新ファミリアを結成して、さあ冒険だ!とはならない。
ファミリアには幾つかの要素が必要であり、その一つに
眷族たちの家であり、同時に活動の拠点。商業系のファミリアならば本店であり、医療系なら治療院。鍛冶系ならば工房となる。
「こいつは、随分と趣のある場所だな」
「ま、まあ、折角ヘファイストスが融通してくれたからね」
ヘスティアとゴズキの二人の前にそびえるのは廃教会。
元々は、ヘファイストスの管理なのだが今回新規でファミリアを立ち上げるヘスティア達への拠点として貸し出す事になったのだ。
「ソレに、ヘファイストス曰く、力の伴わない間は下手に目立つのは宜しくない、って事だから」
「あー……言ってたな」
ヘスティアの言葉で思い出したのか、ゴズキは腰の二振りを撫でる。
刀の等級に当てはめるのなら、大業物に該当する。それこそ、本来なら新米冒険者が持っているような代物ではない。
文字通り、職人が心血を注いで打ち上げた二振り。
そして、ゴズキ自身の態度。
彼は、神だからといって特別視しない。悪く言えば粗雑に、よく言えば自然な態度で神と接する。
それが気に入らない、という者は絶対に居る。もっと言うなら、
そんな彼らに対して、ゴズキの態度はまず間違いなく相性最悪。意図せぬ厄介事を呼び込む事は必定だ。
その際に、本拠地の位置がばれているのは宜しくない。ヘスティア含めて、神はその力を大半封じている事もあって非力であるから。
襲われればひとたまりもない。
「さて、と。最初の掃除はヘファイストスの
「んじゃあ、早速ダンジョンに行っていいのか?」
「その前に恩恵を刻んでからだよ!」
「ああ、そうだったな」
プンスカ!とツインテールを逆立たせるヘスティアに手を引かれて、ゴズキは教会の地下部へと足を踏み入れる。
そう、廃教会は表向き。本命はその下だ。
地下という構造上、決して広くはない。だが、居住スペースとして見るならば悪くない。
「んじゃ、頼むぜ」
言うなり、ゴズキは羽織を脱ぎ、着物の上を脱ぐと上半身裸となった。
「うわぁ………ゴリッゴリだね。それに………」
突然の脱衣に驚くヘスティアだったが、直ぐにその陰影の浮かぶ強靭な肉体に釘付けになる。
何より、左脇腹に刻まれた胴体を前後に貫通したような傷痕と、右肩から鳩尾までに刻まれた二筋に切り傷痕。
この二つが取り分け目立つが、その他にも大なり小なり傷が刻まれ、しかしその一方で背中は先の左脇腹の刺し傷痕以外に傷一つ無い。
「……深い傷だね。痛むかい?」
「いいや?体の傷ってのは、大抵俺自身の力不足のせいだ。甘んじて受け入れてるさ」
「背中は綺麗なもんだけど」
「背中の傷は、剣士の恥だ」
背中に付けられた傷は、逃げ傷である。それ即ち、敵に立ち向かう事無く逃げた臆病者である。
ゴズキは、この考えを誰かに押し付ける気は無い。あくまでも自分の信念であり、同時に大衆受けするようなものではないと理解しているから。
話は、そこまで。ヘスティアの指先が傷つけられて、一滴の赤が滴った。
***
下駄を鳴らして通りを行く。
ゴズキの足が向かうのは、この街の中央部。名物であり、同時にこの都市の心臓部ともいえる場所。
その道すがら、通りかかった噴水広場。
羽織を翻して、左手を腰に差した刀の柄に乗せて歩くゴズキの姿は中々に目立っていた。
そして、目立つというのは良くも悪くも注目を集めるという事。そして、このオラリオには新米をカモろうとしてくる輩は事欠かない。
「――――もし、そこのお兄さん」
「ん?」
噴水に差し掛かったところで、ゴズキを呼び止めるのは小柄な人影。
フードを目深にかぶり、背負った持ち主よりも二回りは大きいバックパックが特徴的な誰かだ。
「………俺か?」
「ええ、そうですよお兄さん。そこの極東衣装のお兄さんです」
ゴズキの鳩尾辺りの大きさの、声質からして少女。
そして、ゴズキはもう一つ気が付く。
(こいつ………いや、良いか)
搦手ならばともかく、物理的にゴズキをどうこうしようと思えば、最低でも彼の師匠クラスの実力が必須。そして、少なくとも彼から見てそのレベルの実力者には今の所あった事が無い。
因みに、月の女神を結果的に助けた時には割と死にかけた。紙一重の死線を駆け抜けていたりする。
「お兄さん、サポーターを雇いませんか?」
「サポーター?」
「はい。要は、ダンジョン内での荷物持ちその他の様な役割です」
「あー……俺は、今日初めてダンジョンに潜るんだぞ?俺みたいな新米よりも、もっと腕のある奴の方に行けばいいだろ」
「いえいえ。実の所、サポーターというのは大手ファミリアではそもそも専属が居ますし、パーティを組んでいる場合ですと入る余地があまり………その点、お兄さんのようにソロで潜られようとしている方に売り込むのが常道手段なんですよ」
「へぇ?」
どうでしょう?とフードの下から覗く瞳が問うてくる。
ゴズキは顎を撫でて虚空に少しの間視線をさまよわせて、頷いた。
「良いぜ、分かった。雇ってやるよ」
「!ありがとうございます!」
「おう………あ、俺はゴズキ。ゴズキ・菖蒲だ」
「よろしくお願いします、ゴズキ様。リリは、リリルカ・アーデと申します。リリとお呼びください」
「おう」
そんなやり取りを経て、前を行くゴズキ。
その背を小走りに負う少女の瞳は――――
***
サポーター。それは、オラリオに置いて、本来の意味とはまた別の意味を持つ。
本来は、その呼び名の通りダンジョン内での冒険者のサポートが仕事。主に、所得物の回収や薬品その他の道具類の管理。冒険者が伸び伸びと動けるように細かく補助をする。
だが、同じファミリア内高レベル冒険者のサポートを担うなら別だが、他ファミリアの冒険者に雇われる場合は話が変わってくる。
有り体に言えば、雑用係。若しくは、奴隷のように扱われる事も珍しくない。何なら、ダンジョン内でモンスターに対する肉盾の様な扱いも起きていた。
良くは無いのだが、如何せんオラリオの政治を担う側のギルドもファミリア同士のいざこざには積極的な介入が出来ない。中立中庸を維持するための措置である。
少女、リリルカ・アーデはサポーターである。同時に、盗人でもあった。
彼女の種族は、小人族。そしてレベル1。数え役満もビックリの不遇な立場であり、その上更に搾取されている。
結果、少女は荒んだ。ただ、コレはある意味で仕方がない。それこそ、生まれながらの聖人でもなければ大抵こうなる。
寧ろ今の年齢まで、文字通り這いつくばって泥水を啜ってでも生き残って来れたのは奇跡だ。
今回、彼女が目を付けたのは
特に注目したのが携えた二振りの刀。
本人の言葉を信じるなら、新米冒険者が持っているのは不相応な代物。少なくとも、リリルカはそう判断した。
どうにか手に入れて、質にでも放り込めば良い金になるだろう。
そう、思っていた。
「――――脆いな」
握っていた右拳の開閉を繰り返して、ゴズキは呟く。
現在、ダンジョン5層。ここに至るまで、彼は一度として抜刀していない。
ではどうやってモンスターを倒して来たのかといえば、素手である。グーパンである。
いや、上層で出てくるゴブリンやコボルト程度ならば、レベル2以降の冒険者なら素手で殴殺する事は難しくない。
だが、やはりレベル1となれば話は別。少なくとも、リリルカは出来ない。
目の前で弾け飛ぶモンスターを見て、リリルカの頬を冷たい汗が流れた。
何せ、今のゴズキは
最初は、モンスターの核であり冒険者の資金源である魔石諸共、拳骨で文字通り叩き潰してしまっていた。そのせいでダンジョンの床に小さく浅いながらもクレーターを刻む始末。
その際に、リリルカが稼ぎにならないからと申告して、結果頭部を殴って首を千切り飛ばす形となった。グロイ限りである。
(いやいやいやいや、いったいどうなってるんですか!?そういうスキル、或いは魔法を?ですが、詠唱なんて何も……)
魔石を拾いながら、リリルカは思考する。力で敵わないからこそ、彼女は知恵を回す。
スキルと魔法は、それぞれに冒険者が恩恵を得る事により発現する、一つの奇跡。
前者は、保持者の肉体へとその効果を齎す。パッシブ、アクティブ問わず、またレベルだけでなく
後者は、
何より、魔法は誰しも発現する可能性を持ちながら、生涯得る事無く終わる事も珍しくない。
リリルカの視点で、ゴズキの膂力はスキルに因るものに見えた。実際、特定の条件下に置いて人の範疇を逸脱した剛力を行使するスキルもあるだろう。
尤も、
十年だ。凡そ十年間、少年は
それは、日本刀を鍛え上げる様な直向きさと実直さを持って只管に鍛え上げられた。
少年は、恩恵が無ければ戦えないような