の開催を耳聡く聞きつけた世界各地の商人達が、書き入れどきだと珍しい商品を運び込んで売りに出しているらしい。
きっと今日は、似たような光景がオラリオ中で広がっているんだろう。
砂漠地帯や東方の特徴的な民族衣装に、大小様々の宝石類。さらには
見たこともない鮮やかな商品群に目を輝かせてしまう僕だけど、今日はこれから他にやらなくちゃいけないことがあるので、おちおち
「アイズさん?」
少し目を離していた隙に、アイズさんと逸れてしまったみたいだ。
慌てて辺りを見渡すと、アイズさんは一際目立っている露店の前で佇んでいた。簡易的ではあるけれど立派な屋台が組み立てられていて、
「何か、気になるものがあったんですか?」
「ん、ベル。えっと、これ……綺麗」
僕の声に振り返ったアイズさんが見せてくれたのは、手のひらにちょこんと載った
きらきらと輝く美しい宝石を纏った
「もしかしてこれって……」
恐らくというか十中八九、アイズさんの天然が炸裂しただけに違いない。
「?」
予想通り可愛らしく小首を傾げるアイズさんに、僕は羞恥を押し隠して無理やり笑顔を作った。か、顔が熱い……
「な、何でもないです。その、アイズさんがこういうものを見るのって珍しいですね」
そう伝えると、なぜかアイズさんは途端にもじもじと体を揺らし始める。いつもは白い肌も心なしか赤らんでいるような。
「……しいから」
「え?」
「ベルには、私を綺麗って思っていて欲しいから」
ボンっ。という音が聞こえた気がした。僕とアイズさんが同時に破裂した音だ。他ならぬ、羞恥心で。
(かっ、可愛いすぎる……)
往来で茹蛸と化して固まる僕たちに好奇の視線が集まるけど、動けない。
「こ、この指輪、いくらですか?」
思わず、お店の人に値段を尋ねてしまった。
「一○○○万ヴァリス」
ガーン。
予想だにしない金額に、二人して
(買えない金額じゃないけど、思いつきで買うには……)
──あまりにも、高すぎる。
アイズさんも同じように思ったのか、慎重に指輪を返却してしまった。
「い、行こう……」
「はい……」
どこかしゅんとしつつも切り替えて歩き始めたアイズさんに、僕はとぼとぼと付いて行った。
*
「ベルの好きにさせてやればいいだろう……」
アルフィアから事の詳細を伝えられたザルドは、げんなりとした顔で言い放った。
「【
理不尽な詠唱を咄嗟の超反応で中断させたザルドに、アルフィアは酷く不機嫌な顔で嘆息する。
一拍置いて、瞑目しながらも表情に苛立ちを滲ませた女は問うた。
「別に、今回ダメだったからと言って永遠に認めないというわけでもないんだ。次の時機を待てばいい。私のしようとしていることはそんなにおかしいか?」
「ああ、おかしいぞ。そもそも、お前より強い女などいるものか。前時代的だと言っているんだ」
「前時代的で、何が悪い」
「…………」
手の施しようが無い親バカ具合に呆れを隠さず諭したザルドだったが、腕組みをしたアルフィアはそれを歯牙にもかけない。
つまり、イエスかノーか、【
割と無遠慮に物事を言う自覚のあるザルドといえど、口を閉ざすしかなかった。
【静寂】によって響き渡る沈黙。『魔女』の瞼が開かれ、その緑と灰の瞳が『覇者』の目と合う。珍しく、彼女の口元には小さな笑みが──
「【
即決だった。
──次は無いぞ、と
満足げに頷いた
「何処へだ?祭りは明日だろ?」
「前夜祭だ。予選があるらしい」
「予選?」
そこでアルフィアは立ち止まり、肩越しに振り向く。
「『ダンジョン・デート』とやらだ。なかなか面白そうだろう?」
微笑みながら答えるアルフィアに、ザルド、本日二度目のげんなり。
「いい年こいて、デートなどと……」
「【
「ぐはぁッ⁉︎」
【静寂】のアルフィア、【暴喰】のザルド──
*
「これで、最後だね……」
「はい!」
何故なら、
「そんなに難しくなかったね……」
「僕達はそうですけど、二人だけでここまで潜るとなると最低でもLv.3は必要ですよね……」
現在、ダンジョン24階層。第二級冒険者でもたった二人で潜るのは多少躊躇するレベルと言える。
ダンジョンでは、何が起こるか分からない。足手纏いが居なければ、パーティーを構成する人数が多ければ多い程──手数が多ければ多い程──安定するのが迷宮探索であり、それはたとえ【ランクアップ】を果たした冒険者達とて例外ではない。
今回のドロップアイテム採集にあたって、明確に安全だと言い切れるのはそれこそ第一級冒険者同士の
こんなことで命を落としでもしたらたまったものじゃないと、ドロップアイテムのリストを見て諦める者達も多いだろう。ベルは最初、そう思っていたのだが。
「でも、随分と参加人数が多いみたい……」
目の前の光景にベルと同じ違和感を抱いたのか、アイズがそう呟いた。
「この
探索できる者が限られている24階層において、それは異様なことのように思えた。
ましてや、この階層に来るまでに数十組の
果たして、第二級冒険者以上同士の
よしんば関係性を偽って参加している者達もいるとして、ジャガ丸くんのために命を賭けるだろうか──?
そんな疑念が、ベルの頭をもたげる。
ダンジョン内での暗黙の
何か裏があるのかと勘繰っていて落ち着きのないベルを見兼ねたのか、アイズはむんと胸を張って言った。
「きっとみんな、ジャガ丸くんが、好きなんだと思う……」
──ジャガ丸くんは、世界を救う。そう信じてやまない彼女にとって、何らおかしな点などないのだった。
「そ、そうなんでしょうか。そりゃあ、僕も好きですけど……」
が、少年はいまいち腑に落ちない様子。どうにか彼に安心して欲しいアイズは、内に秘めるお姉さん力の解放を決意する。
「リヴィラの街に行って、訊いてみようか」
*
「バベルの居住権⁉︎」
ならず者の街に、少年の驚愕の声が響き渡る。
このときばかりはアイズも目を見開いて、驚きを露わにした。
「おうよ、【
「え、えっ?でも、優勝賞品はジャガ丸くん一年分って……?」
「ばあか、それは副賞だ」
「そ、そうなんですか⁉︎」
──バベル最上階の居住権。
いざ聞き込みを始めようとしたところに
「でも、あのバベルですよ⁉︎上位派閥の神様達の住居なんじゃあ……」
「その神様達がいいって言ってるんだから、いいんだろうが」
「た、確かに」
未だに衝撃は抜けきらないものの、ボールスのもっともな言葉にベルは一定の納得を示してしまう。
ジャガ丸くん一年分ならともかく、バベル最上階となればなるほど、高難易度の予選に冒険者達がこぞって参加しているのにも頷けるからだ。
あまりの規模の大きさに汗を流しつつも、ベルは
(そういえばあの時、アイズさん喜ぶだろうなぁってことしか考えてなかったけど、確かに優勝賞品はいくつかあったような……って⁉︎)
『ジャガ丸くん一年分』という文字を見るなり走り出してしまった自身の視野の狭さを一度は嘆いたベルだったが、それが
身を小さくして震える少年を、件の少女が不思議そうに眺めていることには気がつかない。
(ていうか、バベルの最上階って……フレイヤ様──シルさんが住んでた場所⁉︎そんなところ、恐れ多いっていうか……⁉︎)
その瞬間──白髪の少年の背筋を、凄まじい嫌な予感が駆け抜ける。
端的に言えば、悪寒。
ベルの潜在意識が、今すぐ自分達が置かれている状況を整理しろと訴えていた。
(えっと……シルさんは当然、僕達が
そこまで考えて、ベルは
少年の脳裏では──神をも黙らす街娘の笑みが、だんだんと近づいてきていた。
よくて
(ど、どうしよう⁉︎)
いまや
「どうした【
「なっ、なんでもないです!」
訝しげなボールスの確認に、あまりの恐怖から震え上がっているベルは引き
「そうか?まあ、てめえが参加するってんなら、もちろん俺はお前らに賭けるぜ!いいか、絶対勝つんだぞ⁉︎」
「は、はい……」
と、バシバシと背中を叩いてくるボールスの剣幕に気押されながら少年が生返事をしたところで。
「ベル、そろそろ……」
「あ、はいすみませんアイズさん。そろそろ帰りましょうか」
(シルさんのことは……うん、忘れよう)
自分だけ入れない会話に居たたまれなくなっていたアイズの呼びかけに、思考を放棄した白兎は
「じゃあボールスさん、僕達はこれで……」
「ん?なんだ【
「え?」
「それがよ、俺らは今日、
不幸中の幸いと言うべきか死傷者は出なかったようだが、現在この
思いがけない報せに、ベルもアイズもぎょっとしてしまった。
「もしかして、私達……
正確な時刻は分からないが、恐らくいま地上は夕刻ごろ。今日中に帰還できないようでは、予選で脱落してしまう。必然、そんな考えに至ったアイズが、不安そうにベルを見やる。
「だ、大丈夫!事情を説明すれば、ちゃんと分かってくれますよ!」
「ま、そもそも大半の参加者がお前らと同じ状況なんだ。心配することぁねぇ。地上にも報せがいってるだろうよ」
「そうですよね、えっとその、ボールスさん……」
「あー。悪いんだが、今日の宿はどこもパンパンなんだ」
「やっぱり……」
なんだか
*
「野営具に食料となると、結構な出費ですね……」
「うん。でも、二人で野営するのに森だと大変だから、仕方ないよ……」
ボールスと別れた二人は、モンスターが跋扈する大森林の方ではなく、リヴィラの街の下にある湖へ向かっていた。
「そ、それにしても、本当に天幕一つで良かったんですか……?」
「私は、ベルと一緒に寝たい……だめ?」
耳まで赤くして、それでも決して視線を逸らさず──ねだるように訊くアイズに、ベルは慌てて両手を振る。
「だ、だめなんてことはないですけど!その、僕も一応男ですし……」
「でも、私達は、恋人……だよ?」
「そうですよね……わ、わかりました」
双方が控えめな性格がゆえに手を繋ぐところまでが限界の二人だが、関係の進展を期待していないわけではない。これでもお互いに一生懸命なのだ。
と、瞬間。
「うわぁっ⁉︎」
突如上がった、白兎の絶叫。
微笑ましい会話に耐えかねた冒険者が一人、茂みから飛び出してきたのだ。
「何これ何これ⁉︎
滑らかな赤髪に葉っぱを載せた、なんだか間抜けな格好で登場したのは、快活な
「あ、アリーゼさん⁉︎」
「ええそうよ、この私こそ、名にし負う完璧美しょ……美女ことアリーゼ・ローヴェル!二人とも、元気そうで何よりね!」
手を腰の横に当て、緑眼の少女は元気いっぱいに笑顔を浮かべる。
「アリーゼさんも、野営……ですか、?」
「大当たりよ、アイズ!あなた達もなのね。もう。連絡路がおじゃんになるなんて、困っちゃうわよね」
「あ、あははは……」
全開のアリーゼ節についていけない少年は、なんとか空笑いをする。
ベルは、この底なしに明朗な女性冒険者──アリーゼに、彼女の所属する【アストレア・ファミリア】が都市の秩序を守る正義の派閥ということもあって、厄介事を手伝ってもらったりと何かとお世話になっているし、尊敬もしている。それはアイズも同様だ。
ただ、いかんせんテンションが高い。無理に彼女に合わせようとすると、疲れてしまうこと請け合いである。
「でも丁度良かったわ!二人だと見張りも大変じゃないかしら?良かったら、私達と一緒に野営しない?」
「えっと、それはありがたいですけど……
アイズと顔を見合わせたベルの疑問にアリーゼが答えようとしたところで、二人目の闖入者が現れる。
「アリーゼ、どうかしたのですか?」
鈴の音のような、研ぎ澄まされた声音。ベルは、その声に聞き覚えがあった。
「この声……もしかして、リューさん?って、えええっっ──⁉︎」
声のする方向を見やったベルが目にしたのは、想像とかけ離れた姿をした人物だった。
普段のThe女性
「な、何やってるんですかリューさん⁉︎」
「く、クラネルさん……?いや、ちっ、違う!私は、アリュード・ローヴェル……だ!」
「リオン、もうバレてるわ……」
明らかなボロを出しても尚取り繕おうとするポンコツっぷりに、さすがのアリーゼも呆れた眼差しを向ける。
「ふ、不覚……流石です、クラネルさん。貴方の目は誤魔化せないようだ」
「あ、あの……どういう?」
「アリーゼがどうしても
「わ、わかってますって!」
弁明しようと近づいてくるリューに、ベルは一歩後ずさる。
(リュー、さん……?あの、男の人が……?)
名前が分かってもピンときていない天然少女が、小首を傾げていた。
「私とリオンは、夫婦っていう設定なの!ア
アリーゼの言葉に、ベル達は曖昧に頷く。名字からして、リューがお婿さんの設定であることには突っ込まない。
各々天幕を設置して野営の準備を済ませた四人は、湖のほとりで火を囲んでいた。
「それで、貴方がたも
「はい……」
神妙な面持ちで訊いてきたリューに、ベルとアイズはこれまでの成り行きを説明した。
「何よ、その燃える展開っ!決めたわ!私、二人を応援する!」
「あの【静寂】が姑とは……【剣姫】も大変ですね……」
目を輝かせて拳を高らかに突き上げる派閥首領と、同じ女性として、炎を挟んで向かい合う少女に同情する
反応はそれぞれだったが、両者ともベル達を応援してくれるようだ。
「あれ?アリーゼさん、それは……?」
「ああ、これ?森の方へ行って、食べ物を集めてきたのよ。ほら、貴方達も食べる?どれも美味しいわよ!」
少年の目に留まったのは、アリーゼのバックパックの中から見え隠れしている種々様々な木の実や、
「僕達も食料はありますけど……折角ですし、いただきましょうか?」
「うん……」
そうして、ベルは甘くなさそうな木の実、アイズは瓢箪の形をした赤い果実を選んだ。
「アイズさん、それって……」
「うん、遠征でフィンやガレスが、よく食べてる……」
「
「私達冒険者の味方ね!」
「でも、あの……一応やめといたほうがいいんじゃ……」
アイズ×酒。ベルにとってそれは、とある村での悪夢を呼び覚ます
「平気……リヴェリアも、食べてた……」
普段酒を飲むことのないハイエルフを例に出して、アイズは漿果を一気に口に含んだ。
(いつも、私が食べようとすると取り上げられちゃうから、いい機会……)
──口に含んだ瞬間、アイズの意識が暗転した。
【剣姫】、抜刀。
「えっ、ええ、アイズ⁉︎ちょっとちょっとちょっとぉ⁉︎」
酒の風味だけで酩酊した超絶下戸が、フラフラと、たまたま目が合ったアリーゼの下へ近づいていく。
「死ぬ⁉︎私死ぬんだわリオン⁉︎あこれ絶対死ぬ」
「アリーゼッ⁉︎逃げてください⁉︎」
第一級冒険者のアリーゼをしても、【剣姫】を目の前にして圧倒的な
千鳥足といえど相も変わらず冴え渡った剣筋が、確実に
「アイズさんっ!」
繰り出す前に、素早く背後に回った少年が首筋に手刀を放って気絶させた。
「く、クラネルさん……」
「わーん、ありがとうベル!あのままだと確実に殺されていたわ……」
「いえ、ご迷惑お掛けして、本当にすみません!怪我がなくて良かった……」
倒れこんできたアイズを支えながら、ベルはほっと一息を吐いた。
気持ちよさそうに眠っている少女の頭を自分の膝の上に乗せて、膝枕の体勢になる。
すると、死にかけたことを綺麗さっぱり忘れたようにその様子をニヤニヤと見守っていたアリーゼが、外野から茶化し始めた。
「ベル!チッスよチッス!こういう時はキスで気つけするのが定番だと思うの!」
「いやいやいや⁉︎なに言ってるんですかアリーゼさんっ⁉︎」
「アリーゼッ⁉︎貴方の言っていることは不埒、すごく不埒だ⁉︎」
「やあねぇリオン、そんなことないわよ!」
「そもそもクラネルさん、貴方と【剣姫】は既に月への誓いを済ませたのですか?誰もいない夜に愛を誓い合ったのですか?そうでないなら貴方も不埒だっ⁉︎」
「りゅ、リューさん……?」
「ごめんなさいねベル。こういうときのリオンは無視しても大丈夫よ!この子、拗らせているの!」
「アリーゼッ⁉︎」
「イタイ子なの」
「アリーゼッッ⁉︎⁉︎」
「撤回しなさいアリーゼ私は断じて拗らせてなどいないイタイ子でもない私は拗らせてなどっ……⁉︎」
ブツブツブツブツ。
『夜』が訪れた