ダンジョン12階層。
「よい………せっ!!」
飛び上がり振るわれた剛腕が硬い鱗に覆われた竜の頭部へと叩き込まれる。
たった一発。ただそれだけで、上層最強のインファント・ドラゴンの長い首が頭部と一緒に胴体へと減り込んで絶命してしまった。
下駄を鳴らして着地したゴズキは肩を回しす。
「話にならねぇ。おい、リリ。もっと下に行くぞ」
「…………ゴズキ様。本当にレベル1何ですか?」
「さっきも言ったろ?正真正銘ペーペーの新米冒険者だ」
「リリの知る新米冒険者は、素手でここまでモンスターを殴殺できません!」
キャンキャンと仔犬のように騒ぐリリルカを、片手で押さえながらゴズキは周囲を見渡した。
残念ながら、この階層に至るまで彼に刀を抜かせるだけのモンスターには出会えていない。というか、全てワンパンで肉塊と化す相手ばかりだった。
正直な話、大冒険を期待していたゴズキとしては肩透かしもいい所だ。
だが、ついていくリリルカは気が気ではない。
彼女のレベルは1。それも軒並みステイタスが低く、冒険など二の次で命大事にが大前提の立ち回りを強いられる立場。
端的に言って、リリルカはゴズキが人の皮を被ったモンスターであると言われても、でしょうね、と納得してしまえるような心境だった。
例えば、新米殺しの異名を持つ真っ黒な体躯に鋭い爪を持つウォーシャドウ。
本来ならば経験の浅い冒険者では、見切る事にも苦労するスピードと第二級冒険者ですら致命傷になりかねない鋭い爪を持つ極めて厄介なモンスターだ。
だが、ゴズキはこのウォーシャドウの動きを初見で見切った上に態々カウンターでその頭部を下から上へと蹴り上げて千切り飛ばしてみせた。
その他にも、ニードルラビットは突進した際にその角を掴まれてそのまま壁へと叩きつけられ、オークは
キラーアントの堅牢な外骨格は踏み壊され、シルバーバックは貫手で魔石を穿たれ、ハードアーマードは転がったらボールのように蹴り飛ばされて他モンスターを轢き潰す砲弾と化した。
インファント・ドラゴンの魔石を仕舞って、リリは化物の様な雇い主を見上げた。
「ゴズキ様。13階層以降は
「……で?」
「適正レベルは2以上。ですから………」
「ハッ、心配すんなリリ。死んでもお前は地上に戻してやるよ」
「いえ、そこを心配している訳では…………」
カラカラと笑うゴズキを見上げて、リリルカは首を振った。
彼女としては、その腰に差された刀が手に入ればそれで良いのだ。だが、13階層以降となると逃げる事も難しい。
先の通り、適正レベルは2以上。そして、冒険者のレベル一つ分の差は天と地ほどの差がある。
だが、これまでの道中を見ているとリリルカの培った常識的観点も狂ってくるというもの。
そもそも、ゴズキは得物を抜いていない。本人は剣士を自称しているというのに、振るわれるのは喧嘩殺法ばかり。
そんな背景もあってか、なあなあのまま二人は階層を下っていく。
ダンジョン13階層。ここから、難易度が大きく跳ねあがり、リリルカの言う最初の死線がやってくる。
この階層を訪れた冒険者の行く末は幾つかに分かれ、ここ以降で命を落としたり心折れて冒険者を引退する者も出る。
逆にこのラインを越えて、大きく雄飛する者も居た。
洞窟の様なダンジョン内に下駄の音が響く。
「…………来たな」
音が止まり、ゴズキは前を見た。
一本道のようになった通路だ。その先、子牛の様な体格の黒い犬が牙を剥きだしにして唸っている。
「ヘルハウンド……!」
リリルカの顔が青ざめる。
13階層以下で必要な装備の一つに、
この装備は火に対する耐性が非常に高く、纏う事で並大抵の火では火傷を負う事は無くなる。
そして、この装備が活躍するのがこのヘルハウンドを相手取る時の事。
ゴズキたちは知らないが、この直線ルートはヘルハウンドの被害が最も多い場所であった。その理由は、先の通り強力な火炎放射。
口が開かれ、吐き出される火炎。
凄まじい勢いで迫る熱気が、二人の肌を撫で――――
「――――狐火流」
白刃が閃く。
引き抜かれた紫の拵えの刀。上から下へと振るわれた一刀により、迫りくる火炎放射は、
「焔裂き!」
一刀両断。
まさかの光景に、リリルカはその瞳が零れ落ちるのではないかと思えるほどに目を見開いた。そしてそれは、吐き出した火炎放射を真っ二つに断ち切られたヘルハウンドも例外ではない。
硬直。そしてそれは致命的な隙だ。
右手に刀を握り、ゴズキは姿勢を低く前へと駆け出す。その速度は、並みの実力者では影を追う事も難しいだろう。
時間にして、瞬きほど。接敵、交差。
「一刀流………
白刃が駆け抜け、赤が噴き出す。
鼻先から尻尾の先まで真っ二つに断ち切られて、ヘルハウンドは一切の苦痛なく絶命した。
血払いを行い、ゴズキは刀を鞘へと納める。
「まあ、こんなもんか。まだまだ、巻き藁の域を出てねぇな」
危機感を煽られるには足りない。
だが、周りはそうではない。
「ご、ゴズキ様?今のは、いったい……?」
「あ?何がだ?」
「先程の、炎を切り裂いた事です!!というか、炎を切り裂くって何ですか!?」
「何って………そういう技だ。師匠から習った」
「習った!?スキルとか魔法ではなく?!」
「魔法なんざ使えねぇぞ。狐火流は炎を持って焼き切り、炎を切り裂く事を奥義にしてる剣術だ。炎なら、龍の吐き出す焔だろうと切り裂けるさ」
「け、剣術………」
リリルカの頬が引き攣った。
剣術、要は個人で修めた技術という事。裏を返せば、スキルや魔法を習得していなくても体得が出来るかもしれない可能性。
冒険者からすれば、無法もいい所。神々であっても白目を剥くかもしれない。
だが、彼女の受難は終わらない。
「まあ、俺は一刀流はそこまで得意じゃねぇけどな」
「…………は?」
「俺の得手は、二刀流だ。だから、刀二本差してるだろ?」
ポンポンとゴズキは腰の左側に差した刀の柄を叩いて示す。
因みに、二刀流と一刀流ならば攻め手に関しては後者の方が向いている。単純に考えて、両手で刀を振るうのと片手で刀を振るうのとでは威力が最低でも二倍違うからだ。
無論、机上の空論ではあるが片腕で両腕並みの膂力を発揮できるのならば二刀流も有用だろう。だが、剣術というのはただ力だけで成立する訳ではない。振るい方、受け方、斬り方とあらゆる技術が要る。刀二本を左右別に振るうのなら苦労は二倍だ。
最早どれだけ驚けばいいのか。真っ二つになったヘルハウンドの魔石を拾い上げながら、リリルカは遠い目をするのだった。
***
事が起きたのは、帰路についた9階層。
まだまだ進もうとしたゴズキだったが、その前に腹の虫が鳴き、加えてドロップアイテムと魔石をたんまりと稼ぐ事が出来たからだ。
「ん?」
小部屋の様な空間の中ほどまで進んだ所で、ゴズキは足を止めて、来た道へと振り返った。
「ゴズキ様?」
「なあ、リリ。ダンジョンじゃ、モンスターってのは群れるもんか?」
「え?……そう、ですね。他種族のモンスターが徒党を組む場合はあります。インプが自身よりも耐久性の高いオークと一緒に襲ったり。今回は出会いませんでしたが、ミノタウロスが群れを作ったりなどがあります」
「そうか」
「あの、ゴズキ様?いったい――――」
何が、と言葉を続ける前にリリルカの聴覚が音を拾った。
それは複数人が駆ける足音。そして地響きのような音。
「まさか……!」
ゾッとリリルカの血の気が引いた。
駆けてくるのは、数人の冒険者たち。どうやらパーティであるらしい。
問題は、彼らの後方。複数のモンスターが種類問わずに群れを成して、冒険者たちを追いかけてきていた。
冒険者間では一定の理解を払う行為であるとされるが、実際に直面すればそんなお題目足蹴にしてしまいたくなるほどに中々の行為だ。
案の定というべきか、立ち止まっていたゴズキたちの脇を通り抜けて、冒険者たちは逃げてしまった。
当然というべきか、モンスターたちのヘイトは立ち止まる者たちへと向けられる。
「ッ、に、逃げましょう!ゴズキ……様……?」
リリルカの言葉が不自然に止まる。
彼女の視線の先には、
「団体客のお越しだな」
言うなり、ゴズキは腰の左側へと手を伸ばす。
引き抜かれる、二刀。オラリオに来て、初めての抜刀だ。
「リリ、下がってろ」
「えっ……あ、はいっ!」
リリルカが一歩下がり、同時にゴズキは前へと飛び出した。
その瞬間、彼女は確かに見た。
(刀身が、黒く………?!)
柄の方から切っ先に向けて、白刃は漆黒に染まっていた。
下駄を鳴らして、ゴズキの体は前のめりに加速していく。
「おでん二刀流――――」
最先頭を駆けていたオークの豚面が迫る。
瞬間、横一閃の斬撃が
上下真っ二つだ。モンスター群れと、それからその周囲のダンジョンの岩壁一帯が。
「――――桃源白滝」
地面に着地し、滑る事で勢いを殺して止まったゴズキは上体を起こす。
彼の背後に生き残ったモンスターはいない。