組織を毛嫌いしているアームストロングが商会を設立した理由は大きく二つあった。一つは、オラリオを経済的に支配し、彼の地へのアームストロングの影響力を増す事。
二つ目は、ファルナに頼らずとも人々が魔物に対抗できる技術を開発することだった。その先が待っているのは、ただの人が神の眷属を打倒する光景。それは、神の支配構造の崩壊を意味していた。
そうなれば、個人と個人の闘争の世界が訪れる。強者が正義となる世界だ。
大義のためなら組織を利用するのは厭わない。それがアームストロングという男である。
魔導エンジンを開発したアームストロング商会の成長は留まることを知らなかった。
今はまだ量産体制が出来ていないが、魔導エンジンを搭載した魔導自動車は、すぐに多くの受注依頼が殺到した。
いまや、アームストロング商会を知らぬものはオラリオにはいない。
これによって、初期に投資をしたヘルメス・ファミリアも大きな利益を享受し、ファミリアの者達は喜んだが、団長を務めるアスフィは違った。
いや、正確には喜んだのは最初だけだった。それは、アームストロング商会が秘密裏に開発しているある存在を知ってしまったためである。
「それを広げれば何が起きるか、貴方は理解をしているのですか?」
険しい表情でアームストロングを見つめているのは、彼の商会と提携を結んでいるアスフィ・アンドロメダだ。
「無論だ。これがあれば、ファルナを持たない者でも魔物への大きな対抗手段となる。まさに画期的な発明だな。貴様が何を恐れているのか、俺には理解できん」
アームストロングは平然と言ってのけた。
「それはっ......」
アスフィは手元の机に置かれた、先端が筒状の金属出来た物体に視線を向ける。
「確かにこの武器は魔物への大きな対抗手段となります。しかし、ここオラリオならまだしも、これが外に広がれば......」
頭のいいアスフィだからこそ、その先の光景が想像出来てしまった。彼女はこの武器がLv2相当の冒険者の耐久を上回る程の攻撃を放てる事を知っている。
ここオラリオでさえ、冒険者の半数は生涯Lv1のままである。そんな時代にこの代物が外に広がれば、何が起こるのか。
「魔剣とは違い、もしこの武器が誰でも持てるようになれば、争いの火種をつくりかねません」
まず間違いなく神の恩恵を受けた者達の影響力は低下するだろう。その先がどんな世界になるのか、そこまで具体的には分からなかったが、何か恐ろしいことが起きる。彼女はそう感じずにはいられなかった。
アームストロングが神の支配構造からの脱却を目指しているのは知っているが、まさかこんな過激で性急にことを進めるとはアスフィは思わなかったのである。そもそも神の支配構造からの脱却が本当に実現可能なのかも疑わしいと思っていたが。
(流石は万能者と呼ばれる女だけはある。俺の計画の一部に薄々気づき始めているな)
アームストロングはアスフィへの警戒度を少し上げた。
「そもそも、魔剣という代物が一部の特権階級に独占されている現状こそがおかしいのだ。不公平だと思わないのか?」
「不公平......」
そんなことアスフィは考えもしなかった。
「そうだ。力は、欲する者全てに与えられるべきだ。この武器は、そのための力を一般市民に与える。神々の気まぐれな恩恵に頼らず、自らの手で未来を掴むための力をな!」
アームストロングは知っている。このオラリオにまで来たにも関わらず、素質なしと判定されてファミリアに入ることが出来なかったものを。
彼の言葉にアスフィは返す言葉がなかった。もし仮に全ての民が魔剣を求めて手にすれば、魔物への被害は大幅に減少するだろう。だが、現実はそうはならない。
アスフィが言い吞んでいるその時だった。
「俺もその武器はまだ下界の民には早すぎる気がするかな」
「っ......ヘルメス様!」
いつの間にかアスフィの主神であるヘルメスが部屋に入ってきていた。
「神である貴様がそれを言うか」
「......まあ、確かに神である俺が人間の行動を止める権利はない。だけど君も知っているはずだ。神が気まぐれだということを」
アームストロングとヘルメスの二つの視線がぶつかり合う。まるで、永遠にも感じられるような緊張が、この場に満ちた。
「......ふん、いいだろう。この武器はまだオラリオの外には出さないでおいてやる」
アームストロングの言葉に、アスフィとヘルメスは呆気に取られた表情をする。彼がこんな簡単に引き下がるとは思わなかったのである。
アームストロングが彼等の意見を受け入れた理由は単純であった。そもそもオラリオの外にまで供給する程の量産体制がまだ構築出来ていないこと、そして結局は高レベルが存在するオラリオで、神の支配構造を崩さないと意味がないからだ。
オラリオさえ攻略すれば、後は技術を外に広めるだけで終わる。つまり消化試合である。
「ただし、条件がある。『異端児(ゼノス)』この言葉を知っているだろう?」
「「っ!」」
二人は今度こそ驚きの声を上げる。
「その言葉を何処で」
「そんな事はどうでもいい。奴等と会わせろ」
ヘルメス・ファミリアと深い関係を築きつつあったアームストロングにとって、異端児の存在を嗅ぎつけるのは時間の問題だった。彼は前の世界で情報戦も得意としていたのだ。情報の重要性とその収集方法については熟知している。
ヘルメスからすればアームストロングが何の目的で異端児に会いたいのか、全く見当がつかなかった。しかし、彼が異世界人であることを思い出す。もしかすると、この世界の住民よりはモンスターへの忌避間がないのかもしれない。ヘルメスはそう思うことにした。
「......分かった。だけど条件がある。彼等に危害を加えないこと、そして、彼等の存在をいたずらに外部に漏らさないこと。これを約束できるなら、機会を設けよう」
「契約成立だ。それでいい」
アームストロングは満足げに頷いた。
「だが、今すぐにとはいかない。君も知っていると思うけど、最近依頼が入ってね。手が回っていないんだ」
「......24階層でモンスターが大量発生している原因の調査か」
ヘルメスは頷く。
「アスフィ含めたファミリアの主力を当たらせるつもりだ」
アームストロングは少し考え込む素振りを見せる。
ヘルメス・ファミリアの主力が出払うとなると、異端児との接触は当分先送りになるだろう。それは彼の計画にとって少々面倒だった。
(ふむ、24階層か。どんなものか見てみたい気もするな。それに、ここでもしこいつらに壊滅でもされたら困る。異端児とのパイプも失うわけにはいかん)
アームストロングは利己的な計算に基づき、素早く結論に達した。
「ならば、その調査、俺も同行させてもらおうか」
「......正直、此方としては非常に助かるけど、商会の方は問題ないのかい?」
「ああ。俺なしでも回るようにしている」
「なら決まりだね。アスフィ、彼を頼んだよ」
「分かりました」
まさかアームストロングが24階層の調査に参加する流れになるとは思わなかったが、アスフィとしても彼が同行してくれるのはかなり心強かった。
今回、ヘルメス・ファミリアに依頼された、24階層のモンスター大量発生の原因調査は、何やらきな臭いものを感じていたからだ。